3 生徒会と違和感
入学式の翌日の今日、放課後の生徒会室には去年からの持ち上がりである二、三年生のメンバーが集まっている。
「ハイン、昨日午後の入寮式はどうでしたか?」
「ああ、滞りなかったよ。遅れて入ってきた女生徒が一人いたくらいで」
「そうですか。副会長と兼務で寮の監督は大変と思いますが、頼みますね」
「大丈夫だよ。相変わらずルキウスは真面目だな」
黒髪黒目の男子生徒が気さくな様子で答える。左の涙黒子が十代とは思えない、無駄な色気を漂わせている青年だ。
帝国の皇太子であり、高等科では生徒会長のルキウス・サシャ・フォン・インディグムこと私に敬称も敬語も使わず話せる人間は少ない。少ない一人が、今、私と会話をしているハイン・フロリアン・フォン・ニグレードだ。
三大公爵家の一角であるニグレード公爵家の養子。養子と言ってもニグレード家門の特徴である黒髪黒目なのは、現公爵の叔父に当たり元々正当な継承権を有しているからだ。叔父と甥の年齢が親子ほどに逆転していることからも家系が複雑なのは容易に想像ができる。貴族社会では珍しい事ではない。
私と同じ年ということもあって、養子に入ったころから、将来の側近として公私ともに多くの時を過ごしている。
この生徒会のメンバーは、ハイン以外も将来の側近候補と言っても過言ではない。生徒会役員の選出は成績順もしくは一芸に秀でた者である。
「ルキウス殿下、一年生の入学前試験の結果と役員候補生の照会資料を学園長から預かってまいりました」
生徒会室の扉を潜り、ハキハキと声を掛けてきた女生徒を見る。
栗色の髪に深緑の瞳。イザベラ・ツー・ドゥンケルグリューン。宰相を務めるヘルグリューン伯爵家と同様、グリューン公爵家に流れを組む子爵家の息女である。
「ありがとう。イザベラ嬢」
残念ながら彼女は側近候補ではない。成績は第二学年で常に上位、品行方正であり、将来有望だ。だが、女性は政に加われない。仕事で地位を得ても皇宮の侍女止まりだ。大概の女性は結婚して婚家での家政を取り仕切るのが常である。まったくにして惜しい。
「学園長が今年も優秀な生徒ばかりだとおっしゃっていました」
「じゃあ、最初に私から名簿を確認してみましょう。見終わったらすぐに名簿を回しますから、その後で皆で協議します」
「畏まりました」
イザベラから渡されたリストに視線を移す。
一位 サラ・ピアン・ツー・ノイマン
二位 アルドリック・フォン・ヘルグリューン
三位 フリトリッヒ……
サラ……、昨日の愛らしい笑顔が脳裏に浮かんでくる。平民から貴族籍になったばかりで学年の首位とはよほどの天才か努力家なのだろう。拙い作法との相違に驚く。兄のランバートとは違うのだな。いや……。
「イザベラ嬢、婚約者のアルドリックも役員に選ばれそうですね」
「三男とはいえ宰相家の子息として当然かと」
イザベラの口調は単調だ。だからこそ険を感じてしまう。学業優秀な者が多いグリューン公爵家の同家門であり、一歳年下の婚約者に思うところがあるのかもしれない。成績はそれなりに優秀だが側近候補としての物足りなさは私も感じてる。だからこそ彼女の能力が更に惜しまれる。
五位、十位と読み進む。
十七位 ゾフィー・ケリア・フォン・ニグレード
『ニグレード公爵令嬢は優秀でございます。計算がとにかく早のです。指を弾く仕草で桁の大きい数字も正確に計算されます』
『文学は読解力がとても素晴らしい。あのお年で文法を既に理解されています。更に外国語への意欲もおありの様です』
『天才です!先進的な科学の解釈をお持ちで、芋からデンプンなる物質を取り出されたのです』
『同じ年頃のご令嬢ではなかなか習得が難しい言葉遣いや作法も、すでに熟されております。さすがは殿下のご婚約者様にございます』
皇太子妃教育として当てがった教師や薬師、侍女たちが口々に言っていた賛辞を思い出す。過剰ともいえる賛辞に最初は教師たちのおべっかだと思った。初対面の時の失礼さからは想像ができなかったからだ。だが――。
『歴史のみ覚えが遅れておりますが、努力家なので時期に他教科に追いつくことでしょう』
『お裁縫全般はお上手なのですが、刺繍の図案には少々難が……。いえ、伸びしろがございます』
『楽器のご演奏より鑑賞の方が得手と存じます』
不得意もあるような意見も聞かれたことから、全くのおべっかとも言えない。
ゾフィーの順位を見て、当時以上の違和感を覚える。
彼らの言が本当ならば、いくら歴史の習得が遅れていたとしても一学年四二人中十七位はないだろう。意図的なものを感じてしまう。そう、ランバート・ツー・ノイマンに感じる違和感と同じだ。
近くの書棚に手を伸ばしていたハインを呼ぶ。
「入学前のゾフィーの様子はどうでしたか?」
「ん?邸の者からはいつもと変わりなく過ごしていたと報告を受けているが」
切れ長の黒目を細めて訝しがるハインに成績表を渡す。
途端にハインの眉間にしわが寄った。義理の妹について彼が思うところも私と同じということだろう。