21.起源
曷代は立ち止まり辺りを見渡す。
「なぁ今何か聞こえなかった?」
「え? どれどれぇ?」
多分あっちの方、と指差された方向に卯鮫は耳を立て澄ませる。
――枯れ葉を踏む音。
キンッと耳に響く、何かに刃物をぶつけたような。
ただ走るだけじゃない、空中を飛び回るような動きをしている音が聞こえた。
「……ほんとだぁ。さっきは聞こえなかっのにぃ。東の方に向かってるぅ」
「東って梛莵達の方か。どんな音?」
「うーん、草を蹴る……金属……じゃない、石かなぁ? それに風を切る音……足音は……一人っぽいけど、多分二人だねぇ、追いかけっこしてるみたいな」
「追いかけっこ? ここらに人は住んでないはずだ」
「ちょっと問題発生だねぇ。追う?」
「うん。でもまず継夏さんに連絡して指示を仰ぐよ」
「じゃあ紅ちゃんとりあえず柑実くんに連絡してみるぅ」
「お願い」
伝通石に術力を込め宇和部に繋ぐ。
《――……宇和部だ。どうした》
《裙戸です。ちょっと問題が発生しまして》
《何?》
《僕らが直接対峙した訳ではないんですが、少し遠方で……恐らく戦闘が行われているかと》
《付近の被害は?》
《今の所はないです。曷代が異音に気づいて卯鮫が音を聞き取った程度で。卯鮫が言うには東……梛莵達の方に向かってるそうで、卯鮫の方から柑実に連絡を入れています》
《そうか……なるほど、新人やるじゃないか》
そう言われ、裙戸は曷代を見ると軽く微笑む。釣られて曷代も笑うが何故笑われたのかわからずに疑問符を浮かべていた。
《ふふ、そうですね。卯鮫によれば人数は二人かと》
《わかった。すぐに向かう》
《僕らも向かう形でいいですか?》
《そうだな……新人が巻き込まれないようにフォローできるか?》
《はい、問題なく》
《よし、なら向かってくれ。如斗には俺からも連絡を入れる》
《お願いします》
* * *
《――はい、先程卯鮫から連絡が》
《あぁ。警戒するように》
《了解です》
「何だって?」
「『警戒するように』ってよ」
問題発生か、ツイてないな。
ふと燐を見ると耳をピンと立てたまま森の方向を眺めていた。
「燐?」
「いや……早速お出ましみたいだぞ」
「!」
森の方から黒い人影が飛び出してくる。
「――っそこの君、どいてー!!」
フードを被った青年は避ける為にバランスを崩し、勢いよく地面へとダイブしていた。痛そうだ。
続けて狐の獣人が追うように姿を現す。
青年は呆気にとられる梛莵の後ろに隠れると獣人に抗議をする。
「君しつこいし、いい加減にしてよ!」
「ちょこまかと逃げ回りおって!! 大人しくせんか!!」
「やだよ! 僕何もしてないもんっ!」
「まだ言うか!!」
《晄陣 『双光雷槍』》
光の槍が獣人目掛け放たれるが軽々と避けらてしまう。
「チッ避けやがって……!」
「術者か……なぜここに人子がいる」
「初対面相手に答える義理はねぇな」
「 ……貴様「もう! ちょーっと遠出したらこれだもん意味わかんない! 君ほんと何なのさー!」チッ」
青年は獣人の話を遮り子供のように騒ぐ。
そんな青年に梛莵は何故追いかけられているのか問うが本人もわからないと答える。
「 急にこーげきしてきて『危険物だー』とか『死ね』とか言ってくるの!」
酷くない!? と青年は同意を求める。
「フンッ酷いものか。……小僧、そいつから離れろ」
「この人が理由もわからずに攻撃されてるなら庇わない理由はないね」
鞘から得物を取り出し、構える。
だが獣人は刃を向けられているにも拘らず平然としていた。寧ろ呆れているかのようだ。
「何を。そいつは人子ではない――纒憑だ」
* * *
一方裙戸達は東に向け走っていた。
卯鮫はぴょんぴょんと跳ねながら曷代を応援する。
「曷代くん頑張ってぇ〜」
「ぜぇ、はぁっ……なんでっ、二人共、息切れしないの……っ!」
息切れもすること無く同じ速さを保っている様子に曷代は軽く絶望していた。
獣人だし体力は人よりあるのだろうな、と思ってはいたが相手は女の子。背丈も大きく差があり歩幅も違う。……絶望でしかないだろう。
「曷代が体力なさすぎなだけでしょ」
「そん、なぁ……」
「はぁ……君には期待してたのに」
「え!?」
「あはは、嘘だけど」
「今、嘘付く……はぁ、必要、あったかな……」
同じく人間であるはずの裙戸も息が上がっている様子はなく、もはや自分がおかしいのだろうかと思うほどであった。
裙戸は走りながら曷代を観察し、考える。
これだと時間がかかってしまう。かと言って置いていくわけにもいかないし……仕方ない。
「うーん。卯鮫、先に行ける?」
「らじゃー! 行ってきまーすぅ!」
そう言うと卯鮫は早々に跳んでいった。
「お願いねー!」
「ご、ごめん……」
「いいよいいよ僕が問題ないって言ったんだし。あっちはある程度場慣れしてる梛莵と柑実がいるし卯鮫も向かったからね」
君のペースで行こう、そう笑いかけた。
「ありがたい〜っ!」
* * *
獣人の言葉に静まり返る。
梛莵は近くの燐を抱え、青年から距離を取る。
青年は何が起きたかわからずおろおろとしていた。
「その話、本当なのか?」
「信じるか信じないかは貴様ら次第だがな。そうだな……貴様らの連れているその小娘も纒憑、か?」と獣人は燐を睨む。
「もー何なのさー! さっきからその『マトイ』って何さー! 僕は僕だもん!」
べーっと舌を出す青年に柑実は「あいつ梛莵よりデカいくせにガキみたいだな……」と小さく呟く。梛莵には聞こえなかったようだが燐は聞こえていたようで苦笑いをしていた。
「ふん……そいつは『仮姿』の奴だ。逃げ回るし触れられんから厄介だ」
「仮姿……?」
聞いた事のない。なんだそれは。纒憑、なのではないのだろうか。
獣人の言葉に理解が追いつかずにいた。
「うー、こんな事なら拓人の言う事聞いとけばよかった……」
「仲間がいるのかは知らないけど、君をそのまま帰す訳にはいかないみたいだ。残念だね」
「えぇ? 君らもそのお狐くんに付くの? 僕が何したってのさぁ……」
すると突然、強い風が吹き青年のフードが脱げ――
「わっ」
――素顔が晒される。
「……父、さん?」
その姿は……行方不明の父・柊季であった。
「――燐、梛莵から離れろ」
「え?」
「いいからこっち来い、早く! そこの獣人もだ」
「指図するな人子風情が」
言われるがまま燐は梛莵から距離を取り柑実も元へと駆け寄る。
「どうしたんだ?」
「梛莵の術は時に周りを巻き込む。下手したら『鈴』に影響が出る」
「どういう……」
「……ろす」
足元は凍り始め冷気が辺りの空気を冷やす。
「え? 何……?」
「衅鋒……」
殺す……殺す、殺す!!!
《『氷銀劔』》!!
鋭く尖った紅い氷が地面から青年へと牙を出す。
青年は間一髪で避け「何するのさ!」と声を上げる。梛莵の目は血走り、青年を睨んでいた。
「え、怖っ!! 何で急に豹変しちゃったの!?」
先程の様子から一変、向けられる殺意に青年はたじろぐ。
「もう、何なのさー!! いやっ! うわーん!」
そう言うと青年は梛莵を飛び越え森へと入り込んでいく。
梛莵もまた、青年を追い一人森へ入って行ってしまう。
「あっおい梛莵! …… チッ、追うぞ」
「あ、あぁ……いっ!」
狐の獣人は燐の腕を掴み引き上げる。
「待て」
「い、たっ」
「貴様、どさくさに紛れて喰らうつもりじゃないだろうな」
「な、に言って……?」
「纒憑は信用ならん。貴様ら人子がなぜこいつを連れているのかは知らんが抵抗がない内に始末するのみ」
「っ」
「チッ、めんどくせぇ……な!!」
《晄陣 『華光弁針』》
「っ!」
白く鋭い光の刃針を獣人に向かい投げ、怯んだスキに燐を抱え距離を取る。
「捕まってんじゃねぇよっ」
「っす、すまない」
「くっ、……っ――!!」
ふと地面に映る黒い影。
《咒鎌 『矢創鱘』》
黒い鮫のような形をした矢が地を目がけて降り、刺さる。
「卯鮫!」
「チッ次々と小賢しい……!」
「ちょーっとおいたが過ぎるかなぁ?」
卯鮫は睨みを利かせ立ちはだかる。
「柑実くーん、梛莵くんの姿が見えないけど状況はぁ?」
「そいつが追いかけてた纒憑を追って森に入った。……あいつブチ切れて術力全開で突っ込んでったんだ。早いとこ止めねぇと」
「纒憑が出たの? じゃあこっちのお稲荷はぁ?」
「纒憑の姿が梛莵の親父そっくりだったんだ。そんでそいつは燐が纒憑なのに気づいてる。先に始末するとさ」
「……なぁるほどねぇ。ふん! ここは紅ちゃんに任せていいよぉ! すぐに応援もくるからねぇ!」
「あいつ、多分神術の使い手だ」
「わかるのぉ?」
「なんとなく……姉さんと近い感じがした」
「ふーん?」
「相性、悪ぃだろ」
「むぅ、紅ちゃんを誰だと思ってるのぉ? 」
「……頼む」
律儀に待っていた獣人は舞った灰を払い問う。
「話は済んだか童共」
「うん、済んだよぉ」
黒い影が卯鮫の周りを泳ぎ、大きな鎌を象る。
「兎のように愛らしく、獲物はスキから喰らう鮫――さぁさ、『ワタシ』と一緒に遊ぼうか?」
そう不敵に笑う。