4 茶会の癒し
入学式から二週間が過ぎ、高等科の庭園の木々は満開のピンクの花から、小さな若葉へと装いを変えている。
「お茶会の準備が整いました」
「では、在校生から会場に入っていただきましょう。お願いしますね」
生徒会の一人に指示を出す。
今日は新入生と在校生の顔合わせを兼ねた茶会の日だ。
「学園長をはじめ先生方をお連れしました」
次に報告してきた第二学年の主力であるイザベラの後ろには、好々爺とした学園長と年齢性別入り混じった数十人の教師陣が連なって会場である食堂へ入ってきた。
「学園長、ご足労いただきありがとうございます。本日は先生方にも生徒との語らいを楽しんでいただければと思います」
「今年度も良い会になりそうじゃな」
「先生方のご指導あっての事です」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、言えるようになったの~。君たちの入学前の、そうそう第二皇女殿下が在学の時にはの……」
「申し訳ありません。準備が整ったようなので、開会の宣言をしてまいります」
不敬だが、ここは遮らせていただこう。茶会の開始が小一時間遅れかねない。
学園長への遣いを断らないイザベラには本当に頭が下がる。
話の内容も予想がついている。次姉の発案で茶菓子の提供方法を変えたのだ。クレープに炎を立たせる実演調理をシェフにやらせた。フレイムだかフランベだか。茶会は盛り上がったが、高級な蒸留酒を使ったため予算も大いに燃え上がり、一回のみでお蔵入りとなったのは有名な話だ。
★★★★
「お茶会の様子を見回りたいので、少し失礼しますね」
そう言って令嬢たちの輪から逃…、いや辞する。
実際に見て回りたいと思っているが十歩も歩かないうちに呼び止められてしう。生徒会長とはいえ一生徒でもあるので生徒の輪に長居しても構わないのだが、もう飽きた。
挨拶から始まりお互いの趣味嗜好からのおべっかへと流れる一連のやり取りは、何度もしたくなるほど楽しいものではない。
様子を見る前に少し外の空気を吸っておこうか。
庭園への出入り口へ体を向ける。
「ルキウス様?ですよね?」
扉に向かって歩き出していた足を止めて、振り返れば入学式の時と同じふわりとしたピンクブロンドの髪に檸檬のように鮮やかな瞳をしたサラがいた。
「入学式の時は本当に助かりました。またお会いして改めてお礼を言えたっらて思っていたんです。今日、お会いできてうれしいです」
右頬に手を当てながら鈴の鳴る声で言われ、反射的に自分口元が緩むのを感じる。
「お礼など良いのですよ。茶会は楽しめていますか?」
「はい。ただ、私の作法がいまいちみたいで……」
サラは少し困ったように俯く。
「何か困ったことでも?」
「ちょっと……女の子たちの。いえ、なんでもないです!」
ふわりとしたピンク色の髪を掻くように手を持ち上げ、眉尻を下げて笑うサラの表情を見て思う。
サラの出自や作法云々を卑下して疎外する令嬢がいるのだろう。
「ちょうど私も一人でしたから、ご一緒してくださいませんか。サラ嬢?」
「いいんですか⁉」
パッと明るくなった表情に、入学式にぶつかった時と同様、可愛いと思ってしまう。
「もちろんですよ。私こそうれしく思います」
私も笑みを浮かべて言えば、サラが頬を赤くした。
「ルキウス様はやっぱりお優しいんですね」
空いていたテーブルの椅子を引きサラを座らせる。給仕の使用人を呼び二人分の紅茶を頼んでから、サラの向かいへ座る。
座るため前方へ傾けていた上半身をサラに向けて起こそうとした、その時、多くの視線を感じて目を漂わせる。
サラの斜め後ろ、一卓空けた後ろのテーブルに目が留まった。
こちらに視線を向ける女生徒の集団。丸テーブルの椅子は全て埋まり、周りには立ったまま会話に混ざる者までいる。一団の一人と目が合ったと思った。
制服と同じ紺色の扇から覗いた金茶の目は細められ、まるで何かを見定めるかのようにこちらを見ている。わずかに肩が揺れたので、扇に隠れて嘆息したのかもしれない。そして何事もなかったように目を反らされた。
私の婚約者であるゾフィー・ケリア・フォン・ニグレードだ。髪にも制服にも飾りはないがまっすぐに伸びた姿勢が、他の令嬢とは違った存在感を放っている。
先ほど、サラが言い淀んだのは彼女たちで間違いないと思う。目線をサラに移して、気取られぬよう静かに息を吐いた。
「お待たせいたしました」