20.お仕事
[特化学科専用ロッカールーム/更衣室]
部屋に入ると柑実と燐が椅子に座り待っていた。
「お疲れ」
「おかえり二人とも」
「ただいまぁ……あれ、卯鮫は?」
見回すが卯鮫の姿が見えずにいた。
「さっきつぐセンのとこに『いってきます』って言いに行った」
で、印は? とニヤける柑実に「準備オーケーだよ! もうっ」と梛莵は不貞腐れる。
「あっはっは、いいじゃねぇの気に入られてんだから」
「柑実のが良かったろうが! 望さんに似てんだから」
「だから嫌なんだよ。父さんにも近づかないでほしいわ。変態が移る」
それよりも、と続けて「お前ら着替えて来いよ。着替えるならな」と。
「うん」
梛莵はロッカーに荷物を仕舞い着替えを取り出す。
「着替え? あれ、二人とも着替えて、る?」
「前に説明されなかったか? 別に必要ないならいいんだろうけど……せめて靴替えたら? 行き先山だぞ。ローファーは無いぞさすがに」
「おぉ……そういや前に燐ちゃんと説明受けたわ」
「無いんなら体育の靴で行きなよ。ローファーよりましでしょ」
「うんそうする」
トタトタと廊下から走る音が聞こえ、柑実は立ち上がり無言で扉を開く。
するとそこには突然開いた扉に驚く卯鮫がいた。だが本人は何事もなかったように両手に何か包んだ状態で入ってくる。
「 たっだいまぁ! お? 丁度二人とも帰ってきてるねぇ」
「おーおかえり、会えたか?」
「うん! つぐちゃんから飴貰ったよぉ、一人一個お裾分けぇ! はいっ」
「ありがとう」
「サンキュー」
「あ! いちご味取られたぁ!」と文句が出たため柑実は手に取った飴を卯鮫の口に放り込んだ。
「ほれ」
「もごっ! うっみゃぁい (美味い)……!」
「んむ。……おいなんか変な味するぞこれ、おぇ……」
「汚いから出さないでよねぇ。何味?」
柑実の飴が入っていた袋を盗ると卯鮫は微妙な笑顔を見せ離れる。
「……柑実くん当たりだねぇ」
「えっ何味だよ! お前袋返せ!」
「二人は何味?」
「俺のは生姜」
「私のは……?」
読めなかったのだろう燐の飴の袋を代わりに読む。
「こんぶだな」
「なんかチョイスおかしくね?」
「曷代は何だったんだよ」
「山椒」
「……卯鮫その袋見せて」
「はーい」
卯鮫は袋を手渡し三人は覗き見る。
「「……」」
「サルミアッキだな」
「すげぇなどこで買ったんだ見野口先生」
「ふざっけんなよ卯鮫お前わかってて残したろ!」
「そんなことないもん! コーヒーか黒飴だと思ってたのぉ!」
「まぁ黒いしね」
「吐き出して来いよ。俺着替えてくるわ〜」
「うぇ……そのまま飲み物飲んでくるわ……」
* * *
「準備できた。柑実は? 大丈夫か?」
「おう……まだ変な味するけど」
「俺の山椒飴いる?」
「いらねぇ」
「じゃあ行こうかぁ!」
「あぁ」
卯鮫は腰に手を当てると右腕を上げ、人差し指で天井を指す。そのポーズに意味はない。
「《主の命に従い、我導き給え》――ではでは! 転・生ぇ!」
「えっ、ちが……」
――ジジッ……
――シュンッ――
――
風が木々を揺らし木の葉を飛ばす。
耳を澄まし尾を揺らす。
「これは……また来たか」
* * *
[尼永傍山 隣山の山道]
「とーちゃっく! 皆いるかなぁ?」
両手を広げてYの字ポーズで着地を決める卯鮫は周りを見渡した。
「っと。大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう」
梛莵はバランスを崩す燐を受け止める。
「うわっ、いったぁ!」
「痛いのはこっちだ! 重い! どけ馬鹿代!」
柑実はバランスを崩して転けた曷代の下敷きにされていた。
「おーい皆、来たね」
迎えに来たのであろう裙戸が近づいてくる。
「あ!! 裙戸! てっめぇ逃げやがって!」
掴みかかろうとする柑実をするりと躱し腕を後ろに回し固め技で止める。
「あっはは、遅い遅い」
「あだだだだだだぁっ!!!」
「ふーちーどぉ……!」と梛莵は周囲に冷気を漂わせ睨む。
裙戸は「おっ、この様子だと梛莵が当たりだね」と笑っていた。
「『当たりだね』じゃないだろ!! 羽蘭買収しやがって!!」
「ごめんごめん嫌すぎて」
「正直に言えば良いってもんじゃないぞ!」
「まぁまぁ。ところで二人とも、初めての転移はどうだった? 酔ったりしてない?」
「大丈夫だ」
「俺も平気」
「そっかそっか、ならよかった。じゃあ合流しようか」
* * *
[尼永傍山 北東中腹]
「連れてきました」
「ん? あぁ来たか……聞いてはいたが多いな」
「新人がいるので」
「なるほどな」
片方のもみあげが三編みされた男性は生徒達の方を向くと自己紹介をした。
「俺は本部所属の【宇和部 継夏】だ。よろしく新人達」
「「よろしく (お願いします)」」
「梛莵は大きくなった……か?」
「なんで疑問系なんですかちゃんと大きくなってますよ」
「いやぁ、相変わらずチ……コンパクトだな」
梛莵の頭に手を乗せ柑実と比べ唸る。
「オブラートの意味わかってます? 包めてませんけど? それに別に小さくありませんけど!?」
「いやぁ……」
「そこは『そうだな』とかぐらい言って下さいよ、もう!」
「ソウダナー」
「心が籠もってない」
「悪い悪い。お前お兄ちゃんだろ、わがまま言うなよガキだな」
「こういう時だけ『兄』を出さないで下さい」
「面倒くさ…… 」
「もう少し! 聞こえないようにとか! してよっ」
「おーし内容説明すんぞ集まれ」
「! 〜っ!」
「よしよし」
「元気だせって飴ちゃんやるから」
「お前それ自分がいらないだけだろ、いらない」
燐には撫でられ曷代には屈まれ宥められる姿に呆れる。
「何……あいつ新人らにあやされてんの」
「もうすっかり弟扱いっす」
「ある意味才能だな……」
「――と、ある程度は聞いてるな。今回の任務内容は現場調査及び術力確認。北東側の麓を隣山の山道付近まで三手に分かれて調査だ」
山全体の地図を広げ箇所を点々と印付ける。
「全体ではないんだ」
「お前全体回って今日中に帰れると思ってんの?」
「うぐ……無理ですけども……」
そんな曷代の疑問に宇和部が答える。
「最初のうちは学生が受ける任務は基本一日で終われるような内容が多い。特に今回は慣れてないお前ら新人がいるしな」
「結構ホワイト……」
「慣れてけば徐々に長期任務もあるだろうが暫くはないと考えていいだろう」
「はい」
チーム分けはそうだな、と地図を指し
「北は俺、北東は十也、紅、そこののっぽ君。東は如斗、梛莵、猫娘で行く」と振り分ける。
「あ、名前。のっぽ君がふたっちでこの子は燐です」
「ふたっち? 変わった名前だな」
梛莵の紹介に曷代はすかさず「いやいやいや! 違います! 曷代、曷代仁月です!」と訂正する。
「どこ捩ったらふたっちになんだよ……」
「なんか井守宮さんが二月のふたっちって……」
「まだマシだね。僕なんて『とーちゃん』だよ」
「ナントカ『っち』じゃないんだ……」
「この歳で、しかも年上に父ちゃんって呼ばれる僕の気持ちわかる?」
「でもでもぉ裙戸くんお父さんって感じするよねぇ。アハハ」
「卯鮫振り落としてもいい?」
なぜか裙戸に肩車をしてもらっていた卯鮫はぷくっと頬を膨らませ黙る。
「あー……あいつが変なあだ名付けるのは若いうちだけだ。大きくなりゃ普通に呼んでくれるだろ」
「そういや学長さんとかは普通だった……」
「朱弥さんはもはや腐れ縁だろうね」
宇和部は顎に手を添え燐をじっと観察する。
「で、その燐とやらが噂の纒憑か」
「あ、はい」
「ふむ。憑いてるだけだから当たり前だが普通の獣人にしか見えんな」
「本当はこの身体の子は人間らしいんですけど」
「ほぅ? 纒憑側が影響されてるのか」
「らしいです」
「面白い事もあるんだな」
「本当かどうかは血液検査で確認済みです」
「なるほど」
「まぁそれはとりあえず置いといていい。まとめ役は十也、如斗お前らがやれ。主に連絡も二人にするからよろしく」
「はーい」
「了解」
「記録は紅、梛莵お前らだ。新人のサポートも忘れるなよ」
「はいはーい!」
「はい」
「何かあればすぐに知らせるように。危険任務じゃないが何も起こらないとは限らない、身の危険を感じたらすぐにその場を離れろ。いいな?」
「「はい」」
「――っと大事な事を忘れてら。新人、耳を貸せ」
石に登録する、と指で招く。
宇和部は燐と曷代のピアスに触れ、自身の術力を流す。流れる術力に反応してか石が光っているように感じた。
その力はとても温かく、心地良い感じ。例えるならそう、お日様を浴びた布団に包まれたかのような……。
次に自分らと思っていると制止が入る。術力による身体強化が安定してからにするそうだ。
曰く扱いがわからずに術を放たれたら俺が死ぬ、と。
「まぁ最初だ、何かあれば連絡は他に頼めばいい」
それに使い方もいまいちわからんだろうしな、と付け足した。
「あと術力確認の仕方。他は感覚で大体わかるだろうが新人にはわからんだろう」
「え、皆わかるの?」
「まぁ、気配的な……えーとサイン? でいいのかな、そんなもんだし」
「気配……」
「ふむ。なら私はわかるぞ。梛莵もその気配とやらで見つけたからな」と自慢気に燐は言う。
「あ、そうなんだ」
「なんだなんだ梛莵、追いかけられる男に育ったのか。親父にそっくりだな」
「語弊のあるいい方やめて下さいよ……」
「わかるのなら話は早いだろう。口で説明するのも正直難しいからな」
「わかんないの俺だけぇ……」
「感覚だからな。とにかく意識を外に集中させて、違和感を感じたら一緒の二人に言え」
「はい……」
「そのうち慣れるさ」
「覚えることたくさんだね。頑張って」
難しい顔をする曷代に裙戸は笑う。
「うぅ……比べて燐ちゃんは新人とは思えないね……」
「そうか?」
「年季が違うんだろ」
「え?」
「あー、望さんにピヨ助の様子確認しないとな」
「……チッ」
「??」
「もうそろそろ調査に入っていいか?」
じゃあ解散、と適当にあしらっていた。
* * *
[柑実チーム]
「よーし、山を下る形で見ていくか」
中腹から下っていくと黒く燃えた木々の中に緑が広がっていた。
「なんだ焼け野原って言ってたけどもう結構新しく植物が生えてきてるな?」
「根元は無事だったって事か? 植物についてはよくわかんねぇが」
そう言うと柑実は地面に広がる灰を軽く退け土を掬う。
「燃えてからどのくらい経っているんだ?」
「んー……多分ひと月くらいだと思うけど」
「そうなのか」
「にしても育つの早すぎねぇか? この木なんてお花咲いてんぞ」
花の咲いた木に触れる。見上げる程の高さまでは育っていないが特に変わった様子は見られなかった。
「この木は無事だったって事? そんな馬鹿な……」
「焼け野原って話自体が嘘みてぇだな。灰とかは確かに残ってるがほとんど植物は生きてる」
「だな。植物を自在に操れる術者でもない限りは無理だろ」
「それができるにしても範囲がなぁ……それらしい術力も感じねぇし 」
目を瞑り意識を辺りに集中させる。
「じゃあ消火した術者の力?」
「……どうだかな。ゼロではないだろうがそうなると相当な術力の持ち主だぞ」
「まぁ山火事を消火できてる時点で相当だけど」
「まぁな。あー……考えたってわかんねぇもんはわかんねぇ。とりあえず記録しとけ、『草木が育っててお花も咲いてる』って」
「理科の観察かな? まぁ書くけど……」と梛莵は端末に打ち込む。
「似たようなもんだろ」
「ふふ、お花……」
「あ? 何だよ」
「いや、可愛らしい事言うなと思って」
「……。〜っ! 花! 花咲いてるっつったの! 聞き違いだ!!」
指摘されて気づいた柑実は顔を真っ赤にして訂正する。
「望さん達が紬ちゃんに言ってるのが移ったんだろ。意地悪するからだよ」
「くっそ、くっそ!」
「なぜ柑実は怒ってるんだ?」
「怒ってるというか……恥ずかしかったんだよ」
「ふむ……?」
「ほら次行こう、遅くなる」
「〜っわかって、る!」
* * *
[裙戸チーム]
卯鮫は両耳を立てて辺りの『音』を聴き取る。
「卯鮫どう?」
「うーんとりあえずこの辺は生き物がいる感じはしないかなぁ! 静かぁ!」
生き物の反応は無し! と端末に打ち込む。
「そっか。じゃあもう降りてよ……」
肩車をさせられ落ちないように支えていた裙戸は嘆く。
「え〜」
「えーじゃないよ自分で歩いて。僕だって疲れるんだから」
「ぷぅ、わかったぁ」
そう言いながら卯鮫は後ろに一回転して着地を決める。
「しかし妙だね。もうこんなに植物が育ってるなんて」
灰は残っているものの、火事があったという話が嘘であるかのように辺りには草花が生え、木々の緑は風に揺られていた。
「(まるでただ灰を振りまいただけのような……地面も火事を消火したくらいの力なら緩くなって崩れてもおかしくないはず。炎だけを包む、なんて高度な事でもしたのか?)」
後始末には水か……風、か。
「あ、木の実ぃ!」
「ちょっと勝手にどっか行ったりしないでよ」
「お花も咲いてるねぇ! 焼けた匂いの方は強く残ってるけどぉ」
「ほら危ないよ、前見て」
「……ハハ」
二人がナチュラルに手を繋いでいる姿に後ろから曷代は親子かな? と思うのであった。
――カッ――
――ガキンッ、キンッ――
木に大きく傷が刻まれ衝撃で枯れ葉が舞う――。
黒いフードを被った青年は追ってくる獣人の攻撃を軽々避けると崖を蹴り、舞い上がる。
「しつっこいなぁ! 僕何もしてないじゃないか!」
「フンッ、何もしてない? 存在自体が危険物のくせに何を」
「もうそれ何回も聞いたよ。何が危険なのかわからないし、どう見ても君の方がよーっぽど危険でしょ!」
「なら何をしに来た。ここに人子は住まわんぞ」
「人子? 人間の事? 僕は『さがしもの』してるの! いいでしょ僕がどこ散歩しようが!」
「戯言を。どれだけ喰ったかは知らんが、そのままにはしておけん」
「喰った? 何言ってるのか全然わっかんないんだけど!」
獣人は鋭く尖った爪を立て体勢を整える。
そして地面を蹴り高く上がる――。
「大人しく狩られろ、纒憑」