GELOSO DELLE DELUSIONI 妄想に嫉妬する II
「直前か……」
ダンテは記憶をさぐった。
最近は事のあとに話しかけてくれることがなんどかあった。
コルラードのほうからキスしてくれようともしたり。
ぎこちない舌の動きがかわいくて、つい何の手助けもせず薄目で様子を伺ってしまった。
濃厚なキスは、あまり経験がなかったのだと思うと、口元がゆるんだ。
「そのあと、してもいいと言ってくれて」
ダンテは熱に浮かされたようにつぶやいた。
「もう一回……」
オルフェオがリアクションに困った様子で目を左右に泳がせる。
ダンテはあわてて口を手でおおった。
「……聞かなかったことに」
「分かっています」
面倒くさい主人だと思っているのだろうか。表情が疲れて見える。
「急に小遣いをほしがったが」
ダンテは膝の上で手を組んだ。
「金額は」
「たいした額ではない。もともと渡そうとしていた程度のものだ」
オルフェオが不意に横を向く。
ダンテが渡したミネストローネの皿をどこかに置こうとしたらしいが、ものが置ける場所はすべて薔薇の花瓶で埋まっているのでそのまま持っていた。
「それまでは?」
「受けとるのを拒否していたんだが……」
「それを急にほしいと言いだした」
オルフェオが確認するように言う。
「何を買ったのでしょう」
「べつに……すこし捉え方が変わっただけだろう」
オルフェオが宙をながめる。
しばらく何かを考えていた。
「コルラード様と接触のあった人物を、もういちど一から調べ直してみます」
そう言い、きびすを返す。
「実家の使用人から、外で何らか関わった男までか。手数をかけるが」
「ダンテ様」
「何だ」
「男性とは限りません」
オルフェオが言う。
「女性に囲われている可能性も」
ダンテは困惑した。
「ここにきてややこしいことを言うな」
「もとから男性と限定したつもりはありませんが」
ダンテは頭を抱えた。
「……男のほうに嫉妬するだけで手いっぱいだ」
「よくそういう冗談が出ますね」
冗談ではない。ダンテは頭のなかで反論した。
「女性は……あの子は何となくないような気がする」
「あなたのイメージはともかく男の子ですから。女性とそういう関係になって宿まで提供してもらえるなら、あまり躊躇なく応じるのでは」
「そういうタイプの女性は拒否すると思う」
ダンテは言った。
オルフェオがじっとこちらを見る。
もちろんただの直感だ。
いつものごとく冷静なツッコミがあるかもしれないと思った。
だが、愛人であった母親をあれだけ嫌っているのだ。
たわむれで少年を囲うような、貞操観念の低い女性は嫌悪するのでは。
「まあ……可能性の高いところから捜索していきますので」
「どれくらいかかる」
「何とも」
オルフェオが答える。
「これでも見つからなければ、幼少期にあやしてくれた人間までさかのぼるしか」
ダンテはハッと顔を上げた。
「乳母は」
「はじめにあたりましたが、だいぶまえに故郷のフィエーゾレに帰ったそうです。遠方ですし、馬もなくたいして持ち合わせもないのであれば、そこまでは行かないであろうと」
ダンテは窓のほうをながめた。
今日も心地のよい風が窓から入る。
コルラードがいないのに、天候は順調なのだなとうらめしくなる。
「どうしてもコルラード様が見つからないようであれば、フィエーゾレに出向くのもかまいませんが」
「十五年しか生きていなくても、私の知らない人間関係がずいぶんあるものだな」
ダンテはため息をついた。
「もしあの子がゾルジ家ではなくこの家で育っていたら、関わった人間をすべて知ることができたかな」
「さすがに全部はむりでしょう」
オルフェオが答える。
「全部知りたかったな。どんな人間とかかわって、どんな会話をしてきたのか」
オルフェオが冷静な表情でこちらを見ている。
ややしてから皿を手に会釈すると、ドアのほうに向かった。
「ゾルジ家に出入りしていた者からもういちど見直してみます」
「それと」とオルフェオはつけ加えた。
「コルラード様のお部屋を少々調べさせていただいてもよろしいでしょうか」




