UOMO DELLA COMUNITÀ SOTTERRANEA 裏社会の男
広場の噴水が音を立てている。
さきほどまで周囲は切れめなく人々が行き来していたが、いまは数えるほどしかいない。
コルラードは噴水の縁に座り、周囲をぼんやりとながめていた。
自由時間は、一人で街に出てすごすのが好きだ。
実家のゾルジ家は居心地が悪いわけではなかったが、血縁でもない自分を育ててくれたという負い目がいつも頭の片隅にあった。
外で一人ですごすときだけその負い目から解放された。
いまでも外ですごすのがいちばん落ちつく気がする。
足元の石だたみをながめる。
「坊っちゃん」
真上から声をかけられた。
コルラードが顔を上げるまえに、相手は無作法に横に座る。
三十歳すぎのやせた背の高い男だ。
姿勢は悪く無精髭を生やしている。飄々とふるまってはいるが、目つきは鋭い。
名をウベルトといった。
あやしげな金貸しとの仲介など、裏家業を生業にしている。
ゾルジ家がこんな者とまで関わらなければ経済が立ちいかないと知ったときには、愕然とした。
父を止めたが、代案を出すこともできなかった。
「返済の話なら父に言え。分かっているだろうが、僕には実家の金を動かす権限はない」
コルラードは、そちらを見もせず言い放った。
「それなんですけどね、坊っちゃん」
ウベルトが、なれなれしい口調で切りだして足を組む。
「ヴィラーニって御家が、全額を肩代わりすると言ってきたんで」
コルラードは目を見開いた。
たびたび兵営に訪ねてきている黒髪の貴族の男を思い浮かべる。
「調べたら、ずいぶんと格上の御家じゃないですか。どこにどんな接点があったのかなと」
横目でウベルトを見る。目が合った。
「ヴィラーニ家とやらの弱みでもにぎったのか」
「それとも」とウベルトが続ける。
「坊っちゃんが、この家のご当主に気に入られでもしたか」
「実績もない新米の軍人を? あるわけがないだろう」
「男色のお相手としてですよ」
ウベルトがゆっくりとした口調で言う。
コルラードは、不機嫌に目を眇めた。
先日、ダンテに接吻されたことを思い出した。
母と混同してのことなのだろうが、それでこの話では他人が聞いたら完全に誤解する。
「いいんじゃないですか。なかなか男前のお方ですし。みにくい変態爺に囲われるよりは」
「……侮辱と受けとってもよいか」
コルラードは声音を落とした。
「怖い目で睨むなぁ。落ちぶれても貴族は貴族ですか」
ウベルトが肩をゆらして笑う。
「坊っちゃんはご自分の価値を知らなすぎる」
ウベルトが笑うのをやめて言う。
「お母さま似のそのご容姿ひとつで、金持ちの一人や二人手玉にとれそうなのに」
「立ち去れ。不愉快だ」
コルラードは前方を見すえたままそう返した。
「まあ、たとえばの話ですけどね」
ウベルトが組んだ脚の上で肘をつく。
「きれいなお顔をしてお堅いところに唆られる男ってのは、けっこういますよ」
「消えろ」
コルラードは言った。
ウベルトはしばらく肩をゆらして笑っていたが、やがて「さて」とつぶやいて立ち上がる。
「大貴族さまからのお申し出なんで、坊っちゃんとヴィラーニ家当主とのあいだに何があろうが、こちらも断れないですからね。受けとりますよ。とりあえずはよかったじゃないですか」
ウベルトがひらひらと手を振る。
「じゃ」
やせた長身の姿が遠ざかるのを見送りながら、コルラードは唇をかんだ。
自分では、すでに一人前の男性という自負がある。
だが周囲の目は、大人のたくましい男に向けられるものではない。
子供を見る目であったり、女性とそう変わらないものを見る目であったりする。
ダンテとて、悪気もなく女性のようなものと認識しているのだろう。
「……腹が立つ」
コルラードは低い声でつぶやいた。




