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本当は一人の夜

崩れそうな夜にいる。

土砂降りの雨に打たれて歩く夜。

私を映し出す鏡はあるのに、私という存在を映し出す鏡がない夜。

バラバラ砕け散ってしまいそうな体を引きずって、冷たい雨の中を行く午前1時。

前髪から頰を伝って顎から滴り落ちる雨粒。

あらゆる感情を掻き混ぜて、名もなきものに変えてしまう雨の音。

雨に埋め尽くされた空間に、私の形をした穴が空く。

雨にぼやける街灯。人々は皆、春の草原を優しく吹き抜けるそよ風のような寝息を立てている。

いつかの記憶たちが脳の中で渦巻いている。

それらは部分的に蘇る。とても鮮明に。

例えばある夏、全てがとても綺麗に溶けてなくなってしまった日のこと。

信じていた世界が歪んで、どこかに吸い込まれてしまった日のこと。これは現実か?

ネオンライトが私を呼んでいる。

とても甘く透き通った声で私に囁く。

ああ早く私を感じさせてくれ。

中に入ると、そこには華やかな明かりが満ちている。

星飾りのついたとんがり帽子を被った少女が私に近づく。私が身を屈めると、少女は私の耳元で何かを囁く。しかし、それは私の鼓膜を震わせない。

少女は何かを言っていて、何も言っていない。

ああ、意識を研ぎ澄ませても、だ。

その様子を、顔の下半分が埋もれてしまうほどの灰色の髭を生やした老人が優しく微笑んで見つめている。

しかし彼は、どこも見ていない。彼は口を動かし、何事かを言おうとしているが、何も聞こえない。あるいは何も言おうとしてはいないのか。無音。ここにはこれだけ華やかな飾りや、人々の賑わいの色が感じられるのに。無音。そしてこの部屋にはたくさんの鏡があって、たくさんの私がいる。ああ、こんなに奥深くに窪んだ瞳をして、どうしたのだろう私は。

見ると、私の目は空洞になっている。冷たい風が、奇妙な音を立てて吹き抜ける洞窟のような目。

視界の右上に注目してみた。張り紙がぺろりと剥がれそうになるのと同じように、私の視界の右上は、軽くめくれ上がっている。手を伸ばしてそれをめくる。

ぺりぺり。私を包んでいた華やかな背景はぺりぺりと剥がれ落ちていく。最後まで剥がし終えた時、残ったのは虚しい暗闇。全ては幻想だったのいっているのか。いいや。確かに私は賑やかな場所にいて、たくさんの人に囲まれていたではないか。疑問。彼らの声は音を含んでいたか。彼らは何かを口にしているようで、実は何も口にしてはいなかった。もう分かった。

所詮はそんなものだったと認めればいい話なのだ。

私は何も見ていなかった。何も聞いていなかった。

そして最初から最後まで一人きりだった。

全ては雨音に包まれた暗い部屋での出来事。

もういいさ。朝になればこんな気持ちも残らず体から抜け落ちてしまうのだから。とにかく、眠るのだ。

どうせ、朝の光が全てを洗い流してくれるのだから。

呼んでくださった方々、ありがとうございます。

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