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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
13.きみの行方

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DOVE TI TROVI きみの行方 I

 ダンテは私室のベッドに横たわり窓のほうを見た。


 さきほど開けさせた窓からおだやかな風が入り、天蓋(てんがい)をわずかにゆらしている。

 サイドテーブルと読書机、暖炉(だんろ)の上には見舞いによこされた薔薇(ばら)の生けられた花瓶がならんでいる。

 ケガ人の寝ている部屋としては、わりと香る。


 コルラードが姿を消して一週間が経過していた。


 ダンテはため息をついた。

 刺されたあと気を失いさえしなければ、すぐに行方を追った。

 こんなに長いあいだ行方がつかめないなどということにはしなかったのに。


 一昼夜ほど意識を失っていたと執事から聞いた。

 あんがい食べずに寝ていられるものなのだなと他人事のように考える。

 コルラードの行方が分からないという大問題にくらべたら、のんきな感想しか湧いてこない。


 ベッドから窓の外をながめると空しか見えないが、窓を開けておけばコルラードが戻ってきたときにいちはやく分かる気がした。


 いまごろどこで、どんな状況でいるのか。


 危険な目に()ってはいないだろうか。

 追っ手でもさし向けられたと思って怯えているのではないだろうか。

 動けるなら、すぐにさがしに行くのに。

 ドアがノックされる。

「入れ」

 ダンテはそう返事をした

 しゃべるとわずかに腹筋に力が入り、また痛む。

 執事がしずかな足どりで入室し、ベッドのそばに立った。

「お会いしたいという方が」

「コルラードか」

「いいえ」

「ではおまえが代理で応対していい」

 ダンテはため息をついた。

 深く息をすると、まだ傷口が痛む。

「スタイノ家の令嬢です。お見舞いをと」

「きのうもおとといも来ただろう」

「今日もいらしております」

 執事が答える。

「今日は何色の薔薇だ」

「アイボリーでございます」

 ダンテは目だけを動かして部屋を見回した。

 ものを置ける場所にことごとく薔薇を生けた花瓶がならんでいる。

 令嬢が毎日通って持ってきたものだ。

「あの令嬢は、私の部屋を花屋にする気か」

 ダンテは眉をよせた。

 コルラードほどはっきりとあの令嬢を嫌っているわけではないが、ああいう快活なタイプは少し苦手だ。

「意識がまだ戻らんと言って紅茶をお出しして帰っていただけ」

「執務の指示はできているというあたりで話の整合性がとれませんので」

「ときどき戻るという設定では」

「ダンテ様」

 執事がきつめの口調で言う。


「こんなときにお話しすることではないと思うのですが」


 執事が両手を組んであらたまる。

「そろそろご結婚を考えていただかないと」

「あの令嬢と結婚しろとでもいうのか」

「コルラード様と年齢はそう変わられませんが」

 言外に何が言いたいのかが分かった。

 独身の当主が経済援助をしている先の家の少年を養子にしたのだ。

 何をしているか口外などしなくても、そちらの目的だと想像する。

 冷静になれば分かったはずだ。

「べつにあの令嬢をとは言いません。親戚内にも候補の方は何人か」

(くじ)でてきとうに決めていい」

「ダンテ様」

「嫁などもらう必要があるのか」

 ダンテはつぶやいた。

「国はだいぶまえから斜陽だ。家もまあ、いますぐではないだろうが先細りだろう」

「国は……ともかく」

 執事が言いにくそうに答える。

「御家までそうとは決まっておりません」

 ダンテは大袈裟にため息をついてみせた。

 こちらはケガ人なのだ。疲れるような話はひかえてくれんかと態度でしめす。

 だが執事は、ダンテの答えを黙って待っている。

 はっきり言わなければダメか。ダンテはもういちどため息をついた。


「とりあえずケガが癒えるまで黙っててくれんか」

「そのおケガですが」


 執事が軽く眉をよせる。

「刃物で遊んでいて、そんなことになるものですか」

「なったんだ。しかたがない」

 ダンテは答えた。

「小さなお子さまでもないでしょうに」

「子供なみに馬にも乗れない男なので」

 ダンテは肩をすくめた。

 わずかに腹筋が動き、痛みを感じる。

「なぜコルラード様のお部屋で」

「たまたま立ちよっただけだ」

「コルラード様は、そのときには?」

「部屋にはいなかった。ケガ人になんどおなじことを言わせる」

 執事がダンテの表情を伺うように見る。

「コルラード様がほぼ同時に行方知れずになったのと何か関係は」


「ない」


 ダンテはきっぱりと答えた。




 執事が退室しようとドアを開け、そこで立ち止まる。

 軽く会釈してオルフェオとすれちがうと、ドアを開けたまま退室した。

「執事がいても、入って来てべつにかまわんぞ」

 ダンテはそう告げた。

 オルフェオがベッドに歩みよる。

「いちおう上下関係というものが」

「コルラードは見つかったか」

「いえまだ」

 オルフェオはそう答えて、小さな紙片をさし出した。

 成果はほとんどなかったらしく、調べた場所が筆記体で羅列(られつ)されているだけだ。

「ゾルジ家にもおかえりになってはいないようです」

「ほかに身をよせるところなんかあるのかな……」

 顔の真上に紙片をかざすようにして、ダンテは筆記体を見つめた。


「ゾルジ家には、コルラード様はお変わりないとお伝えしましたが、よろしかったですか?」

「それでいい」


 ダンテは言った。

「周辺の宿屋もあたりましたが、それらしい方は」

「そう何日も泊まれるような金は持っていないと思うんだが」

 ダンテはオルフェオに紙片を返した。

「兵営にいたときの友人とやらは」

「あたりましたが、除隊してからどなたにもお会いしてはいないようです」

 オルフェオが紙片をポケットに入れる。

「もともとご友人はそう多くはない方のようですし」

「そんな感じだな。どちらかといえば狭く深くっぽいというか」

 ダンテはため息をついた。

 天蓋(てんがい)を見上げる。

「起こしてくれるか」

「まだ痛むのでは」

 オルフェオは主人の(ひたい)に手をのばした。

「床ずれで禿()げたらどうする」

 オルフェオはかがむと、ダンテの上半身を抱き起こした。

 身体を支えながら背中側に枕をはさむ。

「あ……」

 ダンテは顔をしかめた。

「この体勢だと、まだ痛むんだな」

 にぶい痛みが腹部に広がる。

「ほら見なさい」

 オルフェオが形のいい眉をよせる。 

「まだ少し熱があります」

 そう言い患部に手をあてた。 

「本来ならまだ、こみいった話などせず寝ていたほうがいい状態です」

「その状態の人間に、嫁えらびの話をする者がさきほどまでいたぞ」

「今回、万が一のことがあれば跡継ぎ騒動につながりかねなかったところですから。あせったのでしょう」

 ダンテは腹をさすった。

 にぶい痛みが広がり、腹痛を起こしたかのような不快さを感じる。

「やはり……」

「そうですね。まだ横になられていたほうが」

 オルフェオはダンテの身体をもういちど支えると、もと通り横たわらせた。


「ゾルジ家の当主の様子は」

「お変わりありませんでした」


 オルフェオが答える。

「コルラード様は、ここのところまったく顔を出していなかったようですね」

「帰っていなかったのか」

 ダンテは天蓋(てんがい)をながめた。

「あちらと引きつづき繋がっていてもべつに(とが)めないと言ったのに」

 不正話を信じたがゆえに顔を出しにくかったのか。

 悪かったとは思っている。


「あ……」


 ダンテは唐突に思いついて声を上げた。

「リュドミラの親戚は」

「おりません」

 オルフェオが答える。

「コルラードがいなかったという意味か、それともリュドミラに親戚がいないという意味か」

「後者です」

 オルフェオがそう返答する。

「ゾルジ家に輿入れするまえの素性は、高級娼婦だったようですね」

 ダンテは「ああ……」と返した。

「父のところに来ていたころ、そうとは聞いていた。外国の貴族の縁戚という建前ではあったが」

「彼女を育てた女性も老衰で亡くなっていました。この女性がコルラード様と面識があるかどうかは分かりませんが」

「ないだろうな……高級娼婦の養母と貴族の子弟では」

 ダンテは答えた。

 リュドミラの本来の素性をいまさらどうとも思わないが、親戚が見つからないという事実を聞くと、彼女がどんな事情を抱えて生きていたのか想像をめぐらせてしまう。

 高級娼婦ということは、幼いころにそれなりの人物にあずけられ学問やマナーの教育を受けたと思われるが、あずけられるまえにいたはずの両親は。

 彼女の容姿からして、北欧あたりからの移民だろうか。

 そういった彼女の事情は、コルラードにも何か影響していただろうか。

 ダンテはため息をついた。

「そちらにも頼るところはなしか」





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