異世界からの招待
思ったよりもグダグダと長くなってしまいました。
木漏れ日を顔に浴び、銀髪の少女は目を覚ました。体を起こし、そのまま伸びをする。
「あー、空気が美味いねぇ…。それに腰も膝も痛くないってのは嬉しいもんだね。若いってのは良いもんだ」
まだ成人したばかり程の少女がこんな年寄りの様な発言をしたのは、少女がここに来る前に原因があった。
その老婆は100を超える歳で亡くなった。しかも老衰ではなく、癌を患ってのものだった。それなりに大きな家に生まれ、父から武術を母から家事を習い、親の紹介で1度顔を合わせただけの相手と結婚。1男1女の子宝に恵まれた。が、その後に起きた第二次世界大戦をなんとか生き延びたが、夫は徴兵され帰ってくることは無かった。
その後は周囲の女性たちと結束し、子供2人を立派に育て上げた。やがて、孫ができ、ひ孫ができ、玄孫まで見る事が出来たが、体調を崩して孫の1人と病院に行き癌が発覚。しかし、治療を拒否した。
「こんなババアに無駄な金使うんじゃないよ。どうせ癌じゃなくたって、すぐにポックリ逝っちまうんだ」
その後、癌に侵されながらも1年以上生き、1世紀を超える長い生に終止符をうった。
「なんも無い所だねぇ…。三途の川も花畑も無い。あの世ってのは退屈そうだね」
「ここはあなたが言うところの『あの世』ではありませんよ」
ふいに後ろから声を掛けられ振り返ると、男が1人立っていた。髪は足元に届くほど長く真っ白である。
「おや?随分な色男だね」
「お褒め頂き、ありがとうございます。山下雪乃さん」
山下雪乃とはその老婆の名前だった。しかし、この男に見覚えはない。
「私はあなた方の言うところの『神様』のような存在です」
「うちは仏様を祀ってたと思うんだがね?」
「私は違う世界の神でして…」
その後、神から簡単に説明がされた。自分の生み出した世界での文明の停滞や戦力の低下など。そのほとんどがそこに住む人間が原因のものだった。そして、そんな世界に転生してほしい、とのこと…
「自業自得なもんばっかだねぇ」
「まだマシな方なんですけどね。すでに滅んでしまった世界も少なくないですし」
「で?どうしろってんだい?私1人でどうにかなるもんじゃ無いよ?」
「自由に生きて頂いて結構です。それで十分だと私は思っていますので」
「どういう事だい?」
「あなたはあなたが思っている以上の影響を地球でも与えているんですよ」
神を名乗る男が小さく手を挙げると頭上にいくつものモニターのような物が浮かび上がった。そこには日本でも有名な企業や何人かの人物が映っている。
「この方たちや企業などは、あなた方が第二次世界大戦と呼ぶ戦争のあとに、あなたと共にいた女性達やその子供達が起ち上げた企業だったり、子供や孫たちなんですよ」
「そりゃ、私じゃなく他の人たちの頑張りさ。私は何もしてないよ」
「直接的にはそうなのでしょう。ですが、あなたの姿や言葉で救われた方々も多く、間接的にでも大きな影響を与えています。そして今の私の世界ではそれで十分だと考えています」
確かに人間1人が出来る事は限られている。そういう意味では周囲に影響を与えられる人間というのは重要なのかも知れない。
「それに正規の手段で異なる世界に渡れる程に強固な魂は少ないのですよ。ほとんどの魂が渡っている最中に壊れてしまって…」
「恐ろしいねぇ…。ん?正規じゃない方法なら渡れるのかい?」
「我々神を通さない方法なら。ただその場合、世界が不安定になるんです。もしくはすでに不安定になっていって時空に『穴』が開いてしまっていたりなどですね」
勇者の召喚など異なる世界と繋げた場合、世界そのものに穴を開けるので不安定になりやすい。そして不安定になった世界では他にも勝手に穴が開いてしまい、たまに異世界から人が来るのだという。この方法なら開いている穴を通るだけなので、魂も無事らしい。
「その穴、閉じちまったら帰れないんじゃないかい?」
「帰れませんね。とは言え、放置してると世界が崩壊しかねませんので」
「勝手に呼ばれた奴や穴に落ちた奴は運が悪いねぇ…」
「存外、楽しんでおられる方も多いですよ。地球と違い魔法がありますし」
魔法。映画やゲームでは良く見るし、誰しも『こんな魔法が使えたら…』などと考えたことがあるのではないだろうか…
「万能ではありませんが、魔力変質とイメージ次第で大抵のことは出来ますよ」
「その魔力変質ってのは?」
「まず魔力には複数の種類があります。大気中の魔力。これは『マナ』と呼ばれています。そして、自分の中にある魔力。潜在魔力と呼ばれ、どれだけ扱える魔力が多いのかの指標となります。そして先程言ったのはこれを属性魔力というのに変える事を言います」
男は自身の頭上に魔法陣らしきものを浮かべて説明を続ける。魔法陣には中央に円い穴が開いている。
「これは火属性の魔法陣なのですが、中央に開いている穴に魔力を通すと火属性の魔力に変換され、それをイメージで固める事で火の魔法となるのです」
「魔法陣が変電所みたいな役割をしてるって事かい」
「ええ。そんな感じです」
基本的に発電所で作られた電気は一般家庭でそのまま使う事は出来ない。そのため、変電所で一般家庭でも使えるものに変えてから送られる。
「理解が早くて助かります」
「孫やひ孫のゲームやらなにやら付き合ってたからね。それに1人、『小説家になる』なんて馬鹿な身内もいたからね。ありゃ才能は無いね。初めて読んだときはどこの報告書かと思ったよ。まぁ度々送ってくるもんでこの手のもんも見たよ」
その身内が送ってきた小説を読んでいたが、説明臭いセリフに事細かに詳細が描かれた地の文。毎回食事の際にグルメリポーター並みの絶賛。出てくるのはみんな美女や美少女。主人公の無双。そんなものばかり。戦闘シーンは基本主人公の1撃で、長くても5行程しか無かった。
「魔法ってのは私にも使えるのかい?」
「はい。転生と言いましたが赤ん坊からのやり直しではなく、こちらで用意した体に入っていただきます。年齢は成人の15歳。性別は雪乃さんに合わせて女性。種族は人族。要望があれば多少の変更も可能です」
「要望ねぇ…。特に無いね。若くしてくれるってんなら問題もないだろう」
「そうですか。一応、言語翻訳や一般常識などは体の方に入れておきますので、言葉や文字には苦労しないと思います。あと異世界を渡る際に鑑定と収納スキルの付与が義務付けられておりますので付与しておきます」
「神様にも義務ってあるのかい?」
「救済措置の様なものです。大昔にそのまま渡らせて、毒物を食べて死んだ。とか、まともに荷物も運べず一生を1つの村で過ごした。なんて方が多くて…」
神も意外に苦労しているようだ。時代が進むにつれて、非力な人間が増えていくのも仕方ない事だろう。科学の進歩によってどんどん自分でやることは減ってきている。
「それでこんなババアよこすんじゃ異世界とやらもたまったもんじゃないね」
「そちらの世界ではこういうじゃありませんか。『亀の甲より年の功』」
「最近の若者は年寄りの話なんざ聞きやしないよ。何でも調べりゃ良いからね。まぁそれも時代ってやつさ」
「そうですか。ではそろそろ良いですかね。体の構築も終わりましたし、異世界に行って頂けますでしょうか?」
「ああ良いよ。ここにいても茶の1つも出ないみたいだしね」
「これは失礼しました。次に来る転生者の時は気を付けましょう」
雪乃の体が光を放ち消えていった。残るのは男が一人だけ…
「さて、上手くいってくれるといいのですが…」