47.迷子の迷子の
「……ここ、どこ」
拓人は訓練棟から教室に戻ろうと足を進めていたがどこで間違えたのか、見覚えのあるような、ないような教室の並ぶ廊下に立ち尽くす。
* * *
「ん?」
浅鎌は教室から出ると階段近くをうろうろとする見知らぬ生徒が目に入る。
何やってんだアイツ?
《拓人〜来た道戻ればいいじゃないの》
「来た道もわからない……向かい棟だったかな」
《私は今日初めてだからわからないわよ》
「考えたら朝は梛莵達一緒だし……」
《人任せもイイとこね。なんでマト連れて来なかったのよ》
「梛莵にくっついてった。というか湿るからって追い払ったの拓美でしょ」
《そ、そうだったかしら〜?》
「一人で何喋ってんだ? 迷子か?」
声をかけられ振り返る。
「? 君、誰?」
当たり前だがお互い知らない人。拓人は首を傾げ、浅鎌もつられて傾げた。
「え〜っと、いやうろうろしてっから迷子なのかと思って声かけただけなんだが……」
「君、名探偵だね。その通りだよ」
「お、おぉ……なんなんだお前……」
変な奴に声かけちまったな……なんか人形持ってるし。
腕には鈴の手作りうさぎ。持っているのは男子生徒。不審に思わないはずもない。
当の本人はあまり気にした様子もなく話を続ける。
「転校してきたばっかりでよくわかんないんだよね。広くてどこ見ても同じに見えるし」
「なんだそういう事か。まぁ新入生とかもよく迷子になってっからな」
「広すぎるのもよくないと思うよ。利用者の事考えて」
「俺に言うなよ……で? 何組だ?」
「えっと……何組だっけ」
「お前嘘だろ……」
《二年の特別クラスって言えばわかるんじゃないかしら?》
「特別クラス……あ、特化学科? の二年の教室」
「なんだお前特科生だったのか」
あのクラスまた転校生増えたのか。少し遠いが声をかけたのは自分だしな。
案内しようとした時、浅鎌に声がかかる。
「あ、いた。浅鎌〜」
「ん? 何かあったか?」
「みのぐっちゃんが呼んでたよ」
「まじか。なぁこいつ迷子なんだけど特科の二年組まで案内してやってくれ」
「え? どの子?」
「え? あれ……あ、おい! わかんねぇって言ってたのに!」
見れば全力で走り去って行く拓人。
「……灰原?」
そう呟くと黒髪の青年は走る拓人の後を追いかける。
「え? は? お前も!? ったく何なんだ!」
状況を読めず動揺しつつも放っておけない浅鎌は後を追った。
* * *
「はー曷代意外とタフだな。また裙戸に投げ飛ばされてたのに」
「君綺麗に飛んでたね! 僕あの裙戸って人苦手〜っ」と梛莵の頭の上を定位置に引っ付く蝙蝠型のマト。
微かにひんやり、そしてじめっとしている。なんというか半乾きのタオルを乗せてる感じだ。
「裙戸の腹黒さを察知したんじゃない?」
「あはは……まぁなんか慣れてきたというか。でもおかげでなんとか受け身とかは取れるようになってきたよ」
「術の方は?」
「うーん、まだ安定した術の繰り出しは難しいけど前よりは。なんだろな、家でやるとうまく出来たりもするんだけど」
「特定の場所が必要って事か? というか安定してないのにあんま家でやるなよ。お前の場合家が火事になるぞ」
「いや流石に家の中ではやらないよ……」
「条件がはっきりわかればな……指輪はどうだったんだ?」
「付けてる方が出来てる気はするけどしなくても変わらない、かなぁ? どうなんだろ」
唸る曷代。しかし状況を見てはいないので実際どうなのかはいまいち想像できない。
家にあってここにないもの……。
「テリトリー、とか?」
「それ家とか関係なくない?」
「じゃあ炊飯器? 冷蔵庫?」
「換気扇かな〜?」とマトも一緒になって挙げる。
「お腹空いたのね。食堂行けば両方ともあるでしょ……」
「朝ご飯食べ損ねた」とタイミングよく腹を鳴らす。
「また!? 購買の自販機で買って食べるとかしなよ、貧血起こすよ!?」
「だって朝来て教室から購買まで行くの面倒くさいし」
「購買寄ってから教室行けばよくない!? というか朝コンビニでも寄ればいいでしょ」
そう言われ「……確かに!」と納得。その手があったか。
「ナト兄ナト兄、拓人が全力で走って来てるけど」
「ん? あら本当。おーい拓人どうし――」
――――ビュンッッッッ!!
「……うん、普通に俺等は見えてないようだな!」
前見た時より足早いな!?
すれ違う拓人は周りが見えていなかったようで全速力で廊下を突っ走って行った。
拓美は《ちょっと拓人ったら落ち着きなさいよもぉぉぉぉ!!》と騒いでいた。
「というかなんか逃げてるっぽくない?」
「逃げ……? あれ、浅鎌先輩?」
拓人が来た方向を見やると後から浅鎌が追いかけてきていた。
「あ、あぁ朱鷺夜か。こっちの方に人形抱いた碧髪の子来なかったか?」
「拓人ですか? 見ましたけど……何かありました?」
「いや俺がというよりは友人が追いかけてって……」
「え? でも拓人の後は浅鎌先輩しか来てないですよ?」
「何? あいつも迷ったのか?」
状況がいまいちわからない三人は頭に疑問符を浮かべるしかなかった。
「まぁいいや……その拓人くんとやらは普通科棟で迷子になってたんだ。見つけたら保護してやって」
「拓人は絶滅危惧種かな?」
「絶滅危惧種ー?」
「保護する必要があるっていう」
「え、蝙蝠が喋って……」
「あ、編入……生のマトです。羽蘭みたいな術が使えると思って下さい。あとこれは今年度最初に転校してきたふたっちです」
「雑だね? それいつまで引きずられるの?」
「いやお前のクラス転校生多くないか!?」
「そうですね、今学期でうちは四……五人増えました」
「そんなに!?」
「浅鎌先輩の所は何人増えました?」
「んなポンポン増えてたまるか」
寧ろ減るかもな。そんな冗談を言うと梛莵はわざとらしく「そんな……! 育てられないから切り捨てるなんて浅鎌先輩薄情なっ! 灯前先輩が可哀想」と被害者対応。
「うるせぇあいつ関係ないだろ!」
「えーとこれ転校生の話、ですよね?」
コント? なんか前にも似たようなのを見た気がするな、と曷代は裙戸親子を思い浮かべた。
「ねぇねぇ拓人追いかけなくていいの?」
「そうだな。早くしないと次の授業始まるし」
「悪いが眼鏡掛けた黒髪の奴近くにいたらあんま後輩いじめんなっつっといて。俺呼ばれてんだわ」
「その人拓人をいじめてるんです? やっつけていいですか?」と握り拳を掲げてみた。
「おいその拳やめろそいつ術者じゃねぇんだ。なんか知り合いっぽいんだよ、拓人くんと」
あぁ、なるほど。
「……会えたのね」
「会えた? 何だ探してたのか、ちょうどよかったな。逃げたけど」
「知り合いがいるとは言ってましたが会いたかったのかまでは……よくわかりませんけど、あの様子だと会いたくはなかったみたいですね」
「みたいだな。追っかけてやって、よろしく」と押し付ける浅鎌。
「後輩使いの荒い先輩だ。灯前先輩に言いつけてやる〜」
そう冗談を言うと浅鎌は鼻で笑った。悪い事を考えている顔だ。
「朱鷺夜、お前確か巾のお気に入りだよな。会いたがってたって伝えとくな」
すると顔色を変えた梛莵は首を横に振った。
「やだやだ!! 巾先輩怖い!!」
「先輩に一体何したの……」
「俺悪くないもん!! 何もしてない!」
「とにかく! 頼んだ、俺も行かねぇと」
「うぅ……はーい、お手数おかけしました」
* * *
「あっちの方走ってったよな。携帯繋がるかな」
「さっき訓練だったし持ってないんじゃない?」
「あー確かに。伝通石もまだ貰ってないって言ってたしな……」
とりあえず走って行った方向を。
足を進めていると上の方から
《梛莵〜! 聞こえるでしょ来なさいよぉ!》
という拓美の騒ぎ声が聞こえた。
「あー上の階か」
「え、何でわかんの」
「拓美さんが呼んで……あぁ、拓人の持ってる人形に入ってる人の騒ぎ声が聞こえた」
「ふー……は? え、は?」
何を言ってるのか、困惑する曷代。そういえば事情知らないか。
「説明するの面倒くさいから後でいい?」
「あ、うん」
* * *
「灰原!!」
「っ」
「は、灰原、何で……はぁっ、逃げるの……」
「あぅ……」
「もしかして忘れられてる?」
青年はズレた眼鏡を掛け直し汗を拭う。
「忘れてない……来山」
来山と呼ばれた青年【来山 紺乃】は笑う。
「よかった。その人形は……拓美ちゃんかな?」
『……そーよ、悪い?』
「えぇ……そんな事言ってないじゃないか……」
「なんで、追いかけてきたの」
「え、えーと反射的に?」
「……」
「ごめん、嫌だったか」
「そういう、わけじゃない。寧ろ会いたくないのは来山の方だったんじゃないの」
「そんな事は……」
「俺は、どんな顔して来山と向き合えばいいかわからない……」
『拓人……』
「でも、ずっと謝りたかったんだ。来山、ごめん」
「俺は謝られる事なんて……」
「中学の時、来山が苦しんでたのに俺はそれに気づかなかった。寧ろ、守られて、」
「灰原、こっち向いて」
「やだ」
「……ごめんな」
「……っ何で」
なんで来山が謝るの。
「こっち、向いた」
「拓人〜!!」
「あんた? 拓人いじめてる眼鏡って」
拓人と来山の間に入り相手を睨む。
「え? 朱鷺夜くん?」と来山。
「え? あれ、来山先輩?」と梛莵。
「え? 知り合いなの?」と驚く? 拓人。
「一応……先輩の良心的存在の……え、来山先輩って後輩いじめするような人だったんですか」
「完全に誤解だね? いじめてないよ?」
「拓人の知り合いって来山先輩の事だったのか」
付いてきていた曷代は梛莵らのやりとりに「学科違う先輩と知り合いとか梛莵意外と顔広いな?」と。
「あぁ、それは前に友人が朱鷺夜くんを拾ってきた事があって」
「違う! 捕まったの!!」
「もしかしてさっき言ってた巾先輩です?」
「そうそう小さい子拾った〜って。今より小さかったからね」
「曷代にわかるか? 入学早々いきなり知らない人に笑顔で担がれて先輩の教室に連れてかれる恐怖」
「何で?」
「知らないよ! 購買で自販機見てたらいきなり連れてかれたんだもん!!」
「柑実くんが血相変えて迎えに来たのは笑ったよね」
「来てくれなかったら今俺はここにいない」と言う梛莵。そこまでなのか。
「灰原、あれ?」
「あー……俺の後ろにいます」
「お、おぉ……何で……」
「拓人、泣いてるの?」
マトは心配そうに拓人の顔を覗き込む。
梛莵はゆっくりと振り向き、軽蔑の眼差しを来山に向けた。
「朱鷺夜くん、そんな顔で見られましてもね……」
曷代は「灰原、鼻たれてるよ、ほらちーんして」とティッシュを渡す。
受け取った拓人は人の目を気にせず「ズビッ、ズズーーッ!!」と豪快に鼻をかんでいた。
「おぉいいかみっぷり」
《拓人、もう教室帰りましょうよ》
「……うん」
拓人に梛莵は「いいのか?」と声を掛けると頷く。
「また……会いに、来てもいい?」
「! ん、もちろん」
来山は安心したように微笑んだ。
「あんなで良かったのか?」
拓人は頷くと「ありがとう」と礼を言う。
「え? 俺何もしてないけど……」
「そんな事ない。梛莵のおかげ」
そう満足気に言う拓人は安心したような表情をしている気がした。よくわかんないけど。