SCHIAVI GLI UNI DEGLI ALTRI 呪縛 I
早朝。
ダンテは、玄関ホールでコルラードと遭遇した。
コルラードが玄関のドアノブに手をかける。
「こんなに早く出かけるのか」
ダンテは声をかけた。
動いている使用人の数は日中ほどではなく、屋敷内はしずかだ。
ホールの高い天井に声がよく響く。
コルラードは動作を止めたが、ふり向かない。
軽い散策という感じの服装ではない。外出着だ。
「兵営に戻るのか」
ダンテは尋ねた。
「休暇はまだあったのでは」
日付の分かりそうなものをさがして周辺を見回す。
「兵営でやることがあるのか?」
コルラードは答えない。
ダンテはゆっくりと近づき、玄関扉のほうを向いたコルラードの顔を覗きこんだ。
「身体は大丈夫か? 体調不良で休んでいると使いをやってもいいが」
「勝手にやめてください」
コルラードがかすれた声で答える。
まぶたが少し腫れぼったい気がした。
あのあと部屋に帰って泣いたのか、それとも最中にすでに泣いていたのだろうか。
朝までいっしょにすごしたかったが、明るくなるまで引きとめたら廊下で使用人と鉢合わせしかねない。
この子も気まずいかと思い、部屋に帰るのは止めなかった。
泣いていると知っていたら、なぐさめてあげたのに。
コルラードはしばらくじっとしていたが、ややしてからあらためてドアノブを回した。
「そんな跡をつけたまま人前に出るのか?」
コルラードが無言で動作を止める。
何を言われているのかというふうに眉根をよせる。
「首のところ」
コルラードは、戸惑ったように目線を泳がせていた。
ほんとうに分からないのか。
「ここに」
コルラードの耳たぶの下あたりを指さす。
「私が接吻した跡が残っている」
コルラードは、不可解そうな顔をしていた。
跡が残ることを知らなかったのか。
「鏡を見るか?」
コルラードは、ゆっくりと指さされたあたりに手をあてた。
「女性とも経験はなかったのか」
「……関係ないでしょう」
コルラードが声音を落とす。
「まあ、関係はないな。恋人がいるかどうかを調べようとしたことはあったが」
「そんなものまで」
「できればここに住んでほしいが、通勤はできないか」
「男娼を囲えばいい」
コルラードが低い声で言う。
「男娼と遊ぶ趣味はないんだ」
「意味が分からない」
ダンテはポケットから数枚の紙幣をとりだした。
コルラードに差しだす。
「当面の小遣いだ。たりなかったら言ってくれ」
コルラードは手元すら見ずに玄関の扉を開けた。
早朝のうすい陽光が白い頬に差す。
「こまごまとした金がなければ何かと困るだろう」
ダンテはコルラードの肩をつかみ、紙幣を受けとらせようとした。
「相手をした対価ということか!」
コルラードがダンテの手をふり払う。
「そうではない。自分の家の子に小遣いを渡すなんてふつうだろう?」
「触らないでくれますか、汚らわしい」
「今夜も私室に来てくれるか」
ダンテはそう懇願した。
コルラードがきつく眉根をよせる。
「……母と違うとじゅうぶん分かったはずだ」
「そんなものはじめから分かっている」
紺青色の目が不可解さにおびえているように見える。
抱きしめてなだめて、悪意などないと分かって欲しかった。
つい手を伸ばしたが、コルラードの肩の手前で止める。
コルラードは身を縮めてダンテの手を見ていた。
「……人目がありそうなところではやめておく」
ダンテはゆっくりと手を引いた。
「きみが相手をしてくれるのも口外しない。きみが人目を気にしなければならないようなことはしないから」
コルラードの反応を気にしながら、ダンテは告げた。
「夜だけ、いっしょにすごしてくれないか」




