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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
12.血とナイフ

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SANGUE E COLTELLO 血とナイフ II


「坊っちゃん」


 ヴィラーニ家の庭の一角。

 低木のしげみからひそめた声が聞こえ、コルラードはふり向いた。

 正門の周辺と玄関まえにはあかりが灯されているが、通路からはずれたあたりは暗い。

 低木がガサリと動く。

 ウベルトだ。

 コルラードは無言で立ち止まった。

 まだ興奮状態がつづいている。

 怒りと自分を弁護する感情とがないまぜになって、おさまりがつかない。

 大変なことをしたということだけは他人事のように認識できた。

 ゾルジ家への援助はもうないだろう。

 それどころか、このことでゾルジ家の父は責められるかもしれない。

 あれは血縁の子ではない、関係ないと言って父がかわしてくれるのを期待するしかない。 

「坊っちゃん、大丈夫ですか?」

「なにが」

 コルラードはそう言い返した。

「いや、あんなこと言ったんでちょっと責任感じたというか、あとが気になったというか」

 ウベルトが苦笑する。



「刺した」



 コルラードは答えた。

 ウベルトが、じっとこちらの顔を見下ろす。

「なにを見ている。刺したと言ったんだ」

「いや……あの、坊っちゃん?」

 混乱しているのだとウベルトは思ったようだ。

 なだめるように愛想笑いをする。

「なにをそんなところにいるんだ。泥棒でもあるまいし」

 コルラードはそう言い、早足で正門のほうに歩き出した。

 ウベルトが怪訝(けげん)な表情でこちらを目で追う。

「ちょ……じっさいは? ほんとうはどうしたんですか?」

「だから、刺した」

 コルラードはウベルトに背中を向けた。スタスタと歩を進める。

「坊っちゃん」

「おまえもさっさとここを出ろ。泥棒と間違われるぞ」

「いや、それよりも」

 ウベルトが茂みを出てこちらに駆けよる。コルラードの行こうとした方向に立ちふさがった。

「……ほんとうですか?」

「ほんとうだと言っているだろう」

 コルラードは声を荒らげた。

 大変なことをしてしまったという認識はもちろんある。

 現実逃避をしてしまいたいところなのに、なんども聞かれたくない。

「じゃ、だめだ」

 ウベルトは、コルラードの肩を押し戻すようにして引き止めた。

 周囲を伺うように見回す。

「ここの当主刺して、バカ正直に正門から出て行く人がありますか」

 ウベルトが言う。

 コルラードは呆然とウベルトの顔を見上げた。


「死んだかな」

「知りませんよ」


 「こっちです」と続けて、ウベルトは反対の方向に誘導した。




「海のほうから移住してきた御家は、まあ多少の差はあれ」

 城壁の街までのまっくらな道。

 コルラードをともなって歩きながら、ウベルトはずっと何らかの話をしていた。

 周辺に見えていたブドウ畑はとうに途切れている。

 広い草原に伸びる一本道。

 月がもう少し欠けていたら、どこを歩いているか分からなくなりそうだ。


「運河に面した侵入にくいお屋敷から、農地にポツンと建ったお屋敷に移ってるから、お庭の警備にわりと(すき)が多いんですよ」


 おだやかな口調で語りつづける。

「いまいちノウハウがないというか、慣れていないというか」

 ウベルトは軽く笑い声を上げたが、こちらの様子を横目で見ると笑うのをやめた。

「まあ……どうでもいいですかね」

 コルラードは、ウベルトから借りた上着を頭からすっぽりとかぶり、黙って聞いていた。

 銀髪は夜道では目立つからと、庭を抜けだすさいにウベルトにかぶせられた。


「どこに行く気だ」

「とりあえず、うちに」


 ウベルトが答える。

「貴族の坊っちゃんが見たら、びっくりするくらいせまくて質素なところですけどね」

 ウベルトはポケットに手を入れて苦笑した。

「坊っちゃん、庶民の家とか見たことないでしょう」

「……乳母の家ならたずねたことがある」

「ああ、そうなんですか」

 ザッザッという靴音がつづく。

 やや猫背ぎみにして歩くウベルトは、足の裏面を引きずるような靴音を立てた。

「その乳母さんは」

「だいぶまえに(ひま)を出されて故郷のフィエーゾレに帰った」

「そうですか」

 コルラードはゆっくりとうしろをふり返った。

 ヴィラーニ家の屋敷はもうだいぶ離れ、屋敷のあかりすらとうに見えない。


「……こういうときは、追っ手がかかったりするのかな」

「するでしょうねえ。当主を刺されて黙っている御家があるとは思えない」


(かくま)ったら、おまえにも迷惑がかかるな」

 コルラードはつぶやいた。

「まあそうですけど。とりあえず今日のところはしょうがないというか」

 すすしい風が通りすぎ、草の匂いがする。

 ウベルトが歩きながら夜空を見上げた。ふいに長いため息をつく。


「……どうしてもムリだったんなら、しかたないんじゃないですかね」


 ウベルトがポソリと言う。

「出世のいいきっかけなんて言いましたけど、どうしてもそういうことに嫌悪感のある人はいますからね」

「言っていることが以前と違うな」

 コルラードはそう返した。

「だから大人の世界は複雑なんですよ。坊っちゃんみたいに白だ黒だ正解だ不正解だで決められるものなんかほとんど」

 コルラードは黙って聞いていた。

 そんなことは理屈では知っている。

 だがどんなに複雑な事情でも、最後に通るのは正論だと思って主張していた。

 年長の者からみれば、やはり世間知らずの子供の考えなのだろうか。


 そろそろ城壁に近いあたりだ。

 あかるい時間帯であれば、遠目に見えているところか。


「おまえの家は城壁のなかか?」

「そうですよ」

 ウベルトが答える。

「城壁内のはしっこのほうです」

 庶民の労働者や職人などが多く住むあたりだ。

「城壁の門は閉まっているのでは」

「あれも抜け道があるんですよ」

 ウベルトが肩をゆらして笑う。

 城門まえにつくと、こちらに反応した門番に向けてウベルトは「しっ」というふうに人差し指を立てた。

 ポケットから貨幣(かへい)をとりだして門番に渡す。

 門番は、門をわずかに開けて通してくれた。

 やりとりが手慣れているところをみると、しょっちゅうやっているのだろう。


賄賂(わいろ)か」


 コルラードはつぶやいた。

大袈裟(おおげさ)ですよ、坊っちゃん」

 うす暗い石畳(いしだたみ)の道をウベルトが誘導する。


「外出禁止令の出てる時間帯ですからね。役人がうろうろしてますよ」

「見つからないように行くのか」

「見つかりそうになったら、道端に横になってホームレスのふりをするんです」


 コルラードは目を丸くした。

「そういうの知らなかったですか」

 ウベルトが問う。

「軍隊のお友達も、やってた人はやってたんじゃないかと思いますけどね」

 暗い石畳の路地を歩く。

 住宅の玄関ドアがならぶ道をしばらく歩くと、ウベルトはドアのうちの一つをノックした。

「エルサ、俺だ」

 内側からドアが開けられる。

 髪をゆった女性が、手燭(てしょく)を手に顔を出した。

 華奢(きゃしゃ)でおとなしそうな印象の女性だ。

「ちょっと客つれてる」

 女性はコルラードの姿に気づくと、問うようにウベルトの顔を見た。

「れっきとした貴族の坊っちゃんだ。ご無礼ないようにな」

「そんな方をどうして」

 女性が問う。

「ちょっと訳ありだ」

 ウベルトは、コルラードをなかに促した。


「すまん。世話になる」

 コルラードは目を伏せた。

「できるかぎり早々に出て行くので」


「坊っちゃん、嫁のエルサと、あっちが息子」

 ウベルトは親指で奥を指さした。

 厨房の火と一本のロウソクで照らされたせまい室内。

 厨房のまえにある木製のテーブルにつきながら、眠ってしまった三歳ほどの子供がいた。

「寝室は奥。家族といっしょに寝ることになりますけど、いいですか?」

「ああ」

 コルラードは返事をした。

「妻子がいたのか」

「ええ」

 答えながら、ウベルトはテーブルに着いた。

 コルラードにも座るよう勧める。

「知らなかった」

「言ったことはありませんから」

 エルサが火にかけていたスープをウベルトにとり分ける。

 煮こんだレンズ豆の匂いがする。

「坊っちゃん、夕飯は」

 ウベルトが尋ねた。

 ダンテが夕食を食べずに待っていたと言っていたのを思い出す。

 昼間にウベルトと話して以降、動揺をおさめるために広場でずっとぼんやりとすごしていた。

 何も食べていない。

「食べてはいないが……」

 コルラードはボソリと答えた。

「坊っちゃんのも」

 ウベルトがエルサに言う。 

 エルサがうなずき、皿を手にとる。


「すまん。食べたくはない……」


 コルラードはそうと続けた。





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