26.余計な気遣い
「ふふ〜ん♪」
ソファに座り鼻歌を歌う卯鮫に見野口は飲み物を手渡す。
「なんだ紅、ご機嫌だな?」
「ん? えへへ、うんー!」
「?」
* * *
[見野口兼卯鮫宅 マンション入口前]
宇和部は立ち尽くし溜め息を吐く。
「なぁティクシー」
『なぁに?』
「お前届けてきてくんね?」
『なんで?』
「一応女性の家だぞ……」
『何それ! ご主人が届けてあげないと意味ないでしょ〜!』
「別に物があれば俺じゃなくても問題ないだろ」
『あたちは嫌よ。だって重いもん!』
「くっそ、紅の奴わかってて頼んできたな……」
『早く渡して帰ろうよ〜』
「はぁ……わかってる」
〜数分前〜
[本部 管理棟 特殊薬草専門 宇和部専用温室]
――――ここは呪薬などに使われる呪草や薬草を栽培している特殊温室。造りも頑丈でちょっとやそっとじゃ壊れない。あら不思議! 普通のお花は枯れてしまう。なんでかしら!』
「お前誰に喋ってんの?」
『向こうの人!』
「向こう……?」
宇和部は植物に水をやりながら携帯で連絡を入れる。
「……おー紅、怪我はどうだった……あ? 見舞い?」
《えっへん! 紅ちゃん頑張ったよぉ? ごほーびちょーだいぃ!》
「褒美ってお前な……一応仕ご《紅ちゃんプリンがいいなぁ》……」
《継ちゃん優しいなぁ》
「継ちゃんはやめろ。はぁ……わかったわかった、今回だけだからな?」
《ありがとぉ! えへへっ》
「ったく……」
《お家で待ってるねぇ!》
「あぁ……ん? 待てお前ん家って……おい? おいこのタイミングで切るなよ! 紅ぅ!?」
通話の切れた携帯を握りしめ宇和部は叫ぶ。
「紅ん家、見野口先生の家じゃねぇかっ!」
* * *
――ピンポーン
インターホンの音が鳴り見野口は料理をしていた手を止める。
「およ?」
「なんだ、荷物か? 紅、ちょっと出てくれる?」
「はいはーい! こんばんはぁ!」
インターホンを覗くとそこには不機嫌な顔をした宇和部が映る。
『……はい、こんばんは』
「アハハ暗ぁい! どーぞぉ!」
そして入口の開ボタンを押す。
「紅、誰だった?」
「ん? えへへ、すぐにわかるよぉ!」
「?」
* * *
「……」
扉を開けばまぁ当然固まる見野口。
「……どうも」
「ど、どうも? え、宇和部先生? どうしたんですか」
「やっぱり言ってないんですか……」
予想通り動揺する見野口に宇和部は頭を抑えた。
「え? 紅、どういう……?」
「継ちゃんお見舞いに来てくれたのぉ」と卯鮫は満面の笑みで答えた。
「すみません。これ見舞い品なのでよかったらどうぞ」
「え、あ、ありがとうございます?」
では、と土産を渡してそそくさと退散しようとする宇和部の服を卯鮫は全体重を掛けて引っ張る。
「なんでよ継ちゃん、お茶してってよぉ!」
「なんでだよ! お前がプリン買ってこいっつったんだろ! 入ってるから食えよ!」
「継ちゃんも一緒に食べよーよぉ!」
「紅……」
そんな様子を見ていたティクシーは卯鮫の頭に乗り撫でる。
『あら紅ちゃんたら元気そうじゃないの』
「アメちゃん! 一緒だったんだねぇ! お茶してこぉ? お菓子もあるよぉ!」
『お菓子? ふ、ふん、まぁ別に? ちょうだいしてあげないこともないわよ?』
「やったぁ! どーぞどーぞぉ!」
『おじゃまするわ〜』
「あ、おいティクシー!」
二人は仲良く部屋の奥へと入って行ってしまう。巻き込まれた二人を取り残して。
「あー……えっと、どうぞ?」
「〜っ、すみません、お邪魔します……」
* * *
「すみません突然」
「いえ……こちらこそすみません、紅が我儘を」
「いえそんな」
「「……」」
「(いやいや沈黙! 当たり前だろ突然来て何話せってんだよなぁ!? 本当すみません見野口先生っ)」
「(何が起きてるの!? う、宇和部先生がうちに? 何これ夢? え!?)」
「プリンおいしぃ〜」
『この焼き菓子美味しいわ』
混乱する二人をよそに卯鮫はティクシーと土産のプリンを頬張っていた。
「(な、何か話さなきゃ……)えっと、宇和部先生お夕飯は食べられたんですか?」
「あ、いえまだ……」
『これからよー!』
「紅ちゃん達もこれからだよぉ、一緒に食べよぉ!」
『食べるー!』
「え……」
「ぜ、是非ー! (あっしの馬鹿ー!!)」
「えっと、お言葉に甘えてぇ? (俺のアホー!!)」
見野口は気を取り直して振った話題で墓穴を掘ってしまうのであった――。
* * *
「紅ちょっと」
「何何ぃ〜?」
小声で台所に卯鮫を呼び立てる。
「何じゃないでしょ、なんで来ること言わないの!」
「え〜? だって言ったらそわそわしちゃうでしょぉ?」
「言わないからハラハラしてるわ!」
「まぁまぁいつもどおりしてれば大丈夫だよぉ」
「あ・の・ねぇ〜! 仮にも上司をパシるんじゃないの!」
「んふふ、でも本当に来てくれるなんて優しいよねぇ?」
「そうね……ってそうじゃない!」
「ティ、ティクシー……俺は一体どうしたらいい?」
内心汗だくの宇和部はティクシーに助けを求める。期待はしてないが。
ティクシーは『お夕飯出てくるの待ってればいいんじゃないの?』と小さな紙コップに入れられた茶を呑気に啜る。
「お前……早く帰ろうって言ってたじゃんかよ」
『でもお夕飯作る手間が省けたんだからいいじゃない!』
「そう、だけど!」
『もー何が不満なのよ、女性の手作りが食べられていいじゃない! そんなだからいつまでたっても雪那に子供扱い……』
「おいやめろそれ以上何も言うな」
『ご主人のヘタレ!』
「耳が痛い!」
* * *
卯鮫はパンの乗った皿を掲げ自慢気に机に置く。
「今日はビーフシチューと炊飯器で焼いたパンなんだよぉ!」
「パンを?」
「あはは、一度試してみたくて。味は大丈夫だと思うんですけど」
『いい匂いだわ!』
するとクゥゥ……と音がして見ると耳を真っ赤にした宇和部が「ンンッ、すみません……」と謝っていた。
「この時間じゃお腹空きますよね、食べましょうか」
食事を並べ終え机を囲む面々。
「そーだアメちゃん、プリンについてたスプーンでも大丈夫ぅ?」
『問題ないわ! その方が食べ慣れてるもの!』
「それじゃ」
「「いただきますっ!」」
* * *
[柑実宅]
携帯が鳴り柑実は勉強をしていた手を止める。
「あ? 裙戸か……おーなんだ」
《やっほー元気?》
「じゃあな」
《ちょっとちょっと! 梛莵から連絡入れるって聞いたでしょ!?》
「聞いてる。電話は出た。以上」
《柑実って時々僕に辛辣だよね》
「はぁ……で、何? 説教?」
《何でさ……まぁいいや、とりあえず今日はお疲れ様》
「おう、お疲れ。……梛莵の事ありがとな」
《あはは、別に大丈夫だよ。梛莵の事になると本当過保護だね〜》
「はっ、お前が言えた事かよ」
《アツキの事? 僕のは別に過保護じゃないし》
「どこがだ。甘やかしてんだろうが」
《皆平等だよ》
「平、等?」
甘やかしでなけりゃ幼馴染といえど高級チョコなんかやるか? 普通。
「はぁ……まぁいいや。で? 用件は?」
《あ、そうそう狐くんの事なんだけど》
「あぁ……それか」
《予想ついてた?》
「まぁな。それ以外に俺に聞く事なんて梛莵の事以外ないだろ」
《梛莵の不祥事は自分に来るって思ってる時点でもどうかと思うよ》
「不祥事とか言うなし」
《オカン……》
「悪寒? 何お前具合悪ぃの?」
《いやその『オカン』じゃ……あははもう梛莵の事はいいよ》
「はぁ?」
《あの後狐くんどうしたの?》
「あー……術解かれてどっか行った」
《! 何もされなかった?》
「あぁ。札返すって叩かれたくらい」
《ふーん……そっかぁ》
「なんだよ」
《えー主従なら呼び出せるのかなって思って》
「無理だな、解かれたし。そんだけ?」
《それもあるけど、柑実に聞いてもわかんなそう》
じゃあなんで電話してきたし。柑実は苛立ち、携帯を投げ飛ばしたい気持ちをぐっと抑える。
「そうだな、俺だって今日初対面だしなぁ……何が気になんだよ」
《しいていえばあの獣人が神術使いだって事かな》
「別に珍しくもねぇだろ、俺だって神術使いだし」
裙戸の意図がわからない。結局何を知りたいのだろうか。
《そうだけどさ、何て言うんだろ……僕ら『人』とはまた違う感じというか》
「そりゃ相手は獣人だしな」
《そうじゃなくてさ……ピヨ助くんとちょっと似てなかった?》
「あ? ピヨ助? そうか? ピヨ助の術力がいまいちわかんねぇけど……どっちかっていうと俺の姉さんに近い感じしたが」
《飾未さんに?》
「あぁ。なんとなくだがな」
《ふーん? 不思議な事もあるもんだね》
「……そうだな」
《柑実?》
「何かさ……初対面なはずなんだけど初めてな感じしねぇんだよな」
《昔会ったことあるとか?》
「わっかんねぇ。でも……」
――あやつにはなれない。ならなくていい。
誰の事言ってたんだかな……と柑実は一人呟く。
《え?》
「……何でもねぇ。そうだ、梛莵が由月達と勉強会するんだと。お前手伝え」
《えー》
「拒否権はない」
* * *
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
「いえ、お口に合ったようでよかったです」
『おいしかったわ〜!』
「継ちゃんありがとぉ」
「継ちゃんはやめろ。お大事にな」と卯鮫の頭をくしゃくしゃに撫でる。
「わわわっはぁい!」
「それじゃあ」
「はい、お気をつけて」
「継ちゃん継ちゃん耳貸してぇ」
「だから……ったく、なんだ」
しゃがんで、と手をパタパタとさせる卯鮫に耳を貸す。
「つぐちゃんは良い子だよぉ」と小声で言う。
「……そうだな?」
「んふふ、ばいばぁい!」
「じゃあな?」
『じゃあね〜』
帰っていく宇和部を見送り見野口達は部屋へと戻る。
「……。っはぁ〜! つ、疲れた……」
「およよぉ?」
「もう! 紅、今度人呼ぶ時はちゃんと言うんだぞ!」
「んへへ、はぁい!」
「全く……」
「つぐちゃんつぐちゃん」
「ん?」
「ふぁいとぉ!」
「な、何が!?」
親指を立てる卯鮫に見野口は顔を真っ赤にしてツッコミを入れた。
* * *
『ご主人も罪よねぇ〜』
「は? 何が?」
『何でもないわ〜』
「何だそりゃ……」
時間を確認しようと携帯を開くとメッセージが届いていた。
そこには井守宮から『すまん』と一言。共に送られてきた添付ファイルを開く。
「ん? ……あぁ!?」
送られてきた写真には倒されて割れたであろう鉢からは出たばかりの新芽が横たわっていた。
「俺の大事な……! あいつ! 勝手に俺の温室に……!」
『ありゃりゃ……』
「〜っの、ふざっけんなよくっそぉぉぉ!!!」
力強く携帯を握り全速力で本部へと向かう宇和部であった。
宇和部は緊急時以外は普段移動術は使用しません。変なとこ真面目なので