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逢想の纒憑  作者: 中保透
三章 童輪の鏡
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44.歩む道


「咲舞、いない……」

 感情を表しているのか触覚のような毛がだらんと下がっていた。


「転校生ちゃんってばここ二年生……先輩達の教室だよ!?」

「でもここ、咲舞のクラス」

「先輩呼び捨て!? 君何者だよ!?」

 一芽と同級生なのであろう子が慌てた様子で止めに付いてきていた。

 そんなのお構いなしの一芽は教室を見渡したかと思えばこちらに気づき歩いてくる。すごいな一芽ちゃん、と感心してしまう。


「ナト兄、退院、おめでとう」

「あ、ありがとう?」


「燐ちゃん、おはよう」

「お、おはよう……」


「拓兄、は朝言った」

「え? あ、うん……」


「……奴、いない。今日は調子、いいのに」

「「(奴……?)」」

「お、おい梛莵、この娘誰だ? 普通に入ってきたけど一年だよな?」

「一芽ちゃんだよ。前にマトが言ってた、紙に話かける子」

「あ? 一緒に転入してきたのか?」

「そう……みたい?」

 この状況、多分そうだろう。久々に使う頭を追いつかせようと捻っていると拓人は一芽もね、と答えた。

「この学校来たいって一緒に来たの。それに今の家から前の学校も遠いしね」

「家も引っ越したの?」

「うん。近場でほいほい転校できる訳じゃないし、お父さんもどちらにせよ前の所から離れさせるつもりだったって。過剰防衛だよね」

「過剰防衛ってお前なぁ……」

「アハハ〜柑実くんの母性うずいたぁ?」

「卯鮫テメェ投げるぞ」

「ぷぅ! 柑実くん暴力的ぃ!」

「煽る卯鮫が悪いでしょ」と裙戸に注意される。

「煽ってないもん!」




 一芽は女子 (+1)に囲まれていた。

「一芽、なんだか楽しそう」

「あれ楽しそうなの? 拓人もそうだけど表情あんま変わんないからわかんないんだけど」

「そう? でもほら、一芽のアンテナって正直だし」

 言われ一芽の頭に目を向ける。

 ピコピコ動く拓人曰くアンテナに梛莵は「あれ生きてんの?」と言う。それに対して拓人は「でも院長先生もアンテナあった」と返してくる。

 言われてみればと思い柑実と梛莵は「あぁ……うん、そうだね」と納得していた。


「それ言ったらアンテナある奴なんていっぱいいんじゃねぇか」

「羽蘭とか?」

「……お前の母親もだろうが」

「確かに!」と言われてハッとする。

「人もアンテナが立つ世の中なんだね……」

「いや毛だろ」

「ナト兄、アンテナって何〜?」

「えー……電波を送受信する物って言やいいのかな」

「デンパ? ソージュ?」

「何かこう……電磁波的な……」

「ふーん? よくわかんない!」

「あ、はは……」

 んな事言われたって俺だってわかんないわ。



「あなたが咲舞が言ってた一芽ちゃん? 可愛い〜」

「咲舞ってば妹が出来たみたいに喜んでたよ」

「紅ちゃんは卯鮫紅だよぉ! よろしくね、一芽ちゃん!」

「あ、あたしは哉妹千智よ!」

「俺は羽蘭緋月、気軽にアツキって呼んでね〜。今は男姿だけど本当は女だよ」

「男の娘……? よろ、しく」

「廊下にいる子は放っておいて良いのか? 覗いているが……」

 燐は入口の方を指差しそれに続いて皆廊下に目を向ける。

「この教室、教えてもらったら、くっついて、きた。知らない子」

「え、同じクラスの子でしょ? あの子も特科の一年生だよ?」

「何か紅に似てるな」

「それフード被ってるだけだよねぇ?」

「あはは、確かに。ノラちゃんー」

 おいでおいで、と手招きするが扉にしがみつき頑なに入室を拒否していた。

「あぅっ! おらが先輩らの教室に足踏み入れるたぁ、お、恐れ多いですだよ!」

「大丈夫ですだよ〜ほらほら」

「アツキ先輩だ、おらん事馬鹿にしてねが?」

「君も結構怖いもの知らずだよね」

「そんな事ないですだよ!」


「随分濃いのがきたな。卯鮫二号と名付けよう」と柑実。

 それを聞いた拓人は「二号……紅二(こうじ)ちゃん」と新しく名付けはじめていた。

「そんな男の子みたいな名前でないですだよ! おらは【丹鱈(たたら) 乃良(のら)】いう名前があるですだよ!」

「こりゃ卯鮫の存在が薄れるな。レギュラー交代だ卯鮫」

「なんでぇ!?れ、レギュラーの座は渡さないよぉ!」

 すると裙戸は卯鮫の肩を叩き諭す。

「卯鮫、君はレギュラーじゃないよ」

「え……」

「君はヒロインの友人……モブAだ。これからは確実に出番減るよ」

「そ、そんなぁ……」

「裙戸容赦ねぇな」

「目立つ相手は潰しとかないと……自分の出番が削られるからね」と。

「おい曷代、こいつが紳士に見えるか?」

「俺に話を振らないで」

「お前らメタ発言やめろよ。大丈夫だよきっと出番あるよ……多分」



「そういやもうこっち引越してきたんだろ?」

「うん、朱弥さんが色々手配してくれたりして」

「へぇ、手厚いな」

「ね。なんかいい物件あるって言われて。まぁ普通のアパートなんだけど」

「ふぅん?」

「探す手間もなくなったし、そんな学校から遠くないし」

 学長って生徒に物件紹介もするんだねと呑気な事言っていた。

「いやそんな訳ないだろ。まぁ拓人の場合巻き込んじゃってるからってのもあるんだろうけど」

「そうなの?」

「(この先こいつ大丈夫かなぁ……)」

 崩れないマイペースに心配になる梛莵だった。


 * * *


 学校が終わり生徒達は下校し始める。


 燐は柑実と共に柑実の家に荷物を取りに、梛莵は迎えに行く前に一度荷物を置きに自宅へと向かう。

 その帰り道、拓人一行と方向が被っていたらしく共に歩いていた。

「拓人の父さんはまだこっちに?」

「うん。今週末には戻っちゃうけどね」

「そうなのか。……なぁずっと付いてきてるけど拓人達の新居はこっちの方なのか?」

「うん、あそこだよ」


 そういって指差す方向には一軒のアパート……梛莵の住むアパートがあった。

「……え?」

「どうかした?」

「あはは……いやぁ、その裏のアパートかもしれないしな……」

「?」



 * * *


 数日前。


 [学長室]


「お呼び立てしてすみません、灰原さん」

「いえお気になさらず」

 朱弥は灰原の父・一風と向かい合わせに座る。今後の話をする為だ。


「では……単刀直入に言います。転校の件、拓人くんをこちらで預からせていただけないでしょうか」

 突然の申し出に一風は目を見開く。


「反対である事は重々承知しています。ですが拓人くんの周囲の状況、彼自身の能力において協力をしていただきたいのです」

「……私は、拓人に普通に育ってほしいんです。術者なんて関係ない、これ以上の危険に首は突っ込んでほしくない。拓人にとっては私の身勝手なのかもしれない、けれど子を大切に想う事は親として自然ではないのですか? それにまだ成人もしていない、あの子は『子供』なんですよ?」

 膝に置かれた手を強く握り締める。


「……当然の、事だと思います。事実本校の特科を志願した子の親御さんは反対する方が大半です。本部の術者ほど危険は高くないですが、全くないとは言えないですから。今回の件のような事も先に起こりうる可能性の否定はできません。それ以上の危険もあるでしょう」

「ならなおさら、そちらに預けようとは思えません。普通科であれば、と思っていましたがそれも考え直した方が良さそうだ」

「……」

「説得の仕方を間違えていますよ。リスクを背負わせざるを得ないとわかって、わざわざ死地に送るような真似はしない。拓人を救ってくれた事には感謝しています。ですがあなた方が何をしている者なのか、私には理解し兼ねる。術者は戦争の道具じゃない」


「……私もわかっていますよ。ですがこの争いを、『纒憑』を打ち消すには情報が不十分なのです。それには彼の、彼女達の謎を解明する必要があるとご理解いただきたい」

「お断りします。確かに拓美ちゃんや……マトくんの事はそちらの専門分野の一つなのでしょう。でも拓人を巻き込む理由には……しないでほしい」


 ならない、ではなくしないでほしい。そう言うのは一風の切実な願いからだ。


「……拓人や、一芽ちゃんの言うように、そちらで力を付けるのも一つの手かもしれません。でもね、そんな簡単に割り切れないですよ」

 そう震える声で言う一風はしっかりと朱弥を見ていた。


 朱弥は今までに何人もの親に恨むような、憎むような、そんな目を向けられてきた。

 仕方ない事だ。自ら望んで来たとしても、受け入れるのはこちら側。それを突き放さないのもこちら側だからだ。

 だが拓人の場合は違う。こちらが望んでの引き抜きだ。


 朱弥は目を閉じ説得の方法を考える。


 纒憑の実態に近づく大事な一歩。このチャンス、逃すわけにはいかない。


「……私の娘も特科生の一人です」

「え?」

「貴方の言う事も理解できます。私も反対しました。当然です、大事な我が子ですから」

「なら……」

「贔屓だと思われるかと思いますが、娘には戦線には行かせていません。あくまで後方のサポーターとして。戦線に出る事だけが目的ではないです。皆が皆、術者だからと戦える訳ではないですから」

「……それで?」

「術の鍛錬が目的でも構いません。彼本人の協力、というのはあくまで彼の力の解明です。彼自身、他の術者とは性質が異なると言える」

「……」

「それにマトの事はともかく……拓美さんに関しては彼がいなくてはなりません。彼女は何か、私達ではまだ知り得ない情報を知っているのかもしれない。彼女の虚言の可能性もあるでしょうが……灰原さんはどの程度、拓美さんの事をご存知なのですか?」

「……さぁ。拓人は小さい頃からよく……人形と話していたんです。私の仕事の都合で転校も多かったので、大人しい拓人は上手く同年代の子とも話せなかったんでしょう。最初は正直、気味悪く思いましたよ。でも……ある時、人形に入る拓美ちゃんが私達にも聞こえるように話すようになったんです。そして、拓人が術者である事もその時わかった」

「小さい時からすでに覚醒していたんですか」

「でしょうね、正確な時期までは覚えてませんが。……戸惑いました、私と妻は術者ではないですから」

「……術は必ず親から継がれるものではないです」

「えぇ、わかっていますよ。ただ周囲にも術者はいなかったので本当の事なんてわからないものです」


 少しの沈黙のち、一風は重い口を開いた。


「学長さん、拓人の事宜しくお願いします」


「良いのですか?」

「はい。今回は拓人の意見を尊重します」

 そう睨む一風はとてもよろしく、というような目ではなかった。


「ですがもし拓人の身に危険が生じるようでしたら、次は迷わず……連れていきます。嫌われたって構わない」

「……はい」



 * * *


 梛莵は自宅の扉の前に立ち絶句する。


「……嘘だろ」


 拓人一行は隣の扉前に鍵を持って立っている。つまり、だ。


「梛莵の家そこなの?」

「……うん」

「わ〜お隣さん! 凄い偶然だね!」

「朱弥さんの紹介だろ!? 絶対偶然じゃないから! あの人何考えてんのほんと!」

「ナト兄、ご近所、迷惑」

「あ、うん、そうだね……」

「いい物件って梛莵の家の隣って事だったんだ」

「よかったね、マト」

「うん! えへへ、いつでも遊び行けるね!」


「はぁぁぁ (くそデカ溜め息)……でも俺も一時的にここに住んでるだけで家は別にあるからな」

「実家?」

「うん、ここはセカンドハウスってだけ」

「セカンド、ハウス……ナト兄は、お金持ち?」

「違う、普通……多分」

「でもまぁ、よろしくね」

「あぁ……」



 * * *


 [柑実宅]


「よぉ梛莵。してやられたな」

 燐とピヨ助を迎えに来るとニヤけながら柑実が出迎える。来る前にメッセージでやり取りをしていた為拓人の事は把握済みだ。


「朱弥さん俺にお守り押し付け過ぎじゃない?」

「まぁ……拾ってきたのは梛莵だしな」

「別に拾ってないですけど……ところで、望さんはどう?」

「問題なく過ごしてる」

 目も少しずつ回復してる、と付け足す。


「そっか」

「そういやよ、西華って覚えてるか?」

「西華? 誰?」

「あーっと、マトの奴追いかけてた狐の獣人」

「あぁ、あの人西華っていうんだ。その人がどうかしたの?」

 そういや戻ったらいなくなってたなー、と思っていると柑実はしれっと「そいつが前に話してた神社に住んでた神様らしいぞ」という。

「ふーん……は?」

「俺らが小さい頃たまに顔出してたらしいんだがよ、俺は全く覚えてなくてな」

「いやいや俺だって覚えてないよ、そんな偶然ある!?」

「タイムリー過ぎてもう笑うしかねぇんだわ」

「俺は全然笑えないんだけど……」



「梛莵」

「燐、迎えきたよ」

「あぁ。もう荷物はまとまっているんだが……」

「りんちゃ、りんちゃ! あそぼー!」と燐に引っ付く紬。

「と、こんな感じでな」

「紬、ピヨ助は?」

「ぴよちゃじじのとこ行ったー! ねぇあそぼー!」

「そうか」

「紬ちゃんは元気だなぁ」

「誰に似たんだかな」

「まぁまだ望さんと話するから遊んであげて」

「わかった」


 * * *


「あれピヨ助? 入らないでどうしたの?」

「おぉ、梛莵戻ったか。いやぁ……」

 部屋に入らず微妙な顔をしていたピヨ助に首を傾げつつも居間を覗くと梛莵は言葉を失った。

 声を聞いた望はこちらに気づき声をかける。


「あ、梛莵くん? 退院おめでとう〜。お見舞いに行けなくてごめんね」

「……あ、いえ、望さんもその……元気そうでよかったです」

「……望よ」

「ん?」

「お主……いつも以上に群がられておらぬか?」

「え?」


 いまいち視えていない望は首を傾げ、周りには野生の小鳥や小動物が群がっていた。ここはふれあい広場か? と問いたくなるほどに。

 当の本人は「何か近くが温かいなぁと思ってたんだけどそっか、いっぱい遊びにきているんだね〜」と呑気に茶を啜っていた。


「まぁ、反動だろうな。ここ最近は寄ってこなかったし」

「望は実のなる木か何かなのか?」

「さぁ? 昔からだし」

「ふむ……変な所まで知神と似よるわ」

「他にも群がられる人いんの? 葵さん?」

「違うわぃ。知神じゃ知神、神なる者よ。人子ではないわ」

「重要なのそこかよ」

「大事じゃろ」

 そう話すピヨ助に柑実は少し考え「これってやっぱ術力が関係あんのか?」と問いかける。

「さぁの、無くはないじゃろうが余にはない力じゃしわからぬ」

「ふーん。まぁ本人に害はないからいいけどよ」

 でも家の中にあんまし入るなよ、と動物達を数匹抱くと外に出した。柑実の言う事を聞くかのように他の動物達も続いて外へと出ていく。

 その様子を見ていた梛莵は血縁者だなぁ、と思うのであった。


 * * *


「燐とピヨ助がお世話になりました」

「いいんだよ。紬も遊んでもらえて喜んでいたしね」


 望は「梛莵くん、こっちにおいで」と近くに寄るように促す。

 言われるがまま近くに寄ると確かめるように梛莵に触れた。


「望さん?」

「うん、無事でよかった。大怪我したって聞いたから」

「……ご心配、おかけしました」

「妖族の血も引いているから多少他の人より頑丈だろうけど、無茶はいけないよ。君は人間なんだから」

「はい」

「ふふ、さぁ退院したばかりでご飯の用意もないでしょう? 飾未も用意してくれてるから食べていきなさい」

「はい、ありがとうございます」



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