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17話 全象術の使い方 2

「まず、身体強化に限らず全象術を行使するのに必要となるのが、明確なイメージだ」


 そう言って、ジェドが説明を始めた。

 全象術を使用する際は体内に散らばっている象力を集めることが必要となるが、この象力を特定の形とするために確固としたイメージが大切なのだという。このイメージがうまく纏まっていないと、放出した象力は全象術として現れずに空気中に霧散してしまうのだそうだ。


「そういったイメージをより作りやすくするためにも、術に固有の名前を付けたり、詠唱をしたりする」


 そういえば、とヴァンは後ろを振り返る。ヴァンの後ろ手には広場の端にベンチがぽつんと置かれており、その上には術室の書庫から持ち出した書籍が数冊積まれていた。

 それらは前日にルドルフへ全象術の指導をお願いしに行った後、書庫で借り受けた各種全象術に関して書かれた書籍だ。その中の魔術について記載された本をヴァンは流し読みしたのだが、どの術にも固有の名前が付けられていた。


 ちなみに、ヴァンが森の中で獣型のシェイド相手に使用した術によく似た術に関しても記載がされており、『黒槍』という見た目通りの名前が付けられていた。

 また詠唱に関してだが、これは前もって決められた文章を紡ぐことで、よりイメージを固定化していく手法だそうだ。詠唱をせずとも全象術は行使可能だが、大規模な儀式など象力を大量に使用する場合、詠唱をするのとしないのとでは象力の消費量が段違いだそうだ。もちろん場合によっては長々と詠唱などしていられないので、重要なのは使い分けということだった。


「それでは身体強化に取り掛かるぞ。全身に象力を纏うイメージを持つんだ」


 そう言われ、ヴァンは自身の体内に存在する象力へと意識を向ける。ここ数日で、象力の扱いにはある程度慣れてきていた。これを、全身へと行き渡らせるイメージを持つ。少し体が暖かくなったような気がしないでもないが、これで成功しているのかはいまいちわからない。


「出来たと思ったら、さっきのように岩を持ち上げてみろ」


 ジェドの教えに、ヴァンは再び岩の前へと足を運ぶ。一度深呼吸をし、岩へと手をかけた。全身に力を入れ、一息に持ち上げる。


「ふん! ど、どうだ?!」


 岩は先程持ち上げたときと同じくらい持ち上がっている。ちっとも軽くなっているように感じないが、これは失敗だろうか、それとも成功しているのか。


「そうだな……ただの筋力ではないか?」


 ジェドの返答に、ヴァンは持ち上げていた岩を地面へと下ろす。持ち上げていたヴァン自身ですらジェドの言う通り、ただ筋力で頑張っていただけに思える。少なくとも、ジェドやアンジェのやったように軽々と、といった感じはしない。

 イメージの仕方が悪かったのかと考えるヴァンの横で、今度はリーゼが岩の前へと進み出た。深く息を吸うと、両手を岩の側面へと付けた。


「んんんっ!」


 初めは見た目に変化がなかった。これはリーゼも失敗かと思っていると、岩が少し、ほんの少しだけ地面から持ち上がった。指二本分くらいの高さを少しの間維持し、耐え切れなくなったのかリーゼは岩に添えていた手を放す。岩は音を立てて元の場所へと戻った。

 ヴァンが筋力にものを言わせて持ち上げたのよりは低かったが、それでも身体強化は成功したといえるだろう。それを成したリーゼはというと、岩から少し距離を取り肩で息をしていた。


「これ……結構、大変、かも」


「それでも一応、出来ているぞ。最初は難しいだろうが、繰り返し試して慣れるしかない」


 大きく息を吐くリーゼに対し、ジェドが頷いて見せる。何度も繰り返すうちにイメージは固まってくるし、体も慣れてくる。何れは身体強化を瞬間的に使用することも可能になるそうだ。それに伴い、持ち上げられる重量もどんどん上がっていく。もちろん、限界はあるようだが。

 リーゼに負けてはいられないと、ヴァンも再度体内の象力に意識を向ける。先程は全身に象力をぼんやりと行き渡らせるようにイメージをしていたが、それだけでは駄目だったようだ。では、今度は体の表面に沿って象力を纏うようにしてはどうだろうか。丁度、象力で出来た服を体に纏うイメージだ。そのイメージを元に、体内の象力を集め、形成していく。


 すると、どうだろうか。象力を全身の表面に集めきったところで、パズルのピースがかちりと嵌まったような感覚がある。自分の象力に全身が包まれているような感覚だ。これはもしかすると、成功したのではないだろうか。

 再度岩の前に移動し、深呼吸を一つ。それから岩を両手で抱え、全身にぐっと力を入れる。そうすると、ヴァンの抱える岩が軽くなったかのように持ち上がった。否、軽くなってはいない。岩を抱えるヴァンの腕には、その重量を主張するような荷重がかかっている。しかし、ヴァンの纏う象力がその重さを肩代わりしているかのようだ。


 ヴァンが不思議に思っていると、突如として岩を支える象力が消え失せ、その重量が一挙にヴァンの両腕へと襲い掛かる。あまりに突然のことに、支えきれずに岩をその場に落としてしまった。足の上に落とさなかったのは幸いだ。

 どうやら集中が途切れ、身体強化が解けてしまったらしい。これは、身体強化を掛けるのもそうだが、それよりも維持し続けるだけの集中力を持つ方が難しそうだ。


「ヴァンも、問題なくできたようだな?」


「ああ、とりあえずはな。ただ、ずっと身体強化を続けるのはまだ難しそうだ」


 これは練習が必要だな、と思うヴァンだが、ジェドによると二人とも十分に習得は早いらしい。普通の人間が身体強化を学び始めても、初日から使えるのは稀だという。ほとんどの人間は使えないまま終わるし、身体強化を覚えて騎士団に入ったとしても、訓練は続けるそうだ。

 ではどうして二人がこれほどまでにすんなりと身体強化を習得できたかというと、人工象石への象力供給が理由だという。人工象石へ象力を供給する際は、当然のことながら体内に存在する象力を操作する必要があるのだ。その経験を通すことで、二人とも象力の扱いに慣れてきているのである。


「なるほどな……後は、これを繰り返して慣れればいいのか?」


「基本的にはそうだな。何度も反復すれば、それだけ練度も増す」


 ジェドの回答に、当面は毎日取り組もうとヴァンは心に決める。暇な時間にも出来ることだし、ここ術室の裏手であれば移動も苦にはならない。

 身体強化を極めてもどうこうしようという目的はないが、出来ることは多いに越したことはないだろう。少なくとも、重い荷物を運ぶ時には役立ちそうだ。


「後はそうだな……身体強化を使えば、こういう事もできる」


 身体強化を使えば何ができるだろうかと考えるヴァンの前で、ジェドが少し腰を屈める。いったい何をするのだろうかと眺めていると、ジェドがその場で軽く跳躍した。そう、軽く、だ。少なくとも、見た目ではちょっと飛ぶくらいにしか力を入れていないように見えた。

 それが、どういうことだろう。ジェドの足がヴァンの目線の高さを通過し、最終的にはヴァンの身長の倍ほどの高さまで達していた。もはや見上げる高さである。最高点に到達したジェドは、そのまま重力に従い落下してくる。翻った青い外套が、ばさりと音を立てた。常人なら少なくとも足を痛めるような高さだったが、降りてきたジェドは平然とした顔をしている。


「すごいすごい! 私にもできるかな?」


 そう言って、リーゼはその場で二、三度飛び跳ねて見せる。その高さを見てみれば、まず身体強化には失敗しているのだろうといった低さだ。

 それを見ていたジェドが、リーゼの動作を押しとどめる。曰く、ジェドが今やって見せたような垂直跳びは、ある程度身体強化に慣れてきてからにした方がいいということだ。その理由は、降りてくるまでに身体強化が解けた場合に危険だということだった。


 確かに、ヴァンが見上げるほどの高さである。生身で着地しては、足の骨が折れる可能性がある。実際、身体強化に慣れてきた騎士団の新兵が今のような垂直跳びをし、足の骨を折る事故が度々発生するそうだ。少なくとも岩を持ち上げて十数えるくらいには、身体強化に慣れてからするようにと注意がなされる。


 それからしばらくの間は、身体強化の訓練に勤しむ。取っ掛かりは掴めたものの、これを維持するのがなかなかに難しいのだ。ヴァンの集中力では、岩を持ち上げて五数えるくらいにしか持たなかった。リーゼの方は、ヴァンより少しだけ長く維持できているようである。

 それでも、何度目かの身体強化を掛けるころには、一番小さな岩ではなく、それより一回り大きな岩を持ち上げることに成功した。瞬間的にではあるが、確実に身体強化が出来ているという実感が得られる。始めてからまだ初日でもあるし、今はこれだけでも満足しておくべきだろう。


 ヴァンとリーゼが身体強化の練習として岩に向かい奮闘する傍ら、ジェドとアンジェも同じように訓練をしているようだった。二人とも岩を持ち上げる力自体は、簡単に出せるということだろう。今は二人して大岩を抱え、どちらが長く身体強化を維持できるのか競っているようだった。どちらも一向に岩を下ろす気配が見えないが、勝負の決着はつくのだろうか。

 それから少し疲れたヴァンはリーゼと共に、ベンチに座って休憩する。体内の象力を感じるにはまだまだ十分に残っており、どうも身体強化で消費する象力は少量のようだが、それでも体の方に疲れがきていた。


 二人の眼前ではジェドとアンジェが岩を抱えたまま向かい合っている。身体強化をしながらも話をする余裕があるようで、そこに疲れも見えないとなると、これが鍛錬の差だろうか。ジェドはともかく、小柄なアンジェにも体力で負けているとなると少し凹む。

 そうして少し休憩したヴァンは、ジェドの方へと歩み寄る。身体強化のやり方に関して、大体のところはわかった。後は自分達で繰り返し鍛錬をするより他にないだろう。そして、今日の本題はもう一つ残っている。


「なあジェド、身体強化は大体わかった。次は、全象術士にしか使えない術について教えてくれないか?」


 問いかけに、首肯が返ってくる。ジェドとアンジェは身体強化を中止し、元の位置へと岩を戻す。それからジェドは二人に向き直り、今度は全象術について語り始めるのだった。

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