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しかし、犯罪は現在進行で行われており、またそれだけでなく、マスコミや野次馬への対応も並行して必要とされていた。そのため、各々が自由気ままにやりたいことをやるわけにもいかず、浜井らはそれぞれ人手の足りない所へ、応急手当として回された。
もちろん浜井らは直接的な現場対応を望んではいたものの、あくまで下っ端であり、本来ならばいてはいけない存在であった以上、そのような重大な役割を任されるはずもなかった。浜井ともう一人を除いた他のメンバーは野次馬対応へと駆り出され、二人は外部から銀行内部の状況を傍受するために送られてきた専用車の警備補助にあてがわれた。
その通信傍受車両はトラックほどの車体で、その中では通信に関する署内のエキスパートが様々な電波やGPSを駆使ししながら、内部にいる人質の数等の状況を把握しようと努めていた。浜井らは警護補助といっても、実際、何かが起こった場合に備えて配置されているだけに過ぎず、やるべき仕事はただ車両の横で威風堂々と立哨するだけだった。そのため、あれほど正義感に燃え滾った浜井は、結局は単なる雑用しか任されない事実に煩悶とし、交番で待機しているよりもいっそうもどかしい気持ちに襲われた。
浜井とともに警護に当たったもう一人も最初は浜井と同じように不平不満をまくしたてたものの、それは上司や仕事内容への愚痴といった域は超えず、始めから自分の役職と力量以上の責任を負うことできるとはさらさら考えていなかった。しかし、いい意味で身の丈をわきまえた片方とは異なり、浜井のもどかしさは時間の経過とともに膨れ上がっていく一方だった。
それでも浜井はやるせなさを内にこめながらも、持ち前の真面目さで、与えられた職務はきちんと遂行した。もう一人の警官もさぼるでもなく、きちんと己の任務を果たしていた。しかしながら、銀行強盗と警官とのにらみ合いは硬直状態のままであり、次第に彼らの緊張感も若干緩み始めてきた。警官側も着々と突入準備を進めていたものの、銀行内の状況の把握に手間取り、なかなか次の行程に進めずにいたし、銀行強盗側も、逃走用の車を要求した手前、なかなかすぐにはそれを撤回し、次の行動に移るということもできなかった。
もっとも、時間が経過すればするほど銀行強盗側に不利になるため、警官側は相手が何らかのアクションを起こしてくるだろうと常に警戒していたし、強盗側もそこまで愚かではなく、有効な打開策が思い浮かぶかどうかは別として、彼らなりに必死に頭を働かせていた。
それでも、何も起こらない時間が長引けば長引くほど、最前線に立つ警官以外の者は、次第に自分がここにいる必要があるのだろうかという疑問を抱くだけの余裕を持つことがができた。そしてだからこそ、浜井が突然の便意を催したとき、自分が場末とはいえ重大事件の現場にいる事実を忘れ、その生理現象を我慢しようとはしなかった。
彼はもう一人の、頼りがいのある相棒に近場の公衆トイレへと言ってくることを告げ、同僚の目を意識したのか、早歩きでそこへと歩いて行った。もし、浜井がなおも緊張感を失わず、公衆トイレへ行こうとしていなければ、事件はまた違った結末を迎えていたのかもしれない。しかし、仮定の話を持ち出すことは非生産的だ。事実は常に一つしか存在しない。事実はつまり、浜井は一旦現場を離れ、そしてその直後に、現場において大きな動きがあったということなのだ。




