SEMI DI SOSPETTO 疑惑の種 I
城壁内の街は軍隊にいたときよく来ていた。
いつもならかえる時間を気にしながら息ぬきしていたのだが、いまはもうそれはない。
広場の噴水のふちに座り、コルラードはため息をついた。
とくに軍隊が好きでいたわけではない。家を継げない貴族の次男や三男の定番の行き先の一つだ。
しかし軍功を立てれば出身家の名誉にもなり、身分や所有地を得ることも可能だ。
その目標しか見ていなかった。
勝手に除隊させられたいまは、張っていた気持ちが行き場をなくした感じだ。
「軍隊、お辞めになったそうですね」
頭上から聞き覚えのある声がした。
いつものごとく、こちらがだれかと確認するまえに無遠慮に横に座る。
ゾルジ家に出入りしていた裏社会の男、ウベルトだ。
「まえに助言したことを理解してくださったのかな」
ウベルトは、ぶつかりそうなのもかまわず片脚を真横に組んだ。
「どういう意味だ」
「ヴィラーニ家のご当主の稚児をやっていらっしゃるんでしょ?」
コルラードは弾かれたようにウベルトのほうを向いた。
つい頬が強ばる。
ダンテは口外はしないと言っていたが。
「誰が見たってバレバレでしょう。独身の男性貴族がきれいな男の子を養子にとるなんて」
コルラードは目を丸くした。そういうものなのか。
疎かった自分に気づく。
「べつに大人の世界なんて、坊っちゃんが思うほどそんなの気にしてませんよ。サクッとやらせてお小遣いでももらって、あとはご当主の従者にでもとり立てていただいて、一生安泰で暮らせばいい」
ウベルトが言う。
「軍隊で出世もいいが、こういう出世もありだと思いますよ」
「……父には会っているか」
コルラードは問うた。
「ええ。ごあいさつ程度は。いまさらあまり会いたくもないでしょうから、たまたまお顔を会わせたときくらいですが」
「どうしている」
「お変わりないですが」
ウベルトが答える。
「……おまえの目から見て、なにかおかしなことはないか」
「どんな」
「例えば」
コルラードは、しばらく押し黙った。
「金回りが少し違うとか」
「ヴィラーニが借金の肩代わりどころか、援助までしてくれてるんですってねえ。坊っちゃん、身ひとつでじゅうぶんお家を支えてるじゃないですか」
「うるさい」
ウベルトが肩をゆらして笑う。
「その援助で、潤ってるみたいですが」
「……その他の収益がある様子は」
「ほんの少しの所有地の税収ですか」
「その他だ」
ウベルトは面倒そうに息をついた。
「坊っちゃん、はっきり言ってくれませんか、何なんです」
「おまえみたいな界隈の者が知らないわけが……!」
コルラードは声を荒らげた。
「いきなりそう決めつけられましてもねえ」
ウベルトは噴水のふちに手をつき、身体をそらせた。
「こちらの得意分野の話なんですか?」
ウベルトが指を立てる。
食事一回程度の金額を示した。
「まっとうな界隈でお調べにくいことでもあるなら、引き受けましょうか?」
「……金はない」
「あのご当主は稚児にお小遣いも渡さないんですか」
ウベルトがおどけたように目を丸くする。
よこしたが受けとらなかった。
そのあとも数回ほど渡すと言われたが、無視している。
「坊っちゃん、変なプライドふりかざすより、素直に対価をもらったほうが賢いですよ。両方の御家の当主が合意してるなら、坊っちゃんにどうにかする権限なんてないでしょう?」
コルラードは唇をかんだ。
ゾルジ家の父は、そこまで折りこみ済みだったのだろうか。
ベッドの相手までさせられる可能性があると想定した上で養子を承諾したのか。
しょせんは孕んだ身で輿入れしてきたあばずれの子だ。
男娼のまねがぴったりだと思ったのか。
はじめてダンテの相手をさせられた日も、部屋にもどりそう考えた。
考えるほど涙がぼろぼろと出た。
不正のことについて父に問いただしたい気持ちはあったが、あれ以来ゾルジ家にはかえっていない。
「……おまえは、金さえもらえば間者みたいなこともやるのか」
「まあ、いろんなことやってきましたねえ。生活のためですよ」
ウベルトが肩をゆらして笑う。
「そうじゃない。僕がたのんでもやるか」
「金でつながった方なら裏切りませんよ。たとえ小遣い程度の少額でもね」
ウベルトが答える。
「金は用意する。調べてほしいことがある」




