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14話 服用布の象力染め

 象力の限界値測定をした翌日、朝食を済ませたヴァンとリーゼの二人は、全象術室の室長であるルドルフの元を訪れていた。昨日の説明で、全象術士見習いである二人は毎日一個ずつの人工象石に象力を満たせばいいということはわかったが、肝心の人工象石の保管場所を聞き忘れていたのだ。これでは象力が余っていても、人工象石への供給ができない。


「ああ、そうだったね。ついて来てくれ」


 そう言って部屋を出たルドルフが二人を先導してくれ、廊下を進んだ先にある扉を開けて中へと進む。部屋へと入ってみれば、中には人工象石の入った棚が等間隔に並んでいた。

 棚に入っている人工象石のほとんどは透明だが、いくつか色の付いたものもある。その中には昨日ヴァンとリーゼが満たしたものだろうか、黒色と白色の人工象石もあった。


「ここが人工象石の保管場所だ。象力を注ぎ込む際は真ん中のテーブルを使ってくれ」


 そう言ってルドルフの示す先にはテーブルが二つと何脚かの椅子があり、すでにジェドとアンジェの二人が人工象石に象力を注ぎ込んでいるところだった。アンジェの頭の上にはいつものように、風龍のフィーネも乗っている。


 その向かい側ではアンジェと同じくらいの年頃の、若草色の髪を肩口で切りそろえた少女が、二人と同じように象力を注ぎ込んでいた。見たことのない子だが、象力供給をしているということは、術室に所属する全象術士の一員なのだろう。

 部屋に入ってきたヴァン達に顔を向けた三人が軽く頭を下げるのに対し、ヴァンも会釈で返す。


「ただ、今日は他にやってもらうことがあるんだ。こっちに来てくれ」


 そう言って部屋を後にし、来た道を戻り始める。案内された先は、昨日の限界値測定でも使用した部屋だった。

 そこで二人に待つよう指示を出し、ルドルフは部屋を出ていく。すぐに戻ってきたその手には、大きな桶が携えられていた。さらに何度か部屋を出入りし、何枚かの大きな布と、小さな可動式の棚を運び込んでくる。


「今日は今から、服を作ってもらうよ」


「服を……作る?」


 いったいどういうことだろうか。それは服屋の仕事ではないのか、買えばいいのではないだろうか、服を作るのと全象術士に何の関連があるのかと、疑問が尽きない。


「より正確に言うと、服を作るための材料となる布作りだね」


 そう言って、ルドルフは詳しく話してくれる。

 全象術士はその希少性ゆえに、権力者や人攫いの標的になることがしばしばある。また、場合によっては戦地に赴く必要もあり、そのような場合には身を守ることが必要になる。

 そんな時に重要になるのが、一見して鎧には見えないが、鎧のように頑丈な服だという。様々な触媒と自身の象力を込めた布で服を仕立てることで、外敵から身を守ることが可能となる強力な服となるのだ。


 また、これは全象術士の制服代わりにもなるらしい。先日話に出た領地対抗戦など、領地毎に集まる際は、領地内で統一しておくと何かと都合がいいそうだ。

 そういえば、ジェドやアンジェ、ルドルフの着る外套はすべて同じような青色だったなと思い出す。それと同じ色合いの布が、今目の前にもあるのだ。これがあの青い外套になるのだろう。


「そういうわけで、今日は正式な場で使用する服に使う青い布と、普段街に下りるときなどに着る服に使う茶色の布、それぞれ二着分に象力を込めてもらうよ。普段着用に別の色やデザインを頼みたいときは、別途相談してくれ」


 そう言って、二人の前にそれぞれ桶を置き、青色と茶色の布を二枚ずつ、計四枚の布を桶の中へと畳んで入れた。


「象力を込めるって、人工象石にしたような感じか?」


「普通にやっても象力は入らないね。そこで、象力を込めるのに必要な道具を持ってきたんだ」


 そう言って、ルドルフは運んできた小さな可動式の棚を引き寄せる。棚に手を伸ばし、手に取ったのはあまり大きくもない水差しだ。胴体部分は灰色で、よく見ると後ろに小さな人工象石が嵌まっている。

 桶の上でその水差しを傾ければ、水差しからはどんどんと水が溢れ出てくる。明らかにその水差しの容量に似つかわしくないほどの量の水だ。


「これは水を出す術具だよ。持ち運びが楽で、象力のある限り水を出してくれる」


 そう言って、二つの桶に並々と水を満たしてしまった。中に入れられた布はすっかりと水に沈んでいる。随分と便利な術具があるようだ。

 それからルドルフは水差しを棚に戻し、今度は何やら白色の粉末が入った瓶を取り出した。二人によく見える様にと差し出してくれる。


「これは、象力の通りをよくする触媒だ。僕がこれを入れていくから、二人は手で桶をかき混ぜてくれるかい?」


 どうせ両手を入れて象力を注ぎ込むことになるから、と言いながら、ルドルフは二つの桶へと匙を使って交互に白い粉末を入れていく。ヴァンとリーゼはルドルフの指示に従い、白い粉の入った桶の水をかき混ぜる。透明だった水は瞬く間に白色へと染まっていった。


「そして、これは象力に反応してちょっと光る触媒。人工象石と違って、これを入れないと見てもわからないからね」


 白い粉末の瓶を棚に戻したルドルフは、黄色の粉末の入った瓶を手にしていた。これも先程と同じように、ヴァンとリーゼの桶へと交互に入れていく。同様にかき混ぜれば、白色から若干黄色っぽくなった気がする。


「それじゃ、象力を注いでいってくれるかい?」


 そう言ってルドルフは黄色い粉末の入った瓶を棚へと戻し、今度は砂時計を取り出した。それをひっくり返してテーブルに置けば、重力にひかれた砂が下側へと落ちてくる。

 言われたとおりに象力を注ぎ始めれば、水全体がほんのりと光り始めた。これが先程の黄色い粉の効果なのだろうか。

 そのまま象力を注ぎ続け、砂時計の砂が落ち切るのを待つ。砂が落ち切ると、ルドルフが今度は赤い液体の入った瓶を取り出した。


「これが、布をより丈夫にする触媒の一つ。これらの触媒をいくつか組み合わせることで、さらに強固になっていくんだ」


 そう言ってヴァンとリーゼの桶それぞれに、赤い液体を注いでいく。赤い液体が水に落ちれば、そこだけ色が変わる。それを同じように手でかき混ぜてやれば、また少し桶の水の色が変わった。

 ルドルフはまたもや棚に手を伸ばし、さっきとは異なる大きさの砂時計を取り出した。大きさの違いを見るに、必要となる時間が異なるのだろう。


 それが終わればまた緑色の粉末、青い液体と、いろいろな触媒を追加していく。そのたびにルドルフが簡単な説明をしてくれるのだが、とてもではないが覚えきれない。ヴァンはすでに半分以上忘れてしまった。

 そして最後の触媒を加え、何個目かの砂時計の砂が落ち切れば作業は終了だ。合わせれば結構な時間が経過している。昨日と比較しても、ヴァンの体内の象力に関してはまだ十分に余力があるが、いい加減に腕が疲れてきた。


「それで服って、どのくらいでできるんだ?」


 渡されたタオルで手を拭きながら、ヴァンはルドルフに訊ねてみた。聞かれたルドルフは「そうだなぁ」と言いつつ、顎に手を当てて考え込む。


「すぐに、とは言わないけれど、そこまで時間もかからないはずだよ。詳しくは仕立て屋に聞いてみないとわからないけどね」


 ルドルフの回答に、ヴァンはそうかと頷く。少し気になっただけで、さして急いでいるわけでもないのだ。例え忘れたころに持ってこられたとしても、文句は言うまい。


「さて、これであとは……あぁ、採寸をしないといけないね。お~い、イザベラさ~ん」


 ルドルフが扉から外へと呼びかける。しばらくすると、声を聞きつけた副室長のイザベラが部屋へと入ってくる。


「室長、呼びましたか?」


「今、二人の布染めをやっていたところでね。僕がヴァン君の採寸をするから、イザベラさんはリーゼさんの方をお願いできるかな?」


 ルドルフの問いに、イザベラは了承を返しリーゼの方へと向かう。ヴァンがルドルフに向き直った時には、どこから取り出したのかその手にはものの長さを図る道具が握られていた。


「それじゃ、しばらく動かないでくれよ」


 そう言って、ルドルフはヴァンの体のサイズを測り始め、これまたいつの間にか取り出した紙へと書き留めていく。横目で見てみれば、リーゼも同じようにイザベラに測られているのが目に入る。


「もう少し背が伸びると思うから、ちょっと大きめでお願い!」


「ふふっ、わかりました」


 何やら注文を付けているのが耳に入るが、リーゼに大きくなる余地はあるのだろうか。見た目年齢から推測すると……どうだろう。確かにその余地があってもおかしくはないが、現状を考えるとあまり期待をしない方が良いのではないだろうか。

 すぐに測定は終了し、ルドルフから紙を預かったイザベラは一礼して部屋を後にした。


「それで、ここからはどうするんだ?」


 そう言って、ヴァンはテーブルに置かれた桶を見下ろす。様々な粉末や液体を入れた結果か、今では水は黒っぽくなってしまっている。布に色は移らないのだろうか。


「もうしばらく浸けておく必要があるね。象力が完全に染み込むまで、少し時間が必要なんだ」


 後のことはやっておくから、とルドルフは続ける。ここにいても仕方がないし、広間で昨日の本の続きでも読むかと、ヴァンは部屋を後にする。


「もう少しいろいろな色があったらよかったのにね。ヴァンもそう思うでしょ?」


 後に続いて出てきたリーゼが話しかけてくるが、ヴァンとしてはあまり服装には拘りがない。目に痛い色や奇抜なデザインでもなければ、後は着られればなんでもよいと思うのだ。


「それなら、ルドルフの言ってたように相談すればいいだろ? 青い方は正式な場で使用するって言ってたが、普段使いの方は変えられるだろうし」


「ん、そうだねぇ……とりあえず、出来上がってから考えようかなぁ」


 リーゼは顎に指先を当て、少し上を向く。新たに作る服の色やデザインについて考えているのだろう。

 ヴァンは肩を竦め、広間の椅子に座り昨日借り受けた本へと手を伸ばした。

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