7 赤と緑と
「サラ!遅かったな」
入室するなり、栗色の髪と薄緑の瞳の男子生徒アルドリック・フォン・ヘルグリューンが近づいて来る。と、サラも相好を崩した。
「そお?講堂の往復にはこれくらいかかるわよ」
そのままサラはアルドリックの後について行く。講堂には行かなかった他の男子生徒も交えて話し出した。
生徒会長の席に着いた私に、イザベラが決裁の書類を渡してきたので、視線を書類に落とす。
「サラさん、少しよろしいですか?」
「はーい」
「お教えしたいことがあるので、一緒に来てもらいたいのです」
サラと男子生徒の声が室内を満たす中、イザベラの声が喧騒を割った。
サラが席を立つ。
「チッ」
アルドリックがイザベラを睨んでいる。
サラが「まあまあ」というように両手でアルドリックを抑えるような仕草をしながら、イザベラと一緒に部屋をあとにする。
「アルドリック、今の態度は良くありませんよ」
「すみません。つい」
私の注意に、アルドリックはバツが悪そうに遠くの席へ移動していく。
イザベラは一年生で一人だけの女生徒であるサラを気にかけているようだ。仕事を教えるためか時々連れ立っている。
アルドリックはサラとの会話を邪魔されたと思ったのかもしれないが、あの態度はない。
「イヤね~。ああやって男に媚びを売って」
「本当!それに見た?あのブローチ」
「見た、見た!宝飾好きと噂のゾフィー様が何もつけていらっしゃらないのに」
「それに倣うべきよ」
「対抗しているつもりかしら」
「まったくよ」
「なのに、イザベラ様ったら人が好過ぎだわ」
「わざわざこちらから教えることないのに」
「ね!婚約者のアルドリック様に取り入ろうとしているのだから」
部屋にいる女子役員の小声が耳に就く。
茶会の頃から感じる不快が胸に広がり、咳払いで会話を遮った。
★★★★★
教室棟からの渡り廊下をこちらに向かって来る女生徒が一人。姿勢よく楚々と歩く様子を二階の生徒会室の窓越に見ている。
親愛なる弟へ
芸術鑑賞会ではルキウスとゾフィーに会えることを楽しみにしているわ。
嫁ぐ、最後の公務をあなたたちと務められてうれしく思います。
弟思いの姉より
鑑賞会の皇族来賓が次姉に決まった時から、何か無理を言って来るだろうと思っていた。
案の定、私とゾフィーが親しい様子を生徒及び来賓に見せろと、自分も加われば皇家の意向も伝わるだろうというのだ。
一部の貴族の間では私とゾフィーの関係が良くないと噂になっている。いや、皆知っているが口に出さないだけか。
噂を払拭して政治的地盤を固めろと言いたいのだるう。現在三つしかない公爵家の一角ニグレードの後ろ盾、更にそれに繋がる権益。
眺めていた情景に変化が起こり、外の様子に集中する。
教室棟の反対側、そう生徒会室が入る特別棟から歩いてきた生徒とゾフィーがすれ違う。
お互い軽く会釈をしただけ、気に留める出来事でもない。
すれ違う二人が私の婚約者であるゾフィー・ケリア・フォン・ニグレードと、ランバート・ツー・ノイマンでなければの話だ。
特別棟には生徒会室と特別教室があるだけだで、一般生徒は滅多に出入りしない。
ランバートはもちろん生徒会役員ではない。なぜ彼が特別棟から出てきたのか。
入学式の時も含め偶然なのか。
すれ違った後、二人とも振り返ることもなくそれぞれの方向に歩んでいき、ランバートは教室棟にゾフィーは特別棟の中へと消えていく。
★★★★
コツン コツン
「少し停まってくれますか」
簡素な馬車の屋根を杖で叩き指示を出せば、馬車がゆっくりと停まる。
貴族風の馬車が目に留まり、馬車を停めた。
再度、窓から外を覗くと石畳の街並みには人々が行きかい活気に溢れている。
一角に自分が乗っている馬車とは形の違った、やはり簡素な馬車が停まっている。所有を表す家紋はないが形に見覚えがあった。
しばらく見ていると、傍の店から人ができた。看板を見るに宝飾品の工房の様だ。
大人たちに囲まれるように出てきた少女は婚約者であるゾフィーだった。やっぱりかと思う。
馬車の形がニグレード公爵家が所有する物と似ていたのだ。ゾフィーも服装を質素にしているが、放つ雰囲気や容姿の良さから生まれの良さが伝わってくる。
最近、ニグレード公爵邸への宝石商の出入りが激しいと噂に聞いた。だが、市井に自ら出掛けるまで熱が入っているとは思わなかった。
皇太子妃教育に訪れる際のゾフィーの格好は華美なものではなかっので、噂は噂なのだと思っていたが「蒔かぬ種」とはこのことか。
人ごみから一人の少年が飛び出してきて、ゾフィーの護衛と思しき男に止められる。声は聞こえないが、少年はゾフィーに向かって何か言い募っているようだ。
馬車へ歩いていたゾフィーが急に振り返り、護衛を押しのけて少年に近づき顔を寄せ合うように向かい合った。
ほんの数分だと思う、何事もなかったように少年は解放されゾフィーは馬車に乗り込んでいった。
十五歳、高等科に入学する半年ほど前の出来事だ。
入学してみると、その時の少年によく似た同級生がいた。それがランバート・ツー・ノイマンだった。亜麻色の髪色や目は同じだが、自分とそう変わらないと思った背丈がやたら高くて確信が持てないでいた。
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