城塞都市ルーデン
聖騎士が2人しか残っていないと言う、既に窮地な状況。頼れるのは聖魔術士だけ、こんな編成で大きな城塞都市を奪還出来る訳なかろう?
・・・してもらわなきゃ話が進まないんですよ。お願いします。
「・・・あれだね」
「サーヴァルだらけじゃないか」
ルーデンは城壁に囲まれた都市、人口もそれなりに居たが、去年陥落、ここに住んでいた住人はファーバンラグニス東側に難民キャンプを形成している状態。ファーバンラグニスの最終防衛拠点としての役割があった為、町は城壁に囲まれた城塞都市となっている。西門から東門にかけてまっすぐな線を描くように崩れており、サーヴァルに敗北した傷跡を生々しく残していた。現在はサーヴァルの前線基地となっている。サーヴァルだらけなのはわかりきった事であるのだが・・・聖魔術士しか居ないこの壊滅しきった遠征隊でこの町が攻略出来るとは到底思えない。だがやるのだ、勝算は無い、ある訳無い。
ルーデン到着後はサーヴァルとひたすら対峙、東門を拠点に聖魔術士を餌にサーヴァルを呼び寄せひたすらに迎撃戦、前に出る戦力が居ない以上、敵に来てもらう他無いのだ。
・・・腕の感覚も無くなりそうだ。
・・・無いよりかはマシ。知らない誰かの聖剣を何本か拝借してもうそろそろ60体、流石に聖剣があると若干討伐が早くなるが微々たる物、手に馴染んできたような気もするが、それはただ単に手元の感覚が無くなって来たとも言えてしまう。それ以前に援軍が欲しい。しかしサーヴァルも減ってきた。聖魔術士の回復も受けながら15体倒した所で町の中心で土煙が上がった。大きな蜘蛛みたいなサーヴァル・・・サーヴァルキングだ。
「サーヴァルキングが居やがるぞ!マズい!ひとまず撤退せねば!」
・・・嘘・・・だろ?
周囲の聖魔術士達が慌て始める。そのうちの一人が棒立ちのシーズの腕を掴んで後ろへ引っ張ろうとする。
「撤退って何処へって話だ?」
状況は終わっている。とてもじゃないがあんな物、ルナが居ようとも聖騎士モドキ2人で勝てる相手ではない。いずれ対峙する事は覚悟はしていた、だがこの人数は想定していなかった。
「そうは言ったって聖剣もマトモに使えねぇあんたらで太刀打ち出来る相手でもねぇだろ!幸いまだ見つかってない!一旦東門まで引くぞ!」
「・・・分かった」
シーズは引きずられるように東門の詰所へ他の聖魔術士と共に流れ込むように逃げ込んだ。
「何事だ?」
「聖魔術士長!さ・・・サーヴァルキングです!」
「・・・まぁ・・・居るよなぁ・・・前に出ていた奴らは?」
「ひとまず全員自己判断で撤退済みです!」
「上の見張りに動向を定期的に寄こすよう伝えてくれ、これはその後食っとけ」
「了解しました」
シーズをここまで引っ張ってきた聖魔術士は聖魔術士長からパンを受け取った後東門の階段から城壁の上を目指して走って行った。
「大した物では無いが、用意してある。少し休め」
「・・・分かりました」
シーズは立ち上がる、ルナは既にパンにかぶりついている、聖魔術士長は流れ込んだ時に手放した聖剣を拾って実剣化を解き、聖剣を壁際の椅子に座らせた。壁際にはエルも居た。
「・・・戻していいのか?」
「・・・聖剣も人間だ、構うな、食え」
シーズは聖魔術士長に背中を強く押されて詰所の椅子に座らされる。適当に積み上げられたパンを一つ手に取りそれをかじる・・・あまり美味しくは無い、戦闘糧食用の長期保存パンなどそんなものだ。ミナも実剣解除せざる得なかった様子・・・彼女もまた人間なのだから。
「聖魔術士長!東門の防衛棟にこちらが!」
「・・・手帳?」
「当時の人間が残した物と思われます」
聖魔術士長はそれを受け取り、中を読んだ。
「・・・なんてこった」
「そして、サーヴァルキングがこちらに向かって動き出しています、速度は遅いですが、距離を詰められておりほとんど猶予がありません!」
「極力前に集めろ!私も行く」
「はっ!」
聖魔術士はまた詰所を出て行った。その間に手帳をシーズとルナの目の前に放り投げた。聖魔術士長が嘆いた理由を知るために手帳をめくっていく、日記のようだった。内容からして、サーヴァルの軍団はセビア メルケンの率いた遠征隊のようだ、遠征が困難となり引き返した後、ルーデンの守衛に加勢したが、サーヴァルの軍勢に叶わず、次々に戦死者がサーヴァルとなっていった・・・つまり自分達の前に編成された遠征部隊の日記という事である。
「この手帳からするに、隊長がサーヴァルキングになって部下を皆殺しにしたと・・・うわぁ」
「そのようだな」
聖魔術士長 とシーズは二人でため息をつく、サーヴァルキングとは、強力な信念や執念などを抱いていた人間がなりやすいと言われている大型種のサーヴァル、基本的には複数のサーヴァルを従え、生前と同じように行動する。サーヴァルキングが街を支配している理由は元聖騎士だったからが主な理由、街を襲うのに関しては遠征部隊だった、もしくは帰還本能、商人その他・・・諸説あるが、帰還本能が最近では有力となっている、理由はファーバンラグニスに襲来するサーヴァルの増加とその元となった部隊の人間の出生地が一致する事がほとんどだからだ。そしてもう一つ問題がある・・・ミナの実剣化が出来ない事だ。
「聖騎士のくせに実剣化出来ないのか?聖魔力なんてそう簡単に尽きるもんでもないのに」
「俺は消費がやけに激しい、ルナは聖魔力を聖剣に注げないんだ」
「なんだそりゃ」
「散々言われてる、何でだろうな?」
「じゃぁ・・・ほら、これで良いだろ?あんな馬鹿強い聖騎士のくせに呆れる欠点もってんなぁ」
ひとまずミナは聖魔術士長の手で実剣化される。
「どうも」
「あんたのは無いと聞いたが・・・?」
聖魔術士長はパンに一切手を付けていないエルを見る。
「エル・・・力を貸してくれないか?」
「私・・・役に立たないの、知ってるでしょ?」
エルは涙を流す。
「大丈夫だ、俺を信じてくれ・・・頼む」
「・・・力になれそうに無い」
「そう決めつけるにはまだ早い!」
「・・・ごめんなさい」
エルは立ち上がって詰め所を出て行ってしまった。聖魔術士長は黙って部下に後を追うように指示する。
「・・・こりゃ、中々骨が折れそうな関係だな」
「俺が悪いんだ」
「聖魔力なんて誰でも持ってる物なんだがな?だが時間も無い、頼めるか?最大限のバックアップは我々でも用意する」
気の毒そうに聖魔術士長は壁際の椅子に座る聖剣に声をかけた。
「頼みます」
その聖剣はそれを聞くと立ち上がり、聖魔術士長に右手を差し出した。
「ミーナ・・・だったな?主人を失ってる所悪いんだがこの聖騎士の聖剣の代役を頼めないか?」
「構いません・・・ご飯も頂いたので」
誰かの聖剣、ミーナは聖魔術士長 の手で実剣化する、先ほどまで使っていた一本だが彼女のメンタルもまた酷い有様。黒い模様がまた美しいが装飾に派手さは無い、一般的な中級聖剣である。いかにエルとミナが特別製だったかが良く分かる。
「行くぞ」
「うん」
ルナはそう返事をして後を付いてくる・・・そうは言ったが、無策。相手の手札を確認しない事には何も出来ない。
見えてきた蜘蛛のような怪物、セビア サーバルキング、顔と思う所にはセビア メルケンの変わり果てた上半身、当然攻撃方法なんて蜘蛛の糸に決まっている・・・そう思っていた時期があった。
「炎なの?!」
「その見た目で?って思う所はあるけどな?」
ルナは慌ててしゃがみ込む。自分は怖気づいて居るのだが、ルナはそのような事も無く切り込んでいく。本当は自分より強いのかも知れない。そう思う時は実戦を重ねているとかなりある。だが頼りきる訳にもいかない、ひとまず足を減らして動けなくしたい、部分破壊を狙う。そのつもりで動いているのを察してか、ルナもその気、この何も言っていないのに察しがいい所も時に怖い女と思う一面もある。
だが、聖魔術士も負けじと中々手際が良い、揺動は聖魔術士が引き受けてくれるのだ。たまに防御陣も展開してくれる、願ったり叶ったりだ。流石は聖騎士より勉強が出来るだけはある。聖魔術士と言う職業は頭が良くないとやっていられない職業だけはある。
・・・やったは良いんだが・・・。
・・・どうしよう?
シーズとルナは黙って見つめあう、足を切り落とす最中も色々模索した、しかし足を全て切断する方が先に出来てしまった。動けなくなり、大きな鎌のような手がさらに猛威を振るう、そんな中でも色々攻撃してみるが致命傷となる部分が分からない・・・後はもう人型の上半身の他無い。
・・・やっぱあれ?
・・・あれ以外もう他無いじゃん!!
ルナを見れば指さして他に無い事を黙って講義している・・・そうと決まれば検証する為にもなんとかして動線を確保したい。
ひとまず聖魔術士長の居る防御陣まで一度下がる。ひとまず息を整えたい、ルナも同じ考えだった。
「さぁ・・・ここからどうするべきだと思います?」
一応、聖魔術士長に聞く、何か他に意見が聞きたい、それだけだ。
「あんたらでもお手上げかよ?何処なら効果がありそうなんだ?」
はぁ?そんなの知る訳無いだろ?聖魔術士長はそんな顔で腕を組む。一応考えてくれるようだが、離れた所から見ても特に攻略案が思い浮かばなかった様子。それもそのはず、サーヴァルキング級、実は討伐例があまりないのだ。英雄、ソル クレムニルが一般聖騎士では真似できない剣術で討伐に成功したと言う全く参考にならない事例しか無い。聖魔術士に聞いた所で知らないのは当たり前、諦めるべきだが、よく分からないけどなにか惜しい所まで攻略出来ている、簡単に諦めきれない、そんな顔を他の聖魔術士達はしている、そうこうしてても色々試してくれているのだ。だが効果無しなのも事実だったりする。お手上げだった。
「胴体しか無いじゃん!君の事だからさっきので伝わったと思ったんだけれどなぁ?」
「・・・他の意見も聞きたかっただけだ」
そんな手詰まりの状況でルナが口を開いた、そしてまた上半身を指さす。そっか・・・と聖魔術士長はさらに考える。普通なら聖剣突き刺して終わりだろう・・・だが両脇の二人・・・つまり自分らはロクに聖剣を使えない奴らである。だが何かをひらめいた様子だ。
「とりあえず奴の額にミーナを突き刺せないか?そしたらブライト・サンを聖魔術士が注ぎ込む・・・本来は浄化用魔法なんだが・・・」
つまりは足りないなら注げばいいじゃないと言う発想だ。
「聖魔術士長!それだと聖剣側にもダメージが!」
だが、簡単な話じゃないと思うのも事実、そんな事例もまた無いので聖剣がどうなるかも未知数と言うリスクもある・・・だがごり押しする他無いだろう。手元の聖剣を死なせる事になるが、一人の命で100人近くが助かるのならばと思えば・・・見殺しにする選択肢しか無いのだ。
・・・これで一人の命が消えるんだ。
元々死ぬはずの人間だったと思えば別にどうって事では無い・・・とも言うがそう簡単な決断じゃない、少なくとも自分はその考えを正当化出来ない。葛藤しつつミーナを眺めながら再びセビア サーヴァルキングに目を向ける。足が再生を始めていた。時間は無い。
「だが背に腹は代えられん!このままじゃ一向に攻略できんぞ?全滅だ!!」
他の聖魔術士が危険性を訴えるがこの方法しか無い、早くしなければ復活してしまう。
「・・・ルナ、右側押さえられるか?」
「やってみる!」
「・・・すみません」
ミーナの剣身に一度額を当てる、そしてルナと一緒に走り出す、右手にはミーナ、左手には片手剣、大きな鎌みたいな物が二人を襲う、ルナに右の手を押さえて貰い、自分は左を押さえる、だがこれでは上半身を攻撃出来ない。
「頼む!ミーナ!」
ミーナを投げる。ミーナは自力で飛んでいるかのように額に刺さるが、聖魔力の供給者が居ない以上、ミーナは現状ただの剣に過ぎない。そこで聖魔術士達の出番だ。後ろでは杖を構えて一列に並んで待機している。
「聖魔術士長!」
大声で怒鳴った、後ろで術式の準備は既に出来ていた。
「ブライト・サン!!」
聖魔術士長の号令で聖魔術士達がブライト・サンを一斉にミーナに向かって放つ。本来ブラックアウト浄化用の魔法である空間浄化系光魔法、過剰過ぎる聖魔力はたとえ未契約者使用で5%しか発揮出来ない聖剣の力も100%に持っていく・・・だがそんな事すればどうなるか・・・ミーナが最悪死ぬ、ミーナの剣身がだんだん赤く発光していく。そしてどうなったかは分からない、辺りが白い光に包まれたからだ。
セビア・サーバルキングはこの魔法で完全蒸発した、そしてミーナは実剣化が解けて倒れている。
クラクラするが全力で駆け寄ってミーナの体を起こす、意識はあるようだ。
「ミーナさん!!」
「・・・お役に立てたなら・・・なによりです」
「しばらく休んでて欲しい・・・申し訳無い事をした」
聖魔術士長が駆け寄ってくる、そしてミーナに回復魔法をかける。
「これは私の推測だが・・・多分さっきの攻撃は君の聖剣としての寿命を食いつぶしたと思う、とっさの判断でやってしまったが・・・申し訳無い」
「それで済んだのならば・・・聖剣としての役目が果たせて良かったです」
「命に別状は無いと思うが・・・マクズウィル、どう思う?」
「失礼・・・あー・・・完全に聖剣としての能力吹き飛ばしちゃってますね、なんて指示出しちゃったんですか!だから言ったんですよ!!」
他の聖魔術士が軽く診断する。
「どのみち、主人を失っている以上、聖剣としての価値は残っていなかったんです、役目を全うできたなら心残りもありません」
「申し訳ありませんでした」
「聖騎士さんも悪くないのですよ?素晴らしい剣技の腕前でした・・・ただ・・・」
「ただ?」
「そこまで吸い取ったつもりは無かったんですが・・・聖魔力が・・・突然枯渇するのが・・・ちょっと理解出来なくて・・・」
「それは・・・そう言う仕様なんだ」
「・・・ごめんなさい」
「ひとまずミーナちゃんは私達に任せて欲しい」
「お願いします」
シーズはミーナを聖魔術士達に引き渡すと今まで気が付かなかった剣を拾い上げる・・・明確に分かる、これは普通の剣だが装飾自体は古くさい。聖剣との見分け方は聖魔力が有るか無いか・・・この剣からは一切感じられない。
「その剣・・・たぶん魔剣だと思う」
急に背後から声をかけられてシーズは後ろを慌ててみる、ルナだった。
「魔剣?何それ?」
「聖剣の前の世代の剣、もう製造は禁じられている事はおろか、無かった事にまでされている剣、それは回収の対象になってないから拾った者勝ちだね」
「そんなのが有るなんて初耳だぞ?」
「歴史的な聖騎士家系のごく一部だけが代々引き継いでる剣だからね?」
「どうやったら使える?」
「それはその手の家の人しかしらないよ?」
「ただのガラクタじゃねーか!・・・でも一応・・・人なんだよな?」
「もちろん」
「じゃぁ・・・持ち帰らなきゃだな?」
「まぁでもここに落ちているって事はもうその家の家系が途絶えてるって事にもなるね、返す所も無い、だから拾った者勝ち」
「うーん・・・じゃあどうすれば」
「とりあえず持ってれば何かの役に立つかもよ?」
「・・・分かった」
ルナはそう言い残して灰の中から何かを拾った後、それをポケットに入れて聖魔術士達の後を追った。
・・・魔剣・・・か・・・。
錆びも出ている・・・しかし何故魔剣がこんな所に落ちているのだろうか?
セビア サーヴァルキングを倒した場所を見渡す。建物があった場所で、瓦礫の下には紋章の入った金属板が埋もれている、拾い上げてみれば見慣れた紋章、ロンドクルツ神聖帝国聖騎士団の紋章だった。
・・・ここは、聖騎士ギルドだな・・・?
理解した。所有者はここで死んだのだ・・・だからここにあった。瓦礫に埋もれた物も野ざらしでは無いような感じがする・・・今しがたセビア サーヴァルキングに破壊されたばかりの建物だろう。正直な所、戦う前の町の様子を一切覚えていない・・・そんな余裕がそもそも無かったからだ。
何か有力な情報が無いか文章を探してみる。陥落直近のルーデンの状況が分かる文章ばかりだ。ルーデンは北と西から攻め込まれた。北の市民に甚大な犠牲者が出ている。北の市民の大半が逃げそびれた。北の建物の倒壊が甚大。西門が突破された。各区の市民の退避が完了、ルーデンの放棄をこれに宣言する。
北と言えばついこの前陥落したロッキス砦と近い、ロッキス砦はファーバンラグニス防衛の前線基地で、昔からサーヴァルの猛攻が絶えなかった砦でもある。建築目的は、神聖帝国と相対するリズリット王国と言う国からの攻撃を守る為だと教わった、ここが陥落すれば神聖帝国は首都ファーバンラグニスで西から来る敵を迎え撃つ事になる。だがそれとルーデン陥落に何が影響するのか、実はルーデンから北、そしてロッキス峠から西には広大な平原地帯がある、この平原地帯はかつて太い交易街道だった、西の方の国とほぼ直線で結べる広大な平原だ。そこから外れた所にルーデンなどの都市がある。交易街道の上に町が無いのは不可解な気もする。答えは住めた物じゃなかったので町が消えていったと言う訳である。ルーデンの北地域が陥落したのは交易街道から逸れたサーヴァルの軍勢が居たからだと推測出来る、当時の聖騎士もそう考えたようだ、北側には潤沢な聖騎士を配置していたようだが、第25回目の遠征隊の一部がルーデンに戻って以降、抑えきれなくなっている・・・遠征隊がサーヴァルに化けてしまったようだ。
・・・自分達が死ねば、骸がファーバンラグニスへ向かう・・・か。
正直姉を倒したサーヴァルキングに勝てるとは思っていない、しかし倒されればファーバンラグニスに残った友人を殺しにかかる。生き残らなくてはいけない。
書類を適当に抱えて立ち上がる。この情報はファーバンラグニスに既に届けられているとは思うが、この町がどうして陥落したのかを理解する材料となる。魔剣も持って詰め所に戻ろう。
詰所に戻れば聖魔術師軍団によるルーデンの浄化の準備が始まっており、東門周辺が騒がしかった。意外にも怪我人が居ない、ここに居る人間のほぼ全てが後方支援だったからだ。
「・・・なんだそりゃ?」
「ルーデン陥落までの報告書だ・・・奪還したとはいえ、騎士団が援軍を寄こしてくれるまではこの町を少ない人数で防衛する必要がある、その為の資料だ」
「騎士団側の報告書か・・・聖魔術士側はきちんとしてたが戦局までは報告が上がってなかった」
「・・・おい」
「おいおい、先陣を責めるな?当時はもうそれどころじゃないという状況だ、市民の避難が追いついて居なかったらしいからな?これは後で聖騎士本部に事後報告しておくべきだろうが・・・ひとまずルーデンの浄化が優先だ、持ち込んでいる聖石を山積みにすれば囲んでおけばちゃんとした守護聖石がある村と変わらんさ、遺体を乗せてる馬車は先行でファーヴァンラグニスに向けて出発している・・・護衛無しは心元無いが・・・それと、今日の戦闘であんたが使った死人の聖剣、エリス ネルンドリッサとサーミャ エルドレだ、ひとまず予備としてこの場に残してあるが・・・精神状態は最悪だと思ってくれ、いつ首を吊ってもおかしくないぞ?」
「ミーナはどうなった?」
「ミーナ?聖剣としての役目終えちまってるからなのか、ほっといても大丈夫そうな気はする・・・一応監視は続けてるがアイツの作る飯は美味い、ついでに食ってこい」
「・・・ならいいんだが・・・」
「良いから食ってこい」
「そうする」
聖魔術士長に追い出されるように詰所を出る、そして近くの酒場と思われる民家に足を運ぶ、小柄な癖っ気気味の金髪おさげのエリスと平均的な身長の茶髪のポニーテールが印象的なサーミャは奴隷のように付いてくる。古びたドアを開ければ既にルナが居た。
「シーズ遅い!」
「なんで居るんだよ!?」
「ご飯の匂いがしたから」
「・・・お前って奴は」
そう、ルナは見た目に反して食いしん坊な所がある、間食も多いのにこの細身は一体なぜだ?毎度の疑問だが、ひとまずカウンターに座る。直ぐにミーナがそれなりに量のある食事を提供してくる。
「お疲れ様です、聖騎士様」
「もう良いのか?」
「聖剣の寿命も尽きたし、皆さんの為に出来る事と言えばコレぐらいかなと思いまして・・・それと、これどうぞ」
「あっずるい!」
「これはそもそもシーズさん向けのメニューです、霊長鳥のソテー・・・聖魔力の許容量を高める効果があるお肉です・・・でも許容量そのものはシーズさん、皇帝近衛騎士様を目指せる以上に有るんですよね・・・何ででしょう?まぁ回復効果もあるので戦闘後にはうってつけの食材です」
ルナに食べられないようにミーナはソテーを高く持ち上げる、そしてミナがルナを押さえ込んでいる。
「そこの二人の分もありますよ?これから活躍して貰うんですから少しでも食べて貰わないと困ります」
ミーナはソテーをシーズの横に置いた後エリスとサーミャの背中を押して座らせる。実剣化の状態が長かったせいか空腹の限界でミーナが提供した料理を一瞬で平らげてしまった。
「まぁ・・・魔術士長に言われたから来ては貰ったが・・・少なからず近いうちに聖剣としての力は失う事になるけれど良いか?」
「聖剣としての役目が果たせるのならば後悔ありません」
「望む所ですね」
「・・・そっか、そう言うもんなんだな」
そんな話を持ち出してからエリスとサーミャが抱えていた喪失感は薄れた気がする。
「この命が尽きようとも聖騎士と共に戦う、それが、聖剣としてのプライドですから」
ミーナも安心して微笑んだ。その微笑みは責務から解放された時のような顔・・・もう私は聖剣じゃないんだという寂しさも感じる顔だった。その聖剣の責務を奪ったのはこの上無い、自分である。
「ミーナさん、本当にすみませんでした」
「良いんです、私にとっての大舞台が今日だったんです。全ての力を出し切れたのでもう聖剣としての後悔はありません・・・これからどうしようかなぁ・・・ここで酒場を切り盛りするのも良いかも知れませんね?シーズさんにはサービスしますよ」
「それが良いかもしれない、似合ってる」
シーズは鼻で笑う。その時門の鐘が鳴り響いた、サーヴァルの襲撃だ。
「お仕事ですよ」
ミーナはエリスとサーミャの肩に手をかけ実剣化してくれる。ミナはシーズが実剣化させた。
「行くぞルナ」
「また来るね!」
「いつでもお待ちしてますよ」
ミーナに送られて西門へ向かう。20体ほど・・・キツイ・・・しかし思う事もある。先ほどミーナが2人を実剣化させる事が出来た・・・つまり聖剣同士でも聖魔力のやりとりが出来ると言う訳だ。よくよく考えて見れば聖剣も元は人間、人間なら必ず聖魔力を作り出す事が出来る、ならなぜ実剣化状態から自分の聖魔力で戻れないか、それの答えは聖魔力を出力する能力が含まれる魔法をかけられているからだ、なので外部からの供給がない限り元に戻れない。実剣化状態での聖剣の状態というのは聖騎士学校で教えて貰ったがそれ以前のメカニズムは教わっていない・・・と言う事はだ・・・。
エリスを瀕死のサーヴァルに投げ刺してサーミャの実剣を解除する。
「・・・なん・・・で?」
「浄化頼める?」
「・・・はい?」
サーミャは困惑しながらもエリスを掴んでさらに押し込む・・・やっぱりだ、浄化出来る。
「・・・まぁ、そう言う訳だ、人手不足だから」
シーズは普通の剣を腰から引き抜いて次を狙う。
「ちょっと!」
サーミャはエリスを引きずりながらシーズを追う、どんどん離されるのでエリスの実剣化も解除する。
「・・・うん?どう言う事?」
「とにかく追うよ!あのクソ聖騎士を!」
「へ?何がどうなってるの?」
「ついには聖剣だけで戦わせるようになった!信じられない!」
「・・・うーん、まぁ、シーズさんの聖魔力、常に枯渇しまくってるし?一滴の聖魔力でこれ全部浄化しろって言われても、私はそんなに高性能な剣じゃないし?」
シーズが致命傷を与えたサーヴァルに向かってサーミャはドロップキックをする為ジャンプ、それに合わせてエリスも飛ぶ、そこでサーミャを実剣化、サーヴァルに突き刺さり浄化する。エリスはサーミャを引き抜いてからまた実剣化解除、またシーズを追う為に走る。
「そっか、人並みに聖魔力がある私達が最後やらないとダメなのかぁ・・・よく考えたね、あの人」
「そんなの聖剣がやる事じゃない・・・」
「まぁ使って貰えるだけマシだと思うよ?次私が行く」
「・・・うん、任せて」
・・・どう言うこっちゃ?
聖魔術士長が西門の上から外の様子を眺める・・・聖剣がペアで浄化をしているようだ。
「あんな使い方ありえねぇ・・・聖剣のプライドが許さねぇぞありゃ・・・」
「だが・・・やって貰わなきゃ困るんだよな・・・聖魔術じゃ対して効かないんだ、即応性が無いからな?」
周りの聖魔術士もぶつくさ言っているが、正直、ルナの倒したサーヴァルを門の上から聖魔術士が浄化魔法でゆっくり消し炭にするより遙かに効率が良い、これなら今ここにある聖剣全部起こして同じ事やらせればとは思うが果たして納得して貰えるだろうか?他が言うように聖剣同士がペアになって戦う事は聖剣の心得に反する。聖騎士と共に戦う事こそが聖剣の役目、とっさにやらされればその場しのぎの例外でたぶんやってくれるだろうが、最初からやれと言っても嫌と言われるに決まっている。悩ましいが悩んで居る間に片付いてしまっている、聖剣達は大激怒だ・・・そりゃそうだな。
・・・シーズさんが瀕死まで持っていって聖剣同士のペアで浄化?
ちょっと聞き捨てならない。目の前で謝ってるシーズさんと涙目のエリスとサーミャを目の前にしミーナは作り笑いで眺めている。確かにシーズさんでは戦闘が長引くほど浄化が不可能になってくる雀の涙程しかない聖魔力のやり取りに絶望を抱いた経験をごく最近しているからだ・・・事情を知っていればやむを得ない・・・だが聖剣の心得に反する事でもある。シーズさんの注文で二人にはワインを飲ませているが何も言う気にはならない。二人が酒におぼれてしまえばシーズさんは金貨一枚を置いて何処かへ行ってしまった、多すぎる金額だし商売も始めていない。開業資金にでもしてくれと言い残して行ってしまった。入れ替わりで聖魔術士長がやって来る。
「・・・散々だったぜ・・・聖騎士のくせに聖剣が使えないのも困り者だよなぁ?」
「シーズさん、剣技は大変素晴らしい人なんですが・・・回復量もそれなりなのに大部分が消えている・・・その大部分の聖魔力がいったい何処へ消えているのかが問題なんですよ」
「なんで金貨がこんな所にあるんだ?」
「シーズさんがそこの二人の飲み代として置いて行きましたけれど」
「ここにある酒は騎士団の支給品なのにか?」
「開業資金にしてくれとか・・・」
「ならいいんじゃねぇか?ポケットに入れておけ」
魔術士長はカウンターに置かれた金貨をミーナに渡した、ミーナはそれと引き換えにワインを提供する。
「・・・流石に実剣時間が長すぎるから回収した聖剣の実剣化は今晩中に一端解く、大量の飯、用意してくれないか?」
「分かりました」
「問題は何処まで実剣に戻せるか・・・だな、ここの二人みたいに聞き分けの良い奴ばかりとは限らん・・・かといって今日見たいな事をやらせる・・・訳にもいかないよな?元聖剣さんよ」
「聖剣の心得には反しますので」
ニッコリ笑って言ってやる、そうしておかないと他の子が可愛そうだからだ。
「・・・だよなぁ・・・知ってるよ・・・どうすっかなぁ・・・監視の人手も無いんだ」
参ったな・・・魔術士長がそんな顔をしながら頭を抱える、だが悩んで居ても聖剣がそのうち餓死してしまう・・・なるようにするしかないだろう。ミーナの仕事はそれまでに料理を作る事だ、だが手が足りない。だがいいタイミングで一人確保出来た、ミナがシーズを探しに来た。
「シーズさん知りません?」
「さっきお帰りになりましたけど?」
「うーん・・・やっぱりその二人はそうなっちゃう・・・よね?次は私とお姉ちゃんでやるようにする」
「・・・聖剣として、それはどうなの?」
「ごめんね、私達も聖剣と言えたような剣じゃないから・・・あははぁ・・・」
ミナがさみしそうに笑う。
「・・・そりゃ主人達がろくに聖剣使えないんだ、両方聖剣が使えないなんて話も現実の物になるわな?・・・辛いよな、アンタも」
「でも私は良いんだ、シーズがちゃんと長剣の形にしてくれるから・・・お姉ちゃんは・・・短剣にしかならないんだから・・・」
はぁ・・・ミナの作り笑いも崩れる。
「ブロックハースト家の名門聖剣がこのザマなんて、知った時には意味が分かんなかった・・・ミーナ、あんたも知らない口じゃないだろ?」
「うそ・・・ブロウド エグバンゼル先生の?年間で2人しか選ばれない・・・」
「そ、エリート中のエリートだぜ?それが・・・これと対して代わらないんだから・・・通りでこんな捨て駒遠征隊に居る訳だ・・・」
聖魔術士長が腰元に下げている護身用の剣を見せる。どうみてもただの鉄製の片手剣だ。
「・・・捨て駒?」
ミーナは首をかしげる。
「ああ、そうだよ、ファーバンラグニスの防衛戦力を整える為の時間稼ぎ要員だ・・・もっとも、捨て駒遠征隊がルーデン奪還まで出来るとは想定外っぽいんだけれどな・・・あんたの元主人も聖騎士の退職金の4倍の報酬に何も疑問を抱かなかったのか?俺は金より職務優先で投入された身だ、うまく生き残れば美味しい程度、死んでこいって言われたんだぜ?おじさん泣いていい?」
「・・・捨て駒」
「そ、捨て駒・・・ここに留まれば報酬の半分は出るぜ?・・・酒場の経営が大赤字でも死ぬまで余裕で持つはずだ・・・祖国を取り戻す大義名分を掲げた数年に一度の恒例政治パフォーマンスさ、嫌な世の中だな」
聖魔術士長はワインを飲み干して銀貨2枚を置いて行く。
「これは?」
「開業資金にでもしてくれ」
聖魔術士長はそう言い残して店を出て行った。
「ミナちゃん?これから聖剣を皆起こすんだって、手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
適当に見繕った民家へ戻れば食卓には料理が1食分置かれている・・・しまった、ミーナの店で食べてきてしまった。
ひとまずエルが居る部屋に入る、ベッドに座っていた。
「戻ったよ、エル」
エルは返事をしない、ひとまず横に座って抱き寄せる。
「・・・ちょっとした可能性を今日、見つけたんだ」
エルはうつむいたままだ。
「明日、挑戦してみないか?」
・・・返事は無い。
「・・・良い返事を待ってる」
エルの頬にキスをして部屋を出る。翌日、荒れ果てた庭でミナの枕になっていればエルが出てきた。ミナを揺すって起こす。
「・・・来たけれど」
「じゃあ、やってみようか、ミナ、お願い出来るか?」
「うん」
エルをミナの手で実剣化させる・・・やはりだ、ミナでも出来る。エルは久しく見ていない長剣の姿に変わった。
「・・・やったぁ・・・やったねシーズ!」
シーズもガッツポーズを決める。しかし出来たのは実剣化のみ、相変わらず聖剣としての能力はほとんど発揮出来ないだろう・・・その事実が深く胸をえぐる・・・そう、自分ではエルの力はミナが使うよりも発揮出来ない。とても悔しい。
「・・・ちなみになんだが・・・」
「昨日みたいな使い方?私はいいよ?だって今まで聖剣としてまともに使われた事無かったし・・・いまさらだよね?」
「本当にごめん」
「だから私はルナの剣!シーズのはエルでしょ?」
「そう・・・なんだけれどさ」
「・・・で、そこの二人は何してるの?私のお姉ちゃんでも見に来た?どう?美しいでしょ?」
ミナは建物の影に隠れていたエリスとサーミャにエルを見せびらかす。バレてしまったので2人は建物の影から出てきてエルを眺める。
「これがエグバンゼル先生の魔法・・・羨ましい」
「芸術・・・私もこうなりたかったなぁ・・・そして強くてカッコイイ聖騎士さんに使ってもらって・・・はぁ・・・」
二人は羨ましがる、二人の刀身の装飾もそれなりには美しいがエルとミナの装飾は別格である、性能もちゃんと使えたとしても持て余すくらいの高性能、美しい剣身、そしてこれらは聖剣を志す者全ての憧れでもある。
「私のお姉ちゃんも凄いんだから!」
ミナは自慢げにエルに頬ずりする、だがエルが自力で実剣を解除してしまう。
「・・・やめて」
エルはそう言い残して建物に入っていってしまった。
「・・・凄いのに」
ミナはしょんぼりする。
「・・・ごめんな」
シーズは小声でそう言い残して立ち上がった・・・少し希望を抱いてもいた、だが所詮自分だけの希望、エルの希望にならない。もう少し別な手段を考える必要がある。
民家を後にして、たどり着いたのは東門にほど近い民家、その中には50人近い聖剣が収められている、さしずめ女の花園というべきか?だが想像に反する状況、これから精神状態が酷い聖剣達の監視だ。それはもう酷い有様で、殺してくれと懇願してくる聖剣に囲まれる始末、殴れば反撃してくるだろうと思って殴ってくる子も居る。特にシーズは聖騎士だ、一瞬で楽にしてくれるだろうと皆が思っている。これがあと5件もあるのだ。だからと言って殺してやる事もできない。一切反撃せずにひたすら殴られる。エリスとサーミャは殴られている音を聞きながら外で座り込んで震えている事しか出来なかった。
「・・・あんの馬鹿!まさか女相手に暴力を?!」
その様子を見つけた聖魔術士長が慌てて駆けつけてくる・・・が、逆だ、一方的に殴られているだけだ。ひとまずシーズを外に連れ出す。
「どうなってやがる!」
聖魔術士長は完全に気を失ってるシーズを揺するが当然答えが返ってこない。エリス達が代わりに答えるしか無かった。
「あの聖騎士を殴れば殺してくれると思ったみたいで・・・皆でたこ殴りに・・・」
「63人かかりで?聖剣って言うのはどう言う神経してるんだ?」
「・・・人それぞれだもん!」
「お前らその辺の木材切って手枷作れ!今すぐだ!」
「「はい・・・」」
聖魔術士長は全力で治癒魔法を当て続ける、しばらくして意識が戻った。
「・・・参っちまうよ」
「シーズさんがボコボコに・・・いったいなんでそんな事に?」
「聖騎士だったら潔く殺してくれるだろうと思ったらしい・・・怖いぜ・・・聖剣とやらは・・・エリスとサーミャの二人は特別製か?量産型ってあんなに怖いのか?」
「・・・聖魔術士長・・・残念ながらあの子達も、そして私も量産型、特別製はエルとミナの事を言うのよ、主人を失った精神的ストレスには個体差がある・・・そうね、どうなってもいい主人だった場合ほど楽なのかもしれないわね・・・でもなんでシーズさんは一方的に殴られ続けたの?」
「・・・まともに聖剣を扱えない自分への罰・・・だとよ」
「・・・そう」
「アイツも相当苦労してるなぁ・・・あーおじさん鬱になる」
聖魔術士長はカウンターに突っ伏す。
「そう言えば、来週、聖魔術士と聖騎士の補充が来るらしい・・・マジでルーデン奪還が叶うとは思ってなかったようだ・・・新しい守護聖石も届くみたいだな・・・ひとまず町らしくはなるぜ-・・・」
聖魔術士長は突っ伏したままそう呟いた。
ルーデン奪還でひとまず安泰、来週には増援も来てくれる。少しは息抜きが出来そうですね?
次作は町を守りながら聖剣のカウンセリングです。
最後までお付き合い願えると幸いです。