SEMI DI SOSPETTO 疑惑の種 III
ロウソクの灯りが天蓋に透ける。
うす暗いベッドに敷かれたシーツは乱れていた。
麝香の香りがただよう。
「あの」
コルラードがあお向けの格好でこちらを見上げる。
「な、何だ」
ダンテはあわて答えた。
コルラードの顔の横に肘をつく。
「小遣いか? もう少し入り用か?」
「いえ」
コルラードは答えた。ダンテの体の下から這いだすようにして抜けだし、三角座りになる。
「父の不正の証拠を見せてもらえませんか」
ダンテは目を見開いた。
「あれは……」
なぜとつぜんそんなことをと思う。
「燃やしたよ。約束だからな」
作り笑いでそう答える。
うす暗いベッドの上。表情が見えにくいのがさいわいだと思った。
「内容は。どんな内容でした」
「それは……」
ダンテは目を泳がせた。
「……にぎり潰すと決めたものなんか忘れたよ」
ふいにコルラードと目が合った。
苦笑してごまかす。
「そうでなければ、うっかり人前で話してしまうだろう?」
コルラードはじっとこちらを見つめていた。
何の意味の凝視だろうかと思う。
もしかしてウソがバレたのかとも思ったが、それならなぜいまごろとも思う。
コルラードは、とくに表情を変えなかった。
ウソだとはっきりと分かっていたら、こんなに落ちついているだろうか。
激しく非難するものでは。
それともこちらが思っているよりもずっと、関係を受け入れてくれているのだろうか。
あれがウソであろうが、いまさらどうでもいいと思うくらいに。
そんなふうに思いたかった。
この子を手に入れるさいにうしろめたいことがあったなど、もうなかったことにしたかった。
はじめから相思相愛で体を許してもらったのだと、自分の記憶を書きかえてしまいたい。
「コルラード」
ダンテは白い頬を手で包んだ。
コルラードが目を合わせてくる。
じっと見つめてくれるほど、興味を持ちはじめてくれたのだろうか。
そう思ったら、かわいくてたまらなくなった。
食べてしまいたい。
やわらかな唇をついばみ、顔をかたむけてまたついばむ。
舌を入れると、コルラードの舌がおずおずと応えてくれた。
絡めようとしてくれたものの、あとはどうしたらいいのか分からないようだ。
しばらくすると唇を離そうとした。
そうではない。
教えてあげる。
コルラードの髪をなでるようにして抱きしめた。
いっしょに倒れこみ、唇を激しく舐ぶる。
ときおりコルラードが呻くような声を発した。
脚をからめ、コルラードの小ぶりな手を握る。
衣ずれの音がする。
今日も、もう一回させてくれるだろうか。
もう一回、体中に密着したい。
くぐもった嬌声をもう一回上げさせたい。
ダンテは唇を離し、コルラードの顔を見下ろした。
大きな目が真っ直ぐこちらを見ている。
「してもいい。その代わり」
コルラードがそう告げる。
「証拠の内容を、覚えているかぎり話してくれませんか」
話しさえすれば、させてくれるのか。
ダンテは息を乱しながらコルラードを見下ろした。
目のまえに餌をぶら下げられた犬のように、要求を丸呑みすることで頭がいっぱいになる。
だが、そもそもが中身などない不正話だ。
納得してもらえるウソをどうつこうか。
性欲に囚われた頭を懸命に動かした。
「その……内容は、経済的なことだ」
「くわしく言うと、どんな」
ダンテは目を泳がせた。
「……私は、経済はあまりくわしくなくて」
苦笑する。
家の財産管理をしている身で、この言い訳は苦しかっただろうか。
「証拠の資料を読んだときには理解したつもりだったんだが、説明しろと言われるとどう言っていいのか」
早く納得してくれ。
納得して、させてくれ。
ダンテは頭のなかで懇願した。
「経済的な不正は、ややこしいからな」
何とか平静をよそおっていたが、頭のなかは目の前の小柄な体にむしゃぶりつきたくて正常な判断を失いそうだった。
コルラードは、こちらをじっと見ていた。
「コルラード」
話した。
させてくれ。
コルラードの両肩をおさえる。
何もうしろめたいことはない。
この子ももう、いやがってはいない。
ベッドから逃げもしない。
まして今日は、はっきりとしてもいいと言ってくれた。
「コルラード」
鎖骨に口づける。
服でかくれる部分なら、いくらでも跡をつけられる。
むしろこの子の服のなかをだれかが見ようものなら、すでに私のものなのだと明確に分かるように。
体中あますところなく私がふれたのだと一目で分かるように。
頬に口づける。
あんなてきとうな説明で、こうして体をゆるしてくれるのだ。この子にしても、もうそれほど問題ではないのでは。
ちょっとした好奇心で聞きたかっただけかもしれない。
切っかけはどうあれ、愛されて性処理をしてもらって生活の面倒まで見てもらっているのだ。
その心地よさを受け入れはじめたのでは。
だから小遣いを受けとりはじめたのだろうと思った。
「コルラード」
コルラードの髪をなでる。ダンテは甘く呼びかけた。
好きなんだと言ってくれ。
愛しはじめているんだと言ってくれ。
別々の体でいるのがもどかしいくらい、離れたくない気持ちを分かってくれるだろうか。
なぜここまで激しく想うのか分からない。
きみの体は、答えをくれるだろうか。
「頼むから」




