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【完結】呪縛 〜心を呪縛された男と、体を呪縛された少年の狂恋譚〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
8.狂気にゆれる

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IL LABIRINTO DA CUI STAI SCAPPANDO きみが逃げていく迷宮


「コルラードは?」


 近場の所有地からもどるなりダンテは玄関ホールを見回した。

 出迎えにきたオルフェオが同じように周囲をながめる。


「さきほど厨房の近くでお見かけしましたが」

「お腹でもすいていたのかな」


 ダンテは(ほお)をゆるませた。

 お腹をおさえ困り顔のコルラードを想像すると、ほほえましくて笑みがこぼれる。

「小さな子供ではないのですから」

 ダンテは手袋を外した。オルフェオが受けとる。

「調理が趣味とか」

「ゾルジ家での扱いから察するに、あなたと同じで厨房には入ったこともないと思われますが」

 玄関ホールとそのまわりの回廊を見回しながら、ダンテは階段を昇りはじめた。

 オルフェオがあとについてくる。

「ではなぜ厨房に」

「単に迷ったんでしょう」

 オルフェオが答える。

 ダンテは軽く眉をよせた。

「目的地への行き方くらい見ていないで教えてやれ」

「そうしようかと思ったのですが、話しかけようとしたらイヤそうな目で睨まれまして」

「きついことでも言ったのか、おまえ」

「いいえ」

 「おそらくですが」とオルフェオが前置きする。

「身辺を調査していたのが、私だと気づかれたのかなと」

「おまえにしては珍しい手落ちだな」

「十五歳の男の子の身辺調査などはじめてでしたので、いつもと少々勝手が違っていて」

「……私がおかしな調査をさせたみたいではないか」

 ダンテは顔をしかめた。

「そうは言っていませんが」

 肖像画と花が飾られた踊り場。ダンテはいちど立ち止まり玄関ホールを見下ろした。

 コルラードがまだその辺にいないかと目でさがす。

「屋敷のなかくらい言えば案内してあげるのに」

 そうつぶやいた。




「コルラードは?」


 執務室。

 税収に関する書類を黙読しながらダンテはそう尋ねた。

 書棚のまえのオルフェオが、廊下の方向をながめる。


「今朝はお部屋にいましたが」

「いまでもいるかな」


「身支度をしていらしたので、外に出たのでは」

 ダンテはため息をついた。

 おなじ屋敷内にいながら、きのうはいちどもコルラードに会えなかった。

「さきほどスタイノ家の令嬢が来てましたが」

「まだ来ていたのか……」

 ダンテは眉をよせた。

「週にいちどは来ていますね。今日は(とき)色のドレスでした」

「いっそおまえがお相手してやれ。おまえなら女の子は満足だろう」

 インク(びん)の底を羽根ペンで二、三度つつく。書類に確認のサインをした。

「はじめに対面したとき、邪魔者あつかいで睨まれていますが」

「そうだったか」

「どちらにしろ恋人がいる身なので、そういう役割は勘弁していただけますか」

「ああ……そうだった」

 ダンテはべつの書類をとりながめた。

「アントネラはあいかわらずか」

「あいかわらずです」

 オルフェオが答える。

 しばらくしてから思い出したように続けた。

「コルラード様は、窓から見ていましたが」

「何を」

「スタイノ家の令嬢をです」

 ダンテは顔を上げた。眉をひそめる。

 もやもやとしたイヤな胸焼けを感じる。

「……あの令嬢に興味があるのか?」

「それはご本人に聞かないと」

「コルラードはいまどこにいる」

 ダンテは書類を手にしたまま周囲を見回した。

「どこにいるのか……」

 オルフェオは書棚から資料をとり出し、表紙を確認してすぐにもどした。


「夜ならお部屋にかえっているのでは?」

「きのうの夕食まえに訪ねたがいなかった」


 ややしてからダンテは「ああ……」とつぶやいた。

「コルラードと街で逢ったとき、あの令嬢もいたのだった。それで見ていただけかも知れない」

「そういうことですか」

 オルフェオが返事をする。

「あのときのかわいい令嬢かと見ていたのですかね」

「それはない」

「ふつうのあの年ごろの少年ならそんなところでは」


「コルラードのほうがかわいい」


 ダンテは書類に目を通しながらそう返した。

「……リアクションしにくいことを言うのやめていただけますか」

「ああ」

 そう曖昧(あいまい)に返事をして、ダンテは書類にサインをした。

 オルフェオがしばらく資料を整理していたが、ややして話を続ける。


「あの令嬢は、コルラード様と歳も近いですし」

「私のほうが不利だと言いたいのか」


 羽根ペンにインクをつける。

「意味が分かりません」

「ともかく、コルラードはいまはどこにいる」

「お見かけしたらご報告しますか?」

 オルフェオが執務机に歩みよる。

「なぜおまえとの遭遇率(そうぐうりつ)が高いんだ」

「行動範囲が似ているのですかね」

 「というか」とオルフェオが続ける。


「単にあなたが避けられているのでは」


「なぜ」

「男の子を思いつきで養子にする不審な上級貴族だからでは」

 ダンテは顔をしかめた。

「……変質者みたいに聞こえるではないか」

「そういう男性貴族はときどきいますので、お気になさらず」

「……否定してくれ」




「コルラードは?」


 早朝の執務室。

 ダンテは資料を黙読しながらオルフェオに尋ねた。


「朝はお部屋にいらっしゃいました」


 書類の仕分けをしながら、オルフェオが淡々と答える。

「そのあと馬屋のほうへ。階段ホールでお見かけしたので、お食事はとお尋ねしたところ、お部屋で食べたいとおっしゃるので」

「部屋に運んだのか」

「はい」

 オルフェオが答える。

「女中に聞いたところ、毎食お部屋で召し上がられてるそうです」

「……そういえば食堂広間にいちども来ていないな」

 ダンテは眉をよせた。

 きのうもいちども会えなかった。

 おなじ屋敷内ですごせば四六時中会えると思っていた。

 これでは兵営を訪ねて呼びだしてもらっていたときのほうが、まだ会えていた。


「まあ食堂広間は、あなたと顔を合わせる確率がいちばん高いですから」

「私が何をしたと言うんだ!」


 ダンテは声を荒らげた。

 すぐに我に返り、口元をおさえる。

 オルフェオと目が合った。

 いつもなら主従だと分かっているのかというレベルのきつい軽口が来るところだが。


 オルフェオは、怪訝(けげん)な表情をしていた。


 棚から出しかけていた資料をいったんもどし、冷静に口を開く。

「お言葉ですが、あれは男の子だと申し上げましたよ」

「だから、知っている」

 ダンテはイライラと返した。


「あれが女性なら実家への援助を素直に感謝して、たのもしい方だと思ってくれるでしょうし、家系の一員に加えてもらえば玉の輿だと喜んでくれる」


 オルフェオはため息をついた。

「でも男の子に同じことをしても、そうとは受けとりません。おなじ男性に無条件に庇護(ひご)してもらうということは、ふつうは考えませんから」

 オルフェオが資料をそろえる。


「あなたに手助けされるほど、自分を男として見下している人物と受けとるんです」

「男って……あの子は子供だろう」

 ダンテは顔をしかめた。

「本人は一人前の男性のつもりだと思います」


 リュドミラとの一件を思い出した。

 あのとき自身は、いまのコルラードと同じ十五歳だった。

 それを思い出せば一理あるが。

「それでも、こうまであからさまに避けることはないだろう」

「コルラード様のような婚外子はどこの御家にも一人や二人いるでしょうが、進んでいたれりつくせりな面倒を見てやろういう者はそう多くはありません」

 オルフェオは声音を落とした。

「そこまでする動機が分からない」

「動機」

「少なくともコルラード様には」

 ダンテは書類に目線を落とした。


 できる限りいっしょにいたかった。

 ただそれだけなのだ。なぜこんなややこしいことになっているのか。


「動機を説明すればいいのか」

「まあ……しないよりは」

 オルフェオが言葉を選ぶように答える。

「おっしゃりたいことの要点をしめしていただければ、私からおつたえしますが」

「……いい。私が直接はなす」

「ダンテ様」

 オルフェオが眉をひそめる。

「何だ」

「冷静にお話できますか?」

「するつもりだが」

「よけいに(こじ)れるようなことを言うつもりではないでしょうね」

 ダンテは資料を閉じて執務机のはしに置いた。

「つぎにコルラードに遭遇したら、執務室に来るよう言ってくれ」

「ダンテ様」

「何だ」

「そんなこわい顔をして説明しては、ますます避けられるかと」

 ダンテは無言で顔をしかめた。

「……こわい顔をしていたか」

「いまでもしていますよ」

 自分自身の心に何が起こっているのか、自分でも分かりかねた。

 コルラードがいやな顔をして避けようとするほど、どうしたらこちらを向かせられるのかとばかり考えるようになった。


 避けるきみが悪いんじゃないか。


 こちらがどんなつもりかなんて、少しくらい察してくれてもいいではないか。

 いつもいやそうな表情で顔をそらして、愛想笑いすらしてくれない。

 こちらは、どうしたら気に入ってもらえるか、どうしたら笑いかけてもらえるのか、ここのところはそればかりを考えているのに。


 愛想のいい言葉一つくれないから、どんどんイライラが募っていくのではないか。

 きみが捕らえられてくれれば、こわい顔などせずにすむと思う。



 きみが、この手に捕まってくれれば解決ではないか。





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