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逢想の纒憑  作者: 中保透
三章 童輪の鏡
49/52

45.この針に愛を込めて


 ――ミント、いい子にしているんだよ。



  ――大丈夫、いい子にしていれば必ず帰ってくるから。



 約束したではないか。必ず戻ると。


 ――、お主は嘘つきじゃ。

 『いい子』で居っても、帰らぬではないか。


 永遠なぞ、ないのじゃ。わかっておる。



 それでも、今でも願ってしまう。お主が帰ってくる事を――




「……――♪、――……子よ♫」


「なんの歌?」

 窓際で空を眺めながら歌っていたピヨ助に梛莵は問いかける。


「聴いたことない歌。でもなんか不思議と、懐かしいような感じ」

「昔よく歌ってもらった子守唄じゃ。多分自作じゃろうな」

「ふーん。ねぇピヨ助ってカミサマなんだよね? 神社の神様……西華? の事知らないの?」

「なんじゃこんな時だけ。やっと余が神なる者である事を認めおったか」

「いや別に?」

「お主な……神なる者じゃからといって全ての神を把握しておるわけなかろう。お主は全人子を把握しておるのか?」

「う……そうだけどさー、知ってるかなって思ったから聞いただけじゃん」

「知らん知らん。我ら霊帝はそこらの神とは別じゃ。交流なぞあってないものよ」

「何それ」

「要は監視警備員みたいなものじゃな」

「それ引きこもりじゃ……?」

「む! 全く表立たぬわけではないわ!」


 ふと陰る。

 見ると「やっほーナト兄、遊びに来たよ! あーけーてー!」とマトが窓の外で手を振っていた。


「なんだお前、すり抜けたりできないの?」

 窓を開き招き入れる。

「えーできないよ〜すき間があれば入れるけど。いつも何かくるくる回ってるカンキセンってとこから入ってるし!」

「換気せ……あ、そう」

 ツッコまない。こいつが普通でないのは今始まった事じゃないんだから。


「あれナト兄と鳥さんだけ? 燐ちゃんは?」

「南中来て一芽ちゃんと一緒に買い物行ったろ。会ってない?」

「うん〜僕ちょっとその辺お散歩してたから! 帰ったら拓人もいなかったし拓人と一緒だと思ってた」

「なんだ拓人も出掛けてんのか」

「みたい〜あ、『こんびに』かな〜?」

「そうじゃん? ……あれ、拓人だ」

 机に置いていた携帯が鳴る。

 手に取りそのまま出ようとするとマトが少ししょんぼりし始めた為スピーカーに切り替えて出る。


「もしもし~?」

《助けて》

「お前助け求めるのに躊躇ないな。今度はどうした?」

《俺には『可愛い』がわからない……》

「ごめん全然話が読めない」


《こないだので拓美の入ってたお気に入りのぬいぐるみ無くしちゃったみたいなの……それで代わりの買いにショッピングモールに来てみたんだけど、ことごとくダメ出しされて》

「いや、だからって俺に言われても……一芽ちゃんいる時一緒に行けばよかったじゃん」

《一芽の可愛いは信用ならない》

「お前何気にひどいな?」

《来て》


 俺はお前の何なんだ。自由人過ぎだろ。

「わかったよ……とりあえず行く」と言って通話を切る。


「しょっぴんぐもーる? スーパー?」

「でっかいスーパーみたいな所。お前も行く?」

「行くー!」

「ピヨ助は?」

「余は留守番をしておるわ」

「あら珍し。じゃあ行ってくるよ」


 * * *


 [街内 大型ショッピングモール]


「あれ、マト帰ってきてたの?」

「あぁ。家に誰もいないって俺のとこきたんだ」

「わーこういう建物外から見たことあるけど中って人いっぱいいるね〜」

「初めて来た感想そこなんだ」

「それで? 拓美さんはどんなのを希望してるの?」


《……これより可愛くてもっと大きいの》


「え!? あ、拓美さん出てたの……」

 胸ポケットからは小さい熊のぬいぐるみが顔を出していた。

「とりあえずで入ってもらってるんだけど気に入らなくて不機嫌なの」

「そうなのね。でもそれより大きいのってポケット入らなくないか?」

「うん、そうなんだよね。キーホルダーサイズの方買いに来てるのにずっとこんなで」


《失くしたら嫌だもの》

「失くさないよ、落としたら拓美騒ぐからわかるし……多分」

《もう! そこは絶対離さないとか言いなさいよ!》

「む。俺だって一人になりたい時くらいある」

《私が鏡にいる時は一人でしょー!》


「あはは……」

「拓美元気だね〜」

「はぁ……梛莵、ちょっと拓美預かっててもらえない?」

「いいけど……どうした?」

「トイレ」

 そう力強く言う拓人の声は少し苛立っているように感じた。


《ちょ、ちょっと! 私置いてどこ行くのよ!》

「トイレだよ。すぐ戻るし。ここじゃ鏡に戻せないでしょ」

《あ、ぅ……そう……》

「……まぁその辺見てるよ」

「お願い」



 * * *



「これは?」


《駄目。可愛くない。》


「これ」


《小さい。嫌。》


「……これ」

「ねぇねぇこれは〜?」

《あんた達適当になってるでしょう。そんな気持ち悪いの嫌よ、可愛くない!!》


 梛莵が持つのは不気味なパッチワークが施された謎のぬいぐるみ。対してマトはその色違い……パステルカラーのどちらにしろ気色悪いイカのようなタコのようなぬいぐるみ。何故そんなものを世に放とうと思ったのだろうか。


「だって人形選ぶ事なんてないし……拓美さんの好みなんてわからないよ」

《乙女心がわからないなんて、あんたモテないでしょ》

「あ゛?」

《な、何よ!》

「はぁ……もっと具体的にこれっての言ってくれない? 拓人だって駄目駄目って言われたってわからないでしょ」

《う……だって……》

「じゃあ前に入ってたねずみのは? どこで買ったんだか知らないけど」

《ねずみじゃないわ、猫よ猫。あれは売り物じゃないの。拓人のママが私にくれた、手作りなのよ》


 あれ猫だったんだ……。

 手作り。つまり既製品は嫌だって事か?


《代わりなら、どうせならもっと、大きめのぬいぐるみがいいの……拓人がその、抱きしめられるくらいの……》


 そう小さく呟く拓美に梛莵は少し考え拓人にメッセージを送ると歩き出す。


「拓美さん、手芸店見に行こうか」


 * * *


 [手芸用品専門店]


「えっと……何で手芸屋さん?」

「おー戻ったか」

《あれ、あの色見たいわ》


「はいはい」

「ねぇ梛莵、どういう状況なの?」

「拓人、お前裁縫得意か?」

「裁縫? 補修くらいなら出来るけど……」


《ねぇ梛莵! あれ! あのふわふわしたやつ!》


「ちょっと待ってよ……」

「ナト兄、僕拓美と見て来ようか?」

「聞こえるのか?」

「腕動いてるから何となくあっち指してるのかな〜くらいは」

「じゃあ頼む」


《早く早く! あれ! あれー!》


 騒ぐ拓美をマト預け様子を窺う。

 マトが近寄ると文句を言う拓美が気にする事なく夢中になっているのを見るあたり、やはり既製品を求めていたわけではないようだった。

 拓美(人形)が一生懸命指している方向をマトは理解しているようで少し困りながらも目的の棚へ辿り着けていた。棚には沢山の布が並べられその模様や色にマトも目を輝かせていた。


「それで、裁縫がどうかしたの? ……もしかして作れなんて言わないよね」

「そのもしかして。拓人、拓美さんが求めてるのは既製品じゃない。拓美さんの為に作られた物だ」


 といっても、前のもそこまで執着していたわけではないのだろう。無くなったというのに割とあっさりしている……探せとは言わないのだから。それとも拓人を前の学校と関わらせない為の我慢、なのだろうか。


「俺、補修はできても一からなんて作れないよ」


《拓人! 梛莵! 見て見て! これ気持ち良いわよ!》

 リボン付けたら可愛くなるかしら、とそうはしゃぐ拓美は……何だか妹を見ているようで、可愛らしく思えた。


「……俺も手伝うからさ、作ってあげなよ」

「梛莵は裁縫得意なの?」

「いや……俺も昔家庭科の授業でエプロン作ったくらいしかやった覚えない」

「それでよく手伝うとか言えるね……」

「お前なぁ……拓美さんの我儘に人の事巻き込んどいて何言ってんだよ」


 とりあえず生地は拓美さんに任せて必要な材料でも探そう、と見ていると棚に並ぶ手芸本が目に入る。

『初心者向け かわいいぬいぐるみ作り』と書かれた本を手に取り開くと定番のくまや猫、うさぎなどの作り方が丁寧に書かれていた。


「(クマに猫、そういえば前に燐が弟さんにくまの人形を作ってあげたって言ってたような)」


 燐なら作れるだろうか。

 一緒に本を覗き込む拓人は少し楽しそうで、興味はあるようだった。だが「俺にこんなの作れないよ、無理無理」と言っていた。一番は拓人が作ってあげた方が喜びそうだがそれは難しそうだ。


「とりあえずここに書いてある必要なもん、買うか」


 * * *


「あれ、拓兄、達?」

「んん? あら〜本当、手芸屋さんで何してるのかしら〜?」

「なんだ、ここに梛莵も来ていたのか」

「面白そうだし〜見てみましょ〜」

 南中達はひっそりと近づき様子を窺う。



 梛莵は本とにらめっこしながら商品を見ていた。種類豊富な品揃えと見慣れない品名に梛莵は頭を抱える。

「えっと、綿と……糸は生地色に合わせて……型紙? パターンシート? 何が違うんだ……」

「ねぇここに書いてあるジョイントって何?」

「俺が知るかよぉ……」

「あらお客様、ぬいぐるみならペレットも入れるといいですよ」

「え、ぺ、ペレット、ですか?」

 親切な店員のアドバイスにも疑問符しか浮かばず帰りたい気持ちでいっぱいになる。

 そんな梛莵の気持ちなど知る由もなく拓人は「ねぇこのベル良くない?」とブレないマイペースを保っていた。



「梛莵達は一体何をしているんだ?」

「さ、さぁ〜?」

「あっちに、マトも、いる。多分、あの人形、たっちゃん」


 言われた方を見ると腕を振る人形を持ちあたふたしているマトの姿があった。拓美があまりに動くせいかうまく掴めないのだろう、何度かすり抜けては支えてを繰り返していた。

 そんな様子に自分の方で手一杯の梛莵も気づいてはおらずマトが可哀想に思えてくる。


「うぅん、よくわからないけれど手伝ってあげましょう〜」


 * * *


「何してるの〜?」

「あれ、南中達もここに来てたんだ」

「えぇ、梛莵くん達見かけたから何してるのかしらと思って見てたの〜」


 梛莵と拓人は見合わせ南中達に助けを乞う。


「俺には本を見てもさっぱりわからない。助けてくれ」

「え、ぬいぐるみ? 作るの〜? またなんで急に……」

「拓美の入る人形買いに来たんだけど、気に入ったのなくて」

「で、俺は呼び出されて……「梛莵が手作りしろって言うの」おい被せんな」


「あらぁ……でもいきなり手作りなんて難しいんじゃない? お裁縫得意なら別でしょうけど……売ってるのは駄目なの〜?」

「そうなんだけどな、拓美さんが求めてるのは既製品じゃないんだよ。前のも拓人の母さんの手作りだって言ってて」

「あ、そういえばそうかも」


「ふむふむ。なら、拓人くんが作ってあげた方がきっと喜ぶわね〜」

「そう言われても、俺には無理だよ。裁縫だって得意なわけじゃないし……」

「じゃあ梛莵くんが頑張るしかないわね〜」

 そう言う南中にこれはアテにできない、そう感じ梛莵は隣にいた燐の肩を掴む。


「燐」

「うぉ、なんだ?」

「昔、弟さんに人形作ってあげたって言ってたよな。頼むぅ……」

「構わないが……私もそんなに得意なわけではないぞ? あげた物も不格好? だったし……」

「俺がやったって得体の知れない物になるの目に見えてる」

「えた……?」

 何を言ってるんだ、といつもどおりに首を傾げる燐だった。



 人選は確保した、と一安心していると生地を見ていたはずの拓美を抱えた一芽がマトを引き連れ歩いてくる。


「た、助かったよー……拓美すっごい動くから持ってられなくて……」

「たっちゃん、活きが、良い」

《私を釣りたての魚みたいに言わないで頂戴よ! もう!》


「拓美さん、気に入ったのあった?」

《えぇ! あのもこもこしたのとピンク色のと赤いリボン! それで形はうさぎがいいわ!》

「う、うさぎかぁ……」

「梛莵、頑張れ」

「お前も手伝うんだよ、何人に全部任せようとしてんだ」

「だって作るって言ったの梛莵」

「だからってあのなぁ……」


 * * *


 [梛莵宅]


「おし、とりあえずどんな感じにするかだな」

「ねぇこのベル付けて」


 拓人はベルが気に入ったのか無表情で音を鳴らしていた。それよりも大元できていない。こいつ全部やらせる気でいるな?


「それで、大きさはどのくらいにするんだ?」

「えーっと……拓人が抱き締められるくらいがいいって言ってた」と小声で耳打ちする。

「ふむ。これは拓人は知らない、と見ればいいのか」

「あぁ。今のより大きいのがいいとは言ってたが拓人が抱き締められるサイズとは言ってない、と思う」


 なるほど、なら拓人の前では作れないという事か。

 そう納得すると燐は枕を持ってきて拓人に持たせる。拓人は何がなんだかわからずされるがまま持っていた。

「え、何?」

「うむ、わかった」

「??」

「任せろ」

「え、うん? お願い?」

 じゃ、と燐によって拓人は家を締め出されてしまう。


「……俺、燐ちゃんに何かしたっけ」


 * * *


「さて、これで作れるな」

「いやいや、拓人にも手伝わせなくてどうすんだよ」

「知らないのだろう? なら拓人がいたらバレてしまうだろう」

「そうなんだけど、うぅん……まぁいっか」


 大体このくらい、と拓人に持たせた枕を測りサイズを決める。燐は本を見ながら紙に何やらパーツごとの型を取ると合わせては直し、合わせては直しを繰り返す。

 こうやって作られるのか、そう感心していると燐は手を止め「これで合っているのか?」と問う。


「え、わかってて描いてたんじゃ……」

「いやなに、カタガミを使ってみたかっただけだ。ホンカクテキで強そうだなと」


 強そう……? 何を言ってるんだ。

 そう思ったがこちらから頼んでいる分強くも言えない、とりあえずは燐のやり方に合わせよう。



 梛莵は机に突っ伏ししばらく燐の様子を眺めていた。

本人は楽しいのか、尻尾をゆらゆらと揺らし鼻歌を歌う。思わず笑みが溢れてしまう。


 一人寂しい、何もない、ただの一室。

 冷たかったこの空間が温かさで埋まっていく、そんな感じがした。


 燐が来てから前ほど寂しく感じない。


「(何か、心地良い……)」


 こんな時間がずっと続けばいいのに、なんて。



「……梛莵?」

 机に伏せている梛莵の顔を覗く。

目を瞑り、静かに寝息を立てていた。


「疲れてしまったか。……おやすみ」


 気持ち良さそうに眠る梛莵につられてか眠気が襲う。


「私も、少し休もう……」





  ――チッ、チッ、チッ、チッ……――



 静かな部屋に秒針の音がリズムを刻む。



「……」



  ――チッ、チッ、チッ、チッ……――



 燐は起き上がると本を手に取る。


 ペンを持ち、厚紙に線を。切り取ると布にまた線を描き込む。


「燐の嬢?」


 燐はピヨ助を撫でる。

 燐であるが、燐ではないかのような違和感を感じ、問いかけようと口を開くが指で制止される。


「ナイショ、ね?」


 そう燐は優しく微笑んだ。


 布を切り、まち針で仮止めを。針を取り、糸を通す。

 一つ一つを丁寧に。この針に愛を込めて。



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