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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

特別で

作者: 白石みのり

___彼女は私にとって特別だった。


これは、恋愛感情でも友情でもない。ただ、彼女は『特別』なのだ。


彼女は、勉強は私より不得意だった。しかし、音楽では学年の誰も右に出る者はいないくらい上手い。

そんな彼女のそばにずっといたのが私だった。


___私は、平凡で何も取り柄はない。


何になりたいのか問われたなら、「一人暮らしして、猫の飼えるくらいの給料がもらえる仕事に就きたい」そう答えるだろう。でも、彼女は違った。彼女は「プロの音楽家になりたい」そう目を輝かせる。私にはまぶしすぎて直視することはできなかった。

私は、高校の部活で初めて楽器を手にした。初めて音を出して、初めて曲を弾いたときの感覚は感動に近かった。


そんな私が彼女と出会ったのは高校1年の夏だった。


あの日は、特に暑い夏だった。私は、部活の先輩に頼まれて校舎裏のゴミ捨て場にごみを捨てに来ていた時彼女の音色がとこからともなく私の耳をくすぐってはうっとりとさせた。その曲の名前を彼女に教えてもらったのに今はもう思い出せない。けれど、その曲の旋律は甘く、どっからか寂しさを感じさせる。


___これは私と彼女の始まりの曲であり終わりの曲である。



「ねえ。何やってるの?こんな裏で」

彼女は吹くのをやめて私を認識した。


「いや、部活先輩に頼まれちゃって……。それよりやっぱりすごいね___さんは」


「まぁね。私はあの部活の中では一番うまいし」


彼女は無邪気に笑う。私がもし彼女ぐらいの腕前があってもそんなこと口が裂けても言えない。


だから彼女は『特別』なのだ。


彼女はその年の大会で先輩を押しのけてソロを堂々と吹ききって大会を終えた。


高校2年になって将来を考えだす時期になった。彼女は、音楽の道しか見てなかった。私はというと……

「進路きまらない……」


「何言ってるの?私よりかは頭いいじゃん」


「そんなことない……」


私と彼女はお互い友達として認識しあっていた。


なぜ、こう仲良くなったかというと私と彼女はあまり相手を信じないという点で似てたからかもしれない。


例えば、「ずっと友達」「ずっと一緒にいよう」こんな言葉にはお互い虫唾が走っていた。それにそんなこと言う人は結局「ずっといない人」だと認識していた。また、休み時間を一緒過ごすのはお互いの利害が一致しているから。私は今もずっとそうだと思っている。彼女がどう思っていたのかはまったくもって今はもう定かではないが。


高校3年の冬。私は結局進路を絞れないで右往左往する毎日で、そのどっちつかずの思考は面接で見透かされAOも推薦も落ちてしまった。そのころの私は、彼女がうらやましかった。一本の道をひたすら走ることのできる彼女に嫉妬していたのかもしれない。けれどそれとは裏腹に私はこの時期彼女を独り占めしてた。私だけしか知らない彼女がそこにいるように思っていた。


「おはよう!今日も練習はやいね」

「まあね」


彼女は一人小さな教室で音を紡いでいく試験曲といっていたが私は彼女の音いっぱいの教室に何事もないように入っては彼女の音色を聞きながら問題集に向かった。


私だけのコンサートをしてくれているような気分だった。


卒業式の1週間前


「あ……お、おめでとう」


彼女は少しくすぐられたように笑った。

彼女は当然のように音楽の道に進んだ。私はというと結局希望の大学には進めなくて渋々他の大学に進むことになった。


彼女を祝福する気持ちはあるけれど素直には言えなかった。あの時の私には彼女は進むべき道や将来が何の障害も内容でただその道をひたすら歩いていけるような予感がしてまぶしすぎたのかもしれないし、うらやましかったのかもしれない。


「そっちこそおめでとう」


「ありがとう……」


彼女はお世辞のように私に祝辞を言った。それは心からの祝辞だったのかもしれないが、私はあまり気にしてなかった。今思えば気にしまいと思っていたのかもしれない。


「大学行っても楽器やめないようにしたいな」


私は学校から借りた楽器を握った。この楽器をやめてしまえば彼女とはもう二度とつながることはないのかもしれない。そう思ったからだ。裏を返せば続けていればつながれる。彼女と対等で今の関係でいられるなんて思っていたのだろう。


若い私は彼女の「特別」に近づける気がしていた。どんなに彼女の得意な音楽という分野であっても近づけると信じて疑わなかった。


「ねぇ、これからもずっと会ってくれるよね?」

私は、ぼそっとつぶやいた。


彼女は、ニコッと笑って「うん」と首を縦に振った。


これが私と彼女の「特別」の最後だった。


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