23.黒姿
「大丈夫? 足元気をつけて」
「すまない、ありがとう」
青年に引き連れられ足場の不安定な道を進んでいた。
「……まだ着かないのかな。そんなに距離があったとも思えないけど」
裙戸に怯え「ごめん迷った……」と縮こまる。
「まぁ、始末しちゃダメとは言われてないしね」と言う裙戸は何やら小筒のような物を投げようとしていた。
それを見て危険を察知した青年は慌てて止める。
「えぇぇ待ってよもー! すぐ探す! ちょっとあっち向いてて!」
「敵に自ら背を向けるとでも?」
「あうぅ……わかったよ。驚かないでよ?」
「……わかった」
拓人に怒られちゃうなぁ……と言う青年に靄がかかり瞬く間に黒い何かが辺りを覆う。
「(冷たい、これは……霧?)」
ただでさえ明るくはない森の中。さらに視界を妨げられ、裙戸は燐が離れないよう引き寄せ身構える。
「――――いた。こっち! こっちにいた! 早く!」
広がっていた霧が引き寄せられるように青年のいた所に集まる。何事もなかったかのように先を急かす青年に二人は顔を顰める他なかった。
「何だ今のは……」
裙戸は手足を動かし異常がないか確かめる。支障はなさそうだ。
「わからないけど……とりあえず身体に害は無さそうだね」
* * *
術を抑えるが冷気は微かに残っていた。
「ふぅ……大分ましになってきたか」
「こっち! あ、いた! 連れてきたよ!」
「な! 、っ!」
精神を落ち着かせる為に警戒を解いていた所、突然現れた青年に梛莵は慌てて得物の刃を向ける。
青年も梛莵の様子に「わわっ待ってよぅ!」と慌てて制止していた。
「梛莵!」
「燐? それに裙戸も……」
駆け寄る燐は顔に手を当て顔色を確かめた。
「怪我は? 血を吐いたって……」
「う、俺は平、気……」
「この子が梛莵の所に案内してくれたんだよ。途中迷ってたけど」
裙戸は梛莵の肩を掴みしっかりと青年を見るように促す。
「梛莵、よく見るんだ。あれは柊季さんじゃない、似ているだけだ。それは君が一番よくわかるだろう」
「……あぁ」
「全く、何の為にチームを組んだの。単独行動するんじゃないよ」そう怒られてしまう。
呆れながら裙戸は頭を軽く小突き梛莵はごめん、と謝った。
「柑実にも後で謝るんだよ。さぁ、貧血になってるだろう。乗って」と梛莵を背負い立ち上がる。
様子を窺っていた青年に君も付いてきて、と言うと気の抜けた声を漏らす。
「逃げるのかい?」
「うぅ、君なんか怖い……だってお狐くんのとこ戻るんでしょ? 僕やだよ」
軽く問うと近くの木に隠れた。拒む青年の意見は聞かないと言うように裙戸は「付いてきてくれるよね?」と。
「う……もう! わかったよ聞かずんぼさんばっかり!」
「なぁ、さっきから言っているんだが『聞かずんぼ』とはなんだ?」
「さぁ……話を聞かないって意味じゃない?」
* * *
森を抜ける途中、ティクシーが上空から探しているのが見えた。彼女はこちらに気づくと場所を標すように風の通り道を作り出す。
「戻りました」
「十也、悪いな。梛莵も小娘も無事か」
「はい……ごめんなさい」
「紅!」
少し離れた所で休んでいる卯鮫を見つけると燐は駆け寄った。
「怪我したのか……?」
「えへへ……ちょっとやらかしちゃったぁ〜でも大丈夫だよぉ、直るの早いからぁ」
「ヒビ入ってるかもって」と曷代が答える。
「何? 本当に大丈夫……なのか?」
「燐ちゃん心配性だねぇ」
「何を……当たり前だろう。すまない、でも無事でよかった」
微笑む燐に卯鮫は照れ臭そうにしていた。
裙戸は梛莵を下ろすと来た森の方を確認する。
「……隠れてないで出てきなよ」
「お狐くんいない?」
顔は見せない。木の陰に隠れているのだろう。
お狐……追っていた獣人の事か。そう思い見やると柑実の側にそれらしき人物が座っていた。
「あぁ、いるね」
「やだ!」
「ふぅー……ちょぉっと一発殴っても問題ないよね」と手に力を込め、握る。
「無駄だ」
獣人ははっきりと言い放たれ「なぜかな?」と睨み、問う。
「そいつは仮姿をしているだけの存在に過ぎん」
「仮……なるほどね」
そういうことか、裙戸は一人納得する。
「連れて来れたのか」
「はい。特に何かしてくる様子はないので一応」
「そうか。安全確保が第一だが確かめたかったのもあったしな、助かる」
「心当たりが?」
「まぁな。……怖くないから出ておいで」
「何もしない?」
「あぁ (多分)」
何もしない、としゃがんで両手を見せる宇和部はまるで野良猫でも相手にしてるようであった。
「柑実」
「梛莵。無事だったか」
「あぁ……悪い、取り乱して」
「問題ねぇ。無理もねぇだろ」
「……ところでどういう状況なんだ? 何でこの人座ってんの?」
何故か座り込む獣人を不審な目で見る。睨まれてしまった。
「流派術の一つ『従符』だ。姉さん経由で教えてもらってたんだ」
『流派術』
望さんが昔使っていた術の一つ、らしい。
出来たんだと言うと柑実は一応な、と笑っていた。
青年はチラッと獣人を確認する。しかし獣人は青年を睨みあまつさえ舌打ちをかます。
「ひぇ……」
「ちょっと怖がらせないでもらっていいかな……」
「『あっち向けほいっ』」
柑実はピッと後方向を指差す。
嘘だろと思っていたが獣人はその言葉に従い後方を向いていた。え、嘘だろ (二回目)。
「クソガキ覚えておけ……っ」
……獣人は案の定怒っていた。
青年は確認しながら顔を出す。
その姿を宇和部はじっと観察すると「本当に似てるな。所々違うが」と呟いていた。
「トーサン? 僕トーサンなんて人知らないよ」
青年は困ったように答える。
「あーそれ名前じゃなくて……柊季って奴。知ってるか?」
その問いかけに青年は先程とは打って変わり明るい表情で問い返す。
「おじさん、しゅーきさん知ってるの!?」
「な、おじっ!? 俺はまだ二十代だ!」
「?」
「〜ごほんっ、まぁそれはいい。お前、『黒霧』で合ってるか?」
今度はきょとん……と気の抜けた表情になったがすぐに戻る。
「コクム? あぁ! そんな風に呼んでくる人もいたね! そーだよ!」
「やっぱりそうか」
梛莵は宇和部に寄り問いかける。
「継夏さん、どういう事でしょうか」
「詳しくは俺もよくわからんが……わかる範囲で順に説明する。で、黒霧に聞きたい。柊季の居場所を知らないか?」
「え、知らないよ? だって僕ももう長い間会ってないし。会いたいけど僕も前の場所離れちゃったしそこもどこだか覚えてないんだよね!」
期待半分、予想も裏切らなかった為にため息が漏れる。
「柊季さん知ってるって事は知り合いなの?」
「あぁ。お前を追っかけてたこいつは柊季の息子だ」
「えっ!?」と驚く梛莵。
「えっ」と青年。
「え?」と疑問形の宇和部。
「なんで言うんですか! 必要ないでしょう!」
「わ、悪い……?」
「柊季さん子供いたんだ〜あ! だからトーサンって言ってたのね! そういえばそんな事言ってたかも!」
ぽんっと手を叩き納得する青年に梛莵は苛つく。
「ほんとなんなんだこいつは」
「もう、僕は僕! 僕も僕がなんだかよくわかんないけど!」
「話が通じる相手ではないと思うので早急に切りっ離すべきかと」
「いやいやいや気持ちはわかるがな? というか人に取り憑いてるわけじゃないから」
「……仮姿ですか」
「まぁ……そうだ」
「仮姿って何ですか? 纒憑は実体を持たない、だけど姿はある。としても纒憑としての姿でしょう?」
「……多くの魂を喰らえば強い力を持ち姿を自在に変えられる奴もいるのかもしれない……が」
「ならやっぱり喰って……でも変えられるなんて今まで……」
「そうだな。今のとこ見た奴なんていないからな」
ちらりと少し離れた所にいる柑実に軽く目をやる。
「?」
「……柊季はそうなんじゃないかって見てる。あとそいつは『人には』取り憑いてない。取り憑いているのは『霧』だ」
「霧……?」
「纒憑は蝙蝠みたいな形をした黒い靄……霧。合わさっての『黒霧』。柊季はそう言ってた」
「……でも魂を喰らっていない理由にはならないじゃないですか」
「そうだな。じゃああいつは人に取り憑けないのかも、と言ったら?」
「え?」
「俺も聞いた話だから真偽はどうかわからない。……柊季が昔、任務先で面白いものに会ったと言っていてな。俺ら竒術師はいわゆる万屋みたいな所がある。駆除的な事が主に多いが……まぁ余り纒憑が知られてないし判断も難しいから結果的にそうなるのは当然だが」
「ええ」
「『とある山奥で数年前から発生している霧の原因を探ってほしい』って依頼が来てな……」
霧だし山奥だし生活に支障はなかったからすぐに原因をとはならなかったんだろう。自然現象だし。
しかしある時山に立ち入った人が次々に『声』が聞こえると。霧の深くに近づくにつれてはっきり。しまいには濃い霧の中に微かに黒い影を見た、と。
それから暫くして白い筈の霧は黒く染まり不気味に思った。そんで俺らの所に声がかかったわけだ。
その時に現場を担当したのが柊季。
先に言ってしまえば霧の長期発生について詳しい原因は結果不明だった。
発生の場所も範囲はあれど中腹の一箇所だけで辺りは影響なし。だが途中変化の黒い霧だし『声』についても探らなければならない。
それがそいつ、『黒霧』だ。
柊季は術を通せば……まぁ条件はあるらしいが、『纒憑が感知できる』竒術師だったからソレが『纒憑』だって事もすぐにわかった。
纒憑は問いかければ応答があり襲いかかる事はなかった。まぁ元より襲われたって報告はなかったからな。
柊季自身、纒憑と向き合う姿勢を貫いている所もあるからすぐに討つなんて事はしなかった。
その場に留まる理由、霧の変化……まぁ聞いたところでわからなかったみたいだが。
その纒憑は色々なものに興味を示した。空、木々、動物、人間、自身。そいつは『さがしもの』があると。
その『さがしもの』を見つける為出歩ける人姿になれないのか問うた。
柊季は変化の事も可能性として考えていたから確かめたかったんだろう。
しかし纒憑は『現物を真似てみないと形がわからないしできるかもわからない』と言ったらしい。
なら自身を見本にしてみろ、となった訳だと。で、通った数日後見事変化したらしい。
「その纒憑に姿を『貸している』と言ってた。あいつの思考回路はどうなっているんだか。そいつが姿を貸している纒憑……黒霧だ」
「何それ、知らない……纒憑がわかるなんてのも初耳なんですけど」
「何? ……教えられてなかったのか」
「……なんで、俺……」
「……まぁあいつ、隠し事多いしな。あいつなりにお前を思ってだろ」
「でも、それぐらい教えてくれたっていいじゃん……」
「……『見誤るな』」
「!」
「覚えがあるだろう、俺も柊季に言われた。……どんな風に判別できるのかは知らんがそこらへんが関係してんじゃないか」
「……判断を間違わない為に?」
「恐らく、な」
「……わかんない、難しい」
「んー……といっても俺もうまく説明できないな。悪い」
「えーと僕、どうすればいいの? そろそろ帰らないとなんだけど……」
「帰らないとって……お前誰かと一緒に暮らしてるのか?」
「うん、拓人といっちゃん」
「……人間、か? 」
「そーだよ? 拓人は男の子でいっちゃんは女の子だよ」
「お前の正体を知ってるのか」
「一応知ってるよ。拓人には人に見られると怖がられちゃうから人前では姿変えちゃ駄目って言われてるの。でも君達にはバレちゃったし……」
梛莵は少し間を置いて「ねぇ、その『拓人』って子に会いたいんだけど」という。
「おい、梛莵!?」
「拓人に? いいよ!」
駄目か……ん? いい? あっさり?
「いいの?」
「え? 会いたいんでしょ? いいよいいよ〜ここからは遠いんだけど」
「おぉ……なんか軽いな……」
「でももう遅くなっちゃうし今度でもいい? 場所ちゃんと教えるし」
「……どこ」
「えっとねぇ〜水境? って所にある『懐鏡高等学校』って所なんだけど。知ってる?」
「水境……海の近くの」
「そーそー海! 大っきいお水が見えないくらいまで広がってるトコ! そこにある学校って所に行ってるよ」
俺らと同じ高校生か。
「特徴は?」
「とくちょー?」
「どんな見た目、とか」
「ああ! んっとね、猫ちゃんみたいな目してて青っぽいような緑っぽいような髪の色してるかな! 秘色色って感じ!」
「ひ、秘色?」
何それ。聞き慣れない言葉に疑問符。言ってる本人は何故か楽しそうだった。
「うん! 緑色が近いかな? あっ青磁色とか瑠璃色って言われたりもするのかな!? うんうん、とっても綺麗な色だよね! 僕は好きだなぁ〜黒もいいけどね! 君みたいな赤色もいいよね〜! ふふふ、真紅……いや茜色かな? 昔からある染料のひとつなんだけどそれがまた……」
いきなり饒舌になる青年に梛莵はたじたじになる。
「なんか語り出したぞ」
「よくわかんないけど望さんを語り出した柑実みたいだな」
「おいあんなのと一緒にすんな俺はあんな風に語った覚えねぇぞ」
「語った事自体は否定しないのか……」
「重度のファザコン……」
「うるせぇファミコン」
「こんな時に喧嘩すんなよ」
「「してない」」
「後は何教えればいい? 僕はお出かけしたりお留守番してるから学校には行ったことないしよくわかんないけど平日は毎日行ってるよ。今日も行ってるけどもう帰ってくると思うし!」
「普通に学生やってるっぽいな……?」
「あとよく人形とお話してるよ」
「おいやべぇ奴っぽいぞ」
「拓人ってばお友達いないからね!」
「ちょっと待て可哀想になってきたぞ拓人くん」
なんてこと言うんだ。はっきり言いきる青年に見知らぬ『拓人』が心配になってくる。
「あとよくわかんないんだけど拓人は僕の事触れるんだよね」
「!」
「なんかねー拓人は『かんしょうしゃ』だって言ってたよ。だから触れるんだって」
「干渉者? 聞いた事ないな」
「うーんでも僕もよくわかんないの。見えない糸? で人形動かしたりしてるし。あれ『ポテトが椅子』ってやつなのかな?」
ポテト……が椅子? なんでそうなったのか。
「それいうなら多分ポルターガイストだろ。糸……由月と同じ糸術使いって事か?」
「あとね〜鏡から人形出したりするの!」
「んん〜? 鏡から……人形を、出す?」
「そう! こう……ピッ、グッてやってピョンって!」
手振りで一生懸命説明していたが宇和部達は首を捻る。なるほど、全くわからん。
「うーん、つまり『召喚』って事?」
「多分?」
「召喚術か……興味深いな」
「複数の高度術の使い手に思えますね。こいつを手元に置いているのは自分でも始末できるからでしょうか」
「あるいは纒憑側に付いてる人間か、だな」
すると
「え? 多分僕の事よくわかってないからだと思うよ。僕の事『死神』って言ってたし」と青年は普通に答えた。
「あながち間違ってないんじゃね?」
「むぅ〜、僕は死神じゃないもん! 僕は僕!」
そう頬を膨らました。