ONDEGGIANDO NELLA FOLLIA 狂気にゆれる II
食堂広間から二階の私室に向かう。
ダンテはしぶしぶついてくるコルラードをふり返りながら階段を昇り、部屋へと案内した。
さきに入室した従者が、読書机の燭台に灯りをともし退室する。
なかへ促すと、コルラードは不機嫌な表情で入室した。
暖炉と読書机、ベッドがしつらえられた主室と三つほどの小部屋。
いずれも落ちついたダークブラウンの内装だ。
「私を避けていたのか?」
ダンテはドアを締めてそう問うた。
できる限りやさしく言ったつもりだったが、ついきつい声になる。
「なぜ避けた」
「会わなくてはならない用事がありましたか?」
コルラードはあからさまにそっぽを向いた。
「おなじ屋敷内にいるんだ。何かの合間に会って雑談をするくらいいいだろう」
「あなたと話が合うとは思えませんので」
コルラードが答える。
「きみに合わせる。何の話がいい。遊びの話か、それとも女の子の話か」
コルラードが眉をよせる。
子供と決めつけすぎの内容だったか。
「いや……どんな話が」
ふいにコルラードが窓をながめる。
カーテンはすでに閉められており、外は見えないが。
「あのときの令嬢は、お知り合いだったんですか」
「だれ」
「街で、あなたといっしょにもめごとに巻きこまれていた令嬢です」
「ああ……」
ダンテは答えた。
コルラードのほうから話題をふってくれたことにホッとする。
「スタイノ家の令嬢か」
「スタイノ……」
「知っている家か?」
「いえ」
コルラードは答えた。
「あのときにはじめて会った。きみとおなじだ」
「そうですか」
コルラードがそっけなく返す。
「ああいう子が好きなのか?」
「まったく」
コルラードが表情も変えずに答える。
「わがままそうで」
そうと続ける。
ダンテは口元をほころばせた。
あの子に興味はないのか。
考えてみれば、女性への理想も高い年ごろだ。
わがままで自己中心的な女の子など、悪口を言って敬遠しているようなころだろう。
「私なら、きみにわがままを言うことはない」
ダンテは言った。
「きみの話したいことに合わせるし、きみが欲しいものを与えてあげられる」
目元が、とろけるようにゆるむのが自分で分かる。
「きみを保護して、すべて面倒みてやれる」
「コルラード」とダンテは呼びかけた。
「私のものになってくれないか」
「勝手に養子にしているではないですか」
コルラードが眉をよせる。
「そうではない」
すんなりと理解してもらえるとは思っていなかった。
どう言えばいちばん分かりやすいのか。
「すべてをくれないか」
抱きしめるように両手をさし出したが、われに返りそこで止めた。
「心も身体も」
「意味が分からない」
コルラードが表情を険しくする。
「分かるように話をするから」
ダンテは感情をおさえつつ答えた。
「服を脱いでくれないか」
コルラードが不可解そうな顔でこちらの顔を見上げる。
ああ、説明が必要かと思い直す。
気持ちばかりが先走って、頭が混乱する。
「ぜんぶ見せてくれ。ぜんぶが欲しい」
「あなたは心の病気なんだと思う」
コルラードが冷静な口調でそう返す。
「今日あたりはとくにひどい気がする。いちど礼拝所で司祭に話を聞いてもらったらいい」
「性愛をすべて否定する司祭に、私の恋慕が分かるか!」
ダンテは声を張り上げた。
コルラードがますます不審げな顔をする。
「僕と母の区別がついていないのがそもそも病気だ」
そう言い、コルラードはわずかに後ずさった。
平然と対応しているように見えていたが、怖がっていたのか。
虚勢を張っていたのだろうか。
気が咎めたが、なだめるような精神的な余裕はもはやなかった。
「区別はついている。ちゃんと別人だと分かっている」
「それなら僕相手に体を見たいなんて言うわけがない」
「それはきみの価値観だろう!」
ダンテはふたたび声を荒らげた。
「たった十五年のことしか分からない、子供の価値観だ!」
その子供に、何を分かってもらおうとしているのか。
わずかに残った理性が自身にそう問いかけたが、止まらない。
「そんなことたいした問題でもないと思える感情があるのが分からないのか!」
「僕がいちいちあなたの感情に付き合う義理なんかない!」
コルラードがドアを背に声を上げる。
「ある。きみが避けるから悪いんじゃないか!」
コルラードが困惑した顔をする。
何を責められているのか分からないという顔だ。
「ちょっと避けたからって、なんでそうなるんだ……」
「もっと会いたかっただけじゃないか! どんどん会いたくなってしまっただけじゃないか! なぜ避けられるのか分からない!」
コルラードがひるんだ様子で後ずさる。
「自分の母を囲っていた人物の子息なんか、避けてとうぜんでしょう。ふつうは関わることなんかしない」
「なぜ父がだれと関係したかで私が避けられなくてはならないんだ! 私はきみに何も悪いことなどしていないじゃないか!」
コルラードがさらにジリジリと後ずさる。
「……べつの人にしたらいい」
そう言った。
「母と面差しくらいなら似ている人はいるでしょう。ほかを探せばいい」
コルラードがクルリときびすを返す。
「では」と言ってドアノブに手をかけた。
「ここまでの話は、聞かなかったことにします」
「いや聞いてくれ!」
ダンテはコルラードに早足で歩みより華奢な手首をつかんだ。
「あなたの立場を気づかって言っているんです!」
コルラードがつかまれた手首をふりほどこうとする。
ダンテはさらに力をこめた。
コルラードがこちらを睨む。
睨まれてすら、かわいくてたまらない。
私の手元にいれば安心なのだ。保護して守って愛して面倒みてあげる。それを理解してほしい。
ダンテは小柄な身体を抱きしめた。
コルラードが全身を硬直させる。
高めの体温が、ほんのりと腕と胸元に伝わった。
「きみの体は温かいな」
ダンテはささやいた。
首をたれて短い銀髪に顔をうずめると、コルラードの緊張した呼吸音が聞こえる。
「体のなかは、もっと温かいのか」
ダンテは声音を落とした。
目がすわるのが自分で分かる。
「入ってみたい」




