VISITA DAL BALCONE バルコニーから
ダンテの私室に軟禁されて二週間。
コルラードは窓ぎわに置かれたカウチに座り、夕焼けになりはじめた空をながめた。
ウベルトの自宅よりも広い部屋だが、ここだけで暮らすとなるとやはり退屈だ。
ダンテは朝起きると身じたくをしてすぐに執務室に行き、暗くなる前後の時間帯まではもどらない。
もともと私室にいるのは夜だけなのだと知った。
一日中いるわけではないことにホッとしたが。
夕食が運ばれてくる時間に間に合えばここでいっしょに食事をすることもあったが、それより遅くなる日もある。
読書机に置かれた数冊の本を見たりもした。
経済に関する本が主だった。それを見るのも飽きた。
庭に面した部屋なので、外の様子をながめていればいくらか退屈しのぎにはなったが、これもそのうち飽きるだろうか。
こんな状態を続けて、どうするつもりなのだ。
コルラードは眉をよせた。
バルコニーのはしで、なにかが動いた気がした。
カーテンに隠れるようにして横顔のようなものがチラリと見える。
コルラードは、目を丸くした。
ややしてからおさえた声が聞こえる。
「坊っちゃん」
コルラードはカウチから立ち上がった。バルコニーの出入り窓のほうに走りよる。
窓のすぐ外側にウベルトがいた。
手慣れた感じで室内の様子をうかがう。
コルラードの姿を見つけると「開けてくれ」というふうに窓の開閉部分を指した。
呆気にとられながらも出入り窓を開ける。
「坊っちゃんだけですか?」
ウベルトが室内を伺いながら問う。
「僕だけだ」
なにが起こっているのか、にわかには呑みこめない。
「むかし泥棒の手伝いをしてたことが。ほんの一時期ですが」
ウベルトが苦笑する。
「ここ、ご当主のお部屋でしょう? 何ですか、監禁でもされてるんですか?」
ウベルトが室内を見回す。
ずいぶんと察しがいい。
「この屋敷の見取り図でも持っているのか?」
まさかと思いつつコルラードは尋ねた。
「ええ。さすが極秘の部分もあったので、日数がかかりましたが」
信じられないことをさらりと言う。
コルラードは目を丸くした。
「おまえ……間者を生業にしたほうがいいんじゃないか?」
「そうですかね」
ウベルトが答える。
しばらく室内をぐるりと見回していたが、そのしぐさを続けたままで言う。
「坊っちゃん」
ウベルトが出入口のドアに目を止める。
「逃げるなら、いまから手引きしますよ」
「言うことがコロコロ変わるな」
コルラードは苦笑した。
「いや……まえはちょっと有利な生き方をお教えしてあげようとしただけだったんですけどね。坊っちゃん、真面目すぎるから」
ウベルトが眉をよせる。
「でもまあ、ほんとうに嫌悪感があってどうしようもないなら我慢したって心がどうにかなるだけですから」
コルラードは軽く眉をひそめた。
嫌悪感という言葉になにか引っかかる。
「ご当主の気持ちも分かりますけどねえ……」
ウベルトが苦笑いする。
「あの男は、むかし懸想していた僕の母と僕を混同しているだけだ」
「ああ、あの美人のお母様」
ウベルトがそう返す。
「おやさしい方でしたが」
「男に愛想がよかっただけだ」
コルラードは答えた。
「もうおまえに支払う金はない。逃げないよう金は渡さないつもりらしい」
「出世払いでいいですよ」
ウベルトが答える。
「この状態でどんな出世をしろと」
コルラードは苦笑した。
「ウベルト」
コルラードは、読書机のほうに移動した。
「おまえと、おまえの一家に手は出させないようにした。正式な誓約書はべつの場所に保管されているのでいますぐはムリだが」
引きだしを開けて、ダンテに一筆書かせた便箋をとりだす。
「こちらは仮に書かせたものだが、持っていろ」
コルラードが手渡すと、ウベルトは複雑な顔をした。
「まえはお父上を庇うためで、こんどはうちの一家ですか、坊っちゃん」
「もういい、帰れ。まさかエルサたちまで巻きこもうとするとは思わなかった」
コルラードは眉根をよせた。
「あれは気ちがいだ。なにを考えだすか分からない」
「気ちがいねえ」
ウベルトが頭をかく。
「気立てのいい呑気な人って感じがしましたけどねえ。まあ、坊っちゃんをむかえにきたときは、なかなかの迫力でしたが」
「妄想の話ばかりわめき散らして話にならん」
「妄想」
「あの男の頭のなかでは、おまえと僕はすっかり関係していることになっているらしい」
「ああ……」
ウベルトがつぶやく。
「連れ戻しにいらしたとき、妙なことを言ってるなとは思ったんですが」
「あるわけがないと言っても、まったく通じん」
ウベルトがため息をつく。
「嫁がいるのも見てるのになあ」
「拳銃まで持ちだすとは思わなかった。エルサにもすまなかったと言っておいてくれ」
「ええ……」
ウベルトはドアのほうを伺いながら腕を組んだ。
「坊っちゃん、ああなった人に真っ正面から正論言ってもムダですよ。ああいうのは酔っぱらいとおなじだと思わないと」
コルラードは目を見開いてウベルトの顔を見上げた。
「愛だ恋だでトチ狂ってる人って、考え方が酔っぱらいに似てませんか?」
「知らん」
「あんまり見たことないですか」
ウベルトがそう返す。
「それでもあそこまで狂われたら、坊っちゃんくらいの年齢の子には荷が重すぎる」
ウベルトが、ダンテの書いた誓約書を懐にしまう。
「今日は帰りますけど、どうしても困ったときはご連絡ください」
「連絡といっても」
「ここ、使用人は入ったりするんですか?」
ウベルトはふたたび室内を見回した。
「女中とあの男の従者の一人が定期的に御用うかがいに来るが」
「ステラって女中いるでしょ。黒髪でほそい目の。ご当主よりちょっと歳上くらいの」
「女中すべては知らんが」
「あれ知り合いなんで。頼んでおくんで、連絡つけたいときは坊っちゃんのサイン書いた紙切れでも渡してくれれば」
「金は払えんと……」
ドアをノックする音がした。




