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逢想の纒憑  作者: 中保透
二章 はじめての
35/52

32.親子結び


 電気を付けず、カーテンも閉めたまま宇和部はベッドに横たわる。


「……」


 外から部活を始めたのであろう生徒達の声が聞こえてくる。静かな空間を求めるには難しそうだ。


 本部内には居住棟があり、本部所属の一部関係者が住まう。宇和部と井守宮もその内の一人で任務外の作業場も兼ねて生活している。


「継、平気か?」


 扉を叩く音と井守宮の声。宇和部は返事をせずにいると扉を開かれる音がした。普段ティクシーの出入りに開けている時がある為鍵をし忘れたようだ。

 眠っているフリをすると顔を覗かれる。

 

「なんや寝ちょるんか」


 ベッドの側に腰を下ろし、髪に触れ、頭を撫でる。


「……なぁ継、実の親やないうちは頼りないか」


 もちろん反応はない。


「大きなったんよな……おやすみ、継夏」

 そういうと井守宮は立ち上がり、部屋を出ていく。



 寝返りをうち両手で耳を塞ぐ。騒ぎ声が耳に響く。


「はぁ……うるさい……」



 * * *



「う……今日暑い……エアコン付ける? でも電気代勿体無いし……」

「梛莵、冷気を出してくれ……」

「俺がエアコン? 年中出してる訳じゃないんだけど……というかピヨ助がいるから余計暑い」

「なんじゃ余のせいにするでない」

「じゃあくっつくなよ」

「梛莵は冷たいから丁度良いんじゃ」

「離れろ今すぐに」

 ピヨ助を引き剥がそうと抵抗していると携帯の着信音が響く。柑実からだ。


「おー?」

《今……平気か?》

「……ちょっと待って」

 いつもより低いトーンで話す柑実にあまり聞かれない方がいいのか、と思い梛莵は庭に出る。

「うん大丈夫。どうした?」

《あの、さ…他校行くっつったろ? あれ俺行けねぇ……》

「そう……わかった。何かあったか?」

《父さんが……》

「望さん?」

《父さんが……その、今入院してて》

「……え?」

《だから、》

「ちょっと待ってどういう事? 入院って……」

《ちょっと体調を崩した、というか……》

「柑実今どこにいる」

《……家》

「わかった」

《梛莵?》

「飾未さんは?」

《病院。俺いても何もできねぇし》

「柑実……すぐに行く。どこも行くなよ」

《……ん》



「悪い燐、俺ちょっと出かけてくる。留守番頼むわ」

「あぁわかった」

「ピヨ助、一応付いてきて」

「余? 燐の嬢一人にして大丈夫なのかの?」

 そう言われ梛莵は「あ。あー……」と燐が監視対象である事を思い出す。一人にするのはまずいか……?

「何か急ぎなのだろう? 私はちゃんと家にいる、何かあればコレに繋いでくれ。使い方は教えてもらったからな」と伝通石を指す。

「わかった! あ、暑かったらエアコン付けていいから!」

「わかった。いってらっしゃい」

「行ってきます!」

「火元には気を付けるんじゃぞ〜」


 急いだ様子で家を出る梛莵達を見送ると燐は壁に設置された白い箱を眺め、観察する。


「……ふむ。『エアコン』の付け方、わからないな」



 * * *


 [柑実宅]


「柑実ー!」


「……梛莵、悪い」

「別に謝られる事は……」

「なんじゃ如斗の所か」

「ピヨ助も来たのか。ってあいつ家に一人にしてきたのか?」

「ま、まぁ……」

「何やって……いや、俺が変に連絡入れたからか」

「大丈夫だよ。家にちゃんといるって言ってたし、何もしないって柑実もわかってるだろ」

「……まぁ。とりあえず上がれば」

「うん、お邪魔します」



「む? 望もおらんのか?」

 柑実達以外の気配を感じられず小首を傾げるピヨ助。

「その事で来たんだ。望さん入院したって……」

「入院? 体調でも悪くなったのか?」

「あぁ……学校から帰ってきたら、上の空っつーか、父さん様子がおかしくて……熱でもあんじゃねーかって測らしたら案の定で、寝かしてたんだ」

 当たり前のように話出した内容にピヨ助は思わず「過保護過ぎん?」と声に出す。梛莵はすかさず「しっ」と人差し指を口元に当て制止する。

 しかし柑実の当たり前は止まらない。

「その時目が少し痛いって言ってて、見たら少し赤くなってる程度だったから熱のせいだろうし、休めば良くなるだろって思ってたんだけど……しばらくしたら、その……」

「柑実?」

「痛、がりだしたんだよ。何だって駆け寄ったら……蹲って、目から血ぃ流してて」

「えっ」

「なるほど。影響が出た、という事か」

 逆に今まで平気だったな、と思う。まぁ元々目に影響は出ていたには出ていたのだが……。

「(しかし血涙……原因はわかったが集中的に目にくる理由はなんじゃ?)」

 そこは本人にしかわからない理由があるのだろう。原因の根本までを他人が理解するには心を読めるくらいでないと難しい。

「俺、どうしたらいいかわからなくて……でも今はとりあえず落ち着いたから……」

「そっ、か……よかった」

「だから、しばらくはできる限り側にいたい」

 悪い、と同行できない理由を伝え謝罪する。

「いや、こっちの事は気にしなくていい。望さんの側にいてあげて」

「……ん。俺、病院行ってくるわ」

「あぁ」



 * * *



  ――――ポタッ……ポタッ……



「――む〜」



 ――?


 聞こえてくる声に望は目を開く。

 しかし覆われているのか視界は暗いまま、違和感を感じた。


「ん〜……葵?」

「あ、今目触っちゃダーメ」と目を擦ろうと伸ばした腕を葵に掴まれてしまう。

「なんで葵が……」

「覚えてないの?」

「え……? あ、」

「思い出した?」

「何となく……ナオ達は?」

「飾未ちゃんは今入院の手続きしてるよ。あ、暫く入院ね」

「そう……わかった。ごめんね迷惑かけて」

「何言ってんのさ。別に迷惑なんかじゃ……」

 段々と小さくなっていく葵の声に何かあったのだろうかと思い望は名前を呼んだ。

「葵」

「迷惑、じゃ……」

「あお、」

「……とにかく、暫く安静ね。包帯も取っちゃダメ。点眼は俺がやるから、気になるようならコールして。ここにあるから」と葵はナースコールに付けた鈴を鳴らす。

「今痛みは?」

「違和感はあるけど痛みは大丈夫」

「そう……痛みが出たらすぐ言ってね」

「うん、ありがとう」

「……ねぇ、なんかあった?」

 そう問いかけられ自然と身体に力が入る。顔に出ていたのだろうか。


 葵は立ち上がり望の側を離れると窓を開き外を眺める。雨が上がり木々を濡らすの雫は日の光を浴びてきらきらと輝かせていた。

 しかし辺りの異様な静けさに「……怖がってる」と呟いた。

「怖がる?」

「珍しく望の術力が外に溢れ出てるって事。……いつも木に集まってる鳥達も寄ってこないし」

 当の望は「そっかぁ」と。

「『そっかぁ』じゃないよ。心当たりあるの?」

「……懐かしい、夢を見た」

「夢?」

「結の」

「……なるほどね」

 吹き込む風を浴びるように外を眺めながら続ける。

「ねぇ望。如くんの顔、最後にちゃんと見たのっていつ?」

「ナオ? んー……いつだろう……」

「如くん、そっくりだよ。結さんに」

「……うん」

「ちゃんと向き合っていかないと、今を見れるのは今だけなんだから」

「うん」

「……言っといてなんだけど、向き合うって難しいよね」

 葵は近くの椅子に腰掛け膝を抱える。

「……そうだね」

「ごめん」

「ふふ、誰かに怒られたの?」

「なんで?」

「だって葵、何かあるとよく膝抱えて丸まるからね」

「え……見えてるの?」

 指摘され望の顔を確認する。だが目元にはしっかりと包帯が巻かれ、外の様子などわかるはずもなかった。

 望は「やっぱり丸まってるんだ」と微笑む。

「昔お父さんに怒られては物陰に隠れて丸まってたでしょ?」

「……」

「葵ちゃーん?」

「面白がってない?」

「ふふ、そんな事ないよ」

「……八つ当たり、しちゃった」

「八つ当たり?」

「うん……」

「でも、謝ったんでしょう? 気にするのなら言わなければいいのに」

「そう……なんだけどぉ」

「許してもらえなかった?」

「『別に』って」

「ならいいんじゃないかい? 相手は朱弥でしょう?」

「望にはお見通しだね。うん、そう」

「葵がわかりやすいんだよ。泣き虫なのに変に喧嘩っ早いんだから」

 家系かな? と笑う望に「泣いてないし……」と反発。

「はぁ……まぁゆっくり休んで。子供達に元気な姿見せてあげて」

「うん、ありがとう。葵も無理しないでね〜」

 軽く手を振る呑気な様子の望に少し呆れながら葵は病室を後にした。



 * * *


 誰もすれ違う事のない廊下を考え事をしながら歩く。


 外に影響が出るほどなんて、久しぶりだ。だけど最近はずっと落ち着いていたのにいきなりなぜ……心境の変化にしても何か原因があるはず。飾未ちゃんに聞いてみるか?

 踏み込むのもお節介? だが原因がわからない以上は……と唸っていると目の前に人影が映る。

「え、あ、朱弥……」

 考え事をしているのもあり、慣れているはずの威圧感にも声が少し震え後ずさってしまう。

 そんな様子の葵に思う所はあったが触れず「望は?」と問う。

「あぁ……目、覚ましたよ。今はとりあえず落ち着いてる」

「そうか」

「……悪いね、送ってもらっちゃって」

「それは構わん。しかし……静かだな」

 葵の歩いてきた方向を見る。

廊下を照らす灯りも最小限に抑えられているのか薄暗く人の気配も感じられない。

「うん、鳥も寄ってこないよ。それに他の人に影響がいかないようある程度人避けもしてるから」

「そうなのか……外に出てるのか?」

「うん」

「お前は大丈夫か?」

「俺は平気だよ。ちょっと怖かったけど〜」と軽く笑う。

「まぁ、他の人より強い術力だからね……長年負担にもなってるだろうし、治してあげたいけどこればっかりは本人の精神的問題だから。押し潰されないように見守るしか、できない」

「……そうだな」

「それに幸い、術力の影響が別の所だから……まぁそれならいいって訳じゃあないんだけど。心臓に……負担がかかってないだけ、マシ」

 そう言って服の上から首に掛けている指輪を握る。

「葵……」

「……折角休み取ってもらったのに悪いけど、俺はしばらく病院にいるよ。望の事は頼めないし、頼む気もない」

「あぁ。仕方あるまい」

「それと……孝介の事、お願いね。俺はあんまし遠出できないから」

「あぁ、最善を尽くす。望の事、頼む」

「にゃはは、もちろん。大事な親友だもん」



 * * *



 ふぅ、と一息。


 静かだ。

 それもそのはず、病室には一人。外には近くに鳥も、人もいない。

 そんな中、望は一人話し出す。


「私は現実から目を背けてばかりだね……子供達の方がよっぽど強い。ね、そう思わない?」

 目元に軽く触れ問いかける。


「……いるんでしょう?」


 すると誰もいなかったはずの病室に突然、狐の獣人・西華が姿を現す。


「……消しているつもりだったのだがな。貴様には無駄か」

「ふふ。私は隠れんぼの鬼は得意なんだ、なんて」

 見えぬ視界、感じる気配を頼りに向く。


「随分と……久しいね。十年振りくらいかな」

 微笑む望に西華は鼻で笑う。

「我からすればたった数日だ。……少し見ない間にみっともない姿になりおって」

「みっともないかぁ……はは、否定は出来ないね」

「……あの子の、息子に会った。大きくなったな」

「ナオに?」

「あぁ。覚えてはいなかったがな」

「まぁ西華あんまし子供達の前に出てこなかったし」

「……そうだな」

「そっかぁナオにね……どう?」

「どう?」

「ナオは……結にそっくりなのでしょう?」

「……いつからだ」

「え?」

「いつから、視えない」

「……西華のせいじゃないからね。私自身のせい」

「そうか」

「どうも、術の扱い方を忘れてしまったんだよね。わからないんだ、どういう風に使ってたのか」

「……」

「身体が扱う事を拒否しているのかもしれないけれど」

 周りに影響していないのであればいいさ、と続けると「……現に、影響しているではないか」と言われてしまい望は押し黙る。

「気づいていない訳ではあるまい。葵も、貴様の側が怖かったのではないか」

「あ、やっぱり?」

「はぁ……」

「ふふ、看護師さんじゃなくて葵が直接って事は人避けもしてるのでしょう。それに西華が病室に入ってくるくらいだもの」

「貴様の目は外に付いてるのか? 気持ち悪い」

「えぇ……気持ち悪いだなんて酷いね」



 流れる沈黙、破ったのは西華だった。


「はぁ……貴様は」

「……」

「貴様は無事でよかった、と思う」

 その言葉に望は自然と入っていたのであろう肩の力が抜ける。

「……フンッ、術くらい自力で扱えるように戻せ。柊季の恩を無駄にするな」

「……うん」

「もうあの子はいない。だがあの子の大事なモノは此処にある。貴様がしっかりしないでどうする」

「ふふふ、うん。わかっているよ……わかっているさ」

「……望」

「なんだい?」

「あの時は、悪かった」

「何故西華が謝るんだい?」

「……いや」

「変な西華……ねぇ、結の命日に毎年花を置いてくれるのは君だろう?」

「……」

「きっと喜んでいるよ」

「……そうか」

「でもね、西華。君から直接……供えてあげて」


 望は西華の気配の感じる方を向き、思いを伝える。


「戻ってきて。神社(あそこ)は君の家だ」


 包帯に包まれた望の目元をじっと観察し「……気が向いたらな」とそっぽを向く西華。

 望は「うん、待ってる」と笑う。


 * * *


「父さーん……」

「あ、ナオ〜」

「父さん、具合どう……?」

「ふふふ、問題ないよ。心配かけてごめんね」

 いつもどおりの望に柑実はほっと息を吐く。

「そう、ならよかった……」

「ナオ」

「?」

「ナオ〜、こっちきて〜」と気配は感じるも見当違いの方向に手招きをしている望に「俺はこっちにいるよ」と手を握る。

 握られた手を引かれると強く抱き締められる。


「わっ、え、何……」

「ごめんね」

「父さん? どうかした?」

「……何でもないよ」





「えぇ!?」

 予想外の話をされ、柑実は声を上げて驚いた。


「ふふふ、ナオってば驚きすぎだよ〜」

「いや驚くだろ……まさかあの狐が父さん達の言ってた神様だなんて」

「あら、でも昔如ちゃんも一応あった事あるわよ?」

「え……全然覚えてないんだけど」

「まぁあまり私達の前に出てきた事ないものね」と飾未は言う。


 あいつの言ってたのって父さんの事だったのか……。

 なんか、思ってた神様と違うな。というか本当にカミサマなのか?


「ふふふ、西華って神様っぽくないよね〜本人も『自分は神じゃない』って言ってたけど」

「本人が否定してるんなら違うんじゃ……」

「え〜でも昔からいるらしいし、神術使うし、神社を守ってたのは西華だし、あの神社は本来西華のお家だからね」

「そう……」

「いやでもナオに会うとは……おかげで私も会えたけど」

 少し嬉しそうな雰囲気を見せる望に安堵すると共に父への無礼を疑う。

「父さん……ねぇ、暴言とか吐かれなかった?」

「え、暴言……? あ、みっともないとは言われたかな〜」

「あいつ次会ったら殴るわ」

「あらら……ナオってば暴力はいけないよ、ね?」

「……ん」

 父には逆らえない。いや逆らわない、が正しいだろうか。制す望のいう事に素直に頷く。


「ふふ、如ちゃん大丈夫よ」

「姉さん……」

「私が()るわ」

 柑実家ファザコン代表の飾未はそう笑顔で指を鳴らす。大事な父を、家族を貶す者は仇なす。

 試合開始のゴングが鳴る、と例えたら良いだろうか。

「え、飾未? 何を……」

「そうと決まればまずはどうおびき出すか、だな」

「そうね……あ、拝殿前においなりさんでも置いとけば来るかしら?」

「それはいなりがもったいない」

「ふ、二人共急にどうしたんだい?」




 何か計画を立て始め動揺する望に二人は笑顔を向ける。

「お父さんはゆっくり休んでて」

「父さん、大丈夫だよ。父さんは立派だから」

「う、うん?」

「また来るわね、おやすみなさい」

「おやすみ」

「え、うん、おやすみ……?」


 よくわからないまま置いてけぼりにされた望はとりあえず「さ、西華逃げて〜……?」と呟く他なかった。




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