SCHIAVI GLI UNI DEGLI ALTRI 呪縛 II
「毎日、外出許可をとって来るのか?」
ロウソク一本で灯されたうす暗い私室。
長い時間をかけて深い接吻をしたあとも、ダンテはコルラードの唇にそっと唇を這わせ続けた。
「大変じゃないか?」
ベッドのサイドテーブルの横で、なんども舌を絡めては唇を食む。
うっとりと甘い気分で話すダンテに対して、コルラードは人形のように冷めた表情をしていた。
こうしてすごすのは、もう何回めかになる。
コルラードは毎夜きまった時刻に屋敷にきてくれた。
使用人と顔を合わせるのを避けるようにダンテの私室に直行し、夕食も拒否して体だけを重ねて真夜中ちかくに兵営へとかえる。
いつも終始そっ気なかった。
「そもそも、きみがいまだに軍隊にいる意味はあるか?」
ダンテはうす目を開けてコルラードの表情を伺った。
「うちが援助を続ければ、きみが軍功なんか目指さなくてもゾルジ家は何とかなるのでは?」
「関係ないでしょう」
コルラードが、ようやく今夜はじめての言葉を発する。
「さっさとすませてください」
そう言い、服の留め具をみずから外しはじめる。
ダンテは小ぶりの手の動きを目で追った。
色気も情緒もない。
定型業務のような様子で、ばさりとシャツを脱ぐ。
「もう少し甘い雰囲気を楽しみたいんだが」
「ただの口止めでですか?」
コルラードがそう返す。
そういえばそういう設定だったとダンテは思い出した。
はじめの経緯など、コルラードも忘れているだろうなどと都合よく考えてしまっていた。
相思相愛の恋人と逢瀬を重ねているという頭のなかの設定に酔ううちに、コルラードも同じつもりなのではと思いこもうとしていた。
勝手なのは分かる。
だが、きっかけなどもういいではないか。
むしろこだわるコルラードを非難したくすらなる。
「せめて名前を呼んで話してくれないか」
「必要ですか」
コルラードが、怒気を含んだ声で言う。
「あなたはただ、母と似た顔が体の下にいるのを見たいだけでしょう?」
「顔なんか、はじめから終わりまで見せてくれないじゃないか」
ダンテは眉をよせた。
いつもコルラードは腕で顔をかくし、声すらもなかなか聞かせてくれない。終始そんな感じだ。
「そんなに注文をつけたいのなら男娼とすればいい」
コルラードがイラついた口調で言う。
「あなたがもといた街では、女装した男娼が橋の袂で毎晩客を引いていると聞いた」
「いたね」
ダンテは苦笑した。
「役人も立っている場所なのにな」
「そんなに遠い土地じゃないんだ。買いに行ったらいい」
「きみとしたいんだ」
ダンテは言った。
「いいかげん分かってくれないか」
暗いベッドのなか、ダンテは息を吐いた。
汗ばんだ体から離れて、まだ大きく上下している白い胸部を見下ろす。
細い腕でかくされたコルラードの顔をじっと見る。
余韻にひたりたいところだが、兵営にもどる時間を遅くさせてしまう。
ほんとうは腕まくらでもしてあげて、眠るまで甘い雑談でもしたいんだが。
コルラードが、両手をついてゆっくりと起きあがる。
「帰ります」
引き止めるかどうかダンテは迷った。
毎回会話をするひまもなく、情交だけをして帰らせるような形になっている。
これでは、ただ性処理の相手にしているだけだとコルラードが思いこむのもしかたがない。
そんなつもりはないのだが。
雨が降ってきた。
ざわめくような音が聞こえたかと思うと、やや強い降りになる。
「これから帰るのか?」
ダンテは窓を見た。
「朝にしたらどうだ」
「外泊許可はとっていないので」
コルラードは、ベッドから脚を投げだして靴を履いた。そのままスルリとベッドを降りてシャツをはおる。
「暗いし、あぶないだろう」
「では夜になんか呼ばなければいい」
コルラードが答える。
「だからここに住んでくれと!」
ダンテは追うようにベッドから降り、コルラードの背後から両肩に手をかけた。
「除隊してくれないか?」
「身の振り方に関してまでどうこう言うのはやめてもらえますか」
コルラードはダンテの手をふり払うように肩を大きくゆらし、上着をはおった。
ロウソク一本だけの暗いなかで、首元の留め具をとめる。
コルラードとは、対等な恋人同士として相対したかった。養父としての権限などあっても行使したくはない。
だが、毎回コルラードが帰るのは真夜中ちかくだ。
馬車で送ると言ってもぜったいに応じなかった。
一人で馬を駆っておとずれ、一人で帰っていく。
毎晩、コルラードが無事に帰れたかどうかを心配しながら眠る。
次の日の夜に来てくれたとき、まずはじめに思うのは前日は無事に帰れたのだなということだ。
「この屋敷でも、きみができそうな仕事はあるが」
ダンテはコルラードの背中に向けて言った。
「算盤は得意か。経理の分かる人間がもう少しいれば助かる」
コルラードは背中を向けたまま上着の留め具をとめていた。
「いや……ほかの役割でも、できるかぎり希望を聞くが」
何も答えてはくれなかった。
コルラードと夜の私室で会うようになって二週間とすこし。
うす暗いベッドのなか。
ダンテが体をずらして一息つくと、コルラードはゆっくりと起き上がった。
すっかり慣れたのだろう。コルラードの様子は、もはやただ手順を覚えた事務仕事という感じだ。
ロウソクの灯りが、うすい天蓋越しに見える。
ダンテはベッドから降りようとするコルラードに手をのばし、手首をつかんだ。
「兵営なら、もどらなくていい。さきほど除隊の届けを出しに行かせた」
「な……」
コルラードがふり向く。
「なにを勝手に!」
「ゾルジ家なら、うちの援助で盛り立てられる。そのための助言もさせていただくつもりだ。きみが苦労して軍功なんか目指すことはない」
ダンテは、睨みすえるコルラードの目を見つめた。
冷静に考えることができれば、彼を怒らせますます嫌われる行動だと事前に判断はついただろう。
だが、これで思うぞんぶん時間をかけて夜をすごせる。その期待が頭のなかを占めていた。
「きみはここで、私の手助けでもしてくれればいい」
コルラードがゆっくりと手をふり払う。
「……手助けってなんですか。この部屋での相手をこの先もずっと続けろと?」
「私と寝るのは気持ちよくはないか」
「気……」
コルラードは困惑した表情をした。
聞いたことに他意はなかったが、女性との経験もなかった少年にしてみればストレートすぎる質問だったか。
「楽しめないのなら、今後努力する」
開き直りにでも見えたのか。コルラードはきつく眉をよせた。
「頭がおかしい」
コルラードがつぶやく。
「あなたがこうしたかった相手は母でしょう」
コルラードは声音を落とした。
「いっしょにするとかどうかしてる」
「していない」
ダンテは起き上がり息をついた。
「兵営に私物はあるのか? ついでにとりに行くよう言ったが」
コルラードが黙ってこちらを睨み続ける。
「きみの部屋は、休暇にきたときのままにしている。掃除もさせてあるから、引きつづき使うといい」
ダンテは横目でコルラードの様子を伺った。
今夜からは、引きとめてもいいのだ。
たまにでいいから朝までいっしょにいてくれと言ったら、聞いてくれるだろうか。
「コルラー……」
「……部屋に行きます」
コルラードがベッドから降りる。
「あ……ああ。おやすみ」
のばそうとして動かした手を、ダンテはしずかに引いた。
今日のところは、さらに機嫌をそこねてしまうか。
「コルラード」
コルラードが窓ぎわのソファのまえでシャツをはおり、留め具をとめはじめる。
「朝食は何時ごろがいい。いっしょに食べよう」
コルラードは無言で留め具をとめていた。




