足を延ばせば
もう少しゆっくりしませんか?彼らにも休憩は必要です。
過去の話から現代へ、ひとまずは伸びきった補給線の構築でもしましょう。
目を覚ませばエルが居た。
「・・・エル」
ゆっくり頬に手を当てる、しかし目が覚めてくると髪の分け目が逆である事に気が付いた・・・彼女はミナだ。ミナは顔を赤くしていた。
「・・・すまない、寝ぼけてた」
「いえ・・・もう夕方ですよ?」
ゆっくり起き上がる、夕日が室内を照らして赤くなっている。ここから見える海はとてもキラキラしていて綺麗だ、ところでここは何処だっけ?そうだファーバンテセウスだ、ここは服飾店のリビングである。
「・・・で、要件は?」
「ご飯です・・・よ?」
ミナはモジモジしながらそう答える、起き上がればラ・クインテット・ストラトスが一人掛けのソファーに座っていた。
「貴重な魔道具を大量に使ってしまいましたね?」
「その件は・・・事故と言うか・・・」
「魔道具その物も復元されてますので構いませんけれども」
ラ・クインテット・ストラトスは本を閉じるとローテーブルに置いて立ち上がる、それに釣られて立ち上がると服飾店を出て、ミーナの所へ、聖魔術士長の横に座る。
「珍しい組み合わせだな」
「海風に当たってたら来た迎えだ」
シーズはずっと握りっぱなしだった高速魔法修復材を聖魔術士長の前へ置く。
「なんだこれは?」
「あの椅子にかければ座れるようになるぜ?」
「へぇ・・・こんなの初めて見た・・・だがもう片付けちまった」
「そうか・・・」
「まぁ、机もボロいからな、貰っておこう」
聖魔術士長は瓶を興味深そうに眺める、そしてそれをポケットに収めた。
「・・・で、早速次の任務なんだが・・・しばらくこの町の護衛だ、何故なら補給線が長大過ぎてお前らの進軍をこれ以上維持出来ないからだ」
「それはアンタの考えか?」
「いや、ファーバンラグニスから直々の命令だ、好機と思い込んで少しはお前らの待遇を見直す気になっているようだ」
「・・・へー、捨て駒扱いだったのに?」
「まぁ、帰ってくるなは相変わらずだがな?半年もすればここは一般人も住むようになるだろう」
「だが吹っ飛ばしたブラックアウト環境下地域は再びブラックアウトに飲まれている」
「とは言っても大量輸送手段が無ければだな?」
聖魔術士長は頭も抱える、せっかくのチャンスを逃しているのにも代わりはない。
「なら、大量輸送手段を確保しましょう」
そこでラ・クインテット・ストラトスはそんな提案をしてきた。
「「どうやって?」」
聖魔術士長と一緒にラ・クインテット・ストラトスを見る、腰のポシェットから高速魔法修復材の瓶と腰元の魔法ランタンをカウンターに置いた。
「そうですね・・・後は貴方の配下を2~3人ご用意頂ければ」
そしてにっこり・・・大量輸送手段と言えば船以外検討がつかないが、この町に骨が残ってる船などある訳がない。そう思っていた時期があった。
後日、ラ・クインテット・ストラトスに集められた聖魔術士長達、既に準備は終わっているようで、魔法ランタンの横に聖魔術士達が転がっている。ここは港、造船ドック跡地、確かに底には朽ちた船の船底が残っている、水位が下がっているので船首のごくわずかが海面に露出していた。
「これは水に入れても効果あるのか?」
「水に入れたら駄目ですね」
地面に置かれた一本の瓶を拾い上げる・・・駄目じゃねーか!
「始めましょうか」
ラ・クインテット・ストラトスは100個のランタンを全て造船ドックに投げ入れていくのだ。
「貴重な魔法具じゃないのかよ!?」
「後で回収出来ます」
ラ・クインテット・ストラトスは容赦なく全部投げ入れていく、しかし何個かは船首の部分に固めるように投げ込んでもいた。そして全部投げ入れればシーズの手から高速魔法修復材を引っこ抜いて船首のランタン目掛けて勢いよく投げ込んだ、当然瓶は割れる、割れたらどうなるか、眩しい光を発して船首がどんどん上に上がっていく。
「な・・・何が起こってやがる!?」
聖魔術士長はビビってその場に腰を落とす、そして慌てて後ろへ逃げようと必死にもがく、この場の見物人全員が逃げ出した、船らしき物が宙を舞うようにどんどん姿を現わしていく、ついには完全体、そこでランタンの魔力を使い切ったか、反応が終わってしまう。
「・・・ちょっと足らなかったかな?」
ラ・クインテット・ストラトスはシーズの隣でぼやく、船が着水と同時に海水が左右の見物客を海へ突き落としていく、真正面のこの位置は全く波が来ない、現れた船は軍艦のように見えた、完全再生までとはいかないが、左右に大砲を40門備えた船である。残念ながら帆やロープが破れてしまって使い物にならなそうな印象、完全な姿にするにはもう少し魔力が必要だ。
「巡視船リスティー、主人配下のフリーゲートでしたわ、戦闘艦ですので貨物室は小さめですが、馬車よりかは膨大な容量を誇ります、お好きにしてください」
ラ・クインテット・ストラトスはそう言い残して屋敷に帰っていく、非常に大きい船だ。渡し板も復元されている、乗船してみれば右に傾いている、今の時間は海面水位の下がる引き潮と言われる現象のピークらしく、船底がドックに着底してしまっているのだ。船に触れると急に立てなくなる、その代わりに破れた帆やロープの修復がさらに進んだ。ルナは平気そうだ・・・何故なら奴には元々吸われる物が無い。
「大丈夫?」
「・・・そういえば効果時間忘れてた」
「しょーがないなぁ・・・」
ルナに担がれて一度下船、10分くらい経って再び乗船、他の聖魔術士の聖魔力も使って完全修復された船、漁船とは比べ物にならない巨体、大きすぎる。
船長室の内装もしっかり復元されている、船底に行けば魔法ランタンが至る所に落ちている・・・確かに後で回収可能は事実だった、手分けして100個全て回収仕切る頃には水位が戻っており、ドックから出せる状態になっていた、ひとまず一度出して港の方に移した。ちなみにランタンの数は40個ほど増えている・・・この事からこの町ではかなり普及していた照明器具だったと言える。
本来の使い方でも通常の燃料ランタンと変わらない、しかし、聖魔術士でも魔力を出力のは不慣れな人間も多く、消滅していった原因を痛感する事も出来る。生産その物はリズリット王国しか出来なかったのだろう、ロンドクルツ神聖帝国には魔道具工房が一切無いので、やはり流通しなければ使い手も居ない、そして我々は魔力の使い方を忘れて行ったのだ。
その後も同じ手法で3隻復元に成功、他にも小型の船を6隻復元、生きた魚にもありつけるようになり、酒場の飯は保存食から魚料理が中心となっていく事になるが、高速魔法修復材も今となっては製造出来ない貴重な魔法具なので、家屋の修復は手作業だった。
「・・・でも、補給路を確保してしまえばわたくし達、先へ進まざる得なくなりませんの?」
「ギャーギャー言っている間にもブラックアウトは進むんだ、それを食い止めなければファーバンテセウスもまたブラックアウトに飲まれる・・・手始めにだな・・・」
うるさい角紫の前に補給線構築で大活躍した瓶を置く。
「・・・これの製造元まで行ってみようと思う」
「これって・・・リズリット王国とやらの首都・・・ですの!?」
「そうだ、王都メーシェルバ、ラ・クインテット・ストラトスの故郷でもある。ここから2週間の長旅だ、道中はまだブラックアウトが戻って来ていないはずだ」
「確かに、この町の防衛設備は貧弱」
キュリアの横でファナが高速魔法修復材の瓶に目線の高さを合わせて眺める。
「この町を守る為には防衛陣を築きやすい都市、もしくはそれが備わった都市を抑える必要がありますわ?」
「それは誰だろうと分かる問題・・・キーキー言うだけじゃこの町は守れない、セベストリア、そしてファナの言う通り、この町は陸からの侵攻にめっぽう弱いぞ?それすら分からんのか?角紫」
「わたくしはキュリア!メルブロアですのっ!」
マーキュリーの冷静な言葉に、また騒がしくなる。事実、住みやすいが、防衛線が築ける立地をしていないので、守衛隊すらも進軍に前向きになっている。あの守衛隊が遠征隊に参加に協力的なのだ。それほどまでに防衛線の構築が難しい都市なのである。
手始めに隣町のマリサックを抑える。ここからは旧リズリット王国領でもある。ファーバンテセウスも住みやすかったが、ここに骨をうずめるわけにもいかない。明日戻ってくる補給船の到着を待って行動開始だ。馬車は食料さえ搭載すればもう直ぐにでも出られる状態、エントランスにはとりあえず持ってきた家具が使われずに置いてある・・・何故なら元々整備の行き届いている邸宅だったからだ。この中で無い物と言えば研磨台と言った剣の手入れ用品、エントランスに剣工房があるのも不自然だが誰も気にしない、ついでに言えば予備の剣もこの即席工房にはタル一個分が置いてある。
たった2週間で町らしくなったファーバンテセウス、住みやすくても守りにくい、宿屋の前には馬が繋がれていない馬車が沢山ある。半数は維持出来ないので船に積んでファーバンラグニスに返したそうだ。あれだけ大量にあっても使わなきゃ意味が無い。馬車も解体して家屋の復旧に使われたりしている。そのもう片方の半数が港前に置いてある。そこに待ちに待った補給船が帰って来た。だが移民が多い。聖魔術士長がどういう事か、船長をしていた聖魔術士に質問すると、ファーバンラグニスを維持する為の増援を大量に積まされたと言う事だ。物資も少なく、話によると他2隻も同じ状況、そのうち一隻には聖石が搭載され、補給物資は何も乗っていないと言う事だ。確かに聖石も補給の一つだが欲しいのは食料衣料品だ。
「今日からそこは私の席だ、君は次の進撃に備えたまえ」
「・・・こんなちゃちい椅子で良いんですか?」
「聞こえんのか?今日からワシがこの町のギルド長だ、下っ端め」
新しい聖魔術士ギルド長が封筒を机に投げつけて来た、それを黙って受け取り中身を確認する。移動だ。行先は空欄である。他にも色々とこの町の権力構造が変わる内容の書類が沢山入っている。
「・・・失礼しました」
聖魔術士長は背もたれすら無い丸椅子から立ち上がって部屋を明け渡す。体格の非常にふくよかな貴族階級の聖魔術士だ。周りの部下がニヤついているが・・・あの体格には本当にちゃちい椅子だ。聖魔術士長が部屋を出る瞬間、メキッと音がして、大きな音がして机も真っ二つにしてしまう・・・。直さなくて良かった。だが問題はそうじゃない。少しは待遇が見直されたと思っていた。
・・・くそっ!やっぱり扱いは使い捨てか!
聖魔術士ギルドも、聖騎士ギルドにも新しい管理者が入った、ファーバンラグニスその物にも管理者が出来た。封筒に入っていた書類はそれを通知する文章が沢山入っている。
聖魔術士長は部屋を出てから書類を見ていく。建物は別に用意しなくてもいい、しかし街の管理者が来ると言う事はその他の建物にも差し押さえが生じると言う事だ。その可能性がある所と言えばシーズチェラムが住む邸宅、旧ロッセンティーニ邸だ。向かって見ればもう時は遅い、新しい町長に差し押さえられていた。持ち込んだ家具の運び出しが行われていた。
「抵抗はしなかったのか?」
「しても無駄だろ?・・・アテならある・・・守り続けていた持ち主は不満タラタラだがな?」
シーズは聖魔術士長にそう言う。空いている建物などあるか?そう思っている顔だがあるんだ、商店街の一角は未だ住人が居ない、住みにくいし家具も実用的そのものだからだ。
全ての家具を積めば馬車で運ぶ、聖魔術士長も付いてきた。
「角紫は先が思いやられそうな顔をしてるんだが?」
「俺とミナ、ラ・クインテット・ストラトスしか知らないからな?」
「お前の相棒が知らないとは意外だが?本当に屋根付きの建物があるんだろうな?」
「俺が高速魔法修復材をどうしてポンポン出せたか気にならなかったのか?」
「・・・それは、不思議に思っていたが・・・」
馬車は廃墟しかない路地をくねくね進んでいく、そして見えてきた、不自然な商店街。それで後ろのお嬢様が興奮する。屋根付き、窓も家具も全部揃った建物だ。
「・・・こりゃすげぇ」
「事故で蘇ったんだ・・・あの薬や魔法ランタンの出所は全てここの魔法具店だ」
「まじか、宝の山じゃねぇか!?」
「作れる人間がもう居ないから使用は慎重にならなきゃいけないけれどもな・・・ここにある魔法具の事はくれぐれも内密にな?」
「あぁ・・・当然だ・・・今後の俺らの為に全部充ててやる」
シーズは服飾店の前に馬車を止めた。
「じゃあ、いつでも持ち出せるようにしておかないとな?」
「まぁ、心配要らなそうで良かった」
「あんたも追い出された口じゃないのか?」
「仕返し出来たから別に良い」
「・・・仕返し?」
聖魔術士長は未使用の高速魔法修復材をポケットから取り出して見せる。
「使わなかったのか?」
「椅子は新しいのを調達したし、机はまだ頑丈だったからな?だが次の奴の体重に耐えられなくて椅子が壊れて手を付いた机もドーンってな?いいザマだ」
聖魔術士長は大笑いする。しかし、その後、それは倍になって帰ってくる事になるのは何となく察しは付いた。
ファーバンテセウスは海からの攻撃対策に特化していて内陸からはほぼ無防備、守りにくいと守衛隊も不満を漏らす町でした。次からは旧リズリット王国領を目指します。
最後までお付き合い願えると幸いです。