24.名前
「拓人との出会いは半年くらい前の事――」
青年は突然に語り始める。
「また急に何か始まったぞ」
「僕が拓人の通う学校の裏山にある墓場で迷子になっていた時……」
「墓場? なんで?」
何故そんなとこに辿り着いたのかと疑問に思い問いかけると青年は自信満々に答えた。
「わっかんない!」
「あ、はい」
「一人で海を眺めてた拓人に会ったんだよね。あ、墓場は落ち着くって言ってたかな」
そして――
「寒くないのって聞いたら『君、死神?』って言われたな」
「早速噛み合ってない……」
「面白い子だな」
「まぁその時半分霧の状態だったから〜。そんでね〜寒いなら家に帰りなよって言われたから僕はお家ないよって言ったら……」
『ふーん。じゃあうちにくれば?』 ※初対面
「って」
「おい大丈夫かよ拓人くん、普通に心配になってきたぞ」
知らずの相手が無防備すぎるため宇和部は焦る。
「拓人はボーッとしてるよ。ちょっと抜けてておっとりさんなの!」
「(ちょっと……?)保護……保護した方がいいんじゃないか?」と宇和部は頭を抑える。理解し難い。
「ふむ、聞いてる限りだと梛莵に似ているな」と燐はつぶやいた。
「どこが!?」
「ちょっと抜けてるとことか…割とオープンな所とか? あと何かほっとけない……」
「確かにな」
「柑実!?」
燐の言葉に柑実は同意していた。
「いや、まぁもう大体わかったからどんな人物かはいい。じゃあ名前、苗字教えて。拓人なんて珍しい名前じゃないし」
問いに青年はんー……と少し考える。
「確か灰原だよ。灰原拓人」
「灰原拓人……」
「あ、いっちゃんも一緒にいるよ」
「誰……」
「なんか訳ありの子って言ってたよ。預かってるんだって」
「ふーん……その子の名前は? 」
「一芽ちゃん。えーと苗字はふ、フライ…? ふら……ふ?」
ふらふらと言いながら必死に思い出そうとしていた。わからないのならいい、と言うと思い出したようで嬉しそうに答えた。
「あ! 巫婪! 巫婪一芽」
「変わった名前だな」
「間違ってるのかな……?」
「いや知らないけど……」
「多分合ってると思うけど! この子も拓人みたいな子だよ。紙に話しかけてたりするよ」
「紙に……話しかけ……」
人形の次は紙。え? 紙って……紙? ペーパー?
「おい梛莵もうこいつに聞くとやべぇ奴にしかならねぇよやめとけ」
「本当の事言ってるだけだもんー! こう……人の形した紙がね、動くの」
「……形代か?」
柑実は問う。
「かたしろ? っていうの? その紙の事『お姉ちゃん』って言ってたよ」
紙相手に姉と来たか。
黒霧と一緒に暮らしてる時点で変わってはいるが……うーん。
「まぁ……訳ありなんだろ。それにお前に聞いた所で意味わかんないし」
「ひどい……」
「はぁ……で? お前は?」
「? 僕は僕だよ? 」
「違う、名前。黒霧はお前の性質の事だろ」
「ないよ?」
「は?」
「だから〜僕は名前なんてないよ。皆『黒いの』とか『色オタ』? とか『黒霧』とか呼んでくるし」
「……」
「あんまし覚えてないもん。でも名前なんてなかったよ。一度も呼ばれた覚えないからね」
「そ、う……」
まぁ燐みたいに生前の記憶が残ってるとは限らないよな。
「拓人は『黒いの』って呼んでくるし、いっちゃんは『黒くん』って呼んでくるね」
「そのままか」
「まぁ別に僕は不便じゃないし……あ! じゃあ名前付けてよ」
「は?」
「だって僕は不便じゃないけど君達は呼ぶのに名前がないと不便なんでしょ?」
「え……別に」
「纒憑でいいだろ」
「纒憑……じゃあ『マト』で」
「弟にする気か?」
「え、別にそんなつもりないんだけど……そう言われると何か嫌だな」
「マト……うん!」
「気に入ったみたいだぞ。よかったなお兄ちゃん」
「やめて」
「お兄ちゃん?」
「やめて」
「梛莵兄ちゃん」
柑実はマトに言い聞かせ、覚えさせようとする。
「やめて」
「梛莵兄ちゃん」
「やめ」
「梛莵兄」
「やめろ」
「ナト兄!」
「お前の兄貴になった覚えはない!!」
「いいじゃねぇのナト兄ちゃんよ」
「なんで柑実は纒憑側についてるのさ!?」
「なんかそいつ見てると拍子抜けしたというか……なんというか……」
「わかる気がするな……こう、純粋な子供相手してる感じというか。柊季もこんな気持ちだったのか?」
「いや知りませんけど……」
「完全に紅ちゃん達蚊帳の外だよねぇ」
「うん……大丈夫? 体制辛くない?」
「大丈夫だよぉありがとぅ」
『でも早めに見てもらった方がいいよ。……ご主人!』とティクシーは宇和部を呼び立てる。
「あぁ悪い。十也、紅と曷代を連れて先に戻れるか? 紅は病院に、付き添ってくれ。終わったらそのまま帰って大丈夫だから」
「構いませんが……曷代も連れて帰って大丈夫ですか?」
「? あー、印付けがあんだっけか。担当誰だ?」と言われ梛莵は俺です、と返事をする。
「梛莵か。本部には伝える、今回は見送りで」
「わかりました」
「よし、印の登録はそうだな……最初の合流場所辺りに。行けそうか?」
「それくらいは大丈夫です」
「じゃあ頼む」
「柑実悪い、燐を頼む」
任せきりで申し訳無いが連れて行くわけにも行かず頼む。それを察したのか頭を軽く撫でられる。
「……ん、わかった。気をつけて行ってこい」
「あぁ。……卯鮫もごめんな」
「気にしないでいいよぉ。梛莵くん、お父さんじゃなくてよかったねぇ」
「……うん」
「じゃあ僕らは先に戻るね。……柑実も、気をつけてね」
「? あぁ」
そう言うと裙戸は卯鮫を抱え、曷代を掴み学校へと戻っていった。曷代の扱い雑だなぁ……。
完全放置の獣人は大人しく座っていた。吹く風に付けられた札は揺れる。
「えーと、僕そろそろ帰ってもいい?」
梛莵は軽くマトを睨む。父ではないとわかっていてもすぐには受け入れ難いものだ。
「うぅ、教えた場所嘘じゃないよ? 拓人にもちゃんと伝えるし……」
「嘘なら探し出して斬るだけだ。……またな」
そうぶっきらぼうに別れを告げる梛莵にマトは笑顔で返した。
「うん、またね! ナト兄!」
「気安く兄と呼ぶなクソが」
「口悪ぃな」
「如斗が言えた事じゃないぞ」
「ばいばーい」
大きく手を振りマトは烏へと姿を変え、飛んでいく。
「あ、おー……半信半疑だったけどあいつ本当に姿変えられんだなぁ……」と宇和部は感心していた。
「あ、そういやお前は……あれ?」
振り返ると先程までいたはずの獣人が居らず辺りを見渡す。すると後から頭を叩かれる。
「ふんっ」
「痛てっ!」
「返す」
「え? あっ……!」
手渡された物は獣人に付けたはずの術札だった。
「貴様の『言葉』には力が足りん」
「っ!」
「……貴様はあやつにはなれない。ならなくていい」
「は? それどういう……」
意味がわからずに獣人を見やる。
「西華」
「え?」
「我の呼び名だ」
「お、おぉ……」
「じゃあな」
「え、ちょ、待っ……」
西華と名乗る獣人は身を翻し消える。移動術だろう。
「どういう……意味だ?」
取り残された柑実は呆然と札を握りしめた。
* * *
最初の合流地点に一人戻る梛莵。
「ふぅ……と、この辺でいいか。ん?」
合流した時には無かった草花に首を傾げる。
「これ、足跡……だよな? 沿って植物が生えて……」
やっぱり誰か植物を操ってる術者がいる、よな? でも術力を感じない。消されてる。
……何があるかわからないし深追いはやめよう。
「しかし登録するのはいいけど、ここはどちらにせよ警戒地点だよな」
そう呟き、『印』を地面に叩きつける。
――植物は次々と息を吹き返し、新しく芽を開く。
蝶は楽しそうに飛び交い、小動物も顔を出していた。
「……帰ったかな? こんな所に人子なんて……それにこれは……術かな? 面白いね」と印を付けた所を観察する。
「あぁ、まぁこんな範囲燃やしたら目立つよね。こちらの身にもなってほしいよほんと。植物達が可哀想だ
――帰ってきたらうんと叱ってもらわないとね」
吹く風と共に『ソレ』は姿を消した。