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12話 限界値測定

 全象術室に入室した翌日、ヴァンはリーゼと共に一つの部屋に集められていた。

 今朝ヴァンは目を覚ましてから、さて今日はどうしようかと広間で考えていたところに起きたリーゼもやってきて、共に食堂で朝食を摂った。その後術室に戻ってきたところで、室長のルドルフに呼び止められたのだ。一室に案内され、椅子に座って待つように言われて、本人は出て行ってしまってしばらくする。


「なんだろうね?」


「まぁ、普通に考えれば仕事の話じゃないか?」


 全象術室に所属する全象術士の役割は、象力を提供することだという説明は受けたものの、具体的に何をどうするのかはまだ未知数だった。おそらくは、その辺りの説明があるのだろうと予想する。

 しばらくすると、ルドルフが副室長のイザベラと共に車輪の付いた可動式の棚を運んできた。棚には、金属の金具がついた、両掌を広げたくらいの大きさの透明な球体がいくつも並んでいる。部屋の中へ棚を運び終えると、ルドルフは礼を言い、イザベラは頭を下げて部屋を出ていく。


 ルドルフは棚から二つの球体を取り出し、ヴァンとリーゼの前にあるテーブルへと置いた。球体の上下には転がらないようにだろうか、円柱状の金具が取り付けられている。また、左右にはそれぞれ棒状の金属が飛び出ていた。真ん中には、指先ほどの大きさの円が縦に十個ほど並んでいる。


「さて、これが何かわかるかい?」


 ルドルフの質問に、二人して首を傾げる。金具の取り付けられた水晶玉にしか見えない。


「これは、象力を溜め込む装置、人工象石というものだ。全象術士が象力を注入して、いろいろな用途に使うわけだ。ちなみに、これは中型ね」


 どうやら大きさの異なるものがあるらしい。これに象力を注ぎ込むのかと球体を観察していると、隣のリーゼが疑問を口にする。


「人工ってことは、天然のものがあるの?」


 それに関しては、あるという答えだった。それらは単に象石と呼ばれ、死んだ生物の体内から発見されるらしい。術具を動かすのに使用されることもあれば、小さい象石は主に畑に撒かれて農作物の肥料になるそうだ。


「ということは、これに毎日象力を入れるのが仕事ってことか」


 ヴァンは目の前の人工象石を持ち上げてみた。軽くもないが別に重くもなく、片手でも問題なく持てる。球体部分の手触りはつるりとしており、硬そうだ。


「そういうことになるけど、今日は限界値測定をしてもらう」


「限界値測定?」


「簡単に言うと、象力の保有量を調べるんだ」


 ルドルフの説明によると、体内に保有する象力の量には個人差があるため、自身がどれだけの象力を持っているのかを把握するのは全象術士にとって必須だそうだ。そこで、この人工象石を一度にどれだけ満たせるかで象力の量を測定するということだ。


「ここで、一つ注意点がある」


 体内に保有する象力が不足してくると、様々な症状があらわれてくるという。最初の方は特に問題ないが、徐々に疲れや怠さを感じてくる。続いて頭痛やめまいを感じ、やがて意識が朦朧としてやがては気を失うことになる。さらに、陣や詠唱を必要とするような大規模な儀式の途中で象力が枯渇した場合、命を落とすこともあるという。


「象力を使うっていうのは、言ってみれば命を削るようなことだということは、肝に銘じておいてほしい」


 ルドルフの真剣な説明に、ヴァン達二人は揃って頷いた。思い返してみれば、森で獣と戦った後にヴァンとリーゼが気を失っていたのは、象力の使い過ぎだったのかもしれない。


「まぁ、普通に使う分には問題ないからね。今日の限界値測定では、倒れない程度に象力を注いでくれるかい? 象力の注ぎ方は、昨日の適性測定と同じだから」


 そう言って、ルドルフは人工象石に象力を注ぐよう勧めてくる。ヴァンはリーゼと一度目を合わせ、手に持った人工象石へと視線を落とした。ひとまず言われたとおりに、検査棒に象力を流した時のことを思い出しながら、人工象石へと象力を入れていく。間違いなく象力は入っていくように思うが、見た目には何も変化がない。何時まで注ぎ続ければいいのだろうか。


「真ん中に十個の円が並んでいるだろう? 象力が溜まっていくと、そこの円の色が順番に変わっていくんだ。十個すべての色が変わったら、その人工象石に象力が溜まり切った証拠だ」


 ルドルフの説明に、人工象石の中心に目を向ければ、丁度一つ目の円が黒色に変化するところだった。そのまま象力を注ぎ続ければ、二つ三つと円が黒色に変化していく。それに合わせる様に、人工象石全体も透明からほんのりと黒色へ変化しているようだった。


 それから少し時間をかけて、十個すべての円を黒色に変化させる。もう少し象力は入りそうだが、これ以上注ぎ込んで昨日の検査棒のように壊れても困るので象力の注入を中止する。

 少し遅れて、リーゼも象力を注ぎ切ったようだ。体から力を抜き、大きく息を吐いている。そのリーゼが抱える人工象石も透明から色が変わっているが、ヴァンの持つ黒色のものと異なり全体的に白色だ。ヴァンは自分とリーゼの人工象石とを見比べる。


「色が違うみたいなんだが……」


「そうなんだよ、象力を供給した人工象石の色は個人によって異なるみたいなんだ。性能に違いはないから、そこは安心してほしい」


 ほうほうと頷き、ルドルフに勧められるまま象力の溜まった人工象石を棚へと預け、代わりに新しく透明な人工象石を手に取る。後は同じように、象力を注ぎ込むのを繰り返していけばよいのだろう。


「それじゃ、しばらくは二人で象力を入れていってくれるかい? 僕は少し他の仕事を片付けてくるから」


 そう言って手を振り、ルドルフは部屋から出ていく。残されたヴァンとリーゼは新しい人工象石へと向き直り、象力を注ぎ込む作業へと戻っていった。




「少し疲れてきたな……」


 新たに満たした人工象石をテーブル置き、ヴァンは首の骨を鳴らしながら腕を大きく回す。横の棚に目を向ければ、黒色の人工象石が九個並んでいるのが目に入る。つまり、今満たした人工象石で丁度十個目ということだ。これまでほとんど同じ姿勢で象力を注ぎ続けているわけで、結構肩が凝ってきた。


 逆の方向に目を向ければ、リーゼがテーブルに体を投げ出して顔だけをヴァンへと向けていた。リーゼは四つ目の人工象石を満たしたところで疲れ初めていたようだが、ヴァンの様子を見て負けじと五個目の人工象石へと手を伸ばした。

 五個目の人工象石を満たすところまではなんとかできたが、そこが限界だったようだ。人工象石を棚に戻し、席に戻ったところで体をテーブルに投げ出していた。すっかり疲れ切っているのが、傍から見てもよくわかる。


「ごめんごめん、待たせちゃったね」


 そう言って、ルドルフが部屋へと入ってきた。体を起こそうとするリーゼに対し、そのままでいいと手で押しとどめる。それから棚の人工象石に目を向け、象力の溜まった人工象石を数え始めた。


「どれどれ……ヴァンはそれで十個目か。うん、上級クラスの象力だね」


「少し疲れてきたが、もうちょっといけそうだ」


 ヴァンの感覚では、少なくともあと一、二個はいけそうだ。限界値測定ということだし、ここは限界まで確認するべきだろうか。


「いやいや、十個もできるのはかなりすごいことだよ。ここまでで十分だ」


 ルドルフは満足そうに頷いた。平均がどのくらいなのかはわからないが、リーゼの倍ということを考えれば、少なくとも象力が少ないということはないだろう。


「むぅ……ヴァンに負けた」


 机に頬をつけ、リーゼはその長い髪を指でいじりながらもぼそっと呟いた。その表情はやや不満そうだ。こうもはっきりと数という形で見えてしまったのは、少々まずかったかもしれない。


「リーゼの方は……五個だね。こちらも中級クラスはあるし、十分十分。何も問題はないよ」


 ルドルフの説明にも、リーゼは不満そうな表情を崩さない。そんなに象力の保有量でヴァンに負けたくなかったのだろうか。そんな顔を向けられても、ヴァンのせいではないだろう。

 それよりも、ルドルフの発言にヴァンは気になったことがある。


「その、上級とか中級っていうのは何なんだ?」


「全象術士の階級だね。一定の象力を保有していて、国家試験に合格するとその階級を名乗れるようになるんだ」


 詳しくは午後にまた説明するよ、とルドルフが続ける。どうやら全象術士とひとまとめに言っても、その中は細かく分けられているようだ。


「ところで、象力ってどのくらいで回復するんだ?」


 毎日象力を注ぎ込むということは、まったく回復しないということはないだろう。象力が回復すればこの疲れもとれるはずで、どのくらいで回復するのかを把握しておきたい。


「使っていなければ体内で新しく象力を生み出してくれるよ。限界まで象力を使った場合は、よく食べて眠れば次の朝には元通りかな」


 大体一日ほどかかるということだろうか。午後には多少なりとも回復してくれればありがたいのだが。


「とにかく二人とも、お疲れ様。これで二人とも、自分の象力がなくなってきたときの感覚は掴めたと思うから、これからは今の感覚を忘れないようにね」


 ルドルフが労い、続ける言葉にヴァンとリーゼの二人は揃って頷く。リーゼの様子を見れば、象力を使いすぎると動けなくなるのは明らかである。普通に使うとすれば、ヴァンは今の少し疲れたくらいで止めておくべきだろう。

 それから、午後にまた話があるからそれまでゆっくりしているよう言い残し、ルドルフは可動式の棚を動かして部屋を出ていく。おそらく象力保管用の倉庫などあるのだろう。機会があれば見せてもらいたいものだ。

 それからヴァンは、未だに不満そうな表情のリーゼへと顔を向ける。


「あ~、なんだ、ルドルフも十分だって言ってたし、あんまり気にするなよ」


「別に、怒ってるわけじゃないよ? ただ、象力が多いほうが、出来ることは多いんだろうな~って思っただけ」


 リーゼの物言いに、ヴァンはそれもそうだろうと思う。象力が少なくてすぐに疲れるよりは、潤沢にある方がよいに決まっている。ただ、いくら象力があっても、問題なのはそれをどう使うかだろう。それを考えれば、ヴァンとリーゼを比べる意味もない。なぜなら、


「俺とリーゼの適性って真逆だっただろ? 象力の量より、うまく使うことを考えようぜ」


「わかってるもん……ヴァンには負けないんだから!」


 怒ったように眉を上げたリーゼから、何故だか宣戦布告されてしまう。ヴァンとしては別に争うつもりはないのだが、まあ競い合うのは別に構わないだろう。少なくとも、落ち込んでいるよりはずっといい。ヴァンはリーゼに気付かれないよう、小さく溜息を吐いた。

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