SII MIO 私のものに I
執務机に頬杖をついてダンテは窓の外をながめた。
あわい陽光が射しこみ、ときおりのどかな鳥の鳴き声が聞こえる。
「私は今日も……」
ダンテは、書棚のまえにいるオルフェオに問うた。
「怖い顔をしているか」
「少し」
オルフェオが資料をさがしながら答える。
「私の父が、私を見るときにそれに似た顔をしていましたが」
オルフェオが書棚から資料をとりだす。
「ダンテ様」
「何だ」
「きのうコルラード様と揉めたと聞きましたが」
「揉めたなんて……少し言い合いになっただけだ」
ダンテは苦笑した。
「そんなことがもう屋敷内に広まっているのか」
「女中から聞きました」
ダンテは眉をよせた。
「……女中も情報源なのか」
「屋敷内の女中はそこまでのつもりで話してはいませんよ。よく顔を合わせていたら世間話にくらいはなるでしょう」
女中が頬を染めて美貌の従者とはなす場面をダンテは想像した。
あちらにしてみれば、しばらく仕事にならんのでは。
「コルラードは?」
今日なんどめか分からなくなったセリフをダンテは口にした。
「さきほどお部屋のまえの廊下でお見かけしたので、夕食の時間だけお伝えしましたが」
「そうか」
「ダンテ様」
オルフェオが資料を執務机の上に置く。
「相手は子供です。世間的には成人あつかいの年齢でも」
オルフェオが真顔で言う。
ダンテは従者の整った顔を見上げた。
この従者には、自分はいまどんな精神状態に見えているのか。
「……分かっている」
ダンテはそう返した。
夕食後。
私室へ来るよう言いつけると、コルラードは素直についてきた。
燭台に灯りをつけた従者が、会釈して立ち去ろうとする。
「ワインを」
ダンテは従者を呼び止めてそう言いつけた。
「きみは?」
「いりません」
コルラードがそっぽを向いて答える。
従者が退室する。
ダンテはおもむろに切りだした。
「きのうは悪かった」
感情をおさえてそう口にする。
「きみにはわけの分からない言い方だったと反省した」
コルラードが小さく息を吐く。
きのうのような展開になるのをおそれて息をつめていたのか。
「どうしても本心を分かってほしかった」
「気にしてはいませんので、部屋に」
「帰ります」と続けながらコルラードがきびすを返す。
ダンテは無言でコルラードの二の腕をつかんだ。
手に力がこもる。
コルラードが、戸惑った様子でダンテの顔を見た。
「きみもまえに本心を聞かせてくれと言っていたではないか」
恋慕でしびれる頭を、ダンテは何とか冷静にと制した。
オルフェオも言ったように、相手は十五歳の子供だ。
感情をぶつけておびえさせてもはじまらない。
もっとおだやかな語り口で納得させる方法などいくらでもある。
ダンテは、ゆっくりと手を離した。
「……まあ、それはともかく」
ドアをノックする音がする。
「ワインだろう。そのままいてくれ」
ダンテはドアのほうに向かった。
「いえ、僕はこれで」
コルラードがうしろを追うようにして足早に出入口のほうにくる。
使用人の目の前で退室すれば、なりふりかまわず引きとめることはしないだろうと考えたのか。
ドアノブに伸ばされたコルラードの手を、ダンテは横からつかんだ。
「いてくれ」
手に力をこめる。
「本題はこれからだ」
コルラードが身体を硬直させてこちらを見上げる。
ダンテはゆっくりと手を離した。
ドアを開けて、女中から水差しとグラスを受けとる。
窓ぎわに移動し、小テーブルにグラスを置いた。
「こちらに」
そうコルラードに指示する。
「飲むか」
「……いいえ」
コルラードは答えた。
「きのうも聞いたが、ワインはきらいなのか?」
ダンテは尋ねた。
コルラードは、答えずにダンテの手元を見ている。
「座ったらどうだ」
かたわらのソファを勧めたが、いつものごとくコルラードは座らない。
「今日はべつの話だ」
やや間を置いてからダンテは切りだした。
「ゾルジ家のお父上のことだ」
コルラードが表情を変える。
ゾルジ家の当主とコルラードの仲は、良好だと思われた。
コルラードがことあるごとに「抗議する」と口走っているところからも分かる。
面と向かって意見できる間柄なのだろう。
おそらくは、ふつうの親子なみに庇う気持ちもあるのではとダンテは思っていた。
「きみに言ったものかどうか、まえから迷っていたんだ」
「父がなにか」
コルラードが問う。
これまでとは明らかに表情が違っていた。
一転してダンテの顔をまっすぐに見る。
グラスで口元をかくしながら、ダンテは目を眇めた。
私の想いを伝えてもろくに聞きたがらなかったくせに。
イラつきを覚える。
自分よりもゾルジ家の当主のほうがコルラードの関心を占めていることに、うらやましさを感じた。
自身が兄として彼を育てていれば、いまごろおなじくらい関心を持ってもらえただろうか。
「非常に残念なことなのだが……」
ダンテはグラスをテーブルに置き、ゆっくりと口を開いた。
「ゾルジ家のご当主は、不正に手を染められている」
室内を照らすロウソクの火が、ゆらゆらとゆれた。




