SII MIO 私のものに II
あまりに想定外の話だったのか。
コルラードは理解が追いつかないという顔をした。
「どんな」
「経済的なことだ。援助を再開するまえはよほどお困りだったのだろう」
「ありえません。父にかぎって」
コルラードが即答する。
ダンテは唇をかんだ。
コルラードがゾルジ家の当主を「父」と呼ぶことにすら嫉妬を覚える。
私だっていまは父ではないか。
「お話はそれだけですか?」
コルラードが、すれ違うようにして部屋を出ていこうとする。
ダンテはとっさにコルラードの腕をつかんだ。
「私がウソを言っているとでも?」
「僕が見たかぎり不正の気配などありません」
「お父上を信じたい気持ちは分かるが、きみに気どられるくらいならとっくに明るみになっている」
ダンテは鼻先で笑ってみせた。
コルラードが頬を強ばらせる。
ダンテは、ゆっくりと手を離した。グラスにワインそそぐ。
まったくのウソだった。
だがふしぎと何の罪悪感もない。
でたらめな話が、スラスラと口をついて出た。
「経済援助をする以上、おもな金のつかい道や金銭感覚を調査するのはとうぜんだろう。その上で分かったことだ」
「父に確認します。いったんかえって……」
コルラードがきびすを返す。
「不正をしているなんて、きみに聞かれて素直に認めるわけがないだろう!」
ダンテはそう声を上げて引きとめた。
「付き合っていた人間が悪かったな。あやしげな金融業なんかとも関わっていたのだろう?」
ダンテはグラスに口をつけた。
ワインで舌をうるおす。
「そういう者に関わっていれば、不正のお誘いもしょっちゅうあるものだ。ゾルジ家は、経済的には苦しくても爵位がある。それを利用したい者は山ほどいる」
コルラードは頬を強ばらせたままだ。
「ゾルジ家のご当主は、人のよさそうな方だし……」
ここまでスラスラとウソの話が出てくるのが自分でもふしぎだった。
コルラードの動揺した表情が、うまくウソをつけていると心を後押しする。
「あやしげな界隈の者にとっては、この上なく丸めこみやすい方だろうな」
「だからやめろと……」
コルラードが床を見てつぶやく。
ダンテはワインを口にした。
もう少しだと思った。
もうひと押しで手に入る。
何も悪いことはしていない。
自分は、この子を愛でてかわいがって大事に保護したいだけだ。
そのためのウソなら赦される。
「うちでは告発に充分な証拠をつかんでいるが……」
ダンテは、身をかがめてコルラードの耳元に唇をよせた。
「きみが望むなら、握りつぶしてやってもいい」
小声でそうささやく。
コルラードを自分のものにすることが、自分のなかの唯一の正義になっていた。
そのためならどんな方法を使っても正当なことなのだという考えが、頭のなかを支配する。
価値観は完全にズレていた。
体をかさねて親密にすごしさえすれば、自分の心情を理解してくれるはず。
コルラードの心も体もすべてに自分を穿ちたくて、心が狂おしいほど踠いている。
抱きしめて密着して体の奥すら共有すれば、自分を理解して受け入れてくれるはず。
ジリジリと麻痺した頭で根拠もなくそう信じた。
「服を脱いでくれるか」
ダンテは言った。
コルラードは、うつむいて床を見ている。
だいぶ間があった。
やがて、非常にゆっくりとした手つきでコルラードが上着の留め具を外しはじめる。
こちらの様子を伺うように見ながら、上着を脱いだ。
シャツの襟に手をかけたとき、もういちどこちらを見る。
このあたりでストップがかかるのではと期待したようだった。
「ぜんぶ」
ダンテはしずかにそう告げた。
コルラードが、困惑とも嫌悪ともつかない表情をする。
「脱がせてあげようか」
「……けっこうです」
こちらの様子を見ながら少しずつ留め具を外していく。
どこかの時点で、「もういい」と言われるのをまだ期待しているようだった。
ダンテはおもむろに読書机のほうに向かった。
煌々と部屋を照らしている燭台から、ロウソクを一本だけとり手燭に立てた。
のこりをすべて消す。
オレンジ色に照らされていた室内は、表情がやっと把握できる程度にうす暗くなった。
「これなら恥ずかしくはないか」
コルラードは自身の腕を抱くようにしていた。
近づいて脱がせてやろうとすると、ふりほどくように肩を動かす。
「……けっこうです」
コルラードがシャツを下ろして、細い肩となめらかな胸部をあらわにする。
ダンテは熱を持った目を眇めた。
心の底からむかえ入れてもらえたように錯覚し、頭のなかはフワフワと夢見心地になる。
ダンテは、コルラードの頬に手をそえた。
「ひどいことをするつもりはないから」




