DESTINAZIONE DEL SOSPETTO 疑惑の行き先
「お父上の不正の証拠なんて、どっこさがしても出てこないですよ。もうカケラすら」
街の酒場。
いつもと同じ最奥のテーブルで、ウベルトは姿勢悪く肘をついた。
「さぐり方が足りないんじゃないか?」
コルラードは不機嫌な表情で言った。
すすめられた酒のつまみを首をふって断る。
「そもそも、おまえが不正に誘ったわけではないだろうな」
「それなら自分からお調べしましょうかなんて言わないですよ」
ウベルトが肩をすくめる。
「坊っちゃん騙して小遣い程度の金せしめたって、わりに合わないですからね」
そう言い片手をひらひらとふる。
コルラードは目を眇めた。
「金でつながった相手は裏切らないと言ったな。もし僕よりも多く支払った相手が裏にいて、証拠など見つからないと言えと言ったら?」
「こう言っちゃ失礼ですけど、坊っちゃんをそんな込みいった手で騙して得する人なんて……」
ウベルトは、はたと何かに思いあたったような表情をした。
「……いや」
考えこんでいるのか、しばらく目線を横にながす。
「もとより、ないものの証拠をざすのは難しいんですよ。分かると思いますが」
ウベルトは言った。
「ウワサすらなかったですし」
ビアマグの蓋を開けて、飲みかけのビールを口にする。
「あたしらの界隈では、経済的な不正だったらすぐにウワサになりますよ。金の話に敏感すぎるやつだらけですからね。他人の収支の資料を一文字一文字なめるみたいに調べて、ときにはゆすりに使ったりね」
ウベルトは軽く眉をひそめた。
「で、証拠を見せてほしいとは言ってみました?」
「……燃やしたと」
コルラードは答えた。
「ご当主は中身は見てるんでしょ? 説明してもらえばいい」
「ややこしいので、あまりよく理解できなかったと言って」
「御家の財産を管理しているような方が?」
ウベルトは鼻で笑った。
「むしろ、そういう不正を日常的に警戒しているお立場じゃあ」
コルラードは唇を噛んだ。
おなじことは考えた。
だが分からないものは分からないで通されたら、さらに言い返す材料はあるか。
きみが経済を知らなすぎるだけだと言われたら、こちらには反論するほどの知識はない。
どう追及できるかと考えたが、とうとうなにも言い返せなかった。
ふたりきりの場では、分が悪すぎる。
「で、何でご当主はせっかく証拠までそろえて告発をやめたんですか?」
「それは……」
コルラードは目を泳がせた。遠回しに言おうとしたが、うまい言い方が思いつかない。
「……条件をのむならと」
「坊っちゃんが?」
ウベルトがつまみのチーズをかじる。
「どんな」
「いやそれは」
ウベルトがこちらをじっと見る。
何かを考えているのか、目線を外さずにモグモグとつまみを口にしていた。
「その取り引き、どちらから持ちかけました?」
コルラードは顔を上げた。
「ご当主のほうから?」
ウベルトが問う。
どちらからだったかとコルラードは思った。
あのときは動揺していた。
覚えていない。
ウベルトが黙ってつまみをかじる。
やがてつまんでいた指先をなめ、ゆっくりとビールを口にした。
「こう言っちゃ何ですが、坊っちゃん」
ウベルトが指先で軽く口を拭う。
「もしかして、ご当主にウソつかれてたんじゃ」
「え……」
コルラードは目を見開いた。
「その不正話、どんなタイミングで持ちだされました」
「どんなって」
「稚児になるのを拒否したさいにとか」
タイミングなど考えてはいなかった。
いつの時点で言われたのだったかと、懸命に前後のできごとを思いおこす。
「しかも坊っちゃんの性格からして、えっらくかたくなに。正論までかまして」
コルラードは頬を強ばらせた。
「あーらら」
ウベルトがおどけた声を出す。
どこからウソだと気づいていたのか。おどろいた様子もない。
「ウソで脅迫して承諾させるとか。あのご当主、好人物そうに見えたのになかなかやるなあ」
ウベルトが肩をゆらし笑う。
「あのね、坊っちゃん」
ウベルトが続ける。
「腹立つとは思いますけど、知らんふりして今までどおりいたほうがいいと思いますよ」
ウベルトはふたたびチーズをつまんだ。
「出世のいい切っかけをつかんだことは間違いないんだし、そういう形で気に入られて出世した人は男でもけっこういますよ」
コルラードは表情を固まらせて、ウベルトの手の動きを見ていた。
なにか言おうとしたが、頭が動かない。
「分かるかな? 坊っちゃん」
ウベルトが反応のないコルラードを心配したのか、表情を伺う。
「食べます?」
チーズを乗せた皿をこちらに向ける。
いらんと答えようとしたが、口を動かすことができない。
まずプライドを保つほうに頭が動いた。
騙されてベッドの相手をさせられていたなど、ウベルトの勘違いだということにしたい。
コルラードはできるかぎり平静を保ち、財布から紙幣をとり出した。
いつもの金額をウベルトに渡す。
「……引きつづき調べてくれ」
ウベルトが少々おどろいた顔をして、コルラードの表情を伺う。
「坊っちゃん」
コルラードは無言で席を立った。




