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Dark Breakers  作者: verisuta
遠征隊としての責務
10/17

エルとミナ

上級聖剣の中でも最上級クラス、しかし扱いとしては鉄剣よりは高性能、そんなエルとミナ、どうしてシーズらと巡り合ったのか?


主人公の目的は達成しているのでここから第3章、遠征隊としての責務が始まります。今まで怒涛の流れなので少しファーバンテセウスの海でも眺めながら箸を休めましょう。

聖騎士学校に入学して3年目、聖剣学校の生徒との交流がついに始まる事になるのだが、気が付いて居なくともシーズとルナは主席の座に居るので、自然とペアになるであろう聖剣は決まっていた、それもあるのだが・・・。

・・・コイツは飯には目が無い。

タダ飯が食えるとなると途端に発揮する大食い癖。シーズは目の前の料理をただ食ってるだけのルナの横に居る。ほっといて聖剣と交流を深めても良いのだが、高貴な上級聖剣達が周りを囲んでいて身動きが取れない。女騎士であるルナは珍しい割りにさほど人気も無いが自分は人気があるようだ、しかし実を言えば強い聖騎士の聖剣となって、老後も安泰と考える貴族育ちの聖剣には興味が無い。性能もデザインも偏りがある、あるいはバランスは良いが極振りより劣る・・・それもあるのだが、老後も安泰と考えている所が気に食わない所である。自分が聖騎士学校に入学したのは何故だ?姉の敵を取る為だ。運が良ければ長く生きれる程度の危機感がある中級聖剣くらいがちょうど良いに決まってる。なにより性能はほとんど変わらずバランスが良い。

お綺麗ですね、自分にはもったいない性能など、聖剣や聖剣技師達をべた褒めしては相性よさそうなクラスメイトを売って売って売りまくって謁見会場には次第に売れ残りが目立つようになる、もうここには成績の悪い聖騎士と売れ残りの中級聖剣しか居ない、ペアになった者達は会場を出てダンス会場なり何処かへ行ってしまっている。そしていつまでコイツはここで飯を食っている?もう周りには適当なのでいいやと諦めきった聖剣と聖騎士しか居ないぞ?と言うかお前、聖剣と一言も会話してないよな?披露会の意味、分かってるよな?

シーズはルナを見下ろす、かく言う自分もこのテーブルからほとんど離れていないのだが・・・最後のステーキを頬張った所でようやくルナが立ち上がった。

「もう売れ残りしかいないじゃん」

「当たり前だ」

「選んできなよ、上級聖剣は要らないんでしょ?どの子にしようかなぁ・・・」

「まさか俺に合わせて時間調整してたのか?」

「当たり前でしょ?」

「お前まで売れ残り掴まなくたって良かったんだが・・・?」

シーズはそう言いながらルナの口元に付いたステーキソースを近くのナフキンでふき取ってやる。

「私は君の相棒、君と同じ戦場に立つんだよ?老後も安泰と考える高飛車聖剣要らないじゃん?」

「おまっ・・・そこまで付いてくるのか??お前の腕なら何処でも一人でやってけるはずだぞ!?」

「それは君も同じ、でも君には明確な目標がある、しかしそれの達成は一人では不可能!」

「だからと言ってだな・・・」

「一人では無理でも二人ならば可能かもしれない、私達は今までも敵無しだったんだよ?最高の夫婦じゃん」

「・・・あのなぁ・・・じゃぁ、行くからな?」

「無難な相手、見つかるといいね」

シーズは一つ溜息をついて適当な聖剣の集団に近づこうとする・・・すると会場のドアが開き、一人の老人が汗だくで駆け込んで来た。

「・・・もう遅かったか・・・本当にすまない」

「先生もお疲れだったんですから」

「そうです、もうお歳なのですからいい加減徹夜を控えるべきかと」

「何を言う!君たちの晴れ舞台をうたた寝して台無しにしたのはこのわしじゃ!・・・なんたる失態」

・・・こりゃ驚いた、聖剣技師の中でも名工中の名工、ブロウド エグバンゼル先生だ。

エグバンゼルはついてきた二人の聖剣の前に膝をついて命乞いをするかのように謝っている。双子のように見える二人の聖剣はドレスすら着ていない。聖剣学校の制服だ。察するにエグバンゼル先生が寝落ちしてしまい、披露会への出席は諦めたのだろう、そのような意図が見える・・・が、エグバンゼル先生の作品と言えば上級聖剣の中でもトップクラスの性能と美しさを誇る聖剣の中でも頂点に君臨する作品、年間1~2本ペースでしか制作されない、まさに聖騎士学校主席専用の聖剣でもある、しかし制作本数の少ないこの狭き門、当然ながら名門聖剣家系で取り合いになる、その名門聖剣家系も上級聖剣と同じ貴族階級、つまり老後も安泰派の聖剣、自分が求めている物では無いのだが・・・エグバンゼル先生と目が合った。シーズは後ろを見てそっと中級聖剣の集団へまた歩みを進めようとしたが、エグバンゼル先生が走ってきた・・・うん、捕まった。

「丁度よかった!聖騎士学校で成績首位のシーズ チェラム君じゃの?おお!ルナ クレムニル君もおるではないか!奇跡じゃ!優秀な二人がわしらの為に残ってくれていたとはのう・・・!」

ルナは名前を呼ばれてゆっくりエグバンゼル先生の方を向く、呼ばれたからにはその方向へ行くしか無い。

「・・・用事が」

「なに、すぐ終わる」

シーズはエグバンゼルの手に引かれて二人の聖剣の前に立たされた、ルナは自主的にその横にやってくるが・・・二人はドレスを着ていない事に恥ずかしがる。

「聖剣、エル、そしてミナじゃ、なに後悔はさせん」

エグバンゼルはエルを実剣化しシーズに渡してくる、今までお世辞を言ってきたが、本当に手の余る聖剣である事は十分分かる。そして押し付けられるクラスメイトの手札は既に残っていない。

「聖魔力の伝達量はどちらをとっても過去最高の出来、装飾も申し分ないだろう」

エグバンゼルは自慢げにエルとミナの詳細を説明し始める。

「・・・ですが・・・流石に私には使いこなせない」

「なにを言う?今年の聖騎士学校主席は君達ではないかね?君達に合わなければ誰にもふさわしく無いのだぞ?安心したまえ、これから半年間、君達に合わせる為の調整を行う!そういえば自己紹介がまだだったの!わしゃ、ブロウド エグバンゼルじゃ!時間があれば工房に来てくれたまえ、これが住所じゃ!邪魔したの!」

「・・・えぇ・・・はぁ・・・」

エグバンゼル先生はそう言い残してエルとミナをシーズとルナの手元に残したまま来たドアから出て行ってしまう。気が付けばもうこの会場には聖剣と聖騎士は誰も居ない、片付けが始まっていたのだ。

「・・・どうする?」

「どうするもなにも・・・断ってくるしかない・・・俺はな?」

「私もちょっと手に余り過ぎるかな?」

その時エルとミナは実剣化を自力で解除してしまう。

「・・・何が不満なの?」

エルの目線が痛い。

「やめようよ!おねぇちゃん!」

「ミナ!私達の努力を今全部コケにしたのよ?」

「相性があるんだって!きっと!」

「聖剣になるのを諦めろって言うの!?冗談じゃない!何が不満なの?」

・・・どうするよ?

・・・どうにかしてべた褒めするしかないだろ?

ルナの困った顔には困った顔で返すしか無い。

「君達の性能はどれをとっても素晴らしい、もっと優秀な聖騎士の元にあるべきだ」

ひとまずそういってみた、ルナも隣で頷く。全力で。

「何それ?お世辞?素晴らしいと思うなら何故断ると言う選択肢が出てくるの?本当の事を言いなさい!」

シーズはエルに胸倉を掴まれる。ルナはしくじったねぇと言う顔をしていた。さては全部丸投げする気だな?冗談じゃない!

「素晴らしいのは本当だ!ただ、自分には君を使いこなせる技量が無い!」

「私も・・・」

「ならなぜ貴方達は今期の聖騎士学校主席な訳?それとも私達には手が余る程の技量なのかしら?本当の事を言いなさい!」

「もうやめてってば!!」

ミナの大声で片付けをしていた人達も一度動きを止める、エルはそれでシーズからゆっくり手を放した。

「・・・帰るよ」

エルはそう言い残して扉へ歩いて行く、その目元には薄っすら涙がこぼれていた。

「申し訳ございませんでした!」

ミナは謝ってからエルを追って走って行った。

「・・・あーあ、泣かせちゃった」

「・・・本当の事、言える訳無いだろ?つかお前もなんか言えよ」

「えー?私はシーズの相棒だよ?自ずと君がどの道を進むかで私の剣の用途も決まる」

「・・・他人任せにも程があるんだが?」

「私達も帰ろうか、片付けのお邪魔だしね?」

「帰るか・・・」

シーズ達は会場を後にする、その後も二次披露会、三次披露会と言う物はあるがシーズ達は出席しなかった。聖剣が決まらなければ留年する事にもなるが、聖騎士には最悪闇市で低級聖剣を買うと言う選択肢がある。それでどうにかするつもりだったので強制参加の初回に参加後、いつものようにルナと勝負のつかない打ち合いで剣術を磨く事をしていた・・・勿論時間制限付きだ、無ければ終われない。

「・・・時間だ・・・今日もここまでだな?」

「今日こそはと思ったんだけれどなぁ・・・」

「戦術をコロコロ変えてくるから勝てる道筋が全然分からねぇんだよ」

「それは君もだよ?」

ベンチに用意していた水袋とタオルを取りに目指すが何処かで見た老人がそれを持っていた。

「君達の打ち合いには勝敗は無いのかね?」

まさかのエグバンゼル先生だ。工房に来なくて怒っているようには見えない顔だが・・・きっと怒ってる。

「これはエグバンゼル先生、お久しぶりです」

ひとまず挨拶しておこう、ルナも並んでお辞儀する。

「もしかして、既に君達にはパートナーが居たのかね?」

「えぇ・・・いや、その・・・それより二人の相手は見つかったんですか?」

エグバンゼル先生の優しい笑顔、これは反則だ、嘘など付けるものか?

「何を言う?君達の為に残しておいてあるのだぞ?悩みがあるのなら聞こうではないか?」

エグバンゼルはにっこり・・・しかしこれは怖い、三次披露会すらすっぽかした直後だ、聖騎士学校の練習場で自主練習に励んで居るのは聖剣に恵まれなかった売れ残りしか居ない、聖剣が決まった聖騎士は調整などで聖剣学校や聖剣工房へ行ってしまっているのでここへ来て丸一日自主練習などする時間が無い、それを知っていて聖剣の有無と悩みを聞いてくる・・・エルとミナを選ばない理由を確かめに来た、その笑顔である。

・・・まずいよ?カンカンに怒ってる、きっと。

・・・だからと言って闇市で聖剣を買う場合は卒業手前の黙認期間じゃないと退学処分だぞ?俺達は寮生だ!

練習でかいた汗が急に冷たくなり寒気を感じるようなこの空気、エグバンゼル先生は水袋を二人に渡してきた。受け取る他無い。

「まぁ、立ち話もなんじゃろ?座りたまえ」

エグバンゼルはベンチに腰掛けるよう促してきた・・・良い返し文句が思いつかないので座わる他無い。

「時に、ワシは色々な学生を見て来た、特に君達のような剣術特化で主席になってしまった学生の悩みはなんとなく分かる・・・君達の生まれはもしかしなくとも市民階級以下じゃろう?」

「・・・よくご存じで」

「そうでなければワシの作品を手にする事を躊躇などせんからな?ここ最近の兆候だと家族を失った事により聖騎士を目指す者が大半じゃのう・・・憎き怪物を打つ為に訓練を積み、家族の敵を打ち取ろうとする・・・勿論それだけで学校の主席になる事は叶わん、君達の強さは勝敗が付かない事じゃの?数週間練習を見させてもらったがどちらも一回も勝っていなければ負けてもいない・・・お互いの打ち合いだけで技量を伸ばし、ついには周りを突き放してしまった・・・それが今の君達、結果だけ見ればワシの作品を持つ資格は十分すぎる程ある」

「しかし、剣術だけではサーヴァルに勝てません」

「さよう、見ている限りでは聖魔力を強化する訓練を全くしておらんようじゃ、最初から闇市で聖剣を買うつもりだった鍛え方じゃの?凡人でも聖剣さえ持てばサーヴァルは浄化出来る程の聖魔力は持っておる、特にルナ君、君は本当に聖魔力の出力が低い」

「・・・う」

ルナはそれを聞いてそっぽを向いた。

「あいにく、シーズ君、君は元々聖魔術士でも申し分無い程、聖魔力のキャパシティがある、だが生まれ育ちその物の状態じゃろう?聖騎士も訓練を重ねて本来増やしていく物なんじゃ・・・よって、現状、今の君達にはエルとミナが必要と考える、彼女らは聖魔力の精密な制御に長けておる、より少ない聖魔力を無駄なく操り効率よく増幅させるのが最も得意じゃ・・・じゃが、使いたくないのじゃろう?理由など分かる、彼女達は名門、ブロックハースト家出身のお嬢様だからじゃろ?特に君達のような市民階級育ちの学生は上級聖剣を嫌がる傾向にある・・・何故だと思う?」

・・・まさかの逆質問・・・分かりませんとも言えないじゃないか!!上級聖剣を避けるのはまさにその理由であり、先生も十分知っているはず。答えるしかもう選択肢が無い、じわじわと追い詰められている事に焦りを感じる。シーズはぎゅっと手を握りしめた。

ルナの目線はそっぽを向いたまま帰ってこない・・・アイツはターゲットが外れているまま逃げ切る様子だ。アイツはそういう奴なのである。

「・・・大変申し訳にくいのですが・・・」

言うべきか?言わないべきか?

「なに、本音を聞いて怒るような事はせんよ、何故なら既にワシはその答えを知っており、そして君達もそれに悩まされているであろう事も知っているからじゃ」

・・・本当に怖い人だ、あの優しい笑顔が非常に怖い。だが、推測通り、答えを知られている以上、言うしか無いだろう。

「・・・自分の歩む道は・・・それなりに活躍すれば老後も安泰と考える上級聖剣に向きません」

「思った通りの模範解答だ、そう、どんなに性能が良い聖剣を与えられても直ぐに死なせてしまう、上級聖剣の人生設計には答えられない道を歩む者特有の考えとも言えよう」

「申し訳ありません」

「なに、最近はそういう者も多い、実力のある学生も最近は程度の良くない聖剣を選びたがる・・・今年は君達以外は居ないようじゃが、そういう者に限って質の悪い聖剣の性能不足に足を取られて死んでいく者だ・・・どうじゃね?もう一度、会ってみる気にはならんかね?ワシは実力のある者にはそう簡単に死なれて欲しくはないのじゃ」

エグバンゼルは立ち上がった。

「邪魔したの」

そう言って後ろの壁を見上げる。壁の上には観客席がある闘技場タイプの建物だ。この上には誰も居ないはずだが、エグバンゼル先生が後ろを向いて出口に向かって歩いていくのを見計らって後ろを見上げる。エルの鋭い目線が目に入ったので直ぐに真正面を向いた。

・・・こりゃすっぽかしは出来ないね?

・・・つかお前については何も触れてなかったな?ずるいぞ!?

・・・いいじゃん、運命共同体の仲だし。

・・・いつからそうなった!?

・・・だって夫婦じゃん。

・・・そいつは校内でのあだ名だ!!

シーズとルナはゆっくり顔をぶつけて無言の会話、これは直ぐにでも顔を出さなければいけない状況だ・・・非常にまずい。


「聞きたい事は聞けたかね?」

「申し訳ありません、先生、お忙しいのに・・・」

「ワシの考察通りじゃ、なに、本来彼らの調整の為の時間が丸々開いていただけの事じゃ」

「いえ、ルナ クレムニルに関して何も聞けなかったのは少々残念ですが、シーズ チェラムに関してはおおよそ検討がつきました」

それを聞いてエグバンゼルは黙り込んだ・・・しまった、探りを入れる事を忘れていた。

「それについては・・・えぇと・・・」

「彼と一緒に残り物を探していたとなればおおよそ生い立ちも同じと見れます」

エグバンゼルはエルに睨まれる、一次会以降相当機嫌が悪い様子だった、あれだけ年下の生徒達が頑張って用意した衣装やメイクも成績不振の学生の鼻の下を伸ばしただけに過ぎなかった事もさらに影響している。

「・・・ワシも学校と相談して、彼の生い立ちを探ろう・・・彼女の事もな?」

・・・よくできた生徒なのだが・・・。

エグバンゼルは工房を目指す馬車の窓から外を見た。ミナはエルの実の妹であるのは事実だが入学は2年遅れ、対してエルは2浪、聖騎士学校の主席は2人だったり1人だったりと人数が決まっている訳じゃない。基本的には自分の工房の制作に聖騎士学校側が合わせてくれている事が多い。一昨年は卒業間際に問題を起こして退学してしまった、去年は2人居たが、片方は後輩に、もう片方は聖騎士自身と幼馴染の中級聖剣に取られてしまった・・・幼馴染の仲ならしょうがない。今年はどうだ?このままではエルは3浪を迎える、3浪を迎えるとどうなるか、どんな優秀な聖剣でも聖剣としての役目を終える。3浪を迎える事もそうそう無いがごく稀にあるのも事実、聖剣学校から強制退学した後は一般市民として生きるか、闇市で相手を探す他無い、家も没落するだろう。幸いブロックハースト家にはミナと言う保険が居る。姉が聖剣になれなくとも妹が聖騎士の手にわたってしまえば安泰と言う訳だ。だがそうなればどうなる?エル自身が人前に出られなくなる。難しい試練をせっかく乗り越えたのにだ、非常にもったいない事である。そして自分の生徒が主席としか契約出来ないのは自分のブランド力のせいである。別に主席でなくとも良いのだが、世間はそうはさせてくれない、テンポがずれると後ろが詰まっていく、自分の工房では最もよくある問題である。

・・・困ったものじゃ。

外では交流を深める聖剣と聖騎士の学生もちらほら居る。これからお互いに将来を共にするのだから当然だろう。

工房に帰ってみれば、聖騎士学校から提供された成績などの調査票を眺める。評価的には甲乙つけがたい印象、本人達は非常に勤勉で真面目に授業を受けており、自主練にも積極的に励んでいる超優等生なのだが、自主練のし過ぎか、剣術の技量が他の生徒と比べ物にならない程優れており、また、このクラス全体も非常に粘りある生徒が多く、本来3年かけて学ぶべき過程を半年くらいで完了するエリート集団に成り果てていた、その後は授業にならなくなってしまい、その後の剣術成績が無い状況、中でも今期の主席2人は剣術大会はソロでは毎回時間制限で引き分け優勝をする2人組、ペアでは上級生すら秒殺、しかし一方で彼らの所属するクラスメイトも上級生をコテンパンにする程と前代未聞、1年目以降は教員らは彼らに剣術の指導を任せた程なのだという・・・シーズ チェラムの家族構成は現時点では孤児だ。親の直近の職業は北のオルソニーク区の聖魔術士ギルドのギルド長、知り合いの聖魔術士ギルドマスターに調べて貰えば10年前に襲ってきたサーヴァルの大群から町を守る為、高難易度防護魔法、マルファネスト・ライトを発動した際に部下が制御を誤り暴発、6人が蒸発死した。この魔法は複数人で制御する魔法らしく、当時は破壊されてしまった門の代わりに使用していたそう、幸いにも聖騎士の戦力で抑えきれたそうだ。ギルド長クラスとなればそれなりに優秀な聖魔術士、シーズ自身の魔力、聖魔力共に高めなのは遺伝か、幼少期の訓練の賜物だろうとは思うが問題は姉の方だ、彼が聖騎士を目指したきっかけか彼女にある、そうでなければ父を次いで聖魔術士になっている器である。勿論姉についても聞いた、今は返事待ちだ。丁度工房に一人の聖剣が訪ねて来た。メニカ アシェード、西門に近い聖騎士ギルドのギルド長の聖剣だ。

「先生が探している資料、きっとこれのはずだ」

「おお、助かるよ・・・相変わらずトニーは聖剣使いが荒いの」

「全くです、私は先生の作品ですら無ければ知り合いでもない、近所ですらないし身内でも無い、ついでにこれが誰の経歴すら分からない」

聖騎士団標準鎧を着こんでいるメニカは相変わらずカリカリしている。金属製の靴がバシバシ床を叩いていた・・・聖剣は伝書バトではないからだ。

「それと、それを探した主人の部下が言ってました、戦死した詳細についての情報はほとんど無いと」

「・・・ま、遠征隊の隊長となればそんな物じゃろう・・・すまなかったな、これでも持っていけ」

「ありがたく」

メニカはビールの瓶と湿布の入った紙袋を受け取ってから工房を後にした。

彼女の主人はトニー ワーグナー、私と彼との関係は私の一番弟子、レイモンド ワーグナーの息子である事だ。レイモンドのいう事は聞かないが、私のいう事だけは渋々聞いてくれる。面識はかなりある方だ。まぁまぁいたずら大好きなわんぱくっ子だったので聖剣職人になれる柄でも無く、なんとなく聖騎士学校に入学、勉強より町で遊んでいる事が多かった為、聖騎士学校では成績やや不振、そういえば丁度この時期に聖剣をくれと乗り込んできた時もあった、勿論、レイモンドも成績が良くない息子に上級聖剣がやれなかった。親が聖剣を用意してくれなかった事、そして頼みの綱だった私からも貰えない、それで日頃の行いを酷く反省したのか聖騎士団でそこそこ努力し、今やギルド長にまで出世した。しかし昔に比べて少し丸くなっただけ、女遊びの被害は未だ彼女だけで済んでいるのが非常に奇跡でならないが、その分彼女への負担も尋常では無く、腰痛等々で悩まされている事も珍しくないと言う。その上で家事や使い走りまでするのだから本当に凄い子である。毎晩のように性欲処理に付き合わされたりしている彼女の為に腰の薬や鬱憤晴らしの酒くらい差し入れしてやらねばやらん、そう思って一本先の薬屋や3件先の酒屋で高い物を買っておいたのだ。薬はともかく、工房に酒瓶など普通は置く物では無い。

・・・さて、中身だ。

封筒を開けるが、厚さからも大した情報じゃない。

・・・聖騎士学校では無難・・・と言った具合かのう。

レイア チェラム・・・24回目のレーヴェン攻略遠征隊のリーダー、選ばれたきっかけは西門での戦績、戦闘の多い西門で成績が優秀な者は遠征隊のリーダーになる、不思議な事じゃない。聖剣はエルドラ クラインハルト、恐らく中級聖剣。当然戦死している。内容としても聖騎士学校が把握している元とほとんど変わらない。ここまででシーズ チェラムの心情ははっきり読めた・・・対してルナ クレムニル、親が居るのは確かなはずだが何処を探しても親の情報に届かない。孤児であるのも事実だが出生から全てが不明、しかし貧困階級かと言えばそうでは無いらしく、通常入学で学費も一括納入、知り合いに親の所在を当たっているが、犯罪経歴も無ければ、剣術その物も犯罪に影響された痕跡も無く、完全に手詰まりを迎えている。唯一の情報と言えば、何処へ行くにもシーズと行動を共にしていると言う事・・・彼の家と関係があるのかと思えばそうじゃないのだ。

・・・本当に分からん。

しかし片方が上級聖剣を拒絶する理由さえ判明していればいい、後に引けないのはエルだけである。ミナは留年しようともまだ猶予がある、それに共に行動するのであれば姉妹が一緒にいられるメリットもあるのだ。


「・・・やる気ある?」

翌日もひとまず打ち合いをしているが、ルナが途中で手を止める。練習に力が入っていないのは事実だ。流石にルナも気が付く・・・が、力が入っていなければルナが勝てるはずで、なぜそれをしないかが分からない。手を抜いているのだ、まるで今がその時で無いように。

「・・・やっぱり工房に行こう、正式に断りを入れてくるんだ」

「・・・そ、じゃあ、昼の鐘がなったら正門集合」

ルナはそう言い残して模擬剣をくるりと回してベンチの横に立てかけて、水袋とタオルを持って練習場を出て行った。聖騎士学校の制服に着替えて学校の正門に向かえばルナが居た。聖騎士になる者は99%男性だが女性聖騎士も居ない訳じゃない。スカートも一応ある。しかし専用のベルトが無いのか練習着のベルトを普段からしている。ランタンのような飾りをいつも授業で付けているがこれは一体何を意味するのかは分からない。一見邪魔そうだが、そもそも周りに女子生徒は居ないのでもしかしたら標準装備かもしれない。それが昼の太陽を反射してギラギラしていた。

「何食べる?ナポリー横丁行こうよ!」

ルナはシーズの腕を絡めるように抱きつき引っ張る・・・飯だけはいつもこれ・・・何故なのか。

門から出るとフラッとする、太陽の日差しがまぶしいのだろうか?今日の練習は手抜きの度を超えていたはずだが・・・動ける範疇なので問題ない。

「飯食いに行く事が目的じゃないぞ?」

・・・確かにナポリー横丁へ行けば食に関してはなんでもある、ここからもそう遠くは無い、市民階級以下ご用達の大きな商店区の大通りなのだが、エグバンゼル先生の工房は高級住宅区を抜けた先の高級商店区、ファーバンラグニスの経済の中心へ行く事になる。なんでも手に入るらしいが行った事は無い、そもそもそれなりのお金が無いと買えない物ばかりだからだ。

パスタ屋、肉料理屋、あれやこれやにルナは目を取られてそれどころじゃないが、もう好きな所にしてくれ・・・そこまで金は無いが、ここならそこまで財布に痛くないのが唯一の救い。

適当な定食屋に入って席に付く、ここは行きつけ、何か良い事があればルナとか他のクラスメイトとよく来る。例えば剣術大会に優勝とか、誰かの誕生日とか・・・何故学生に選ばれるか、安いからだ。

だがこの時間、当然学生もそこそこ。

「おっ!シーズじゃねぇか!ルナまで・・・お前らの聖剣、結局決まったのか?」

「げっ・・・マルコー・・・」

「なんだよその顔!俺らクラスメイトに最高の上級聖剣ばかり紹介してた癖してなんでお前らは売れ残ってんだよ!?」

マルコー ドルファネストがそう言いながら隣に座ってくる。聖剣はここで再び会う事になるとはと言う目をして睨んできた。確かフーリエ カナリア、一番最初に声をかけて来た上級聖剣、適当な理由を付けてマルコーに押し付けたのだ。マルコー、実家の稼業の影響で見た目の柄こそ悪い男だが性格そのものはめんどくさがり屋以外は非常に情が熱い、オマケに貴族育ちなので上級聖剣とも仲良くやれるはずだと思ったから推薦した。あいにくなんと言い訳したかまでは忘れたが・・・。

「アホ!俺らは剣術極振りだ、聖魔力の伝導性がどれだけ良かろうと無意味だぜ?」

「だからと言ってこの時期まで居ないなんておかしいだろ?まさか買うつもりか?お前ら学年の主席だぞ!?冗談キツイぜ?」

「・・・そのつもりだ」

それを聞いてフーリエがテーブルに拳を打ち付ける。テーブルのコップが全部一度宙に浮いた。

「お・・・おちつけって!な!?・・・邪魔した!いいかお前ら!さっさと聖剣決めろ!グレイも心配してたぞ!?絶対だからな!?」

マルコーはフーリエを抱えて別のテーブルへ逃げて行った。

「・・・こっわー」

ルナはそう言いながらやってきた料理にかぶりつく・・・マルコーとグレイの心配は全く聞いていない様子・・・とはいえ、3次会まですっぽかせばもう買う他無い。

「おい・・・マルコーと何があった?」

「・・・今度はグレイか・・・どうだ?彼女は?」

「とても素晴らしい・・・とはいえ、お前らレベルが売れ残るとは前代未聞だぞ?丸々1クラス全員上級聖剣持ちも前代未聞だが・・・」

グレイ アーシェリアが先ほどまでマルコーが口にしていた水を飲む。やはりセイレン リリアンヌも私を選ばなかったから売れ残ったのよ、良いザマね。と言う顔をしている。

「マルコーにも言われたさ・・・うちのクラスの連中はやけに精鋭ぞろいだからな?全員主席レベルらしいじゃないか?上級聖剣に選ばれて当然さ、皆は凄いよ」

「・・・たく、アイツの聖剣を怒らせたのはお前かよ」

「・・・悪いな、剣術極振りの馬鹿だからさ、俺らは」

「はー・・・よう言うわ、聖騎士学校主席が低級聖剣買うなんてシャレになんねぇぞ?」

「聞く所によれば、上級聖剣からのオファーは軒並みお断りしていたそうですわね?」

セイレンもフーリエが口にしていた水を口に含む。

「そういう残念なお前らに朗報があるぞ?今年はなんとエグバンゼル先生の聖剣が売れ残ってるらしいんだ・・・どうだ?今からでも遅くは無いぞ!?」

「・・・知ってる、これを食ったら断りに行く所だ」

「なんだ・・・って断るのか?もったいない・・・頼むから貰ってこいよ!俺らクラスメイトを安心させろよ?皆お前の推薦で最適な上級聖剣と巡り会えてるんだ!俺達の性格にあった聖剣を人に進めておいて、当の推薦人は劣悪聖剣握る事になるとか本当に勘弁してくれ・・・うちのクラスの恥だ」

グレイは大きく溜息を付きながらコップの水を全て飲み干した。

「ま・・・わたくしが今からでも貴方の聖剣候補になってあげてもよろしくってよ?」

「悪いが、俺はなんとなく聖騎士を目指した口では無いんだ、君の老後の安泰は保障出来ない、グレイを頼むよ、人に勧めた剣を奪い取る程嫌な性格もしてないんだ」

「だから上級聖剣のオファーを・・・強い聖騎士の聖剣となれば老後も安泰と言う人生設計も崩れている時代ですのに・・・」

「お前はそう言うがな?クラス全員が上級聖剣握れるのもお前らの剣術あってなんだぞ?多少訳アリだろうと誰だって付いてくるもんだぞ?もう少し自分の実力を評価したらどうだ?」

グレイは溜息を付きながら頼んだ食事を口にする。

「俺は姉を殺したサーヴァルキングに挑むんだ、そんな事の為に上級聖剣は使えない」

「だからこそ必要なんだ、サーヴァルキング級なんて剣豪、ソルでも難しかった相手だぞ!?これだけ説得しても断るなら俺がエグバンゼル先生に交渉してやる、うちはセントラルプロムナードの商業ギルドのギルドマスターだ、うちの名を出せばエグバンゼル先生とて交渉テーブルに着かざる得ないはずだ」

「だから・・・お前の家を頼る訳には・・・」

「いくらでも頼るといいさ、うちの親もお前の事は十分評価してる・・・何故かって?俺が剣術大会でお前らの下に居られたのもお前らあってこそだったからだ!」

「俺らはお前らをコテンパンにしてただけだぞ?」

「とは言っても俺らの2年生、3年生の剣術の講師は誰だ?」

「・・・俺とルナだな?何故だか知らんが自習にさせられてな?」

「そうだよ!お前らに剣を教わらなければ俺はひ弱な3男のままだった、そのままならただの聖剣を持った貴族にしかなれなかった、父にすら評価されない、それがどうだ?今じゃ皇帝近衛騎士の兄を簡単に打ちのめせるんだぞ?この話は去年、お前にしたはずだが?」

「そういや夏休みの特訓をしようとした兄貴の模擬剣を弾き飛ばして隣の家の窓ガラス割っちまって大変だったとか言ってたな・・・皇帝近衛騎士は聖騎士の中でもエリート職なはずだが・・・」

「あったねーそういう話・・・でも私達は関係ないよ?諦めず私達に挑み続けた君達が偉いだけ、卒業して一年くらい聖騎士団の下働きでもすれば皇帝近衛騎士になれるじゃん、お兄さん倒せるなら皇帝側近も余裕でしょ?アーシェリア君凄い!」

「だから、今度は俺らクラスメイトがお前達の役に立つ番だ、色んな工房に足を運んで売れ残りのチェックをして回ってたんだ」

グレイは鞄から色々書かれた紙を取り出す。

「だが、今期分はもう売り切れている・・・この二人以外はだ」

工房と聖剣の名前には全てバツ印が書いてある、エグバンゼル先生の工房のエル ブロックハースト、ミナ ブロックハースト以外は・・・。

「今期は聖騎士が多い事もあり、どの工房の在庫も全て空にしている。残っていた聖剣も在庫がほとんど・・・今期分はこの中ではミナ ブロックハーストくらいしか居ない、そしてこれを狙いに連日聖騎士が交渉に足を運んでいるんだ、うちの連中もお前らの為に連日エグバンゼル先生の所に行ってるんだ・・・エグバンゼル先生もその気らしい、後はお前ら次第なんだ、ぶっちゃけうちの名前すら要らなそうな状況だが、無いよりマシだ、行くぞ?」

グレイはシーズ達の伝票も持って立ち上がる。

「自分の飯代くらい払う」

「遠慮すんな、俺は貴族の息子だぞ?お前らと違って小遣いがある」

グレイに食事代を払って貰い、グレイに連れられて店を出る、そして路面電車に乗り、ファーバンラグニスの中心街、セントラルプロムナードへ行く。グレイのような貴族が同行していれば歩きやすい、そして彼の庭でもあるので迷う事無くエグバンゼル先生の工房にたどり着いてしまう。

・・・これは断れない流れじゃん。

・・・だが、分かってもらわなければだな・・・?

ルナと黙って会話する。

「・・・どうだ?この後に及んで未だに聖剣を得ようとする聖騎士候補がこんなに居る」

「・・・こりゃすげぇ」

「わぉ」

エグバンゼル先生の工房には50人くらいの学生が列を作っている。

「・・・正直、他のクラスの遊びまくってたボンボンばかりだぜ?実を言うとうちのクラスのせいで過去に無いくらい貴族階級が聖剣を持てていないんだ、通例では市民階級が余る確率が多いのは知ってるよな?そうだよ、今年は俺らごく一部の貴族とお前ら市民階級の成績が飛びぬけて優秀なんだよ、だから逆が発生してるんだ」

「・・・だが金持ちだろ?」

「・・・金持ちだからって敵の居ない所で一生ぬくぬくしてられる訳ねぇだろ?」

「今の時代、剣術の腕も無ければろくに生き残れない時代・・・正直、わたくしも貴方にこの方を紹介して貰わない限りはこの手の連中の元に行く可能性もありましてよ?その点は感謝していますわ」

セイレンは見苦しい物を見ているかのような顔をして列を眺める。グレイに引っ張られて列の前の方へ目指す、工房の中ではエグバンゼル先生では無い誰かが聖騎士の相手をしている様子が見えた。

「おい!主席だろうと順番は守れ!ま、市民階級には貰えない聖剣だがな?」

列に並ぶ貴族学生に色々言われる。普通、そうなのだ。

「・・・俺が誰だか分かるか?父に頼めばお前の親の店を潰す事だって出来るぞ?」

グレイはシーズ達を笑う奴に鋭い目つきでガンを飛ばす、ギルドマスターの3男が調子に乗るなと言う声も上がったりとだいぶきな臭くなって来た。これは乱闘が起きそうだ。

「そこまでにしろ・・・お前の卒業までヤバくなる!」

「お前らの為なんだぞ!?それにこれくらい父の手に掛かればっ・・・!」

「昔からそうだがなんでもかんでも親父の権力に頼るのはやめろ!」

「だが!」

「いーからいーから!俺達はエグバンゼル先生の剣を貰うつもりは無い!たまたま買い物で通りかかって様子が気になっただけなんだ!そっちも引き下がってくれ!退くぞグレイ!」

喧嘩になりそうな奴からグレイを引き剝がす、それで少しグレイの頭が冷えたか、急におとなしくなるも、シーズの行動がグレイの頭を冷やすきっかけでは無かった。キツい視線を感じたのでゆっくり工房の入口に目をやれば、商業ギルドのギルドマスター・・・すなわちグレイの親父、オットー アーシェリアが腕を組んで立っていた。死んだわ、コイツ。

・・・コイツはヤバい。

・・・ここは退くべき?

シーズはゆっくりルナの顔を見る、そして急いでルナがグレイの肩を掴んで撤退行動を計画したその時だ。

「チェラム君、クレムニル君・・・エグバンゼル先生がお呼びだ、工房に入りたまえ」

鋭い目つきでグレイの父親に呼ばれる。完全に動けなくなり、またルナと顔を合わせる事になる。

「・・・その方はわたくしにお任せを」

痺れを切らしたセイレンが溜息をつきながら二人の手からグレイを解放する。そしてその足でグレイを表通りに引っ張っていった。後に残されたシーズ達はグレイの父親に背中を押されて工房に入る。

「・・・息子が迷惑かけた」

「・・・いえ、そのような事は・・・」

「こちらだ、いい返事を期待しているぞ」

「・・・なんの話でしょう・・・?」

とにかくグレイの親父は怖い印象の人、知ってはいた。優しい笑顔のエグバンゼル先生の存在を無にするほどの迫力、背筋がガチガチでもうどうすればいいのか分からない。

「・・・ど・・・どうじゃの?まーだ・・・・その・・・二人は空いているぞ?」

エグバンゼル先生も真顔だ、そこはグレイの言う通り、アーシェリアの名は絶大な権力がある。

「・・・やはり・・・自分には手が余る・・・かと」

殺されそうな声でシーズは質問に答えた、するとグレイの父親は黙ってゆっくりエグバンゼル先生の隣へ行き、黙って一つの紙束をシーズの前に放り投げた。聖騎士団入団時の自分の姉の基礎情報と戦死報告書だ。緊迫した空気の中、再びグレイの父親の顔を向き直ると、腕を組んで黙ってこちらを見ている。しばらくの沈黙の後、葉巻に火を付けてそれを吸いだす、そして煙を大きく吐いた後、その沈黙が解かれた。

「姉の敵を打つのだろう?」

「・・・その・・・つもり・・・ですが」

そしてまた葉巻を吸う音、吐き出された煙で部屋の上の方が白くなる。横でエグバンゼル先生が、うちは禁煙なんじゃがのう・・・と小声、だがそれをお構いなしに鞘に収められた鉄剣を投げられる。

受け止めざる得ない。一般的な護身用の装飾片手剣、よく貴族がなんらかの行事で携帯していたりいなかったりする程度の極々普通な片手剣だ、装飾的にそれなりの値段はしそうだが、あくまでもこれは話の起爆剤に過ぎない。

「・・・それで勝てるんだろうな?」

・・・無茶じゃ・・・と既にエグバンゼル先生が答えを呟いているが、椅子の足を軽く蹴られて黙らせられる。

「・・・それで勝てるんだろうな?」

再度質問だ。

「・・・いえ」

そう答える他無い。

「なら、どれなら勝てる?」

「・・・聖剣・・・それ以外ありません」

またもしばしの沈黙、次の質問は葉巻の煙が吐かれた時に来る。グレイの父親はゆっくりかがんで一本の剣を床から拾い上げ、それを投げて来た。聖剣だ。

「・・・お前の剣だ、それで勝って見せろ、今日の所は帰れ」

そうは言われても動けない。

「・・・いいな?」

さらに鋭い目つきがシーズ達を襲う、困り果てた様子のエグバンゼル先生がティーカップの皿で葉巻の灰を受け止めている。

「・・・はい」

逃げるように工房から出る他無かった。ひとまず表通りまで黙って小走りで逃げる、曲がった角にはグレイとセイレンが居た。

「・・・無事に貰えた?」

・・・そういえば持ちっぱなし。グレイに声をかけられてからようやく気が付いた、シーズは両手に鉄剣と聖剣を握っていた。

「そのままでは、近衛の目を引いてしまいますが・・・」

セイレンは聖剣を指さして実剣化の解除を促してくる。このまま裸で持っていれば近衛兵に叱られてしまう。慌てて解けばエルだった。シーズを見てひたすら黙り込んでいる。

「・・・で、貴方は戦場で死ぬ覚悟はあるのかしら?ブロックハーストさん?」

セイレンはエルに質問を投げる。

「とっくの昔に出来てる」

エルは腕を組んでそう答えた。

「・・・だ、そうですわよ?チェラムさん?」

「・・・本当にいいのか?」

「聖剣とは聖騎士と運命を共にする者、貴方の決定は絶対よ?その上で、右手の物と同程度の粗悪品を選ぶつもりかしら?」

「・・・これは・・・違うな」

シーズは右手に持っていた鉄剣をルナに押し付ける。

「そう・・・それで、ルナ クレムニル、貴方の相棒さんが私を使う事を決めたけれども、貴方はどうするの?」

「うーん・・・それじゃ、君の妹さんを貰おうかな?」

「そう、あの辺のゲス野郎達に渡らなくてひとまず安心ね」

エルはそう言い残すと工房の方へ戻って行った。

「・・・そういえば、これ、親父さんに返してくれないか?」

「・・・対した値段もしないぜ?貰っとけば?」

「いや・・・だが良い値段もするんだろ?」

「そんなのギルドの倉庫に山ほどある代物だ・・・やるよ、そのつもりで親父も持ってきたと思うぜ?」

「・・・そうか、返却が必要だったなら直ぐお前経由で返す、いつでも言ってくれ」

「その心配は無いぜ?帰り道は覚えているか?電停まで送る」

「頼んだ」

ルナから再び鉄剣を受け取ると、グレイに連れられて電停を目指した。


「・・・ちょいと強引すぎたのでは?」

「私は交渉に手加減が出来ないのは知ってるだろう?」

「・・・そうじゃったな?」

エグバンゼルは窓を開けて表通りの角にいるシーズ達を眺める。しばらくすればエルが自力で帰ってくるのが見える、しばらく笑っていなかった彼女の顔から嬉しさが溢れているのが微笑ましい・・・しかしそれも直ぐ元通り、学生に囲まれた。オットーはそれを見て溜息、大きな音をわざと立てるように豪快に工房のドアを開けて見せて学生達を散らしてまた戻ってきた・・・裏社会のボスかか何かじゃろうか?

「先生、シーズ チェラムを説得出来ました。ミナもルナ クレムニルの了承を得られました」

「それは・・・良かった」

エグバンゼルは溶けるように椅子の上で安堵する。

「しかし、先生のいう通り、片方追い詰めればあっさりもう片方も折れるか・・・まさに運命共同体のような関係だ・・・彼女は何者だ?」

「聖魔術士ギルドも、聖騎士ギルドも、商業ギルドはおろか、行政にもデータが無いんじゃ・・・出生から入学まで一切追えない・・・貧民生まれかも知れないな?それにしては教養はしっかりしている方じゃが・・・」

「役目は終えた、私はもう帰る」

「助かったの」

「・・・息子やギルド会員の貴族やその息子達からも頼まれていた事だ、彼らは非常に頼れる存在らしい、そういう子には先生の剣がお似合いなだけだ」

そう言いながらオットーは工房を出て行った、今度は静かにドアを開閉していった。


上級聖剣はお嬢様、しかしいざ聖剣として聖騎士と業務に携われば周りは貧民階級から市民階級も全て入り乱れる環境、お嬢様としての風格もすっかり削れてしまって半年前とは別人なのもちらほらと・・・。

最後までお付き合い願えると幸いです。

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