01.出会い
青年は荒れた森を駆ける。
「待てっ!」
《衅鋒 『紅霜柱』》
薄紅色の氷が男の足を凍らせ、動きを止める。
「はぁっ!!」
そして手に持つ得物を振り下ろす。
木々に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたき、討った相手はそのまま気を失い地面に横たわる。
すると身体から黒い靄が蝙蝠のような形をして姿を現す。
『邪魔ヲ、スル、ナァ……!!』
「だまれ、纒憑」
取り憑く黒い靄、それを青年は『纒憑』と呼んだ。
その纒憑は青年に勢いよく向かい飛びかかる。すぐさま青年は得物の小脇に構え唱える。
「スゥ……此岸にしがみつく悪喰なる魂よ、天還り贖いたまえ……」
辺りに冷気を纏い、刀を地面から空を指すように振り上げた。
《衅鋒 『氷翠一刀』》!!
刀からは氷の刃が弧を描くように花開く。
『貴、様ァッ!!』
刃は纒憑の《核》を突き刺し、黒い靄と共に姿を消した。
* * *
「大丈夫ですか?」
青年は取り憑かれていた男性に声を掛ける。
うぅん……と反応があり、ほっと息を吐く。
「いてて……あれ? ここどこ……」
男性はまだはっきりとしない頭を抑えながら身体を起こし辺りを見渡す。
「気がついたようですね。手荒な真似をしてすみません、逃げ回るもので」
「え? あ、いえ……? あの自分はなんでこんな所に?」
「あぁオニイサン、纒憑に乗っ取られてたんですよ」
「ま、とい? って……」
「……悪霊、みたいなものです。とりあえず街に戻りましょう」
「あ、あぁ」
そう、『纒憑』は一般的にはあまり知られたモノではない。
纒憑は自分以外の魂が身体に取り憑き支配する。
取り憑かれると身体から『元魂』を一度引き離され纒憑側に奪われる。
引き離された魂は纒憑の栄養として喰われ、消滅する。 知られないのは纒憑の存在を知るより先に自らの魂を喰われてしまうのがほとんどだからだ。
実体の持たない纒憑はあらゆる『術』を使い、『魂核』を破壊する事で滅ぶ。
元来より生まれ持つとされ、覚醒する事によって発揮するものとされる『魔術』
古来より妖と呼ばれし者の力を継いだとされる『妖術』
神と呼ばれし者がいたずらに力を継いだとされる『神術』
これらの『術』を総称して『竒術』。
そしてその『竒術』を扱い討つ者を『竒術師』と呼んでいる。
青年【朱鷺夜 梛莵】もその一人である。
* * *
[街郊外]
男性を街へと送り、帰還しようと道を歩く。
「……」
後をつけられてる?
梛莵は何者かの気配を感じるが振り返るも誰も居らず眉を顰める。少し考え誰もいない小道へと入り、誘い込む。
奥へ、奥へ……今!
「誰」
「ひゃっ」
鞘に収めたままの得物を人影へ突きつける。
するとそこに居たのは同い年くらいの猫の獣人の少女であった。
「俺に何の用ですか?」
たとえ少女であっても油断はできない。狙いはなんだ。
梛莵は睨みを効かせ少女を見る。
「あの! さっき……その、えっと」
「?」
なんだ? と思うも戸惑う様子に危険はなさそうだと得物を下ろす。
「さっきからつけてましたよね。俺は貴方に心当たりないんですけど……」
「〜っさ、さっき森で! あの黒い奴倒しただろう!? あれについて聞きたくて……」と問われ梛莵は目を見開く。
驚いた。あの時居たのか。気づかなかった。
しかし逃げたりするものだろうが、なぜ興味を?
不審を抱く自分に彼女は答えた。
「私はあれと……同じような存在なんだと思うんだ」と。
「!!!」
身の毛がよだつ。予想だにしなかった返答に距離を取り再度得物に手を添えた。
「なんだよ。俺に取り憑こうって?」
「ち、違う違う! そうじゃなくってなんて言えばいいんだ……」
こちらの言葉は難しい……とか小さい声で言ってるのが聞こえた。
「私は、今の私がなんなのかを知りたくて。さっきの黒い奴の事を知っているのならもしかしてと思ったんだ」
焦りながらも明確に目的を話す少女は少し顔を赤らめ「それと匂いがせん……少し知り合いに似ていて」と言う。
取り憑く気はない? 纒憑ではないのか? 疑問に思うも自分では解決しそうにない事は明白。
流れる沈黙。梛莵は得物を構えるのをやめ、頭を掻く。
「はぁ……とりあえず俺と来ますか?」
考える事もやめた。
* * *
彼女は名前を【燐】だと言った。
そして身体の主の名前は【王城 鈴】というらしい。
彼女が言うには俺の前にいる少女に【燐】が『憑いている』らしい。
主体者とと連携が取れているようで傍から見ると『二重人格』のようなものだという。
燐が言うには鈴は今は表に出たくないのだそう。
つまり主と纒憑が共に1つの『器』に……つまり身体に二人の魂が宿っている状態ということだろうか。
出会った事のないケース。危険がないのであれば貴重資料となるだろう。
「えーと、燐、さん」
「呼び捨てでいい」
タメ口……まぁいいけど……。
「わかった。俺は梛莵。朱鷺夜梛莵だ。好きに呼んでくれ」
「ん。よろしく頼む、梛莵」
「……燐は元々は人間なのか?」
燐を見て気づいたこと、彼女は猫の獣人であるが尾が二又であった。鈴の方は妖族の類だろうか。
「いや、私は獣人なんだ。鈴が人間で……」
「え?」
纒憑の元の外見が反映されている? 魂だけの存在なら外見は変わらないはず……。
「なんで見た目がって思うだろう? 私もそれはわからなくて……私の意識が表の時は耳と尾も出てくるんだ」
「そう……なのか」
ますますわからない。本当に纒憑か? それとも虚言か?
彼女の言う主……【鈴】に会ってみない事には確証は得られないだろう。
「とりあえず、燐には俺の通う学校についてきてもらう。纒憑についても未だわからないことは多いし、今回のケースは始めてだから俺もわからないしな」
それに纒憑だとわかった上で放置はできない。脅威だと解ればすぐに……。
「ガッコウ……よくわからないが梛莵に合わせよう」
頷き、梛莵は自身のピアスに触れる。
「ん。連絡を……出ないな。まぁいいや行こう」
「?」
梛莵は身を翻し歩き出す。
* * *
[術専門科附属 羽蘭戦門高等学校 生徒会長室]
「……で、その子、纒憑を連れて帰ってきたの!?」
「あぁ。前もって連絡するつもりだったんだけど出なかったから」
梛莵の突拍子のない行動に、開いた口が塞がらないと言わんばかりに驚く学園の指令者兼生徒会長の【羽蘭 緋月】。
「せめて学長に連絡入れてよ……そしたら俺のとこにも連絡くるでしょ。というか人事なんて俺の管轄外だし」
俺はこっちの任務指令と報告書確認するくらいなんだけど……とぶつぶつ言いながら眉間を抑える。
「悪い……今回のケースは俺も初めてだしよくわからなくて」
「はぁ、まぁ、うんそうだよね。とう……学長には俺から報告しとく。で、どうしようか。目は離せないからね……」
うーん、ちょっと待ってて。と言い校内連絡用の電話機を繋ぐ。
「……あ、羽蘭です。亜妻先生いますか。はい、お願いします」
電話をしている間燐と話す。
「とりあえずは大丈夫だろうが、ここにいる間は従ってもらうからな。ただでさえ警戒されてるんだ」
「わかってる。……梛莵も怒られてしまったな、すまない」
「別にそんなのは構わない。……自分の心配しなよ。一つ間違えてたら殺されてたかもしれないんだから」
見ると燐は驚いた目をして耳を立てていた。
「え、何?」
「いや、いや。心配してくれるんだな、と」
その言葉に目を見開き、反らす。
「……心配、してるつもりはないけど。思った事言ってるだけだし」
連絡を取り終えた羽蘭が声をかける。
「待たせたね。今、亜妻先生が来てくれるから、燐……ちゃんでいいのかな? とりあえず君の身体の状態を知りたいから検査を受けてもらうよ。それと色々聞きたいからね、申し訳無いけどしばらく付き合ってもらう事になるよ」
「燐でいい。手間をかけてすまない」
「構わないよ。それと梛莵、は授業出て。俺も授業だし、放課後にまた来て」
「わかった」と同時にクゥゥ……と腹が鳴る。
「昼過ぎだしな……お腹空いた」
「休憩時間に何か食べなよ、もう始まるし」
「休み時間ったって一限後じゃん……燐だってお腹空かないのか? 食べてないよな」
「……私は……平気、だな」
「俺だけかよ……」
間の開いた返答だったが聞かない方が良いか? と思い流す。
羽蘭は胸ポケットから渋々「これしかないけど」とチョコレートを分けてくれた。絶対溶けてる。
* * *
燐と別れ梛莵は教室へと向かう。
さて、どうなる事やら。即刻祓われることはないだろうが、どう判断されるか気にはなる。
とりあえず何を考えても仕方ないが。
「あ、梛莵」
教室に入ると橙髪の青年【柑実 如斗】がこちらに気づく。
「おはよう……おそようか?」
「はよう、別に寝坊したわけじゃないだろ。何かあったか? 随分遅かったけど」
「色々あって、後で説明するよ」
「お〜。あ、そういやこの後転校生が来るらしいぜ。こんな時間に」
もう午後なんだけどなー、と背もたれに寄りかかり頭の後ろで手を組む。
「転校生? この学科に?」
この梛莵達のクラスは特殊な学科だ。
表向きは『特化学科』……略して『特科』と呼ばれ、正式には『特化学専攻 戦滅科』という。
『竒術師』――術使いの戦闘を主とする特殊学科だ。
入学には学科はもちろんある程度の術知識、実技試験…志望理由が重要視されるはず。
そして何より危険と隣合わせのクラス。
ただ普通科ならわかるが……転校してまでの理由。
――あの惨劇を、無力さ故の後悔を。同じ事を繰り返さない為に俺は……!!――
……理由。人それぞれの理由。
必ずしも復讐だけが目的じゃない。護りたい、助けたい、憑かれた者の手がかり、色々ある。
色々と考えていると教室の扉が開かれ、入室する教師に生徒達は注目する。
「席に……は着いてるな。今朝言ってた通り転校生が来てる、入っていいぞ」
そう言って扉の方に声をかける。
ブロンド髪の青年は教卓の横まで歩き、立ち止まる。
「ハジメマシテ、【曷代 仁月】です。よろしく」
曷代は微笑んだ。