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プロローグ

 世界が終わる日というのは、きっとこんな様相を呈しているのだろう。


 陽の光を遮る黒雲が空一面を覆い尽くし、ゆっくりとだが渦を巻くように回転している。その中心部には台風の目のようにぽっかりと穴が開いているが、そこから陽は射しておらず、黒よりも暗い闇がどこまでも続いているようだ。

 遠くからは悲鳴と怒号、それに何かが崩れたのだろうか、破壊音とでもいうべき音が先ほどから途絶えることなく響いている。街の数ヶ所からは火の手が上がっているのか、煙が立ち上っているのが見て取れる。


 それらの喧騒から離れた建物の一角、中庭のような場所に一組の男女がいた。向かい合う男女の足元には複雑な記号や文字が、地面の上に円を描くように書かれており、今まさに男の手により最後の一文字が刻まれたところだった。


「よし、これで本に書かれている通りには描けたはずだ」


 そう言って男は用済みとばかりに、描くのに使用した木の枝を後方へと投げ捨てた。それに相対する女は手に持つ本と地面とを数度見比べると、頷きを返した。


「うん、合ってると思う、けど……ねぇヴァン、本当にやるの?」


 不安げに問いかける女の声は事態の深刻さを現すように震えていた。それに対し、問いかけを受けた男の方はというと、なんてことのないように肩をすくめて見せる。


「駄目で元々……というより、何も起きないほうが可能性は高いんだが、もし成功すればこの状況を変えられるかもしれないんだ。やってみる価値はあるだろう?」


 男からの呼びかけに、女はなおも考え込むように顔を俯かせる。男は急かすことなく、腕を組み女の答えを待っている。

 彼方からはまた一つ、大きな爆発音が鳴り響く。続いて聞こえてくるのは、複数人の張り上げた声だ。それを皮切りに、女は意を決したように顔を上げる。


「わかった……やって、みよう」


「よし、決まりだな」


 決意に目を険しくさせる女に対し、男は安心させるように笑いかけて見せた。


「失敗したところで象力を失うだけで済むだろう。気楽に行こうぜ」


 そう言って、男は女の輝く金色の髪に手を置き優しく撫でる。それによって、女の強張った体からもいくらか肩の力が抜けたようだ。

 それから二人は地面に描かれた陣の対角線上に移動し、それぞれ向き合って腰を落とし、地面に両手を付いた。


「それじゃ、始めるぞ。象力をありったけ込めろ!」


 男の声に、女は頷きをもって答える。

 そして、向かい合った男女が声を揃えて何事かを唱え始める。しばらくの間は外見には特に変化がなく、二人の声が喧騒に紛れるのみであった。しかし、唐突に変化が訪れる。陣の円周に沿うように、風が渦を巻き始めたのだ。初めは微風程度だったそれは、時が経つとともに勢いを増していく。女の輝くような金糸の長い髪が、風に巻かれてふわふわと漂う。


 男女が一際強く唱えるとともに、突如として中空から白と黒の光が射し始めた。その光は風向きに合わせるように螺旋を描きながら地面を目指し、何事かと空を見上げた男女へと降り注いだ。二人は驚きとともに立ち上がり、陣の中央へと走り寄る。女は不安からか男へと縋り付き、男は女を守るように抱き寄せる。

 なおも降り注ぐ光に目を眩ませながらも二人は見上げる。やがて光が降り止んだかと思えば、間髪開けずに光の柱が勢いよく立ち上った。地面に描いた陣を出所に立ち上った光は、先程降り注いだ二色の光とは異なり、見え方によっては赤にも青にも見える、複雑な色合いをしていた。


 光の柱は空に空いた黒い穴へと吸い込まれるように消えていく。光が弱まるに連れ、空に空いた穴もその大きさを徐々に狭めていった。それからどれほどの時が経っただろうか。光の柱が細く細く、やがて糸を切るように消え、それに合わせて上空の穴もその口を閉ざし、空がその青さを取り戻す。しかし、光の中にいたはずの男女の姿はどこにもなく、地面に描かれた複雑な文様と、一冊の本のみがその場には残されていた。

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