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5話 騎士隊長との話し合い

 その集団の中から、特に大柄な騎士が前に進み出た。ヴァンよりも拳一つ分ほど大きく肩幅も広いその男は、全身筋肉の塊と言っても過言ではないような筋骨隆々な大男だった。剃っているのだろうか、スキンヘッドの頭が陽の光を反射しており、顔は山賊の首領と言われても違和感がないような強面だ。


「何かあったか……ん、こいつは今回の目標の?! 仕留めたのか、よくやった!」


「いえ、我々が到着した時にはすでにこの状態でした」


 驚きに目を丸くする大柄な騎士に対し、先程までヴァンと応対していた騎士が答える。それを受けた大柄な騎士は腕を組み、男へと続きを促す。


「それから、傍にはこの……目付きの悪い怪しげな男と可愛らしい少女の二人が居り、話によると仕留めたのはこの男だ、と」


 何やら聞き捨てならない報告がなされている。自分とリーゼの扱いの差はいったい何なのだろうかと、一言申したい気分だ。リーゼが自分を初めて見た際には人攫いだと思ったと冗談を言っていたが、あれは冗談ではなく本心だったのかもしれない、とヴァンは思い返す。少なくとも、自分の第一印象はあまりよくない傾向にあるようだ。


「ヴァン、ヴァン、聞いた? 可愛らしいだって。えへへ」


「俺は目付きの悪い怪しげな男だとよ」


 ヴァンの服の袖を引き、やや嬉しそうに小声で訊ねてくるリーゼに対し、ヴァンは憮然とした表情で返す。

 大柄な騎士は少しの間二人を注視し、腕を組んで何やら考えていたようだが、考えがまとまったのか一つ頷き、注目を集めるように二度手を打ち鳴らした。


「よし、全員聞け! この二人からは俺が事情を聴く。第一、第二小隊はこの場で待機。第三小隊は撤収準備だ。その他の部隊は周囲を警戒しろ!」


 大柄な騎士の号令に、周囲の騎士達は声を揃えて返答すると、いくつかの集団に分かれて方法へと散っていった。この場に残ったのは、大柄な騎士を含めて十五人程の騎士と、青色の外套を着た男だ。

 残った男達が何をするのかと見ていると、その内の数人が倒れた黒い獣に近づき大きな布を取り出した。その布で獣を包んでいくのを見るに、どうやら獣を運ぶための準備をしているのだろうと見当をつける。青い外套の男だけは作業に加わらず、胸に空いた傷口を観察しているようだ。


「それで、話を聞かせてもらっていいか? まずは名前を教えてくれ」


 作業を観察していると、先程指示を出していた大柄な男が二人へと近寄ってきた。その他に数人の騎士も二人を囲むように待機している。

 どうやら目の前の相手が代表だと判断したヴァンは、リーゼと一度顔を合わせ、頷きを交わして再度騎士に向き直る。騎士達に囲まれた時は問答無用で拘束でもされるのかと思ったが、少なくともこちらの話を聞いてくれるらしい。ヴァン達としても聞きたいことは山ほどあるため、話し合いは大歓迎である。


「俺はヴァンだ。で、こっちの小さいのがリーゼ」


「小さくない! えっと、リーゼ、です……その、よろしく」


 頭に置いたヴァンの手を払いつつ、おずおずといった感じでヴァンの影からリーゼが顔を見せる。昨日の危機を共に乗り越えたこともあってか、ヴァン相手には随分と距離が縮まっているように感じられたが、どうやら他の人間相手にはそうでもないらしい。


「ヴァンとリーゼだな。俺はギルベルト。ローゼンベルク領騎士団第三騎士隊の隊長だ。よろしく頼む」


「騎士団の、隊長?」


 上げられた名乗りに、ヴァンは驚きを隠せない。具体的にどれくらいの地位なのかはわからないものの、騎士隊の隊長というとかなりの地位であることが伺える。周囲の騎士たちをまとめるくらいの立場だとは思っていたが、まさか隊長だとは思わなかった。


「そうだ。なんなら身分証でも見るか?」


 そう言って、男は首から下げている何かを二人に差し出す。二人して顔を近づけてみてみれば、それは首から下げられるように上部に紐を通す穴をあけられた一枚の銀板だった。肌が傷つかぬようにだろう、角が丸く削られたそれには確かに"ローゼンベルク領騎士団 第三騎士隊 隊長"の文字が刻まれている。


「それで、もう聞かれたと思うが、あれをやったのはお前達で間違いないか?」


 あれと言いつつ、ギルベルトは布に巻かれつつある獣を指し示す。


「そうだ。一つ訂正をしておくと、やったのは俺一人だが」


「それはどうやってだ? お前達は見たところ丸腰だ。あれは訓練された騎士が数人いれば十分に対処が可能だが、お前達二人にあれが倒せるとは思えんのだがな」


「それなんだが……」


 ギルベルトから、最も回答に困る質問がなされる。なにしろ、どうやって倒したのかヴァン自身ですらわかっていないのだ。正直に話したところで、信じてもらえないか怪訝な顔をされるかのどちらかであろう。それでも、下手な嘘を吐くよりも正直にすべてを話そうとヴァンは覚悟を決める。


「俺の右腕から出た黒い槍状の光があれを貫いた、と言って信じてもらえるか?」


 それを聞いて何やら考え込んだギルベルトの反応を伺う。どうやら一笑に付すのではなく、真剣に考えてくれるようだ。不意にギルベルトは倒れた獣の方へ顔を向けたかと思うと、「ジェド」と声を掛けた。呼ばれたのが彼なのだろう、青い外套に身を包み獣を観察していた男が立ち上がり、ヴァン達の方へと近づいてくる。よく見ると他の騎士達のように帯剣していた。

 青い外套の男は、近くで見るとかなりの美形であることが伺える。年齢は二十代前半くらいで、背はヴァンの方が僅かに高いだろうか。切れ長の水色の瞳が、射貫くように二人を見つめていた。


「どうだ、お前の目から見て、何かわかったか?」


「詳細までは特定できないが……十中八九、全象術と考えて間違いないだろう」


「まぁ、そうだろうな。ただの身体強化じゃ、ああはなるまい」


 ギルベルトと外套の男が何やら話しているが、ヴァンにはいまいちよくわからない。わかるのは、何やら獣の死因について話しているのだろうな、ということくらいだ。そのまま二、三外套の男と言葉を交わしたギルベルトは、ヴァン達二人へと向き直る。


「お前達、"全象術"って知ってるか?」


「全象術?」


 ヴァンは思わず聞き返す。全象術という言葉は生憎と記憶喪失のため聞き覚えがないものの、知識としては多少持っていた。それによると――


「たしか、火や水を自在に操る術のことを言うんだったか?」


 ――といったものだ。大半の人間にはそのような術を使うことはできないが、かと言って伝説の存在というほど希少ではなく、少数ながら確実にそういった術を使える人間が確認されている。全象術と一口に言っても様々な種類が存在し、指先に小さな火を灯すことから、人を飲み込むほどの大水を呼び出すことも可能だと聞く。

 全象術を使用できるか否かは生まれた時から決まっており、後天的に身に付けることはできない。それが全象術を使える人間が容易に増えない最大の原因ということだ。全象術を使えるということは、それだけで特殊な人間なのである。


「そう、その全象術だ。先程、黒い槍状の光と言ったな? おそらくだが、あれを倒すのにお前が使用したのがその全象術だ」


「あれが、全象術……」


 言われてみれば納得する話だ。火や水といった分かり易いものではなかったものの、あの黒い光も何か特殊な力と考えてみれば方向性は似たようなものだろう。自分にそのような力が備わっているとは俄かには信じがたい話だが、実際に目にした出来事を考えれば信じるほかにない。そして、ヴァンの起こした事象が全象術だとすると、一つ気になることがある。


「なら、リーゼのあれも全象術ってことか?」


「えっ、私?」


 突然、話の矛先を向けられたリーゼが目を丸くする。ギルベルトと外套の男からも視線を向けられたリーゼは、身を縮めてヴァンの陰へと身を隠す。そんなリーゼへと顔を向けながら、ヴァンは言葉を続ける。


「そうだ、俺の怪我を治したのもリーゼの全象術ってことなら説明が付くだろう?」


 そう、火や水を出すもの以外にも、全象術の中には他者の傷を癒すことのできる術があると聞いたことがある。そのような術者はその効力もさることながら、その他の術を使用する者と比較しても取り分け珍しく希少だそうだ。


「傷を癒すってなると天術になるが、二人とも全象術士、しかも一人は天術士とはな。もしやお前達、他領に所属する全象術士か? それにしては全象術の知識がないようだが……」


 ギルベルトの問いかけに、ヴァンとリーゼは今一度顔を見合わせる。ここがローゼンベルク領の領内だとしても、二人が領地の人間とは限らない。別の領地からここまで来た可能性も考えられるのだ。しかし、生憎と二人はこれに関して返す答えを持たない。もうここまでくれば、すべて話してしまった方がいいだろう。


「そのことなんだが、俺達は二人とも記憶喪失なんだ。この森の中で昨日目覚めたところで、自分達がどこから来たのかとかもわからなくてな」


 ヴァンの言葉に合わせ、リーゼも眼前の二人を見上げて同意を示すように頷いて見せる。


「二人して記憶喪失とは、そりゃまた難儀だな……ってことはお前ら、行く当てもないんだな?」


 ギルベルトからの問いかけに、ヴァンは確認するようにリーゼへと顔を向ければ、否定を示すように顔を小さく左右に振られる。ギルベルトに向き直り、ないと返せばギルベルトは腕を組み何やら考え込み始めた。やがて腕を解き、外套の男に話しかける。


「ジェド、確か術室は人材不足だったよな?」


「そうだが……この二人を入れるつもりか? 危険はないか?」


「俺の見立てじゃ問題ないな。困ってるみたいだし、面倒見てやってくれ」


 なにやら、ヴァン達のあずかり知らぬところで二人の進路が決められているようだ。ただ、二人の指針が何もない今、行動の指針を示してもらえるのは非常に助かる。記憶が戻るまでの間、少なくとも衣食住は確保する必要だあるのだ。


「二人に異論がなければ、領都の全象術室に案内するが、問題ないか?」


「え~っと、全象術室っていうのは?」


 聞いたことのない単語だ。言葉の響きから、全象術に関係のあることは推測できるが、具体的なところが何もわからない。


「ああ、説明がまだだったな。全象術室っていうのは――」


 ギルベルトの説明によると、全象術室とは全象術を使用できる者、全象術士のみが所属することのできる組織ということだった。国内のすべての領に存在し、各領の領都に本部が、領内のいくつかの街や村に支部が存在するという。

 所属する全象術士は領地のために、その能力を振るうのだそうだ。細かい組織の運営は領地毎に異なるそうだが、ローゼンベルク領の全象術室には寮が存在するため住むところも保証されており、給金も十分に出るとのことだ。先立つものがなにもなく、その身一つしか持たないヴァン達二人にとって、願ってもない環境である。


「そういうことなら、是非お願いしたい。リーゼも、それでいいか?」


「ん、私もそれでいい」


 二人の返答に、ギルベルトが一つ大きく頷くと、隣に立つ外套の男の肩を叩く。


「案内についてはジェドが……っと、紹介がまだだったな。ローゼンベルク領全象術室所属のジェドだ。つまり、お前達と同じ全象術士ってことだ」


「ジェドだ」


 それだけ言って青い外套の男、ジェドは口を閉ざしてしまう。ギルベルトには信用してもらえたようだが、どうやらジェドにはまだいくらか警戒されているらしい。冷たさを感じさせる水色の瞳が、静かに二人を見つめていた。

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