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2話 人を探して森の中

「さて、移動するにしてもどこに向かうかが問題だが……」


 そう言ってヴァンは腕を組み、俯きがちに考える。街なり村なり、人のいる場所に向かいたいのはやまやまだが、現状では手掛かりがまったくない。当てもなくこの森の中を彷徨うのは愚策ではあろうが、それ以外に方法が考えられない。それでも、向かう方向の指針くらいは欲しいところである。いっそのこと棒でも拾って、倒れた方向にでも進むとするか。


「そのことなんだけど、あっちのほうから水の流れる音が聞こえない?」


 あっちのほう、と言いながらリーゼが指で示すのは、確かに先ほどからヴァンの耳にも聞こえてくる水の流れる音のする方向だ。音の大きさから考えても、そう遠く離れているわけでもなさそうである。


「ああ、確かに聞こえるな」


 それがどうしたのかと思いながらも素直に同意を返せば、リーゼは水音の聞こえる方向へと顔を向け言葉を続ける。


「あれ、たぶん川があるんだと思うの。それで、素人考えなんだけど、川の流れる方向に歩いていけば、人里とかあったりしないかなぁ~って」


「よし、ならそうするか」


 リーゼの提案に即答すれば、ヴァンに向き直ったリーゼから若干呆れの含まれた表情が返ってくる。何か問題でもあるのかと、ヴァンは眉をあげて表情だけで問いかける。


「提案した私が言うのもなんだけど、もう少し考えたら?」


「どうせ方角なんてわからないんだ。なら、分かりやすいほうでいいだろ? 川沿いに歩けば、ぐるぐる回って元の位置に戻ってくる、なんてこともないだろうしな」


 そう言って歩き出せば、「それはそうだけど」と言いながらもリーゼは後に続いた。

 音を頼りに歩みを進めれば、大して間を開けることもなく視界が開け、目の前には予想通りに十歩ほどの幅の川が広がっていた。向かって左から右へと、あまり傾斜もないためにゆっくりとした速度で水が流れているのが見て取れる。深さは膝くらいまでだろうか、川底が見えるほどに透き通った水は陽の光を反射して眩しいほどだった。


 そのまま川の流れる方向へと、川を横目に歩みを進める。リーゼとの体格差を考えて、ヴァンにとってはややゆっくりとした足取りだ。体力差も考えると、後ろを付いてくるリーゼの様子には十分に気を配ったほうがよいだろう。最悪の場合、背負って運ぶことも考えておいたほうがよさそうだ。

 それら当面の考えにひと段落付けば、気になってくるのは別のことだ。なぜ、自分はリーゼと二人して森の中で、しかも二人そろって記憶喪失になって倒れていたのか。自分の意志でここまで来たのか、人に連れてこられたのか、はたまた全く別の要因なのか。可能性は色々と考えられるが、手掛かりのない今は残念ながら答えは出ない。


「そもそも、どうなんだろうな」


 気付けば、考えが口から言葉となって漏れ出ていた。


「えっと、何が?」


 答えを期待していたわけではないが、律儀にもリーゼが聞き返してくる。それに対してヴァンは、いや、と前置きをしつつ言葉を続ける。


「俺とリーゼ、どういう関係だと思う?」


 見ず知らずの赤の他人なのか、元々知り合いだったのか。それがわかるだけでも、情報がまったくない現状から少しは進展もするのだが。


「ん~、そうだなぁ……」


 どうやら真面目に考えてくれているらしい。顔を向けず、目だけで後ろを確認すれば、リーゼは足元に目線を落としている。と、そこで顔を上げたリーゼと目が合った。

 ジッと上目で見上げてくるリーゼを無言で見返していると、泥か何かを踏んだのか右足を滑らせた。慌てて顔を正面へ向け直し歩みを続ける。そこから三歩ほど進んだところで、


「人攫いとその被害者、とか」


 危うく再び足を滑らせるところだった。どちらが人攫いでどちらが被害者だと言っているのかはわざわざ聞かなくてもわかるが、なぜよりにもよってそんな考えが出てくるというのか。まだ赤の他人のほうがましである。振り返ってジトッとした視線をぶつけてみれば、フイッと顔ごと視線を逸らされる。


「もうちょっと他に何かなかったのか。というか、お前には俺が人攫いに見えてるのか」


 視線だけでなく疑問もぶつけてみれば、目を合わさないままのリーゼから「冗談だよ、冗談」と言葉が返ってくる。けど、とリーゼは言葉を続ける。


「ちょっとその……目つきとか、顔つきとか、ね……最初に見たときは、怖かったな~って」


 それは人攫いに見えると言っているのと同義ではないだろうか。歩みを進めるヴァンの足取りも重くなろうというものだ。それに気付いたのか、顔を正面に戻したリーゼが慌てたように続ける。


「でもでも、ちょっと話してみて雰囲気というかなんというか、怪しい人じゃないなって」


 と、フォローを挟んだ。さらに、「ところで」と話題を変えるように話を続ける。


「ヴァンはどうだと思う?」


「俺か? そうだな……」


 問い返され、少し考える。元から知り合い同士だった場合、どういう関係性が考えられるだろうか。年齢差もほとんどなさそうなところを見れば、友人と答えるのが無難なところだろうか。しかし、そうすると友人二人でこのような人気のない森の中に入ってきたことになる。ただの友人同士が何の意味もなく森の中に入るとはとても思えない。つまり、二人はもっと近しい間柄で、やむを得ず森の中に入る必要があったと考えられる。そこから導き出される答えは――


「病気の両親のために薬を探して森に入った兄妹っていうのはどうだ?」


「……人攫いの方が可能性あると思うなぁ」




 どれほど歩いただろうか、日が傾きかけ少し薄暗くなった森の中を、二人は未だに彷徨い歩いていた。あれからも人と出会うことはなく、延々と続くほとんど変わらない景色に飽きも来ようというものだ。

 途中で何度か川が左右に曲がる箇所もあったため、今が最初の地点からどれくらい離れているのかもわからない。基本的には下り方向に歩いており、そもそも川に沿って歩いているため、元の場所に戻ってくる恐れがないのだけは幸いだった。


「今日はこのくらいにしておくか」


 そう言って後ろを振り返れば、肩で息をするリーゼがそこにはいた。それを見て、失敗したな、とヴァンは一人反省する。二人の体力差は考慮していたはずが、予想以上に差があったようである。少し前に後ろを確認したときはもう少し元気そうだったはずが、この短時間で一気に限界を迎えたようだ。


「そう、だね……これくらい、に、して、おこうか」


 両膝に手を当て、大きく息をしながらリーゼが答える。口を開く程度の余力は残っているようで何よりだが、足が若干震えているところを見れば、今日はこれ以上の移動は無理だろう。願わくば、翌日にまで響かないことを祈ろう。

 軽く地面を確認し、乾いていることを確認してからヴァンは腰を下ろした。リーゼほど疲れていないとはいえ、整備されていない山道を歩き続けたのだからそこそこの疲れはある。ただ、当初の予想よりかは体力のある体のようで、思っていたよりは余裕があった。


「すまん、もう少し気にかけるべきだった」


「だい、じょうぶ……」


 素直に謝れば、顔は上げられないようだが返答がある。そのままリーゼは息を整えつつ、ヴァンの対面に座り込んだ。

 リーゼの様子を伺いつつ、ヴァンはこれからのことを考える。少々見通しが甘かったようだ。そのうち誰かしらには出会えるだろうと楽観的に考えていたが、この分だろ明日一日中歩き回っても出会えるかはわからない。


 森の中で食べられるものは知識として多少持っていたが、熱心に探し回ったわけではないため今のところ何も見つけておらず、飲んでも大丈夫かわからないがこのままでは川の水を口にする必要も出てくるだろう。せめて煮沸はしたいところだが、残念ながら火を起こす手段もない。


 少し休んだら、食べ物を探しに行こうとヴァンは決める。ただ、問題となるのはリーゼをその間どうするか、ということだ。

 先ほどの様子を見る限りかなり疲れは溜まっているはずで、できるならこのまま休ませてあげたいところだが、単独行動をした場合にこの森の中で目印もなくもう一度会うのは至難の業だろう。そう考えると、やはり一緒に行動するべきだ。


「それで、これからどうする?」


 考えがまとまったところで、タイミングよくリーゼから声を掛けられる。目を向ければ、足が痛むのだろう、両手で足を揉みほぐしながらもこちらに顔を向けていた。


「とりあえず、腹も減ったし食い物が欲しいな。果物なり木の実なり、何でもいいから探しに行きたいんだが……動けるか?」


「ん、食べ物は大事だね。私もお腹空いたし。それじゃあ手分けして探す……と、迷っちゃいそうだから、別行動はやめたほうがよさそうだね」


 そうだな、と返すと同時にヴァンの耳が、後方で草の擦れるような音を拾った。もちろん、風が吹けば音は鳴るし、実際森の中を歩いている間にも風の吹く音、鳥や虫の声、水の流れる音などは絶え間なく聞こえていた。

 だが、今回聞こえてきたのはそれら自然の音とは異なる音だ。不規則に、そして徐々に大きく聞こえてくるその音は、何かが草をかき分けてくるような音だった。


「リーゼ、この音聞こえるか?」


 音のする方向に振り返りつつリーゼに声をかける。「聞こえる」と返答が返れば、近づいてくる音が空耳ではないことがわかる。音の正体を探りたいところだが、生憎と見通しは悪く、木々に遮られて彼方を見通すことができない。

 姿は見えないが、音の大きさから言ってもそれなりに大きさのある生き物だろう。人か獣かはわからないが、判断するためにも――


「誰かいるのか!」


――声を掛けるのが一番早いだろう。人であれば返事を返して近づいてくるだろうし、獣であれば逃げていくだろうという判断だ。


「そんな軽率に声なんてかけて大丈夫? 隠れて確認したほうがよかったんじゃ……」


「あ~、まぁ大丈夫だろ」


 確かに、例え相手が人間であったとしてもどんな人間かわからない以上は様子を見てから判断してもよかったな、とヴァンは省みる。一日歩き続けてようやく人に出会えたかと逸って声を掛けたものの、見るからに山賊のような男が現れても困るのだ。


 しかし、予想に反して音からは返答がなかった。かと言って、声に反応して踵を返すわけでもなく、なおも二人の方へと近づいてくる。

 今からでも姿を隠すべきかと腰を上げたが、近づく音を見極めようとヴァンはその場に留まった。結論から言えば、その行動は失敗だった。すぐにでもリーゼの手を引き、木々の後ろに身を隠すべきだったのだ。


 そして、木々の間を縫ってそれは現れた。


 見上げるほどに大きな体躯。怪しく光る金色の瞳。二本足で立つその胸には無数の切り傷があり、背中には幾本もの矢が突き立てられている。左腕は半ばから断ち切られており、切断面からは切られて間もないのか、おおよそ血には見えない黒い液体がボタボタと地面に滴り落ちている。残った右腕は丸太のように太く、鋭く伸びた爪はところどころ赤く汚れている。記憶喪失になっても知識自体はなくならないと聞くが、少なくともヴァンの知識を総動員しても自然に存在する生物の中に、目の前のそれは該当しなかった。


 この世界の生物とは思えない、全身真っ黒な獣がそこにはいた。

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