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呪縛 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
1.銀色の髪
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CAPELLI D'ARGENTO 銀色の髪 II

 酔った男たちは、こんどは目の前の酒場の店主と揉めはじめた。

 店内の椅子や備品を武器として持ち出そうとしている。

「しつこそうだな……あなたも今のうちに逃げたほうが」

 少年がマスケット銃をいったん下ろし、そう促す。


 似ている。


 ダンテは少年を見つめた。

 記憶のなかにあるリュドミラを少し幼くした感じだろうか。

 彼女の親戚か何かか。

「きみは」

「僕も逃げます」

 少年が答える。

「大丈夫か?」

 ダンテは心配で眉をよせた。

「この辺は裏道まで知っていますから」

 少年が、見かけによらず肝のすわった感じで言う。

「弾をこめるなら、時間かせぎくらい協力するが」

「酔っぱらいを脅かすくらいなら、弾なんか入っていなくても大丈夫です」

「いっしょに」

 ダンテは自身の馬を指さした。

「大丈夫です」

 少年が返す。

「むしろ足手まといです。逃げてください」

 ダンテの胸中に、複雑な感情が湧いた。

 リュドミラにふたたび認めてもらえなかったかのような。


 またふり向いてももらえんのか。


 彼女とは別人だと分かっているのに、そんな心情になる。

 この少年と、もう少し話がしたかった。

 ここで去ってしまったら、もう会えないかもしれない。

「きみの名前は」

「いま必要ですか?」

 ダンテは黙りこんだ。

 裏道まで知っているということは、この辺りはしょっちゅう歩いているということだろうか。

 また会える幸運を祈るしかないか。

 ダンテは馬に乗った。

 手綱を引き、走らせようとする。


 だが乗り慣れていないので、逃げるほどの速度で走ったことがない。


 あせると、馬はなおさら歩きだしてすらくれなかった。

 しばらくして少年がこちらを見上げる。

 何をやっているんだと言いたげな顔だ。

「いや……すまん」

 ダンテは、馬上で苦笑した。

「馬は慣れていなくて」

 少年があっけにとられたかのように目を見開いた。

 酔っぱらいたちの様子をちらちらと観察しながら、ダンテの乗った馬に近づく。


「そこ、どいてください」


 少年が慣れたしぐさで(あぶみ)に足をかける。ダンテのまえの位置に乗ると、手綱をつかんだ。

「つかまっていてください」

 そう言うと、たくみな動きで足を動かし、手綱を強く引いた。

 背中を大きく上下させて馬が駆けだす。

 はやい速度でながれていく足元の石だたみに目線を落とし、ダンテは少年をぎっちりとつかんだ。




 城門を抜け、ブドウ畑の見えるあたりまでたどり着く。

 少年は馬の走る速度を落とした。

「では、この辺で」

 そう言い、馬から降りようとする。

「いや」

 ダンテはあわてて引きとめた。

「屋敷までお願いできるか」

 少年はこちらをふり向いて怪訝(けげん)な顔をした。

「すまんが」

 苦笑いしてそうつけ加えると、しかたがないという感じでふたたび手綱を握る。


「海のほうの出の方ですか?」


 少年が問う。

「こちらに移り住んだばかりだ」

 ダンテは、少年の腹部に手を回してつかまった。

「あちらの方は、馬に慣れていないそうですね」

「笑い話のタネにされるくらいにな」

 ダンテは苦笑した。

 少年につかまった両腕を、さりげなく強く締める。

 人が見たら非常に情けない姿だろうが、リュドミラの体温を感じているかのような錯覚に浸っていた。




 遠くまでつづく段々の地形の向こうに、陽が落ちていく。

 屋敷の正門をくぐりしばらく進んだところで、少年は馬を止めた。

「では」

 短くそう言うと、馬から降りる。

「礼を言う」

 ダンテは少年が降りるのを見届けつつそう声をかけた。

 少年がこちらを見る。

 馬から降りることもできないと思われたのだろうか。

 これくらいはと馬から降りる。背筋を伸ばして姿勢をととのえ、少年に手を差しだした。


「私はダンテ・ヴィラーニという。きみは?」


 情けない姿ばかりを見せてしまった。

 あらためて年長の者として余裕のあるところを見せなければと思う。

 少年がわずかに目を見開いた気がした。

「いえ」

 握手には応じず、きびすを返す。

「もう、お会いすることもないでしょうから」

「礼がしたいのだが」

 手を差し出したままダンテはそう申し出た。

「礼などべつに」

 何とか引き止めて話がしたいダンテとは裏腹に、少年はともかく帰りたがっているようだった。

「送らせる。待っていてくれ、御者を呼ぶ」

「徒歩で帰るのでけっこうです」

 少年がスタスタと正門に向かう。

「ええと……」

 何とかつぎに会う理由を作りたい。

 せめてリュドミラと関係しているのかだけでも聞きたいのだが。


「きみとよく似た人を知っているのだが」


 ダンテはそう切り出した。

 少年がかまわず正門のほうに向かう。

 ダンテは小走りで駆けより、早口でつづけた。

「リュドミラという女性なのだが」

 少年は、ふり向きもせず歩を進めた。

「もしかして親戚か何かに」


「いません」


 少年が答える。

「……そうか」

 ダンテは立ち止まり、少年の背中を見送った。

 リュドミラの少女時代の姿かと思うくらいによく似ているのだが。

 赤の他人がそこまで似るものなのか。

 少年の歩いて行く姿をながめながら、リュドミラに似たしぐさでもないだろうかと記憶をさぐる。

 だが記憶のなかには、リュドミラの美しさと胸が高鳴った覚えしかなく、彼女のしぐさのクセなどろくに頭に入っていなかったことに気づいた。

 十五歳の少年の女性を見る目などそんなものか。ダンテは自己嫌悪で顔をしかめた。





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