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呪縛 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
2.きみについての情報
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SIGNORA DELLA VIGNA ブドウ畑の令嬢

 遠くまで広がるブドウ畑をながめながら、ダンテは畑の通路で足をすべらせた。

 内陸のほうの所有地は、いままできちんと視察したことがなかった。

 移ってきた以上、いちどは出向いておくべきと思ったのだが。


 はじめて畑の土の上を歩いたが、なぜにこんなに地面がフカフカと柔らかいのか。


 質のよい革靴が、歩くごとに半分ほど埋まる。

 しめった箇所では足をとられた。

 両手でバランスをとりながら歩くが、数歩ごとに身体を大きくかたむかせている始末だ。

 いままで住んでいた海の街はどこも石だたみで、土の上を歩いたことはなかった。

 畑作業をする者たちを遠目に見やる。

 なぜあんなふうにふつうに歩けるのだ。


「先日はありがとうございました」


 背後から、年若い女性の声がした。

 バランスをとりながらふり向く。

 ドレスをからげて簡略的に礼をした二人の女性がいた。

 畑にはかなり場違いな令嬢然とした姿。

 どなただったか。

 ダンテは目を軽く眇めた。


「お忘れですか? ヴィオレッタ・スタイノです」


 片方の女性が、快活そうな声でそう名乗る。

「ええと……」

 ヴィオレッタがゆっくりと近づく。

「お持ちのものにザクロの紋章がありましたので、こちらの御家の方だと分かりましたわ」

「……すまん。どちらでお会いしたのだったか」

「通りすがりの紳士にあぶないところを助けていただいたむね、父に話しましたの」

 話がかみ合っていない。ダンテは眉をよせた。

 「助けた」との単語で、先日街で逢った令嬢だとかろうじて思い出すことができた。


「父がぜひお礼をと申しまして」

「お気持ちだけでけっこうと伝えてくれ」


 何かこの令嬢は苦手な気がする。

 早々に立ち去りたいところだが、足元がおぼつかないのでその場で愛想笑いだけをした。

「お礼もできないような家と思われたくはないですわ」

「べつに思わんからご心配なさらず」

 ダンテはそう返した。

「私よりも、じっさいに助けたのはあの少年だろう。礼をすべきはあちらでは」

「あの方は軍人ではないですか」

 ヴィオレッタはそう返した。

「礼をするのに相手の格でも気にされるほうか?」

「そういうことではありません」

 その……とヴィオレッタが続ける。

「まずは、格上の身分の方からお呼びするのが礼儀であろうと」

「お父上がそうおっしゃったと」

「ええ」

 ヴィオレッタはあたりを見回し、遠くに見えるヴィラーニ家の屋敷をながめた。


「……あの、奥方さまなどは」


 ヴィオレッタが、ダンテの表情を伺うように尋ねる。

「まだもらっていない」

 そう答えると、ヴィオレッタの表情が明るくなった。

 なるほどとダンテは思った。


 結婚の相手としてよさそうだと判断したお父上に、落としてこいとでも言われたのか。


 遠縁とはいえ外国の王家ともつながりのある家柄だ。こういうことはなんどか遭っている。

「い、許嫁(いいなずけ)の方などは」

「いやまあ……」

 ダンテは曖昧(あいまい)に答えた。

 許嫁はいちおういたが、体が弱く病で亡くなった。

 その他の候補がいるにはいるが、血筋の近い者ばかりで承知する気にはなれず渋っている。

 財産の散逸をふせぐために親戚内や特定の家とだけ婚姻するのは貴族の家によくあることなのだが、血が近ければ弊害(へいがい)も多い。

「あの」

 ヴィオレッタが計算したかのような笑みで見上げる。

「どんな女性がお好みですの?」

 ダンテは黙りこんだ。


 うつくしい銀髪の女神のごとき美女と答えたら、どんな反応をするだろうか。

 外見のみでえらぶ男だと軽蔑(けいべつ)するのがたいていの女性の反応だろう。


 言えば嫌ってくれるだろうか。

 ヴィオレッタが大きな目でじっとこちらを見上げる。

「ええと」

 ダンテは(ひたい)に手をあてた。


「……しとやかな人」

「ダンテ様」


 ふいに名を呼ばれる。

 軽やかで甘い男性の声。

 土臭いブドウ畑に、ひときわ似つかわしくない涼しげな容姿の男が立っていた。

 従者のオルフェオだ。

 彫刻のように整った顔立ち、すらりとした長身。灰髪をうしろで一つにまとめている。

 外を連れ歩いたり客の応対をすることのある従者は、見目のよい者を採用することが多いが、彼は屋敷の従者のなかでも目立つ容姿だ。

 ヴィオレッタが背後をふりかえり不機嫌な顔をする。

「失礼。逢瀬(おうせ)の最中でしたか」

 オルフェオは一礼した。

「いい。何か用か」

「ええ……」

 オルフェオが言いにくそうにヴィオレッタのほうを見る。

「ヴィオレッタ殿、すまんがまたこんど」

 助かったと内心思いながら、ダンテはそう告げた。

「たいせつなお話ですの?」

 ヴィオレッタが問う。

「執務の話だ」

「ならしかたありませんわ」

 ヴィオレッタが行儀のよいしぐさできびすを返し、向こうで待っていた侍女のほうへと向かう。

 畑のなかをドレスであぶなげもなく歩くさまに、ダンテは内陸の令嬢はさすがだと思った。

「あなたの好みの傾向とはだいぶ違うような」

 ヴィオレッタのうしろ姿を見送りながらオルフェオがつぶやく。

「街で少々関わっただけだ。素性を調べてたずねてきた」

「どちらのご令嬢で」

「スタイノ家と言っていたかな」

 ダンテはやや声を(ひそ)めた。

「どんな家だ」

「近くにいくらか所有地を持っている家ですね」

 オルフェオが答える。

「格は」

「ヴィラーニよりは下です。財産はそこそこですが」

 やはりとダンテは思った。

 娘を格上の家に嫁がせて、有益な親戚関係を築こうというつもりなのだろう。

 あんな落ちつきのない子供では、誘惑にならないではないかと思うが。


「お調べの少年ですが」


 ヴィオレッタと侍女が遠ざかるのを待ち、オルフェオは切り出した。

「何か分かったか」

「容姿に特徴があるのと、軍服を着ていたということで特定は簡単でした」

 オルフェオが答える。

 優麗な見かけに似合わず、オルフェオは間者まがいの仕事が得意であった。

 良家の出だが、父親との意見の相違から(たもと)をわかち数年ほど裏社会ですごしていたという経歴を持つ。


「執務室で聞く」

 ダンテはそう答えた。





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