13話 全象術士と全象術
象力の限界測定をした後はそのまま少し休憩し、歩ける程度に回復したリーゼと共に食堂で昼食を頂いた。全象術室に戻ってからは広間で二人して休憩の続きだ。
しかし、他の全象術士の姿を見ないが、ジェドやアンジェをはじめとした他の全象術士はどこで何をしているのだろうか。未だに全部で何人所属しているのかもわからないのだが。
しばらく休んでいると、室長のルドルフから午前中に限界測定に使用した部屋で待っているよう申し付けられる。今度はいったい何だろうか。ヴァンはともかく、リーゼはまだ午前中の疲れが抜けきらないようなのだが。
二人して部屋で待っていると、ルドルフが遅れて部屋へと入ってくる。その両手には、なにやら分厚い本が数冊握られている。
「さて、本題に入る前に、少し全象術士について説明しておこうか」
そう言って、席に着いたルドルフは話し始めた。まずは、午前中にも話していた、全象術士の階級に関してだ。
全象術士には、上級、中級、下級、それから見習いの三つの種類があるという。ヴァンとリーゼの二人は昨日全象術室に所属したということで、全象術士見習いにあたるそうだ。また、見習いとして全象術室に所属させることは、各領の室長権限でできるそうだが、下級以上の全象術士になるには国家試験に合格する必要があるということだった。
「階級によって何が違うんだ?」
「それはね――」
まず、支払われる給料が異なる。当然、上に行けば行くほど多くなるそうだ。それから閲覧禁止書籍の閲覧権限など、いくつかの権利が与えられる。それから、階級によって毎日納める象力の量が定められているということだ。
「見習いであれば一個、初級であれば二個か三個、中級であれば四個か五個、上級なら六個か七個の人工象石を満たすことが義務付けられる。少ない方で納めて構わないが、領のためには多い方がいいかな。ただし、決められた量以上の人工象石を納めることは禁止されているから、気を付けてね」
つまり、見習いであるヴァンとリーゼは、毎日一個ずつの人工象石を満たすだけでいいということだ。午前中の実績を思えば、ヴァンだけでなくリーゼにとっても簡単なことである。
「それからもう一つ、見習いと下級以上で異なるのは、領地対抗戦への出場権だ」
聞き覚えのない単語について説明を求めると、各領の騎士団と全象術士を集めて実力を競わせる、ある意味ではお祭りのような行事があるらしい。見習いの身では出場できないが、下級以上であれば参加できるということだった。
「象力の豊富な二人が入ってくれたし、今年はいいところまで行けると思うんだ!」
なんでもローゼンベルク領の人材は、質に関してはかなり良いものの、如何せん数が少ないということだった。人数不足で出場を辞退している競技もあるそうで、それが響いてどうしても上位にはなれないらしい。
「ということで、二人には出来るだけ早く下級全象術士になってもらいたい!」
ルドルフの気迫に圧倒されるように、二人は少し体を仰け反らせる。階級が上がることによってはメリットしかないようだし、上げることはやぶさかではない。後の問題は、階級を上げる方法だ。
「どうやったら下級に上がれるの?」
「条件は、一定以上の象力を持っていることと、その階級に足る知識を持っていることだ」
象力に関しては、一度に三つの人工象石を満たせれば良いらしい。それであればヴァンもリーゼも、現時点で基準を満たしている。後は試験場で同じことをすれば良いだけだ。それから知識面に関してだが、
「そのためにも、これだ」
そう言ってルドルフは分厚い本を二冊ずつ、ヴァンとリーゼに差し出す。受け取って一冊目の表紙を見てみれば、『全象術の基礎 著 ローラント・エーベルヴァイン』とある。
「その『全象術の基礎』という本には、文字通り全象術についての基本的なことが書かれていてね。下級術士の試験問題なら、この本の内容さえ覚えていれば問題ないから」
ルドルフの説明にほうほうと頷きながら、もう一冊の本に目を向ける。
「こっちの……『よくわかる一般教養』っていうのは?」
「一応、下級以上は国家資格だからね。最低限の常識は求められるってこと」
ぱらぱらと流し読みしてみると、どうやら国の歴史や法律、簡単な計算問題などについて書かれているらしい。これを覚える必要があるのか。なんとも面倒そうだ。
「ちなみに、二人とも文字の読み書きはできるんだよね?」
ルドルフの問いに、二人して頷く。書く方は今のところ機会がなかったが、身分証や食堂のメニューなど、文字を読む際に問題はなかった。きっと書く方も問題ないだろう。
「よかったよかった。それじゃ、当面はこれを読んで覚えてくれるかい? 覚えられたら、こっちで確認問題を出すから」
再度頷きを返す。当面は午前中に人工象石へ象力を注ぎ込み、午後は勉強になりそうだ。渡された本は結構な厚さだが、どれくらいで覚えられるだろうか。
「さて、説明はこんなところだけど……いい機会だし、聞きたいこととかあるかい?」
ルドルフの質問に、ヴァンは考え込む。何か聞きたいことなどあっただろうか。特に考えていなかったため、すぐに思い浮かばない。
「それなら、全象術の種類について教えて?」
リーゼが片手を挙げて質問を投げかける。昨日の適性検査では六つの種類があったが、あれですべてなのか、それとも他にもあるのだろうか。
「いいよ。と言っても、基本的には昨日検査した六種類で全部だ」
そう言ってルドルフは、六種類の全象術についてもう少し説明をしてくれた。
まず、火現術、水現術、風現術、地現術の四種類は基本四現術と呼ばれるそうだ。全象術士の中でも使用者が多く、その割合はどれも同じくらいということだ。
まず、火現術はその名の通り、火に関する全象術だ。指先ほどの小さな火から、大きな火柱を打ち立てることもできるらしい。また、熱を操ることも可能だという。大風呂で使用している術具のように水をお湯に変えることや、逆に熱を奪うことで水を氷に変えることもできるということだ。
次に水現術だが、これもその名の示す通りに水を操る全象術だ。何もないところから象力を元に水を生み出すこともできるし、すでにある水を操ることもできる。水現術を使える全象術士がいれば、長旅でも飲み水に困ることはないということだ。
それから風現術だが、これは風に関する全象術だという。微風から強風まで、自由自在だそうだ。術士によっては、巨大な竜巻を発生させることも可能だという。また、大風呂でジェドの言っていたように、音に関してもいくらか干渉できるらしい。遠くの音を拾ったり、音を遮断することが可能だということだ。
最後に地現術だが、これは土や砂、岩などの大地に関する全象術だという。道を塞ぐ大岩を小さく割ったり、移動させたりなど、土木作業のようなことができる。戦闘時は単純に岩を飛ばすなどできるため、重宝するようだ。また、ここ領都を囲む城壁についても、大昔の全象術士が地現術を使用して築いたそうだ。
「それから魔術と天術だけど、これは他の四現術とは少し違っていてね」
何でも、魔術と天術に関しては全象術士の中でも使える者が限られており、まだあまりよくわかっていないことが多いらしい。それでも、一応少しはわかっていることがあるということだ。
まず魔術だが、これは破壊に特化しているということだ。他の全象術では傷つけられないような皮膚や鱗を持つ生物相手でも、魔術であれば通用するらしい。また、それは他の術に対しても言えるとのことだ。魔術以外の術を破壊することや、全象術を付与された術具からその付与を剥がすという、聞いただけではよくわからないようなこともできるらしい。
それから天術になるが、これは光や護り、癒しといった性質を秘めているらしい。まず光に関してだが、天術の中で最も簡単な術は単純な光を発生させるものということだ。また、光を操ることで遠くの景色を見渡したりもできるらしい。
次に護りだが、何でも光り輝く壁が作れるらしい。この壁はちょっとやそっとじゃ壊れないくらいに堅牢だそうだ。そして天術の代表的な術が癒しの術になる。これはその名の通り、他者の傷を癒すことができる。森の中で倒れたヴァンにリーゼが使用したのがそうだ。この癒しの術を求めて、権力者は天術の使える全象術士を常に探しているという。
「あと、特殊なものとして冥術だね」
この冥術というのは、全象術士に限らずすべての人間に使えるらしい。そもそもすべての人間は大なり小なり象力を持っており、それを使うことができる。外に放出するような全象術を使えるのは限られた人間だけだが、内で使う分には誰でも可能なのだ。
つまり、冥術として使える全象術はただ一つ、身体強化だ。その字面の示す通り、身体を強化することができる。走るのが早くなったり、重いものを持ち上げたりなどだ。達人になると、体の表面に象力を身に纏うことで身を守ることすら可能らしい。捕捉になるが、騎士団への入団条件として一定以上の身体強化を使える者、というものがあるらしい。
「ということで、広く知られているのは基本四現術に魔術と天術、それから冥術だね。他には一部の龍族が使用できると言われている龍術など特殊な例がいくつかあるけど、何れもあまり詳しくはわかっていないね」
そう言って、ルドルフは説明を締めくくった。ヴァンとしても、これ以上説明されても頭に入ってきそうにない。とりあえず、自分に適性があった水現術と地現術、魔術について覚えていればいいだろう。
「ん、よくわかったわ。ありがとう」
リーゼが礼を言い、ルドルフはそれに「いやいや、これくらい」と返す。他にないかと問われるが、ヴァンはいまいち思いつかない。聞きたいことができたときは、そのときに改めて聞けばいいだろう。
二人から追加の質問がないことを確認し、ルドルフは「それじゃあ頑張ってね」と言い残し、部屋を出ていく。残されたヴァンは手元の本に目を落とした。改めてみてもかなりの厚さだ。読み終わるのはいつになるだろうか。
「ヴァン、頑張ろうね」
「そうだな……」
笑顔を向けるリーゼに嫌がる素振りは見られない。少なくとも本を読むのは嫌いではないようだ。ヴァンは今から憂鬱である。
それから二人は広間へと戻り、その日の午後は本を読んで過ごすこととした。
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