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さて、その浜井景勝は先ほど述べたように王子第三派出所の巡査長である。時代が変われども、旧態依然な警察業務はなおも手つかずのままであり、派出所勤務の職務は以前とさほど変化がない。
派出所勤務の最も典型的な業務である巡察も、基本的に交代制で実施されており、浜井景勝が強盗事件の知らせを受けたのも、まさにその巡察へと出かけようとしていた時だった。壁に取り付けられた十六インチの薄型ディスプレイに、アラーム音とともに突然表示されたのは、管轄する地域で発生した、銀行強盗による立てこもり事件の一報だった。
浜井と同僚はお互いに顔を見合わせた後、すぐさま画面をタッチして事件の詳細を調べる。署から伝えられた情報によると、まさに派出所から一キロも離れていない場所にある銀行において、今まさに銀行強盗の立てこもりが起きているというのだ。現在判明しているのは犯人グループが四人から五人であること、そして店内において不特定多数の人質が残されているということだった。すでに署から何人もの警官が派遣されており、またメディアや野次馬が現場に殺到しているらしい。同僚が携帯を取り出し、ネットを開くと、トップ記事にその立てこもり事件の記事が掲載され、またリアルタイムの現場の写真がSNS上に壊れた噴水のようにあふれかえっていた。
浜井は食い入るように、何度もディスプレイの文字を追う。実際、浜井は警察官キャリアの中で、これほどの重大事件に関わったことがなかった。ただし、本来このような大事件が発生した場合には、浜井のような派出所勤務職員の出動は要請されず、署勤務の部隊が中心となって事件解決にあたるように定められていた。そのため、浜井らがその事件に直接コミットする必要はない。しかし、自らが勤める派出所のまさに目と鼻の先で起こった重大事件に、浜井らの警察官としての正義感や野次馬根性が掻き立てられないはずがなかった。
浜井を含む派出所勤務の面々は、規則にうるさい巡査長を一人派出所に残し、全員で外へ飛び出していった。浜井らはパトカーに乗り込み、現場まで直行する。
車内にはこれまで経験したことのないような熱気に包まれ、興奮がにじみ出た会話がとだえることなく飛び交った。もちろん浜井もそのような非日常の雰囲気に毒された一人であって、後部座席に置いてそわそわと時折身体をゆすりながら、食い入るように会話に参加していた。
誰かが強盗犯は金に困ったフリーターの仕業だと言えば、他の誰かが、単に目立ちたいだけの愉快犯に過ぎないと主張する。また誰かが今時銀行同なんてやっても大した金にならんと怒鳴れば、また他の誰かが、いや、これは系列店でしかアクセスできない銀行特有のクラウドへのアクセスを狙った犯行で、それに成功すれば莫大な金が手に入るとうんちくを垂れる。彼らの会話は憶測や噂に基づいた非生産的なものに過ぎなかったものの、そこにはいくつかの正解も隠されていた。
後に判明したことではあるが、銀行強盗犯は社会構造に不満を持つ、虐げられた側の人間であり、また、先ほど述べたように、現金の確保ではなくホストコンピューターへのハッキングを狙って銀行での立てこもりを実行したと言われる(情状酌量を狙って彼らがそう主張しただけという可能性は否定できず、また実際に支店から本店のホストコンピューターへのハッキングをなしえるのかということも今なお不明ではある)。そして、座席で携帯をいじり続けていた一人が、たった今ネット上において騒がれている立てこもり事件の新たな情報、いやうわさを鼻息荒く同僚に伝える。
何でも出所不祥な噂によると、立てこもりの実行犯は成人男性四人であるらしい。そしてその内一人が店舗奥のコンピューターへのハッキングを実行しており、その他三人が人質の監視を行っている。そして、その三人はあろうことか、銀行で働いていたもっとも見眼麗しい受付嬢に目をつけると、拘束していた男性人質数人に彼女を強姦させ、その様子を見ながら、自分たちは銃を握っていない方の空いた手でマスターベーションをしているというのだ。
この時点ではまだ噂の段階で、何の信憑性もない話ではあったが、結論から言えばそれは真実であった。強姦の間接正犯を断行した彼ら強盗グループはネットにはびこるポルノ映像に毒された、性的倒錯者だったということである。ちなみに、事件解決後につまびらかになった彼らの蛮行は社会に大きなインパクトを与え、その後しばらくは、精神医学者及び社会学者の飯の種となる。
また、彼らの異常行動をテーマに気鋭の新人映画監督者がドキュメント映画を作成し、これが被害者女性の人権侵害にあたるとして民事裁判が行われ、最終的に下された画期的な最高裁判決は憲法学における重要な判例として後世に引き継がれていくことにもなった。




