《夢の境界線》
「天晴くん、ありがとう。」
俺の幼馴染、中野夢の口癖だ。夢は生まれつき足がなく、俺がよく日々の生活を助けてあげていた。いちいち感謝されても困ると言っても夢はいつも必ず感謝してきた。
今はもう夢はこの世にいない。ある日、夢は教室で首を吊っていた。何故かは分からない。笑顔が素敵でよく笑っていたし、病んでいるような気配はまるでなかった。
俺は唯一の幼馴染の自殺理由を知りたかった。
都合良くクラスに霊媒師の女がいた。名前は田中久遠。周りより優れている容姿と奇怪な言動のせいでよく同級生からいじめられていたようなやつだ。放課後、帰り支度する久遠に俺は夢の降霊を頼みにいった。すると金を要求された。イタコには相当の体力を使うらしい。まあ俺もタダで会えるとは思ってなかったが。
財布から金を払うと久遠はその場で降霊の儀式を始めた。カラフルな虫を飲み込んだり自分の爪を剥いで溢れる血を目に入れたりしていた。見てただけだったはずの俺も身体に疲労感を覚えた。
「夢か……?」
特に説明もなかったので降霊の儀式がどこで終わりか分からなかったが、久遠が意味深にキョロキョロし出したので確認で問いかけた。しかし夢はこの状況に戸惑っているようだった。
「え……?これなに……?」
「現世だよ。俺が久遠に頼んだんだ。」
「現世……?」
一応言うとこの時点で久遠が霊媒師でもなんでもない事は見抜いていた。
「久遠ってクラスにいた田中さんのこと?」
「そう。あいつよく霊媒師って自称してたろ?」
「そっか……それで私が……。」
夢は俺と2人きりの時には自分のことを夢と呼ぶ。
「夢……お前なんで自殺なんてしたんだ?悩みなんて無さそうだったのに。」
「自殺……?私は自殺なんてしてないよ……?死ぬ気は無かったしどうやって死んだかすら記憶にない……。」
そう、夢は自殺じゃなかった。夢の死に理由なんてない。夢に死ぬ気はなかった。
「自殺じゃないって……夢は教室で首を吊ってたって話だぞ?」
「えっ……私が!?私がそんなことしないよ!!一体誰がそんなことを……!!」
「考えたくはないけど……もし自殺に見せかけた他殺だとすると怖い話だな……。」
「私は殺されたの……?そんな……やだよ……なんで私が……もっといっぱいやりたいことあったのに……!!」
そりゃそうだろう。いきなりわけも分からず殺されて納得できる人はいない。夢の気持ちはよく分かった。
「そうだ。それで考えがあるんだけどさ、その身体乗っ取れないか?」
「乗っ取るって……田中さんの身体を!?そんなことしちゃ……。」
「別にいいよ。霊が身体を乗っ取っちゃいけないなんて法律ないだろ?」
「それはそうだけど……。」
うんうん。こういう変に素直なとこは懐かしい。
「でも私……足使うのに慣れてないんだけど……。」
そう言いながら夢は腰をクネクネ動かした。どうやら脚を動かそうとしてるらしい。
「それはリハビリとかすればいいんじゃないか?よくあるだろ、二本の棒を掴んで歩くみたいなの。俺も手伝うからさ。」
「そうだね……ありがとう。それじゃあ田中さんには悪いけど、このまま現世で生活しちゃおっかな。」
夢は自力で立ち上がろうとしたが当然バランスを崩した。予期していた俺はすかさず抱き抱えた。
「っと危ない……身体乗っ取るのはいいけど、今日はどうやって帰ればいいんだ?車椅子もないし、手で支えて歩けるほどでもなさそうだし……。」
「……じゃあお姫様抱っこは?」
「……は……はぁ!?それはないだろ!!背中におんぶすりゃいいじゃねえか!!」
「顔赤くなってるよ?」
「うるせぇ!ほら早く背中乗れ。」
「ふふ……ありがとね。」
教室の窓から差す夕焼けの色に俺達の顔は染まっていた。だから俺の顔が赤らんでることは分かるはずがない。一瞬ドキッとしたが、いつもの夢の冗談だと気付けた。
「なんか久しぶりだね。こうするの。」
「ああ、子供の頃はこんな事もよくしてたな。」
帰り道を歩きながら懐かしい頃を思い出す。夢は幼い頃から活発で元気いっぱいだった。身体のハンデに囚われずに。
また夢とあの頃に戻れる。地獄から抜け出せる。俺も向こうに会いに行かなくていい。そう思うと頭に清凉感が得られ、同時に身体が暖かくなる気がした。
深夜ノリで書いたやつ