GELOSO DELLE DELUSIONI 妄想に嫉妬する I
「おかしな目に会っていなければいいが」
私室のベッドの上。
ダンテはミネストローネを口にした。
ため息をついてスプーンを置く。
歩ける程度まで回復してはいたが、階段の昇り降りのさいに痛むのでいまだ食事は私室でとっている。
だいぶ残して食器をかたわらのオルフェオに渡した。
「もう少しお食べになりませんか?」
「心配でやはり少々……」
ダンテは膝の上で手を組んだ。
コルラードがもどってきて、手ずから食べさせてくれたらなどと考える。
いくらでも平らげるのに。
室内の薔薇の花は、いまだものの置ける場所を占領していた。
「聞かれるのはお嫌かと思っていたのですが」
オルフェオが皿を手に問う。
「おケガの原因は」
「刃物で遊んでいてのことだと説明しただろう」
とっくにごまかせたと思っていたのに、まだ聞かれるのか。
「コルラード様では」
「ちがう」
「そうだとしても口外はしません」
オルフェオが言う。
「それよりも、はじめのところから検証し直しませんか」
そうと続ける。
ダンテはゆっくりと顔を上げた。
「ただいなくなったのか、あなたを刺して逃げたのか。それによってもその後に身をよせる場所は違ってくるでしょう」
オルフェオは言った。
「実家の援助をしている御家の当主を刺したとしたら、実家になど戻るわけはない」
「ではだれと」
「ダンテ様、だれとではなくどこにです」
「ああそうか……」
ダンテは額に手をあてた。
コルラードが、匿ってくれている相手と情交している妄想をいまだにしてしまう。
しているのかしていないのかも分からない行為に、不快な胸やけがする。
「いや、だれとというのも重要かな」
オルフェオが口調を固くする。
「ダンテ様、刺された原因は?」
「刺されていない」
ダンテは語気を強めた。
オルフェオがため息をつく。
「そもそも、そういった行為の合意はどの程度でした」
ダンテはうっと喉をつまらせた。
ウソをついてムリやりに承諾させたなどと言えるはずがない。
「いや……」
ダンテはつぶやいた。
どううまい説明をしようかと考えをめぐらせる。
「いやでも最近はけっこう……」
ダンテは口元をゆるませた。
心がかたむいてくれているのではと思えるふしもあった。
「刺されたという前提でお聞きしますが」
惚けたダンテに真顔で冷水をあびせるかのような冷静さで、オルフェオが問う。
「その場の感情の問題で突発的に揉めたのですか? それとも以前からあった問題がこじれて?」
ダンテは顔をしかめた。
後者にあたるかと思う。
自身の卑怯さに対する嫌悪感と、二人の時間をウソと脅迫からはじめてしまった後悔とで、げんなりする。
「どんな問題かお聞きしてもよろしいですか?」
「あ……いや」
あらためて考えると、いいおとなが聞いたら陳腐すぎるウソだろう。
そんなウソを、少年の体ほしさにその場で必死についたなど、言うのも恥ずかしい。
「たいしたことではない」
ダンテはさりげなく従者から目をそらした。
「以前からあった問題が関係しているのなら、それについて助言をした者がいたかもしれない」
オルフェオが言う。
「……助言」
「もしコルラード様がだれかに相談していたのだとしたら、その者が行方についても何か知っている可能性が」
「人に相談などするかな……」
ダンテは軽く眉をよせた。
刺す直前にコルラードが口走っていたセリフ。
あのセリフからすると、不正話がウソだと気づいたのだとは思う。
だが父親の不正についての話など、だれに相談できるというのか。
「直前に何か変化は」
「……何も」
ないというよりも、気づかなかった。
コルラードがおなじ屋敷に住み、毎日でも逢瀬をかさねられるというだけで、うれしくて何も見えなかった。
大ケガまで負わされておきながら、いまだコルラードがかわいくて愛しくてしかたがない。
また抱きしめたい。




