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七章 夢幻・希栄

此処は、何だ。意識以外、何もない。

僕は、死んだんじゃなかったのか?

確かコトリバコの一撃が僕の首を切って、死んだはず。

首はまだついているみたいだ。まあ、首を切られたと言っても動脈を切られただったはずだ。

ん?

なんで首を認識できるんだ。

ああ、わかった。まだ、まだ生きてるのか。

次第に全身の感覚が戻ってきた。目の感覚が戻り、すぐに開いた。

「あ、生きてたんだね」

コトリバコだ。なんで?僕を殺そうとして、助けたのか?

どうして僕を助けた。

そう聞こうとした時、首に鋭い痛みが走って、出かけた言葉を見失った。

「まだ傷は完全に塞がりきっていないから、あまり喋らないほうが良いよ。君の思っていることには私が勝手に答えるよ。なんとなく言いたいことは分かるしね。でも、まずは私の自己紹介から初めてもいいかな。多分こっちから初めたほうが後の話もわかりやすいだろうし」

痛む首に顔を歪めながら体を起こし、彼女の話に耳を傾けた。

「昔ね、私は伊邪那美っていう神様とその他の神様がこの黄泉の国で、悲しみや憎しみとか、ある神様の負の感情を抑えるために作られた呪物だったんだ。でも、最初はただの木製の箱に入れてたんだけどすぐに出ていっちゃうから、現世からの人間の魂を集めてそれに苦しみを転嫁させることで、負の感情の脱走を防いでいるんだ」

「...つ..まり...お前はっ.....神のい..一部だっ..たってことか?..」

彼女は僕を心配するような目で見ながら首を縦に振った。

それから、急に立ち上がって、僕の寝ている部屋の隅にあった棚から一枚の御札を取り出した。

「これを貼ったら一時的には治るんだよね...たぶん」

そう言って彼女は僕の首にその御札を貼った。

するとすぐに痛みは消え、声も普通に出るようになった。

「よし。貼る御札は合ってたね」

「違うこととかあるのか?」

僕の問に彼女は少し後ろめたそうに答えた。

「本来は間違えないはずなんだけど、私さ、昔の文字読めないんだよね。最近自我を持ったばかりでさ」

「そうか...」

僕はそこである疑問が生まれた。

「お前、負の感情から生まれたくせに、やけに明るいじゃないか」

「ああ、それはね。箱の中に入れた死んだ神様の一部が他の人間の魂と溶け合って、自我が生まれたって伊邪那美は言ってたよ。まあ神様の一部は私がとっくに吸収してるんだけどね」

「ちょっと待て。お前、伊邪那美と接点があるのか?それに謎が色々増えた気がするんだが」

「...じゃあ、時間もあるし、今から話してあげるよ。長くなるけど良いかな?」

僕が頷くと彼女は少し悲しそうな声になって話しだした。




ずっと、ずっと苦しかった。なんで普通に生きて、幸せになって、好きな人ができたのに、急に死んで、理由もわからないまま全く知らない神様の怨念なんか肩代わりしなくちゃならないんだろうって、ずっと考えてた。いや、考えてたのかな?

暗くて、湿った箱の中で止むことのない怨念に叫んでいたのは覚えている。

時々他の人の魂が入ってきて、分け合った怨念を何十年もかけて少しづつ食べさせられていた。

だんだん人数が増えてきて、苦し紛れに他の人達は、歌を歌ったり生きていたときのことを語っていた。

しかし私の口と目は潰され、何も言えず、何も見えず、体中に巻き付いている鎖のせいで、身動きも全く取れなかった。自分の耳が聞こえるのが苦しかった。何度声にならない声を上げただろうか。

みんなと話したい、歌いたい。箱から出られなくなっても良い。途中からはずっとそう思っていた。

箱の中が私以外で七人を超えた時のことだった。

急に私の目と口が元通りになったのだ。目を開いた時、私は箱の中にはいなかった。

代わりに、私の前にはある一人の神様がいた。彼は伊邪那岐いざなぎと名乗って、私の叫びを聞いて助けに来たと言った。

彼が箱を見つけたときには、私は食べ続けた怨念で他の人の魂を食らって一つの神霊になっていたそうだ。

私が黄泉の国という場所にいるのもこの時初めて知った。

彼は色々なものを教えてくれた。生きる術や、戦う術、それに料理だって教えてくれた。

そうやって彼と年月を経ていくうちに、私はだんだん彼のことが好きになっていった。

でもその一方で、私が吸収した他の人の魂は、まだわたしの中でもう意識もなにもないのに苦しみながら怨念を食べ続けている。

だから一人だけ幸せになるのはおかしいと思って、ある日私は彼の家を飛び出し、一人で彷徨い始めた。

黄泉の国ではすぐに他の神様たちに見つかってしまう。だから現世に降り立ってみた。でも私の力じゃ、人間の姿は保てずに、すぐ箱の姿に戻ってしまった。何年か同じ場所に居ると人に見つかった。壊されるかもしれないと思ったけど心配は一切いらなかった。

わたしの中を覗いた人たちは溢れ出る怨念を見て喜んでくれた。


コレで隣村の奴等を殺せるぞ!


と。

それから彼らは呪いを強めるためと称して子供の間引きを行い、その子供の破片を私の中に入れた。

そしてそれを隣村に送って、私の中身を覗いた魂の比較的弱い女、子供は怨念を浴びて死んでいった。

私はそこで学んだことがいくつかあった。

肉体の死んだ魂は怨念を多く持っている方が私の力が伸びるということ。

そして、その魂は私を認識し、受容する感情が高ければ高いほど制御のきく、怨念をより多く喰らう霊になるということ。

つまり、私はより多く怨念を持って、私を信じて死んでいく人間の魂を取れば良いと判断した。

そのためにもまず、怨念をもたせたまま殺して、その望みを聞いてみることにした。

何度繰り返しても人間は過去のことしか望まなかった。

死んでからのことなど一切望まず、ただただ

「あいつを殺して」「あの子がいなかったら」「彼が死なないようにしてあげて」

と、他人のことを願った。

理由もわからずに私はその望みを叶えるために時間を移動できる能力を獲得した。

時間を移動できると言ってもほんの数分だが、狙った時代に移動し、目的を達成して帰ってきて、魂を取り込む。それが数百人を超えたときだった。ついに私は神様に捕まったのだ。

私を捕まえた神様は伊邪那美と名乗ってこう言った。

「あなたの中には怨念がまだまだたくさんあります。その怨念はもっと人間の魂を喰らわねばなりません。私があなたに力を授けましょう」

そう言って彼女は私に一本の太刀と、相手の記憶に介入できる力を与えてくれた。

しかしその代償に彼女は私を奴隷のようにこき使った。連れてきた人間が気に入らない人間だったら殺せ、少しでも彼女のことを見下したら殺せ。

すぐ私に人を殺すように求めてきた。

拒否すれば私が殺される。だから私はその命令に従って殺して殺して殺し続けた。

そして数年経ったある日、伊邪那美はある力を手に入れた。

どんな力か、よくわからなかったけれど、彼女がこう言っていたのは覚えている。

「これであらゆる時代から人間を連れてくることができる!」

今思えば、大八州希栄、君たちがその力に巻き込まれた最初の人間だった。




「ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」

「いや。お前が謝ることじゃないが、今まで取り込んだ魂たちは、僕の母さんはどうなっている」

「今も私の中で押し寄せる怨念に悶えているだろうね」

彼女はそう吐き捨てた。

「...そうか」

「あれ、怒らないんだ」

「今、僕がどれだけ怒って本気で戦ったところで勝てないだろう。それにもう一つだけ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「お前は一体どの神様の怨念を食らっているんだ?」

「...まだ、わからない」

彼女はそう言ってうつむいた。

僕と彼女が同時にため息をついたその刹那であった。

二体の鬼が部屋の天井を貫いてコトリバコを各々の剣で串刺しにした。

「貴様、大八州と言ったか。大丈夫か!」

背の低い女鬼が僕に言った。

「獄卒様避けてください!来ます!」

もう一人の長身の男鬼、高峰か?

僕が考える暇もなくコトリバコは太刀を取り出し、異常な速度で二人をふっとばした。普通の人間なら死んでいるだろう。それから彼女へ戦闘中にも関わらず、一つ聞いてきた。

「怨念の主の名を知ったところでもう生きているものではあるまい」

その言葉を聞いた途端、女鬼のさっきがぴたりと止んだ。そして、震えた口調で言った。

「お、お前、その怨念の主を、知らんのか?」

「ああ、知らない」

平然と答えたコトリバコに女鬼は大きくため息をついて、

「お前の食らっている怨念じゃが、それは伊邪那美のものじゃ。奴が堕ちてきたときの怨念を封じ込めるための箱がコトリバコ、つまりお主じゃ」

といい、剣を収めた。続いて高峰も剣を収め、コトリバコも剣を収め、この場は落ち着いた。

「ど、どういうこと?私は伊邪那美に仕えて、人を殺して、誰の怨念かもわからずに殺した人をさらに苦しめさせてておいて、その怨念の主が伊邪那美なの?」

彼女はそう言って小刻みに肩を震えさせた。歯を食いしばり、割れる音が聞こえた。

「く...くっそおおおおおおおおお!あのクズ女ッ!絶対に殺してやる!絶対に私が、この手で殺す!」

天に静止している輪に向かって大声で彼女が叫んだときだった。

その輪が突如として回転し始めたのだ。そしてその速度はまして行き、そしてその速度が最高点に達した時


コトリバコが、涙をこぼしながら大声で叫んだ。


「夢幻断行・伊邪那美」






目が覚めると、辺り一面に広がる草原の中、二人の男女がいた。その二人はとても仲がよさそうで、直感的に伊邪那美と伊邪那岐の昔の姿ということがわかった。

そして僕の手にはコトリバコの太刀が握られている。

「何だ、お前」

伊邪那岐が話しかけてきた。この地にいる人間はまだ少なく、こんな異装をして武器を持っているものなど、怪しまれないわけがない。

「人間だ。伊邪那美を殺しに来た」

「馬鹿馬鹿しい!貴様のような人間ごときに我が伊邪那美が殺せるわけがなかろう!」

僕は大きくため息をついた。

全く緊張しない僕に対してもそうだが、この男神、全く話を聞こうとしない。

僕が太刀を構えると同時に彼は剣を抜いて斬りかかってきた。伊邪那美はその場で立ち尽くしている。やはり伊邪那岐を置いてはいけないのだろう。

伊邪那岐は速さと力こそあるものの、技がない、いや、様々な流派の基本技しか無いと言ったところだろうか。これなら避けやすいし、防ぎやすい。

数回彼の大振りを交わすと、僕に攻撃の主導権が回った。

連続で何回も攻撃するうちに、一回だけ太刀が彼の肩に触れた。

すると彼は怒りをあらわにして一度下がった。

「貴様のような人間にこれを使う時が来るとは、少し癪だが認めよう。貴様は強い。だがこれで終わりだ」

そう言って彼は、剣を収めて手を天に掲げてこういった。

「顕現、天之尾羽張アメノオハバリ

その瞬間凄まじい衝撃波が当たりの地面をえぐった。

僕は地面に剣を突き立ててなんとか耐え凌いだが、これもこの剣がなかったら死んでいただろう。

この剣にはどうやら人間を強化する力があるようだ。

彼の方を見ると、彼の体は先程の二倍ほど大きくなり、直視できないような、逃げ出したくなるような覇気を出した。

「一歩も、下がるな」

自分にそう言い聞かせて、もう一度太刀を構えた。

速い。

急いで防御したが、その衝撃波で二十メートルほどは飛ばされた。全身を打ち、痛みに悶えながら立ち上がると、また眼の前に居る。

何度も防いでは飛ばされ、防いでは飛ばされを繰り返し、あることが僕の頭をよぎった。

正直馬鹿げた作戦だが、これが成功しないと僕は死ぬだろう。

大きく深呼吸をして、彼の動きを見た。

来た。

今度は飛ばされる方向を変えた。次の一撃で僕は伊邪那美のところまで行けるだろう。

それから僕の予測通りに僕はもう一度飛ばされた。

空中で身を捩って地面に足をついて彼女の目の前に大きく踏み込んだ。

勝った。これは避けられない。

僕の太刀はそのまま伊邪那美の首をはねた。僕の足元に転がる彼女の首を掴んで、伊邪那岐に見せつけた。

その時、僕は一体どんな顔をしていた?怒っていたか?悲しんでいたか?哀れんでいたか?喜んでいたか?

いや、この感覚は、

「貴様、何故笑っている」

絶望の表情を見せる彼に向かって伊邪那美の頭を投げた。

伊邪那岐は膝から崩れ落ち、大声で泣き出した。

これで、母さんや、他の人達が返ってくるのかと思ったときだった。

「そんなので私が死ぬと思ったか?希栄」

僕の後ろには今殺したはずの伊邪那美が立っていた。

世界から色が消え、光が消えた。






目が覚めた。寝転んでいるが先程のことはしっかりと覚えている。眼の前にはコトリバコが居る。

「ごめんなさい。希栄、貴方だけにこんな役を押し付けてしまって。私も一緒に行くつもりだったのだけれど、戻ってきたということは、伊邪那美に指一本触れさせてもらえずに殺されちゃったんじゃない?」

僕は起き上がりながら答えた。

「いや、彼女の首は確かにはねた。死んだと思ったら後ろに立っていたんだ。多分それで殺されたのかもしれない」

すると近くにいた女鬼が大声で言った。

「首をはねたのか!?相手は神じゃぞ?それだけども十分じゃ!」

しばらく辺りには女鬼の声が反響していた。

「...そうだとすれば今の彼女は恐らく相当弱っているはずだ。神が一回殺されても死なないのはなんとなく察しが付くと思うけどその分力は半分以下になるからね」

ということで、とコトリバコは言って僕に手を差し出してきた。

「しばらくの間、よろしく。全部終わったらこの子達も開放するから。あと、そっちの鬼たちもよろしくね」

鬼たちは少し不機嫌そうに頷いた。

「じゃあ、私は少し眠るから。力を使いすぎたみたいだね。大八州君、私のこと少し頼んだよ」

そう言って彼女の肉体は崩れ落ち、一つの箱が出てきた。

箱を拾うと、僕の胸の中にのめり込んでいった。のめり込み切る瞬間に僕にある言葉を託した。

それから数秒して顔全体に強烈な痛みが走った。男鬼が驚いた顔をして急いで隣の部屋にあった割れた手鏡を見つけてきて、僕の前にかざした。

両目の下から頬にかけて二本の線と言うか入れ墨と言うか、割れ目が僕の顔にあった。

血は出ていなかった。触ってももう痛みはなかった。

「それが彼女の意思なんじゃないか?希栄」

男鬼が僕に話しかけてきた。僕は一度ため息をついて聞いた。

「お前、そろそろ帰ったほうが良いんじゃないか?もう一人も...」

「残念ながら、じゃな。こやつは頼光、某の秘書じゃ」

「...そうか。で、あんたは誰だ」

「某は獄卒、阿鼻地獄の獄卒じゃ」

僕はまたため息をついて、一人でまた黄泉の国の街へと繰り出した。

伊邪那美を探し、自分の罪と向き合わせろ。彼女は最後にそう言ったのだ。

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