帝都ファーバンラグニス
聖戦・・・ロンドクルツ神聖帝国の主要宗教である黒魔術系のクリット教が、リズリット王国などを含む白魔術教会を排斥するべく起きた、いわゆる宗教戦争。その戦争の遺物がかなり厄介な欠陥を抱えていた。
・・・やっぱりな。
短剣にしかならないミナを見て落ち込む・・・以前は両手剣に出来ていたのだ。黙ってマーキュリーの背中を叩いてミナを渡した、マーキュリーは大きな溜息をつきながら戻してくれた。だがエルとは違う、ミナはそこまで落ち込んでいない、抱きしめてくれる。魔剣二人は見て見ぬふりをして黙ってくれていた。ちなみに、マーキュリー達はルナが魔剣だった事しか知らない・・・魔剣であればミナは最初から契約されていない事になる、彼女らの中ではエルの代わりの座にミナが着いた事になっている・・・はずだ・・・いずれキュリアの件はバレるだろうが、全てが終わった後でいい。そもそも今まで奇跡的に生きてきただけだ、次もと言う保証は無いが、抱きしめてくれる彼女だけでも生きていて貰いたい。命を賭ける理由には十分だ。
セベストリアとマーキュリーの背中の間から決戦の地が見えてきた。
帝都、ファーバンラグニス・・・煙が立ち上っている、完全に空はブラックアウトで覆われており、皇帝、ミハエル ロンドクルツが住まう城、エルマ・カセドルからはブラックアウト術式が展開されているかのような、そうでないような気もしてならない。
「ワイバーン!何か知らないか?」
「うん、知ってる」
「あれは一体なんだ!?」
「魔王様が追放される前に城内地下深くに仕込んだブラックアウト術式の臨床実験術式、レーヴェンの欠陥術式よりさらに古い欠陥術式だよ?皇帝プルニラ ロンドクルツが開発を命じていた物で、完成後はファーバンラグニスを命を持たない不死身の兵隊、暗黒騎士で守れる設計だったんだ」
「そんなのが何故残ってるんだ!」
「使われなかったんだよ、リズリット王国が先に滅んじゃったんだ、それに材料も悪かったんだ・・・まぁ今でもなんだけれど・・・在来のサーヴァルとは異なり材料は国民の死体を使う事を想定していた、一度に暗黒騎士を大量に揃え、物量で押し切る計画だったんだ、それで死体を提供すれば先祖が悪魔イルエルナの侵略から守ってくれるってプロパガンダを大々的に公表してたけどさ、心情的に出来る訳ないじゃん?民の反発は避けられかった、完成前から破綻してた計画、出来れば誰も使いたくなかった代物でもある」
「破綻してたんだろ?なんで完成してるんだ?」
「近衛騎士長だったソル、クレムニルは硬直した戦況で立場的に後が無かった、その挽回の為に実は使おうとも考えていたんだ、だから国民の同意も得ないまま術式は裏で完成してしまった、だが発動前からレーヴェンの術式より最悪の事態が起こる事も分かってた、それでも急ぐ必要があったのは友人の保身の為でもあったんだよね、魔王様はその最悪の事態を放置出来なくて、追放後にレーヴェンでその対策方法を完成させたんだけれどレーヴェンの術式も起動してしまえば魔王様では破壊が出来なかった、結局は聖魔術が答えだったみたいなんだけれど、エルマ・カセドルの場合は違う、破壊がそもそも出来ない状態なんだ、そして、それをおそらく発動させたのは現行の皇帝かな?」
「皇帝が何故そんな物をサーヴァルキング相手に使う!?そんな事したらファーバンラグニスの市民がだな?」
「言いたい事は分かるよ?でも落ち着いて欲しい、確実にだろうけれど皇帝はそんな事一切知らなかったと思うんだ、ファーバンラグニスは魔王様の実験術式が至る所に張り巡らされている、術式の破壊は全てを無効化してからじゃないと駄目なんだ、こうなっていると言う事は皇帝家が的確に処理せず放置していたとしか思えない。今の代の皇帝は多分そんな事すら微塵も知らないはずだよ?いずれかの術式の起動のトリガーは黒魔術であれば本当になんでも良いんだ、連鎖爆発で作動する仕組みなんだ」
「どうしたらそうなった!?」
「皇帝陛下の命令だよ・・・皇帝家は代を重ねながらエルマ・カセドル城を魔術要塞化していたんだ、実は魔王様は、ほとんどエルマ・カセドル城の術式の複雑さを理解していなかった、ブラックアウトの術式を組み込んでから他の術式に影響する事に気が付いた。本来なら大罪でもあるんだけれどでも神聖帝国勝利に大きく貢献したのもあったから魔王様は生かされた、当時の黒魔術は術師さえ遠くに行ってしまえば術式は発動しない考え方だからね?だから死刑では無く追放だったんだ」
「何故破壊を命じなかったんだ?」
「さっきも言ったけどトリガーは黒魔術ならなんだっていい、なぜなら破壊しようとすると別の術式が作動しちゃったりするからだよ?破壊しようと思えば大惨事になっちゃうんだよね・・・だから魔王様は追放、黒魔術は禁止された、魔道具も含めて全て!そして聖魔術を代用する事になったんだ・・・だけれども、追放だけでは発動を防げない事はしっていた、魔王様は欠陥術式を書き換えによって安全で完璧な術式にしようとしたんだ、レーヴェンはその実験台だった、失敗すればファーバンラグニス丸ごと吹き飛ぶからね?でも追放されてもなお黒魔術に手を染める魔王様は皇帝陛下にとっては驚異にしか見えない、ソル クレムニルに殺害を指示したのが君達が知る聖戦後の世界だよ」
「破壊すら出来なかったのか・・・」
「代を重ねる事にその事が継承されなくなっているから目の前の事が起きているんだよ?そんな所で何も知らずに現皇帝が教えられただけで使った事すらない、皇帝家代々伝わる秘奥義でも使ってごらん?・・・ロンドクルツ皇帝家に伝わる必殺技は黒魔術だからね?だって元々黒魔術の国だもん、連鎖爆発で色々発動してきっと今地獄絵図」
「これだから黒魔術はあってはならないのです」
「・・・うん、今では私もそう思うよ」
「・・・つまり、現皇帝は何も悪くは無い」
「なにも知らないからやらかしたんでしょ?事故だよ事故」
「おまけに、その必殺技も役立たず・・・と言う事でしょうか?」
「・・・そのようだな」
ラ・クインテット・ストラトスはエルマ・カセドルの屋根を指さす、ソル サーヴァルキングが街の様子を眺めており、サーヴァルの軍勢を指揮していた。
「突っ込みますわよ!」
もはや機能していない西門、行ける所まで走らせるようだ、エルマ・カセドルに近い路地裏まで来てサーヴァル、馬車が破壊された。
「やるしかないよね?血を頂戴!」
「そのようですね?」
「・・・これでなんとかしろ」
「えっ」
ワイバーンにはフロウドレルを、ラ・クインテット・ストラトスにはライゼンガルドを投げる、そしてエーベルケニウスを拾った。
「ちょっと私魔剣!なんで魔剣渡してくるの!?」
「アホ!不審者!・・・この聖騎士の元ではこれが日常だ」
マーキュリーはドレッドウッドを拾って肩に担ぐように持ち上げる。
「馴れておかないと・・・」
ミナはツバキザクラを拾う。
「このお方の剣にはなれません事よ?・・・それにしても残り物は酷い物ですわね・・・」
最後にセベストリアはエレベラとセーリンを拾う、エレベラはひん曲がったまま、ライゼンガルドは魔法の杖、何に使えるのか一切検討付かないのでエレベラはラ・クインテット・ストラトスに押しつける。
その間にマーキュリーは馬を馬車から完全に外して自由にする、放っておけば適当な聖騎士ギルドの馬付き場にでも行くだろう、それに馬自体はサーヴァルに狙われにくい、尻を叩けば馬は散り散りになった。
「私は不審者じゃない!」
「つべこべ言うな!やらないとやられるぞ!」
マーキュリーはワイバーンを掴んで、ラ・クインテット・ストラトスを守るようにサーヴァルと戦い始めた、
後処理は彼女らに任せてサーヴァルを倒していく、そして着いた、エルマ・カセドル近くで見れば黒い煙を照らしているかのような青白い魔法の柱、流石は皇帝近衛騎士団に皇帝魔術士、そう簡単にやられはしていないが練度がそこまででもない、いかにグレイ達が規格外かよく分かる。よっぽどの事が無い限り折れる事の無いはずだが、ポッキリ折れてしまっている近衛騎士の前に立ちはだかる暗黒騎士をセベストリアは蹴り飛ばし、マーキュリーがドレッドウッドを叩き込んだ。
・・・地獄ですわ。
悲鳴が聞こえる、死体の上で泣き叫び、暗黒騎士に背後から刺される聖剣が目の前に見えた、セベストリアは立ち上がってその辺に落ちている聖剣を拾う、そして大泣きして腰が抜けている近衛騎士の目の前に突き刺した。
「貴方の剣は死んだわ!死にたくなければこれを使いなさい!」
「ここここれは!・・・わ・・・私のでは!・・・な、無い!」
「要らないの?じゃあ死になさい!」
「し・・・死にたくないっ!」
「じゃあ拾え!拾って戦え!」
「ひぃ!」
目の前の近衛騎士は後ろを指す、知っている、セベストリアは突き刺した聖剣を一度地面から抜いて少し横にズレる、暗黒騎士が近衛騎士の上に倒れ込んだ・・・やったのはミナだ。セベストリアは聖剣を近衛騎士に投げて立ち去る、近衛騎士は鼻水を垂らしながら四つん這いでついてきた・・・犬じゃあるまいし・・・。
セベストリアはさらに近くに落ちている聖剣を拾う、実剣化を解いて、もう一本落ちている聖剣を押し付ける。
「私達のいう通りにしていれば生きて帰れるわ?どうする?それとも、彼女にやらせてもいいけれど?」
セベストリアはさらに聖剣を押し付け持たせる、そして聖剣の顎を持ち上げ脅迫する、恐怖のあまり涙が止まらない・・・上級聖剣がみっともない。
「あ・・・貴方・・・聖剣?」
「だからどうしたのかしら?まぁまぁ・・・そんなに綺麗なお顔をして・・・泣いたってお漏らししたからって状況は変わりませんわ?上級聖剣なら殺されないとでも?・・・時間はそう無いわよ?」
セベストリアは犬のように四つん這いのままの近衛騎士の腹部を軽く蹴る。
「貴方、彼女と共についてきなさい!暗黒騎士は我々である程度は対処します、取りこぼしくらい倒す事くらい造作も無いでしょう?」
「り・・・了解であります!女王様!」
「・・・あぁん?」
セベストリアはもう一度蹴り飛ばす、そしてマーキュリーに合流した。
「流石はセベストリア」
「・・・容赦ない悪女っぷりとでも褒めるつもり?勘弁してほしいわね・・・もう、あの頃のイキりお嬢様では無いのよ?」
「ですが、角紫とは・・・」
「うるさい!次!ミナが押されてますわ!」
マーキュリーと一緒にミナの加勢に入る、ミナは近衛騎士の救出を優先しているようだ、脅せばかつての主人より遥かに強いエリート、遥かに性能が良い聖剣達、ガリ勉童貞コミュ症の皇帝魔術士達がセベストリアの靴を舐めるかのようについてくる。
・・・わたくしは、下僕が欲しい訳ではございませんのに!
ミナは優しい子だ、出来れば全員を助けたい、そんな思いで行動しているのも見え見え、そして怖気づいている言い訳を聞いている限りでは、この下僕達は指揮官を失っていたようだった。
塵も積もれば山となるとはこういう事、数が揃ってなおかつ、統率が取れればしっかりエリートらしい一面を見せてくれる、愛しの聖騎士様は味方が増えていく事に戸惑いを感じているようだが、彼の負担が軽くなっていくのは明白、皇帝魔術士達はマジで面倒なのでラ・クインテット・ストラトスに押し付けた、下僕達の治療も抜かりない。即席の突撃隊はみるみる強くなっていく。それにゾクゾクしてしまうそんな私も怖かった。
・・・周りは皇帝近衛騎士だらけ・・・何が起きているんだ?
聞くに、女王様のお言葉に感銘を受け、再び立ち上がった次第、だとか、剣を失った時、新たな剣を与えてくれた女王様に忠誠を果たす為だとかもう色々・・・女王様とは一体・・・?
城内の廊下の角を曲がる、見覚えある顔の人が居た。
「セルス アーシェリアさん!」
駆け寄り体をゆする。意識はあるようだ。
「あぁ・・・息子の師・・・ではないか・・・近衛騎士がこのざまじゃ・・・弟にも大きな顔出来ねないな?」
「今皇帝魔術士を呼びます!」
「・・・こんな所には・・・居るはずが・・・無い・・・私の事は置いていけ・・・皇帝陛下の安否を優先するのだ・・・!」
「ですが、居ます」
ラ・クインテット・ストラトスの指示で皇帝魔術士が2人走ってくる。
「・・・おい、下っ端の君がなぜ皇帝魔術士を従えてるんだ?」
「・・・よく分かりませんが拾ったんです」
立ち上がって皇帝魔術士に場所を譲る、直ぐに術式を展開してくれる。
「あと頼めますか?」
「直ぐに歩けるようにします!」
皇帝魔術士の肩を二回叩いて廊下に居るサーヴァルに切りかかる為に走り出した。
「・・・聖剣を拾ったみたいな・・・言い方とは・・・おいおい、一撃か・・・それはこんな同期に居れば我が弟も強くなるはずだ・・・はっはっはっ」
セルスは鼻で笑った・・・散々抑えるのに苦労した廊下がもう制圧出来ている。セルスはヒビが入った愛剣を持ち上げる。
「お前の後、追うつもりだったが・・・」
だがそれは金色の髪をした女性にぶん捕られた。
「おい!何をする!」
「急がないと本当に死にますわよ!」
そう言って容赦なく実剣化解除、瀕死の聖剣 リエーシャが目の前に倒れる。血を垂れ流しながら意識不明、床に寝かされ一瞬で皇帝魔術士達に囲まれる様子が目に映るだけ・・・一体何人居ると言うのだ?
「・・・たいした・・・美人だ」
「大事な嫁の前で浮気?重症だけど最高峰の聖魔術士の手にかかれば余裕で助かりますわよ?表にはもっと酷いのも居たわ?ひとまず今日は・・・彼女を使いなさい?」
「・・・リーゼじゃありませんか・・・ということはドルファーは・・・?」
彼女はセルスの姿を見るなり黙ってうつむくまま、共に鍛錬も積んだし、買い物にも行くし、飯もよく食べる仲だ、見慣れた顔を直視出来ないのも無理無かろう。セルスは治療が済んだ事を皇帝魔術士から言い渡されると立ち上がる。彼女の手を握ればおとなしく剣の姿になる、青い剣身が美しい、エグバンゼル先生の作品だ、友人の剣なので今まで何度も見た事もある。
「助かりました」
皇帝魔術士に礼を言いながら肩を叩くと彼らは黙って後方へ下がっていく、一方でリエーシャの方も一命を取り留めたらしい。
「空いている聖剣で確保したセーフルームへ運んで!聖騎士の貴方と貴方!護衛に回りなさい!たどり着いたらその後はセーフルームの防衛に回りなさい!」
「「はい!女王様!!」」
金髪の美女はあろうことか、皇帝近衛騎士に命令を下している、近衛にこんな騎士など居たか?リエーシャはセーフルームとやらに運ばれていった。
「失礼ですが、どちら様で?私の記憶では皇帝近衛騎士に女性の聖騎士や指揮官幹部他いらっしゃらないと記憶しておりますが・・・」
「わたくしは聖剣、セベストリア セフラリーンと申しますわ?わたくしの下僕になりたいと言うならご遠慮頂きます、わたくしども遠征隊から来た救援隊は自立して戦っていただける聖騎士様を是非とも募集しておりますので・・・見たところ、わたくしの説得も不要そうですが、共に戦うよう説得なされたいと?」
ツンとした金髪の美人から発せられるトゲトゲした言葉・・・非常に刺激的だ、しかし興奮を覚えている場合では無いのは分かる。そもそも皇帝近衛騎士の剣にはふさわしくないこの大変刺激的な魔性の聖剣がなぜこの場に居る事・・・それ自体から疑問がある。
「聖剣・・・しかも今期の遠征隊からとはどういった訳だ?なぜここに居る?シーズ チェラムもそうだがルーデン攻略はどうなっている?」
「ルーデンのブラックアウト術式は破壊済み、わたくし達はルーデンから逃げたソル サーヴァルキングを追ってここまで参りました、命令違反ではございません、近衛騎士様」
「攻めるつもりなど無い・・・しかし、皇帝近衛騎士が何故貴殿に従う?何故女王と呼ばれる?」
「知りません!彼らが勝手に言い始めた事です!わたくしは助けた者に落ちていた聖剣を押し付け、役割を割り振っているだけですわ!」
・・・なるほど、そういう事か。
ツンとした顔でトゲトゲした言葉で叩かれながら見下される。これを食らえばどんな男でも下半身が大変熱くなりそうになる、どんな女でも下半身を濡らしてしまう事だろう・・・女王様と崇めたくなる皆の心情はよく理解できる。絶望的な状況であれば靴を舐めてでも従いたくなるだろう。指揮能力も見た所道理に叶っている。
「・・・女王様、貴方の魅力は大変理解出来た、どうすればいい?実は城内の指揮系統も崩壊、城の中から黒い鎧の剣士が出てきて収集つかない!」
「・・・ッ!?貴方まで!!・・・シーズ様にお聞きになられた方がよろしいかと」
「・・・そうしよう」
セルスはセベストリアより前に出る、そして、シーズの横へ着いた。
「待たせたな?弟は生きているか?」
「リズリット王国の首都メーシェルバを守っておられます」
「アイツも、君という師が居なければとっくのとうにあの世だ、感謝するぞ?チェラム君」
「自分は、もう一人の相棒と一緒にグレイ様を叩きのめしていただけです、全てグレイ様が努力なされた結果です」
「努力・・・か・・・なんとなく聖騎士を目指したあの弟が今では私より強いんだ・・・悲しくなる、実を言えば私は君達ほど努力はしてこなかった、鍛錬を積むようになったのも本当にここ最近の話」
「しかし、努力をしたから近衛騎士に?」
「市民階級には分からんか、貴族は権力か金があれば割と簡単になれるんだ、なんとなく聖騎士を目指して親父の権力で近衛騎士に昇格した・・・聖剣の間で蔓延る貴族と組めば生涯安泰のシステムの正体もこれだ、夢を壊して申し訳ないが、現状、前線にも高性能聖剣が必要なのも事実、私はそれを弟の聖剣候補にささやいた・・・もっとも、元々在庫だった事もあって既にそこは理解していたみたいようだが」
「おかげでエルとミナに出会えました、アーシェリア家には頭が上がりません」
「構わん、弟を鍛え上げてくれた礼だ、親父にやれと言われればいくらでも根回ししてやる、エル ブロックハーストの事は残念だったが・・・所で、ルナ クレムニルはどうした?何故ミナ ブロックハーストはなぜあんな刃こぼれの多い・・・その、細い見た目の剣を握っている?そして悪趣味なあの女とか、昔のお嬢様みたいな奴は一体誰だ?」
「ルナ クレムニルは魔剣でした、そして皆、魔剣、黒い方は魔剣、ワイバーン、黒魔術師レイヴァン レオの魔剣、白い方はリズリット王国の王女、セリアンナ リズリット、そして純聖剣、ラ・クインテット・ストラトス」
「魔剣?純聖剣?なんだそれは?」
「話せば長くなるので・・・白い方に聞けば全て聞けると思います」
「分かった、後にしよう」
「ところで皇帝は?」
「恐らく・・・崩御なされた」
「崩御・・・?」
「サーヴァルキングを退ける為、皇帝自ら青白い火の玉を生成なされた結果がこの惨状、皇帝陛下は自暴自棄にでもなられたのか!?国民をサーヴァルに変えてしまっては意味が無いではないか!?皇帝魔術士でもどういう魔術かは分からず仕舞い、民の退避はおおよそ半数しか済んでいない状況で町の墓地と言う墓地から黒い不死身の騎士が沸く始末・・・現状確認の為皇帝の間に数人の近衛騎士が出向いたが連絡がつかなくなっている」
「やはりレイヴァン レオの遺産が暴発・・・か」
「レイヴァン レオの遺産?詳しく教えて欲しい!」
「エルマ・カセドル城はレイヴァン レオや、歴代の皇帝側近の黒魔術師達が施した防衛術式その他が幾多もあり、一個でも破壊すれば連鎖爆発する仕組みになっているようです、そのトリガーが黒魔術、皇帝家が受け継ぐ魔法は黒魔術らしいので、ブラックアウト関係の実験術式か何かが作動してしまっていると言う事です、黒魔術士の魔剣がそう言っているので信用性は高いと思います」
「なぜ皇帝陛下は黒魔術を?理解できない・・・かつて神聖帝国は黒魔術を使っていたとでも言うのか!?」
「神聖帝国が黒魔術を使っていたのはどうやら事実のようです」
「・・・後でじっくり問い詰める事にしよう」
そうこうしているうちに皇帝の間にたどり着いた、しかしセルスさんは強い、ここ最近真面目に鍛錬を重ね始めたとは言っていたが、やると思ったからには妥協は一切してこなかったのだろう、アーシェリア家の血筋特有だ、剣技も大変見事、厳しい訓練を重ねたであろう事が目に見えて分かる。それに正規の聖騎士だ、自分より雲泥の差、小細工あっても勝てないだろう。
皇帝の間、天井や周りの壁は崩れており外が見える、玉座には何かを放とうとした人の影がくっきり残るだけ、何かが爆発したかのような空間が広がっていた、その先にはサーヴァルキング、ケンタウルス型のソル サーヴァルキング・・・そして悪魔の形をした巨人が町を破壊している様子が見られる。
「な・・・レイヴァン・・・サーヴァルキングが・・・何故?」
横にワイバーンがやって来る。
「あれは魔王様じゃないよ、現皇帝だよ・・・名前は知らんけど」
そう言って玉座の近くまで行く。
「ようやくだね、お姉様」
そう言って一本の剣を拾い上げた。
「それはっ!聖剣オベルニウス!黒魔術士の魔剣ごときが触れて良いものでは無い!」
セルスが慌てて奪い取ろうと走る」
「聖剣?何言ってるの?魔剣だよ?しかも私と同じ闇属性の魔剣、理由、教えてあげよっか?・・・材料は、私の姉・・・だからだよ?」
「そんなっ・・・はずはっ!」
「レイヴァン様が私達の生きた心臓をくりぬいて契約の指輪に変換した、そして出来が良かったマリア・・・魔剣オベルニウスはロンドクルツ神聖帝国9代皇帝、プロニラ ロンドクルツ陛下に献上された、ちなみに私の生前の名前はアリア、そして奴隷だよ?そんな聖剣として崇めるような代物じゃない・・・聖剣だと信じ込んできた今の子達には申し訳ないけどね?」
「皇帝家を・・・侮辱する気かっ!」
「正しい歴史を知らない君達現行クリット教信者の君達に説明は非常に難しいんだけれど、聖魔術を恐らく崇拝している国の皇帝は知らない魔術を使って消滅したのは何故だと思う?そしてあの黒い煙と光の柱・・・なんだと思う?何故城の中に暗黒騎士が現れたと思う?・・・全ての答えは黒魔術だとしたら?」
「皇帝陛下が・・・黒魔術を使った・・・とでも言うのかッ!」
「そうだよ?この柱はブラックアウト生成術式、扱いやすく改良したおおよそ同じ物がルーデンにあった、ブラックアウト術式も黒魔術師、レイヴァン レオが作り出した物だけど、なんでその旧型がファーバンラグニスにあるんだろうね?それも王城のど真ん中に・・・レイヴァン レオが神聖帝国の皇帝黒魔術師じゃなければ不可能な話でしょ?・・・神聖帝国は元々黒魔術の国、ついでに言えば聖魔術はリズリット王国由来だったんだ」
「そんな訳・・・あるはずがっ!」
「じゃあなんで聖魔術はバンバン使っても何も起こらないのに聖魔術を知る人間が知らない魔法を放ったらこの術式が作動したのかな?本当はもっと色んな術式も作動してるんだけれど」
「なら皇帝陛下は何を使った!」
「うーん、恐らくバイオレット・プロミネンス辺りじゃないかなぁ・・・聞いた事無いでしょ?黒魔術だよ?巨大な紫の炎の玉で相手を苦しませながら塵も残さず焼き殺す、黒魔術最高峰の強力術式、私達はそれを術式無しで放てる能力を兼ね備えている暗黒魔剣だし、特に何もなければサーヴァルキングを消し炭に出来た。でもエルマ・カセドル城はレイヴァン レオが施した防衛術式その他だらけ、テキトーな黒魔術でも使えば連鎖爆発を起こす危険な城なんだ。例え、コップの水に毒を盛るレベルでもね?この惨状は現皇帝までエルマ・カセドル城がどういった城であるかを継承してこなかった皇帝家先祖の責任、現皇帝に落ち度は無い、これは起こるべくして起きた事故だ」
「止める方法はあるのか?」
「改良型もそうだけれど発動後は止める事を一切想定していなかった、術式を書き換えて安全な物にした後本来は破壊しなければならないけれど、それには聖魔力の知識が必要・・・直ぐに止めるにはルーデンで解除を行った聖魔術士達が必要、何故なら彼らがレイヴァン レオが永久化させたブラックアウト術式の解除研究資料を持っているからね?そして成し遂げている。改良型なら聖魔術の知識を足せば解除は直ぐに出来たけど、旧型はさらに難しい、彼らをもってしても数十年かかるかも・・・後は膨大な浄化術式か何かをぶつけるしか・・・」
「皇帝魔術士を術式の元へ今すぐ集めろ!」
「人の話聞いてた?魔王様が生涯を通して研究した解除方法の資料が無ければ数百年はかかるよ?」
「浄化術式をぶつければいいのだろう?」
「この人数じゃ全然足りないよ!皇帝側近レベルのエリートが3000人くらい居なきゃ!」
「3000・・・人・・・」
セルスは膝を落とす、聖魔術士などそんなに現存しているはずが無い。50人も残っていないはずだ。
「セルスさん、ひとまずここまでだ」
「・・・来たのか」
セルスを立たせれば目の前にソル サーヴァルキングが立ちはだかる、暗黒騎士も多数だ。セルスはソル サーヴァルキングに切りかかる、自分も周りの暗黒騎士を足止めする為に暗黒騎士達に切りかかった。ワイバーンとミナがついてくる。しかし目の前の暗黒騎士は今までとは別格だ、鏡に映った自分のように同じ動きで防がれて一向に倒す事は出来ない・・・この状態は見覚えがある・・・。
・・・もしや・・・ルナかっ!?
黒い兜の内側が気になって来た。
「のわーっ!」
「・・・は?」
暗黒騎士に抱きしめられる、かと思えばその瞬間に背後から強い衝撃、暗黒騎士と恐らくワイバーンと一緒に皇帝の間から押し出され、そして落ちた。
「・・・ここは・・・何処だ?」
舞う土埃、視界が安定してくると暗黒騎士に抱きしめられている、暗黒騎士の兜は割れている、その中にあったのは・・・。
「うそ・・・だろ・・・?」
「シー・・・ズ・・・マタ・・・アエテ・・・ヨカッタ」
「エル・・・」
「ヤッテ・・・オネガイ」
エルの顔をした暗黒騎士、彼女の持っている剣はゆっくり左側へ倒れていく、突き刺さっているのは別の暗黒騎士だった。
「・・・いったぁ・・・何?君の知り合い?」
「・・・俺の、元聖剣だ」
「・・・へー・・・そしてここは・・・うん、分かった、手を貸そう」
ワイバーンに手を引かれ暗黒騎士から降ろされる、そして腰の片手剣を勝手に抜かれ暗黒騎士の黒い鎧を引き剥がした、生前負った傷がそのままだ、そこに躊躇なくワイバーンは手を突っ込み真っ黒な心臓をえぐりだした。
「ワイバーン!」
「良いから手を貸して!」
強引に手を掴まれそして術式を唱え始める。部屋は色々な術式に囲まれると同時に魔力がどんどん吸われていくのを感じる、流石に立てない、そう思ったその時、ひと際眩しい光が解き放たれて何も見えなくなった。
「・・・終わったよ、君の相棒、死後からそんなに経ってなくて根性ある子で良かったよ、まだ魔力が体に残ってたんだ」
「・・・終わったって・・・何が?」
「はいこれ」
「指輪・・・?」
「良いからはめて!私も見よう見まねで上手くできたかどうか不安なんだ」
ワイバーンは手袋を外して中指に指輪をはめる、そして自分の傷口に強引に触れさせた後、ベッドのような台座の上にある見覚えのある聖剣を渡してきた。
「注ぐのは魔力もだよ?聖魔力だけ注いでも意味無いから!後は君達がいつもやってる通り、元の姿を想像するだけ」
・・・魔力・・・。
剣に魔力と聖魔力を同時に注いでいく、現れたのは暗黒騎士の鎧を身にまとった・・・エルだった。
「・・・ここは・・・何処?それに貴方・・・シーズ チェラム?私は・・・死んだはず・・・」
「エル!」
「きゃっ!?」
エルを抱きしめる、強く、強く・・・エルも優しく抱きしめてくれる。しばらく続いた後・・・。
「お楽しみ中、悪いんだけれど、君達には倒してもらう敵がまだまだ居る事、忘れてない?」
ワイバーンに引き剥がされた。
「・・・そう言えば何をした?」
「今日から君の相棒は魔剣になった、生きながらにして死んだ存在、生身で殺されない限りは永遠に生きられる不死身の存在になった・・・死んでから月日がそこまで経っていなかったからこの子自身の魔力がまだ体に少しだけ残ってたんだ、それに暗黒騎士化してれば痛覚も無い、そしてこの部屋は死人から魔剣を作り出す実験に使われてた部屋なんだ、でもレイヴァン様は生成に失敗していた、その答えは、遺体に聖魔力が残っているかの他に生前の記憶を持っている術者が必要だったみたいだね?いや、ホントに運が良いよ、私も実験は見てたしこの部屋にはあらかじめ用意された術式が一式揃ってる・・・君の妻がまた増えた事は本当に遺憾なんだけれど・・・」
「この方は?」
「魔剣、ワイバーン、レイヴァン レオの魔剣だった奴だ」
「ルーデンまで・・・たどり着けたの?」
「ああ」
「・・・強く、なったのね?私・・・本当に必要なのかしら?」
「必要だ・・・ルナがサーヴァルキングの手の中にある、戦友を助けるのに手を貸して欲しい」
「貴方、だいぶ変わったわね・・・それに魔剣になってから色々分かった・・・貴方が助けたいのは戦友じゃなくて自分の魔剣・・・でしょ?・・・それでいて私の妹にまで手を出してしょうもない男、そんなに沢山の剣、使い切れるの?」
「その件については・・・」
「言い訳は後で聞きます」
エルは立ち上がる、そして近くの剣を拾った。
「 聖剣オベルニウス・・・なぜここに?」
「それ!私のお姉様!返して!代わりにこれあげるから!」
「なんでしたっけ?これ・・・」
「魔剣、エーベルケニウスだな・・・俺が今まで使ってた」
「何故ミナを使ってない!!クソうるさい角紫は!?」
「・・・今魔剣を持って他の聖剣と戦って貰ってる、キュリアは大怪我をしてそもそもここまで来ていない・・・上が心配だ、急ぐぞ!」
フロウドレルを拾い上げ部屋の出入口を探す。崩れた天井と壁しかないようだ。
「相変わらずの聖剣使いの荒さ・・・」
エルは暗黒騎士の剣を拾い上げて背負い、シーズ達に続いて屋根を伝ってその先の穴から城内へ再び入る、そして暗黒騎士を倒しながら皇帝の間の下にたどり着く。
「状況は!」
「聖騎士様!生きていらしたのですね?下からやって来る暗黒騎士に手を焼いておりセルス様の援護もままならない状況・・・って聖騎士様!後ろに暗黒騎士がっ!」
セベストリアはエルに切りかかる、エルはエーベルケニウスで受け止めた。
「・・・心配しなくていい、魔剣だ」
「・・・エル・・・ブロックハースト・・・?」
「お久しぶりですね、セベストリア セフラリーン・・・詳しい話はワイバーンにでも聞いてください、行きますよ、シーズ」
エルはエーベルケニウスをそのままセベストリアに押し付ける、そして手を握って来た、エルは出会った頃の両手剣の形に変わる、自分もフロウドレルをセベストリアに押し付けて再び皇帝の間へ、ミナとマーキュリーが手負いのセルスを囲んで居る、ソル サーヴァルキングはほぼ無傷だ。
ミナに降り注ぐラピッドソレイユを弾く。
「無事か?」
「その剣・・・お姉ちゃん・・・?」
「マーキュリー!セルスさんを頼めるか?ミナ、マーキュリーを守って下に行け!」
「分かりました、聖騎士様、ご武運を」
マーキュリーはドレッドウッドで攻撃を受け止めながらセルスの所まで下がっていく、途中でミナが攻撃を防ぐのを交代し、セルスはマーキュリーに引きずられて撤退・・・さぁ、仕切り直しだ、ソル サーヴァルキング!
やはり剣豪だけあり多彩な剣技で圧倒してくる・・・しかし、しかしだ・・・あれも、これも全て見た事がある・・・ルナの剣裁きと同じなのだ・・・違う、ルナの剣こそがソル クレムニルの剣だったのだ!
「決着を付けようぜ?相棒」
ソル サーヴァルキングが右手に持つのはラピッドソレイユ、左手はルナで違いない、ルナがソルの剣であるならば、俺から聖魔力を吸っていたのなら実剣化も可能なはず・・・サーヴァルキングにそれが出来る意思こそあるようには思えないが、エルのように意思が残っている可能性もゼロじゃない。
どれだけ打ち合いしてきたと思っている?
そう、このままでは決着がつかない、だが知ってるか?ラピッドソレイユは姉の剣だ・・・指輪は俺が持っている、姉がサーヴァルキングになれたのは契約に成功しているからだ、割と簡単な部類なのだろう、血か口づけ、どちらかのはずだ。
手袋を外してラピッドソレイユの指輪にキスをする、そして念じた、人の姿を・・・。
・・・魔剣とは、凄く便利な物だ、ソル サーヴァルキングの右手からラピッドソレイユは消え、足元に知らない女性が姿を現わす、ソル サーヴァルキングはそれで動揺した。
・・・今しかない。
左腕を切り落とし、腕ごとソル サーヴァルキングからルナを取り上げる。ソル サーヴァルキングは右腕でルナを再び拾い上げた、今度は同じ手は通用しないだろう。だが、これで条件は同じはずだ。
ラピッドソレイユの手を掴み、実剣化させる。そして後ろに放り投げた、ラピッドソレイユは水平に回転しながら磨き上げられた床に落ちて王の間の出入口付近まできっと滑っていくはずだ、そしてミナ辺りが拾ってくれるだろう、きっと。
ルナだけとなり、再び打ち合い、だがこれでようやく互角だ、次は何を使う?・・・互角にする手段までしか案が無かったんだ、実は・・・だが、エルは実剣化を自ら解いてしまう。
「おい!エル!」
「・・・ごめん、限界」
「限界って?」
エルは息を切らしながら暗黒騎士の剣を差し出してくる。
「あの剣、聖魔力と魔力、吸い取るよ・・・私じゃ叶わない」
「くっそ・・・またその手の奴かよっ!」
エルから暗黒騎士の剣を受け取る、だがただの剣では無かったらしい、触れた瞬間灰になる。
「・・・駄目か」
エルはうつむく。だがもう一本ある。大体この展開はよくある話じゃないか?腰の片手剣を抜く・・・そう、ルナは魔力や聖魔力を吸うタイプの魔剣、ドレッドウッドと同じ系統の魔剣のようだ、そんな奴には頼れる便利なコイツ、その名も普通の鉄製片手剣が無いよりマシ程度に使える。
・・・ああ、やっぱりこの人は強い。
鉄剣であそこまで戦える。エルはシーズの戦いぶりを眺める・・・そう言えばエグバンゼル先生に連れられて聖騎士学校に行った事があったっけ・・・いつまでも決着のつかないルナとの打ち合い、目の前の打ち合いはまさにそれだ・・・私はあの人の隣にふさわしかったのだろうか?大事にはしてくれたが私の顔色をうかがって使ってくれる機会はそこまで無かった。
「お姉ちゃん!」
「・・・ミナ」
「いいから立って!」
「エル ブロックハースト!肩を貸してやる、急げ!」
「・・・マーキュリー ウラノス」
エルは二人に引きずられるようにシーズから放されていく・・・魔剣になってもなお、私は彼の役にたてないのだ。
「くっそっ!魔剣をぶつけても駄目ですのっ!?」
「ソル クレムニルはドレイン系の魔剣、ルーン・グレイプニルの使い手だよ?私でもひとたまりなかったからねぇ・・・」
引きずられてたどり着いた所、階段の数段下がった所、セベストリアが手の指の装甲を爪のように噛みイライラしている、その横でワイバーンは万策尽きた顔をしている。
「どうする?コレの出番他ないだろ?」
「いやぁ・・・どーだろ?指輪はルーン・グレイプニルが持ってるでしょ?吸おうにも吸った物が、ルーン・グレイプニルを通してソルに還元される・・・はず・・・ルーン・グレイプニルさえ引き剥がせばワンチャンあるかも?」
「ドレッドウッドも駄目?じゃあどうするんだ、不審者!」
「だから魔剣、ワイバーンちゃんだってば!いい加減名前覚えてよ!」
「・・・腕を切り落とせばいいのよね?」
「そうだけど・・・さっき引きずられてきたばかりじゃん、君」
「魔剣ならそもそも聖魔力を持たない・・・そうよね?」
「その代わり、魔剣の力も使えないけれどね?・・・うん、君の考えている事は大体分かったよ、私も出る・・・君達は来ちゃダメだからね?」
「承知しておりますわ、いざとなれば皇帝魔術士達に撤退の支援させます」
「やけに飲み込み早いね?君達・・・」
「ルナ クレムニルはまさにそれですもの、何を今更・・・」
エルはセベストリアの横からラピッドソレイユを奪い取る、そしてワイバーンと一緒に階段から飛び出した、そしてソル サーヴァルキングに切りかかる。
・・・全然ダメだ。
実力不足を感じる・・・だが、そもそもエル自身、剣を振り回した経験が無い、なのに何故使いこなせている?適正があった?そんな事は無い・・・これは、シーズ チェラムの実力だ、そうでなければ、こんな慣れた手付きで完璧な受け身など取れるはずが無い、ワイバーンもそうだ、明らかに苦戦している顔をしている・・・何故ならレイヴァン レオは黒魔術師であり騎士では無いからだ、だがシーズが攻撃を与える隙を作る事は可能、シーズは無事ルナをソル サーヴァルキングから取り上げる事が出来た、だがどうだ?その辺に散らかっている暗黒騎士の剣が宙に浮きそれが降り注いで来たのだ。・・・ここまでだ。
・・・ごめん、シーズ。
エルの意識はそれからしばらく途絶えた。
・・・せっかく・・・会えたんだ・・・そう簡単には・・・死なせ・・・ないぞ・・・エル。
魔剣は遠隔で実剣化も出来る・・・らしい・・・実に便利だ・・・どさくさに紛れてワイバーンも勝手に契約を結んでいたらしい。おまけで助かっている事だろう。ミナが泣き叫ぶ声が聞こえる、それもそのはず、自分の腹部には暗黒騎士の剣が刺さっている、動く事も出来やしない。
・・・ルナ、悪いな、お前を取り戻す事は叶わなかったよ。
近くに落ちている白い剣の剣先に触れる、剣先は消えた。その後誰かに起こされる。空はありとあらゆる聖魔術が飛んでいる、皇帝魔術士達がヤケクソに何でもかんでも適当に撃ち放っているのだろう。その光景を金髪の美女がさえぎる。セベストリア?違う、アイツの顔はもっとツンツンしている。
「よう・・・相棒・・・死に際にお前の顔でもぶん殴りたいと思ってた所だ」
これはルナの顔だ。整ったきめ細かい白い肌の頬に触れて赤い線を引く・・・この染料は自分の血だ。
「本当にすまない、わらわの責任じゃ」
ルナの本気の泣き顔、初めて見た。こんな顔で泣く事も出来る奴だったのか、お前は・・・。
「本性は・・・それか?・・・食いしん坊で、なんでもお見通しで何処にでも現れる・・・自らを俺の妻と主張するキャラはどうした・・・?」
「なに・・・今すぐ、お主の妻となってやる」
ルナはそう言って手袋を外し、指輪をはめていく、計8個、自分の腰のポケットの中にあったラ・クインテット・ストラトスなども含めて全て、そして全ての指輪にシーズの血を塗りたくる、そして指輪全てがシーズの口に当たるように押し付け、最後にルナ自身が口づけを交わしてきた。ピンク色の唇が生肉にでもかぶりついた獣のように真っ赤に染まっている。
「・・・そんな事してどうするんだ」
「・・・君は、最高の旦那様じゃよ?」
ルナはそう言ってミナ達の方に何かをする合図を出した。直後、攻撃を食らう、暗黒騎士の剣は消え、傷はふさがっていく。
「何が起きた?」
「まぁ細かい事は気にするでない、わらわを使え」
ルナに手を握られる、ルナは剣の形となる。ゆっくり立ち上がれば知らない女性達に囲まれていた。
「・・・あんたら、誰だ?」
「足を止めるならまずは私、我が主の弟君」
氷のように冷たい印象の知らない女性に手を握られる・・・これはラピッドソレイユだ。
「新たな主、魔剣に魔力を込め一振りするのです」
「君は・・・?」
「魔剣 セーリンでございます、ささ、お早く」
学者のような姿の魔剣 セーリンにそう言われ言われた通りにする、ソル サーヴァルキングの足が氷で固まった。
「次は私だぞ?坊や!右手の魔剣を刺してからお姉ぇさんを使いな!」
「は?」
ラピッドソレイユは奪い取られ、その場に投げ捨てられる、代わりに手を握られる、現れたのはフロウドレルだ。言われた通り、ルナをソル サーヴァルキングへ、そしてフロウドレルを振る。ルナが吸った魔力は凄い、それを受け止めるフロウドレルの剣身が真っ赤、ついに燃えだす、炎の斬撃がソル サーヴァルキングに決定打を与えた。
「流石は我が主、魔剣を10本も従える偉大なるお方だけあります」
振り返ればセーリンが手を叩いていた。
「全部、あんたの作戦か?セーリン」
「めっそうもございません、まだまだ手札はありました・・・しかしながら、この後が非常に厄介では?」
「・・・あぁ・・・その通りだな?」
空を見上げれば巨人の悪魔が控えている、休憩くらいは挟みたい所だが連戦、ありとあらゆる闇魔法が魔剣達を襲う、一旦全員瓦礫の裏に隠れた。
「なんで奥さん全開放してるの!!君は神になるつもりかい!?」
「神とか大げさだな?文句はルナに言ってくれ!」
途中でワイバーン達を戻す、他の魔剣達がエルを担いで転がり込んできた、その背後を黒魔術攻撃が叩く。瓦礫が盛大に沸き上がった。
「私達の全ての問題、全て貴方のせいだったのね?ルナ クレムニル!」
「悪かった悪かった!元々わらわは主人を倒す為の駒としてシーズ チェラムが欲しかっただけじゃ!適当な聖剣持たせて主人の剣技全て習得させ、それを磨かせつつ主人の前に立たせる為のお膳立てをしなければならなかっただけ!おぬしらのような最高峰の聖剣を手にする事になるとは思っていなかったんじゃ!」
「おかげで私は死んだんじゃない!」
ルナを責めたい本人の気持ちも分からなくは無いがひとまずエルを抱きしめる、頭を撫でて落ち着かせる。さらに別の手がエルの頭を撫でる。
「ルナが魔剣だった事に気が付けなかった私も悪いの!ごめんね?お姉ちゃん!」
「ミナ・・・何でここに・・・?」
ここには魔剣しか居なかったはずだ、いつから魔剣に混じっていたかはわからない。しかし力になりたいと言う意思を強く感じる。
「皆、シーズの魔剣だけれど、私も貴方の剣だから・・・約束は守る、私も貴方と一生を添い遂げるって約束したから!」
「・・・まったく、妹までたぶらかして・・・たいした男だわ・・・」
「私が勝手に決めた事だから・・・ごめんね?そして・・・お姉ちゃんの男・・・取っちゃった」
「別に構わない・・・既に私は死人よ?私達の家を背負うのはもう貴方の役目、一番身近な異性は私が死んでもどうせこの男だけ、それにルナの呪いが解けた今、誰よりもミナにふさわしい聖騎士となった、だからミナは必ず生きなさい、生きてこの男と一生を添い遂げなさい」
「うん、分かってるよ、だから一緒に戦おう?皆で生き延びよう?」
ミナはエルをぎゅっと抱きしめた。
「さて、お戯れ中大変申し訳ありませんが、私達も退路はありません、まずはわたくし達攻撃系で少し削りましょう」
「私一人で十分よ」
「魔剣エル、貴方は最後です」
「最後?どうして?」
「サーヴァルキングとなった皇帝を倒すには光属性他ありません、あちらにおられる純聖剣、ラ・クインテット・ストラトス様であればお一人でもどうにかなりましょう・・・しかし主様はかのお方と契約出来ておりません、ライゼンガルド様は主に回復特化、攻撃は不得意でございます、よってまずわたくし達攻撃系の魔剣でダメージを与え、吸収系で魔力を吸い上げます、そして魔剣エル、貴方を媒介に広範囲浄化魔法を生成します・・・ついでにこの城の黒魔術術式も一掃可能な事でしょう」
「城が術式だらけな事を知っているのか?」
「何を言いましょう?わたくしども元々は皇帝黒騎士が居た時代の剣です、知らないはずはありません、ささ、始めましょう」
「だが一人でそんなに扱い切れないぞ?」
「何も気にする必要はございません、わたくしの能力がお役に立つかと思います、千本のバラ・・・知らない魔剣などおりませぬ」
セーリンは実剣化する。
「知らない訳・・・無いけどさ?」
ワイバーンもそう呟きながら剣の形に姿を変えた。ラピッドソレイユも、フロウドレルもだ、ツバキザクラは分かっていない様子だが、攻撃系とだけ聞いてなのか、刀の形へと姿を変える、不思議と千本のバラとやらの使い方が分かる・・・気がする、全ての剣が中を舞い、全てを支配出来る、指先で操作するかのような感覚、着実にダメージを与えているが、解けるように魔力が消えていく、通常1本な所を4本を使役しているのだ。
「ご主人?私達も刺しちゃって?」
ミナにも似るような小柄な女の子、その見かけに反して実はあの大剣、ドレッドウッドに姿を変える。
「頼むぞ?おぬし」
ルナも続く。
「さあ、ご主人様、わたくしもお使いくださいませ」
おとなしそうな大人の女性、エレベラだ、曲がったり錆び付いていた剣身は元に戻っている。
さらに負担は厳しくなるが減る分はドレッドウッド、ルナ、エレベラが補充してくれる、そしてミハエル サーヴァルキングから果てしない魔力を吸い上げ続け、彼女らの剣身が真っ赤に染まっていた。時間は無い。
「エル・・・」
「いつでもいいわ」
エルの手をぎゅっと握る、いつもの白く豪華な剣身、それでいて性能がいい、とても手に馴染む剣だ。それをミハエル サーヴァルキングへ向かって押し込むように切りつける、まばゆい光と爆風がファーバンラグニスを包み込む・・・しかし、ミハエル サーヴァルキングはそれでやれる程の相手では無かった・・・出力が足りない、このままではルナ達が溶ける!エルも耐えられてない!
「私も・・・使ってください・・・!」
「ミナ!そんな事したら!」
「信じてください!」
ミナはそう言ってエルを抑え込む手を包み込んでくる、ミナは両手剣の姿になる。
・・・すまない、ミナ・・・。
こんな事をしたら死んでしまうかもしれない。
ー信じてくださいー
脳裏にそんなミナの声が響く。
「くっそぉぉぉっ!」
・・・ミナを突き刺してしまった。
全てはきっと終わった・・・と思いますが、忘れていませんか?ブラックアウト術式は破壊しても生成されたブラックアウトは引き続き浄化をしていかなければならない事に・・・。
もう少しだけお付き合いください。