表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

しっかり短編

魔王の独白

作者: 閑古鳥

始まりは遠い遠い昔の事

最初の私は傲慢で、世界は自分のものだと思っていた

強いのだから何をしても許されると本気でそう思っていた

気まぐれに人を殺し、村を焼き、街を壊し、国を滅ぼした

別にそれが楽しかったわけでもない

ただ暇だった

生まれた時から強大な力を持っていた私には仲間も友達も競争相手も誰も居なかった

魔力の淀みから生まれた私には親や兄弟すら居なかった

強いていえばこの世界こそが親だったのだろうか

けれど世界は人ではない

そう、ただの一人も私の周りには居なかった

誰も私の事を見てはいなかった

私の生涯は無意味だった

楽しみもなく喜びもなく悲しみもなく怒りもなく苦しみもなかった

ただただ飽いていた

殺される寸前の人が放つ憎悪の感情だけが私を生かしていた

その瞬間だけは私を見てくれる人が居た

その時だけ私は私を認められた

そんな私が殺されたのは当時の勇者達にだった

強大な災厄として認定された私を殺すため大勢の人がやってきた

最も強いと言われた勇者でさえ私より随分と弱かった

けれど勇者は勝利した

仲間の力を借りての勝利だった

大勢の騎士たちは代わる代わる私に攻撃を加え少しずつ私の力を削いだ

大勢の癒術師は倒れた者や傷ついた者を癒し戦力を維持した

大勢の魔術師は後方から魔術で攻撃を加え騎士が交代する時間を作った

私が見ていたのはそれだけだったがもっと多くの人がきっと私を倒すためだけに集っていた

たくさんの憎悪と敵意が私を包み込んでいた

心地の良い感情だった

私を見ている人がこんなにもたくさん居た

それは今思うと喜びだったのかもしれない

けれど悲しい喜びだったのだろう

だって敵意と憎悪が喜びだなんてあんまりだ

けれど当時の私にはそれしかなかったのだからタチが悪い

そんなたくさんの人の中で勇者は最前線に立って私の攻撃を受けていた

傷つきながらも決して倒れず他の者の攻撃の機会を上手に作っていた

自分ができる範囲で私の相手をしていた

そうしていつしか私は負けた

失われていく力と命は別に惜しくはなかった

欲しいものではなかったし求めたものでもなかった

ああ、死ぬんだなとそれだけしか思わなかった

ただ薄れゆく意識の中で人間たちが喜んでいるのだけが鮮明に見えていた

その時ただ空虚だった私の心に少しだけほんの少しだけ「羨ましい」という感情が灯った

私には喜びなど(そんなもの)なかった

私には仲間など(そんなもの)なかった

私には何もなかった






そして二度目の私が生まれた

ただ羨ましいという感情だけがあった

最期の瞬間に生まれたちっぽけな感情が私を支配した

仲間が欲しい

喜びが欲しい

何か生きる意味が欲しい

そうして私は誰かを探した

私を認めてくれる誰かを探した

きっと誰でもよかった

けれど誰も居なかった

私の力は強大過ぎた

話をしようとしたら無意識の威圧で相手は気絶してしまった

握手をしようと手を握ってみればその手は粉々に潰れてしまった

声をかけようと肩を叩いてみれば肩の骨は砕け腕は醜く地べたに転げ落ちた

ああなんとままならない事だろう

自分の力さえ思うようにできやしない

ただただ私は誰かと仲間になりたかっただけなのに

人は怯え恐れ離れていく

羨ましいと人を見つめることさえできなかった

そうする前に皆逃げてしまった

また私は一人だった

羨ましいが膨れ上がって壊れるほどに叫んだ

そうして二度目の死が訪れた

自分の感情に耐えきれず身体は崩壊した

なんとも惨めな末路だった

ただただ人が羨ましかった

普通に生きていける人になりたかった






そうして三度目が始まった

今度は慎重になった

普通を装えるように努力をした

けれど無駄だった

だって普通がわからなかった

笑顔の作り方がわからなかった

涙の流し方がわからなかった

力の抑え方がわからなかった

威圧しない方法がわからなかった

何もわからなかった

そうしてまた周りには人が居なくなった

ひとりぼっちになった

そうして羨ましいという感情は壊れてまた感情が消え去った

何もしない

何もできない

何も起こさない

ぼんやりと世界に居るだけの日々が続いた

そうしたらある日一人の人がやってきた

「〇×□▼*#¥\◎◆」

何を言ってるのかはわからなかった

そう言えば誰とも話したことがなかったなという事を思い出した

そう私は生きるのが三度目になっても言葉すら知らなかった

だって話す人など誰も居なかったから

私に話しかけてくれる人など居なかったから

話を聞くことも教えてもらうこともなかったから

言葉を覚えることすらできなかったのだ

その人は何の反応もしない私に業を煮やしたのか首へと刃を当ててきた

私は何もしなかった

命乞いも抵抗も懺悔も何もしなかった

たぶんもう疲れていたんだ

変わらない変えられない

この生きる意味の無い生に

そうして私はゆっくりと刃へ倒れ込み

三度目の生に終わりを告げた






四度目が始まった

もう何もしたくなかった

生きるのにも疲れていた

だから動けるようになった瞬間に自分の鋭い爪で喉を掻き切った

たぶん痛かったとは思う

けれどもう痛みすらどこか他人事のようで私はそのまま地面へと崩れ落ちた

首からは血がだらだらと流れ落ち、それと比例するかのように意識はどんどん薄れていく

何の感慨もなくただぼんやりと死を待っていた

たぶん次がまたやってくるのだろうと知りながらそれでもこれで終わるのではないかという希望を捨てきれないでいた

何も成せない生ならばそこに意味などないからもう終わって欲しいとそう願っていた

次第に薄れていく意識の中で誰かが叫ぶような声を聞いた気がする

当然のように言葉はわからなかった

だけどどこか焦ったような声色で、私を助けようとしてくれたんじゃないかなと今でも思っている

それはもしかしたら幻聴だったのかもしれない

自分が死んだのを誰かに知って欲しかったという少しの自己顕示欲が産んだただの幻だったのかもしれない

首に触れた誰かの暖かさも頬に落ちてきた温かな水滴も嘆くような誰かの声も全部全部幻だったのかもしれない

けれど私はそれに救われた

自分も誰かに何か残せるのかもしれないとほんの少しだけ思った

だから次があればちょっと生きてみてもいいかなとそうこの時感じたんだ






五度目は始まりが今までと違っていた

見上げた頭上は瓦礫と化した城の残骸では無く真っ白で清潔などこかの天井だった

身体には柔らかな布が掛けられていて寝ている時に転がり落ちないようにだろうか周囲には木でできた柵が張り巡らされていた

何が起きているのかわからなかった

ふわふわとした意識の中で何が起きたのか考える

そうだきっとこれは夢なんだろう

自分にはありえない暖かな夢

魔王として生まれた自分が少しだけ望んでしまった温かな夢

次があれば普通に生きたいと願ったからその意識が見せた束の間の幻だろうと

だって有り得るはずがない

魔王として遠い昔に魔王の城であった残骸の中で生み出される親と呼べる者すら居ない自分がこんな場所に居るなんて

世話などの必要もなく呼吸をするだけで魔力を取り込み生きていける自分はその城の中で動けるようになる日をずっと待っている筈なのだから

だから自分の本当の身体はあの崩れかけた城の中に未だあるのだろう

今見ている光景はそこで夢見たただの幻でしかないんだろう

けれど少しだけほんの少しだけこのままで居たいと願った

暖かで柔らかなこの微睡みを享受していたいと思った

奇跡のような幻を少しでも記憶に残しておきたかった

けれどその努力も虚しく意識は黒く鈍く深く落ちていった




再び目が覚めてもそこはまだ夢の中だった

暖かな部屋の中でまた自分は温もりを享受していた

ふっと自分の顔に影が落ちた

「*#〇^+<■◇」

聞こえた声の方へ少し視線をずらすとそこには誰かが居た

それは幼さをまだ残した1人の青年だった

驚いた様子でこっちを見てから花が綻ぶように笑った

そう笑った

その笑顔があまりにも眩しくて

その笑顔があまりにも幸せそうで

その笑顔があまりにも愛しさを滲ませていて

その笑顔が私を

救ってくれるような気がして

思わず涙が零れた

わんわんと泣きわめく私を青年は穏やかに見つめていた

大丈夫だよと言うかのように私の頭を撫でてくれた

その温かさに

初めて触れた人の温もりに

また私は涙を流した

こんなに温かく

こんなに穏やかで

こんなに優しいものがあっていいのだろうか

滅ぼすしかできない私が

こんな温もりを受け取ってもいいのだろうか

わからない

わからない

わからない

それでもそれを離したくなくて

それから離れたくなくて

それをまだ享受していたくて

また泣いた

涙腺が壊れてしまったかのように

いつまでも涙が止まらなかった

そうしてまた私の意識は落ちた

再び起きた時も

またこの温かい夢が続いていたらいいなと思った




三度目もまだ夢の中に居た

あまりにも温かいからここは夢だと思い込んでいたけれどもしかしたら現実なのかもしれないとそう思えてきた

ゆっくりと頭が撫でられる

またあの青年が居た

愛おしそうに私を見つめる瞳があった

その瞳が温かすぎて私は目を逸らした

そっぽをむかれているにも関わらず青年はずっと私の頭を撫で続けていた

それはやっぱり温かかった

その温かさを享受しているとまた眠たくなった

そうしてゆっくりと意識が落ちて眠りについた




四度目もやっぱり夢の中だった

もう誤魔化せない

これはたぶん現実だ

夢のような現実だ

そう考えると疑問が浮かぶ

なぜこんな状況に居るんだろう?

私をあの場所から連れ出した人が居る?

魔王である私を?

意味がわからない

そんな事をする理由がない

頭の中が疑問符だらけになって思考がまとまらない

けれど一つだけわかったことがあった

きっとこれが幸せと言うんだ




それから長く長く幸せな日々が続いた

青年は強く優しく根気強く、私に様々なことを教えてくれた

触れる手の温もりを学んだ

人の話す言葉を学んだ

何も壊さずに生きられる事を学んだ

人に優しく触れる事を学んだ

輝く光の眩しさを学んだ

先の見えない闇の怖さを学んだ

巡り生きる草花の強さを学んだ

吹き渡る風の涼しさを学んだ

空高くにある太陽の暖かさを学んだ

いつもそこにある大地の優しさを学んだ

流れゆく水の柔らかさを学んだ

燃え広がる火の恐ろしさを学んだ

たった一つしかない命の大切さを学んだ

誰かと一緒に居る幸福を学んだ

そして学んだ全てに泣きたくなった

私がやってきた事をその意味を知ってしまったから

当時の私はただ嵐や洪水のような災厄が実体を持ったものでしかなかった

意識があったにも関わらず、知性があったにも関わらず、私はただの災厄でしかなかった

ただ壊すことにしか生きる意味を見出せない虚ろな化け物でしかなかった

私が幾度も壊してしまったものはもう遠い昔の事でしかなくて、私の気まぐれで幾人もの命が失われてしまったことを償うこともできない

後悔しても何も戻ることは無い

嘆いても救われるものなどない

懺悔をする相手さえ残ってはいない

それが私のやってきた事

何も考えずに全てを壊し続けた私の罪

だから私は願う

これ以上犠牲になる人が出ないように

この先の未来で嘆く人が少なくなるように

ずっと私は世界に生まれ落ちた災厄で、この誕生はどうしようもないことだった

けれど私は青年のおかげで災厄じゃない魔王じゃない意味を持った

人と交わって生きることを知った

だから私は私にしかできないことをやりたい

ただの災厄だった私に愛を教えてくれた青年のように私はなりたい

だからきっとこれからも生み出されるであろう災厄の子に伝えたい

あなたは魔王以外になれるんだって

一緒に生きていていいんだって

幸せになれるんだって

それが私にできる精一杯の償い

災厄の子を魔王にしないためにできること

だから私はこれからも生きて行く

私を愛してくれた青年と二人で











魔王だったはずの少女の独白






1度目の勇者=3度目にやって来た人=4度目の誰か=5度目の青年

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々と紡がれる文の中から魔王の感情がひしひしと伝わってきて心が苦しくなりました 青年の優しさが身に染みるようです [一言] こういうのとても好きです……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ