31.棄てられた仮定
――ごめんなさい。
謝らなくていい。君は悪くない。
――ごめんなさい、望くん。私、
大丈夫、大丈夫だから。
――私は――……ごめんなさい、ごめんなさい。
あの子達をお願いします。
何を言ってるんだ。一緒にあの子達の元へ帰ろう。
――私はこれ以上あの子達に顔向けできない、貴方にも……
そんなことない。頼むからそんなこと言わないでくれ。大丈夫だから、ね? 一緒に帰ろう?
――……ありがとう。愛してるわ……ごめんなさい。
やめろ! 結、私は――
《――結っ!!》
望はハッと目を覚ます。
呼吸は乱れ、流れる汗が身体を冷やしていた。
「はぁっ……はぁっ、はぁー……」
腕を伸ばし自身の視界を妨げる。
「結……ごめんなぁ……」
* * *
「ただいま。……父さん?」
「……」
「父さん」
「……あ、早いね。おかえりナオ」
「……ただいま」
柑実は望の額に手を当てると険しい顔になる。
「ナオ?」
「父さん、熱ある」
「……え?」
「熱、絶対ある」
「大丈夫だよ〜、ちょっとくらい」
「じゃあ熱測って今すぐ。はい、体温計」
そういって体温計を手渡す。
「あらぁ準備いいね……心配しすぎだよ」
「いいから」
望は言われるがまま渋々体温を測る。
「も〜わかったよ」
「……」
――ピピッ
「……」
「……父さん鳴ったよ」
「あ、うん」
「……やっぱり熱ある。ボーッとしてるし危ないから動き回らないでよ」
「はぁい……」
「喉痛いとか、頭を痛いとかない? 寒いとか」
んー、と言いながら目元を擦り「目が、少し痛いかも……」と。するとすかさず如斗は望の目を覗き込んだ。
「! ……ちょっと見せて」
「ふふ、なんか恥ずかしいね」
「笑い事じゃないよ。……少し赤い。他はどう?」
「特にはないかな?」
「そう……わかった。布団敷き直すから横になってて」
「ありがとう」
「……」
――結。私は『今』を正しく生きれているだろうか。
「――さん」
わからないな。私はまだ、後悔し続けてる。
「父さんってば!」
「! あ……」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと考え事してただけだから」
「……ならいいけど。ほら、敷いたから横になって」
望の手を引き布団まで連れていく。
「何から何まで悪いね〜もうこの歳で介護か……」
「何言ってんの。昔からだろ」
「それはそれで悲しいなぁ」
布団にグイグイと追いやられる。随分過保護に育ったものだ、と小さく笑った。
「いいから寝てて。今水枕持ってくるから」
「うん……」
「……」
――なぁ望くん、この子が産まれたらなんて名前にしようか?
付けたい名前でもあるのかい?
――ふふ、飾未は私が付けたから望くんに決めてほしいな
私が?
――あぁ。きっと素敵な名前をつけてくれるだろう
期待されると難しいな
――私は望くんにいつも期待しているよ
う、ご期待に添えるように考えます……
――難しく考えなくてもいい。これだ、と思った名前でいいんだ
そうは言ってもね……名前を考えた事なんてないし
――ノアは望くんじゃないか
ノアはモモンガでしょう……人とはまた違うよ
――そうだろうか……じゃあノアの時はどうやって決めたんだ?
え? 特に考えはしなかったけど……強いて言うなら『正しい子』……って感じかな?
――そんな感じでいいんだよ
簡単に言うね……うーん
――ほら、ほら! なんかこう、ピンッと来たのを一発!
ははは、なんだいそれは……急かさないでおくれよ
――ふふ、じゃあ産まれた時の楽しみだな
そうしておくれ。いい名を考えるからさ――
「父さん、少し頭上げれる?」
「……ナオ」
「何?」
名前を呼ばれ手を止める。
「ふふふ、何でもない」
「変な父さん……ほら」
「ありがとう。むぅ、ちべたい……」
置かれた枕は氷も入っているのだろうとても冷たく、熱を持った自身を急激に冷やした。
「そりゃ冷やす為のものだし……」
「ん……」
「ゆっくり休んで、何かあったら呼んで。隣の部屋にいるから」
「うん……」
「……おやすみ」
望はゆっくり眠りについた。
* * *
どうして
――遅すぎたんだ。何も守れやしない
違う、私が……
――己が無力であると、身に沁みて思う
ならどうすれば良かったんだ。誰もわかりもしない事なんて……
――なぜそう思う? ……――はそうは思わない
どういう事だい?
――先を見据える事は仮定すれば……
そんなこと、わかるはずないだろう
――変えれる未来があったと思わないか?
それは……
――なぁ、望。――は貴様が嫌いだ。……――は此処を棄てる
何を……此処は君の居場所だろう! 私が嫌なら私が出ていく
――貴様は二度もあの子を見捨てるつもりか
なに、言って……
――此処はあの子が帰るべき処。貴様が守れ。――にはできない
何を言ってるんだ! 彼女の成長を見守ってきたのは他でもない君だろう! 君までどこかに行かないでくれ……
――音を上げるな。貴様には守るべきものが、あの子が残したものがあるだろう
「……痛っ」
嫌だ。これ以上私の元から離れて行かないで
――誰が?
過去の自身が問いかける。
皆、皆。結、**、母さん、父さん、ノア――
――何故?
私の大切な者たちだからだ
――それだけ?
それだけ? 大事な事だ
――そうだね。でも離れて行ったんじゃない。自ら手放した、そうだろう?
何?
――私は仮定を捨てた。だからいなくなった
そんなことない。そんな、ことは……
――認めるのが怖いんだろう
……
――認めないと。自分の無力さ故、全部、ぜーんぶ放り出したんだーってね
違う、違う
――違わないさ、ほら視てごらん。取り戻せない現実を。受け入れなよ
嫌だ。視たくない、視たくない! やめてくれ!
――嫌なら現実から目を背け続ければいい。そして君はまた大切なものを――
「う、ゔぅ……」
――――失う事になるだろうけどね?
「――っあぁ……い、ああっ! あぁぁ!!」
突然の叫び声。柑実は急いで駆け寄る。
「父さん!!」
見ると望は目を抑え蹲っていた。
「はぁっぅ、あっ……痛ぁ……っ!」
指の間からボタボタと赤い涙が零れ落ちる。
「!! 父さん、血が……っ! 姉さん! 急いで救急車呼んで!」
「どうしたの……!? 今呼ぶわ!」
「ゔぅ、ゔぅ……」
「父さん、しっかりして! 今病院に……」
「ふぅ……フッ、ぅ……っかないで……」
「え?」
「行か、ないで……行かないで……」
「父、さん……」
「はぁ……ぁ、う……」
「大丈夫、どこにも行かないよ」
柑実は血濡れた父の手を強く、強く握りしめた。
――術力が魂を飲み命を蝕むのも時間の問題じゃ
――取り返しのつかぬ事になるぞ
「俺は、どうしたら……っ」